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卒業  作者: 希恵和
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4卒業アルバムは思い出をふりかえるためにある。

 鳴かない鳥はいない。そして、鳴いてる鳥はうるさい。

目まぐるしく日々が変わっていく。それに追いつくように走り続け、それが疲れとして出てきた4月終わりのこと。

 クラスメイトのキンキン声で耳が痛い。音量の下がらない気味の悪いクラスメイトの口から発せられる騒音で、私の気分は駄々下がり。

 千香は違うクラスだった。知らない人ばかりのクラスが一層つらく、かといって話しかける勇気もない。そんな高校1年の春のこと。


 入学できた喜びよりも、義務教育の支えは無いと考えるほどに募り出す不安。


 私の一本道は、ぐねぐねと曲がりだした。

  背中に伝わる春の暖かさがおぞましい怪物に変わっていく。


 信じられるものがこの教室にはいないと思うと、怖くて仕方がなかった。


 窓際の席、ひとりで佇んでいると、ふと桜の花びらが服の上に乗ることがある。

花びらは薄ピンクいろのヘドロに見え、それが私の肩を叩くたびに、イライラが募った。

 

ようするにこの時の私は『病んでいた』。

 


 そんな日々の中、ある日の放課後のこと。

「4組だね。君」

 

知らない人に声をかけられた。その人は黒髪長髪の美少女。

 見た目はお嬢様なのに、なぜか紳士のような口調の人。言いぶりがそのかわいらしい容姿とミスマッチだった。

 

 彼女は手を突き出してこう言った。


「体育館シューズ……返してくれないか」

 それが紀式会長との出会いだった。


人と人との出会いなんて全部しょーもないもの。

以前、舞子先輩が言っていた。


今思えば会長の出会いはとても唐突で、偶然の産物でしかなかった。


「――はい?」

 私が言う。


「この前の体育のオリエンテーションを覚えているかい。456組合同だったろう? その時に入れ違いが起きたらしい」

「ああ……?」

体育館シューズを間違えて持っていかなかったかということか。疑いの目を向けられている。


 私は彼女に対してこう述べた。

「でも、私じゃないと思いますよ。体育館シューズならオリエンテーション後も使ったし」


 一言置いて、机の横の袋を取りに行き、また廊下に帰ってその中身を見せつけた。

「ほら……あれ?」

 何故かシューズの後ろに中野と書かれているであろう場所が『紀式』と書かれていた。


「やっぱり君か……」

「あ、すみませんでした」

 私のミスだった。

「別にいい、君が持っていったと最初から分かっていて言わない私が悪い」

彼女はすごく不思議なことを言った。


「え、でも私が持ってるって何で?」

 私もしらなかったのに。

「簡単なことさ。私は『中野』さんじゃないのだよ」

 紀式さんは手に持っていたシューズには『中野』と書かれていた。


「シューズは学年ごとにカラーが違う。赤青緑とな。つまり同学年間でしか間違いは置きない。また『中野』という名字は学年に五人。男が二人に女が三人。取り違えが起きたのはおそらく女子更衣室。さらに合同授業間で起きたと過程した。で私は5組。おそらく4組か6組の中野さんだと判明した。

 

よって、もっとも可能性が高いのは4組の『中野さん』つまり君だ。名前は今君が履いているスリッパで分かった。そして、四組に入っていく中野さんは滅多なことが無ければ8組や9組の人ではないと思い声をかけた」

 ちょっとした推理ものの導入のようで。けれども、流れは至ってシンプルだった。

 わざわざ説明しなくて良かったんじゃないのだろうか。


「改めまして、私は紀式美鈴(きしきみれい)だ。君の名前を聞いてもいいかい」

 なんて自己紹介をした気がする。

「あ、中野あんなです。あんなはひらがなで『あんな』」

「名前がひらがな?」

「ええ、下の名に漢字がついてないんです。皆勝手に当て字で『杏奈』とか書いてくるんですけどね」

「へぇ」

 

なぜかこの時、紀式さんは私の名前に関心を持った。

「そんなに珍しいですか」

「そうだね。珍しいと思うよ」


 紀式さんが笑った。

素敵な笑顔、華やかで見ているだけで落ち着くようなそれを目の当たりにした。

 

紀式さんの黒髪が風になびき、目の前の場面自体が切り替わった。さっきまで居心地の悪かった風が爽やかなで涼し気なものに変わり、鮮やかな虹色に輝き出した。


「面白いね。うん。私は君の名前を覚えよう。たとえ君が何者にもなれなかったとしても、君は私と出会い、なんらかの影響を与えた。このときをもって、君は私の人生において欠かせない存在になったから。私はそれを記録する義務がある」

 

何者にもなれないって失礼なこといってないかなあ。この人。

 でも、ここでは褒められたと取っておこう。

「すごいこというんですね。えっと…」

 誰だっけ?

「美鈴でいいよ」

 いきなり下の名呼びはちょっと。遠慮しておこう。


「あ、紀式でお願いします」

「君、つれないなあ」

「初対面の方を軽々しくなんて呼べません」

「なんか君、私の姉と気があいそうだね」


 

 ああ、アレが始まりだった。

 でも、このままでいいのか。ここで踏み出すものは何も無かったというわけじゃないだろう。まだ伸びしろはあったはずなのに、進むのを止めたのはいつの日か。


 今はそう思える。


――私と紀式会長の距離は最初から今も変わらない。

 私は一度だって彼女を『美鈴』と呼んだ事はない。


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