5学園モノにも絡みづらい人は一人くらいいるもんで。
とりあえず、会長の周りを当たってみよう。
なんて思いつく人間は一人しかいない。
そう、あいつだ。
ただ私はあの男とは関わりたくない。面倒が10乗するくらいの災害レベル。
うーん、とりあえず生徒会室を覗いてみて紀式会長がいたらそれでよし。他の役員がいれば声をかけてしまえ。
生徒会室への階段を一段ずつ上るたび、嫌な予感がした。私の勘はよく的中する。
開きっぱなしの生徒会室の扉は冷たい風が吹きぬけて、電気は何故か付いていない。
そして、生徒会室には一人でうたた寝しているヤツがいた。
「安藤。起きろ」
それに呼びかけるとそいつはゆっくりと目を開いた。
そしてこっちを向いてにやりと笑った。
「俺に会いに来てくれたんだ」
「違う。紀式さんに会いに来たの」
「でもそれって『俺に会いに来た』の同義語だろ」
「はい?」
この男が安藤高之という名前の前副生徒会長だ。そして。
「――だって俺は彼女のライバルなんだから」
――会長を目の敵にしている不届き者。
「本当なら俺が会長になるはずだった。先々代つまり俺らの一個上の役員からは『安藤』こそ会長にふさわしいと口癖のように言われ続けたからな」
その若干出所が怪しい情報に……何かと信用できない男である。それが安藤だ。安藤イコール存在詐欺みたいなものだってこの前千香が言っていた。
「しかし、立候補者は俺一人ではなかった。そう紀式だ。あの髪の毛が伸びそうな日本人形が俺の座を奪おうとした」
日本人形って言うな。あんな美人を。
「結果として俺はヤツに負けた。高校三年間で唯一悔いが残ったのはそれだ。そうだとも、あの時俺が『ナンプレ』で負けてさえいなければ……」
え、どこを突っ込めばいいの? ナンプレに突っ込めばいいの?
『ナンプレ』とは別名、数独。
3×3のブロックに区切られた9×9の正方形の枠内に1〜9までの数字を入れてくパズルの一つ。
生徒会長の選考方法が異常に雑い。
普通選挙で投票数を競うんじゃないの?
ああ、だからか。内輪で先に決めだったから、立候補一名の信任投票で決まったのか……っておい、生徒会。ただいらない仕事をしたくなかっただけのサボりだよそれは。
まったく、隔離組織ってこうも規律が崩れるんだろうか。
安藤はまだ何か言ってる。
「俺は対決の日に限って3分も……。いつもなら1分でできるものがだ。アレは痛恨のミスだ。紀式はそれを30秒で終わらせやがった」
「どっちにしても負けてんじゃん」
何が痛恨のミスだ。平常運転だよ。
「うるっさい! だってアイツがナンプレ得意なんて知らなかったんだよ!ちくちょー」
ちくちょーって……噛むなよ。副会長。
地団太を踏む安藤。
しばらくすると、情緒不安定な女子のように何故か高らかに笑い出した。
「だ、だが今日。俺はヤツに勝った。愚かな女め……卒業式という名の公的な場であの暴言を言い出すとは……ヤツも堕ちたものふぁ!」
だから、噛むなよ。ボケ男。
「いくら紀式が『果物女』のことをわが子のように思っていてもだ。それを公共の電波でとは、ヤツの品格を疑うなあ。ははっ! とりあえず俺の勝ち!」
なんて最低なやつだろうか。仮にも会長なんだから敬えよ。にしても……絡みづれええ。本当に脳みそやばいんじゃないかと思うくらいのポジティブシンキング……。
私は何かにひっかかった。安藤の器の小ささでなく、そうだ。
「『果物女』って誰さ」
八百屋の娘さんのこと?
すると、安藤はぽかんと口を開け、まるで呆れたと言わんばかりに。
「――あ、そっか……雪柳りんごのことを。お前は知らんのか……」
「雪柳……って誰?」
そういうと途端に安藤は我にかえり、
「あ、し、知らんぞ俺は。そういえばユキヤナギはバラ科シモツケ属の落葉低木であってだ」
わざとらしい。うろたえんなよ馬鹿副会長。
「何、アンタでも知ってるわけ。もしかして、生徒会役員は皆知ってるってこと?」
「生徒会役員だけじゃない。お前を除く全校生徒1078人がしってるぞ」
「……へ」
今なんていった。桁が違う。今、千って言った……。
「だから一クラス40名かける一学年9クラスかける三学年全員が知ってるって……。あああああっ。なななんで聞くんだよバカアアアアアア。しかも言っちゃったじゃねええか」
全員。
七組だけとか生徒会だけとかじゃなくて全員!
「んなバカな……。そんな学校行事じゃないんだから」
「何言ってんだよ。あれは学校始まって以来の最悪イベントだったろうが」
「安藤。最悪って何よ。詳しく教えなさい」
安藤はなぜか立ち上がり辺りの机のホコリを払いつつ。
「え、あ、はっ! そういえばこれから引継ぎ式があるんだった。生徒禁制役員のみの極秘会議だ。というわけで、帰ってくれ中野」
「嫌だよ。ここまでたどり着いて出て行く馬鹿なんかいるわけないじゃん」
「じゃあ、そのバカになれ」
「却下」
「では実力行使だ」
「ふぇ」自分でも間抜けな声が出た。
私の気が抜けた隙に安藤は私をひょいっと抱え込んだ。右腕背中にまわってて、左腕でスカートをまきこみつつ……って。
「怖あっ」
お姫様だっこだ。
これ、実際にされるとドキドキよりも恐怖感の方が勝ってうわっ。
「スカートの中が見えないように配慮してやってるんだ。感謝しろ」
「すること自体が間違ってるんだよ」
安藤にその言葉はどうやら聞こえていないらしかった。何故かやけに真剣な顔をしていた。
そして、私に囁く。
「――会長にあったら、すぐ逃げろ。いいな」
それだけ耳打ちして。
降ろして。
「さらばだ。中野あんな」
ピシャっとドアを閉められた。
その上鍵まで鍵まで掛けられた。
力づくで引っ張っても開かないドアは上半分がガラスになっていて、安藤と私の目があった。
すると、安藤は 何かを言った。
「――え」
次の瞬間には安藤がカーテンをひいたため、何も見えなくなった。
だけど、今何を言ったかが、口の動きで分かってしまった。
『お前、殺されるぞ』
誰に。
もしや会長に?
いや、何でそういうことになるんだ。
『魔法使いを探している』
会長が、あんなことをいう会長が。
何故私を殺すってホラー展開になるんだ? 意味がわからない。
でも、安藤の言うことは信じれるような気がした。
西日が差し掛かる。
とっくに下校時刻は過ぎていた。
卒業式。終わるはずの物語だ。なのに、このなんとも腑に落ちないのは何だろう。
安藤高之。
信用できない男。
でも、私はあいつを信じる。
だって、あいつが真面目な顔して言うことはいつだって間違っていないって知ってるからだ。
安藤高之にとって、生徒会室は役員だけの世界しかなかった。
故にそれ以外は均衡を乱すものでしかないことを彼自身良く分かっていた。
それでも、中野あんなという少女を招いてしまったことに彼は悔いを残していなかった。
「中野あんなは去ったぞ。これでいいのか」
なぜなら、最初から別の人間はそこにいたからだった。
「――やっぱりお前は邪魔だな。なあ、尾野」
掃除用具入れのロッカーは何も語らない。
がたっという物音と突然開いたロッカーの扉の奥。
中から現れたショートカットの栗色の髪の少女は言う。
「安藤先輩は悪魔ですか」
尾野仄香。それが彼女の名だった。
しがない文藝部員であり、中野あんな曰く『後輩1』である。
「むしろ神だ」
安藤は高らかに告げる。
その語り口が冗談交じりで、それが後輩1の耳には嫌味にも聞こえた。
「先輩は雪柳先輩のことを知りません。いえ知らないほうがいいのです。だって雪柳先輩は」
そこで言葉を溜め。
「――中野先輩に会えなくて死んだ人間ですから……」
ため息をつくように、言った。
雪柳という名の少女に対し、後輩1は寄せる感情などほぼなく、申し訳程度の言葉しか無かった。
彼女にとっては雪柳という先輩はそれ程度の存在でしかなかったのだ。
「そんなことのために、中野の知る権利を一方的に剥奪するのか」
安藤が言う。
「あなたに何が分かるの。先輩のことなんか何も知らないくせに」
無責任だとも言いたげな目で尾野は安藤を見つめる。
真っ黒な瞳で突き刺された少年はそれでも言葉をつむいだ。
「そのとおりだ。中野あんなのことなんて何にも知らん。しかし俺がすべきことくらいは分かるさ」
そして、あっさりと言い放った。
「――好きな女がハミゴにされてんだぞ。そんなのほっとく馬鹿がどこにいる」