3知らないことは単なる不幸。知っててしないことは罪。
「――え、はい?」
何言い出すのだろう。この後輩。
「じゃあ、先輩! これから部室そうじなので。また今度」
そういって駆け出す後輩。
気づくともう猫もいない真っ白な廊下のみ。
私にはほのかが言った言葉の意味がさっぱりわからなかった。
紀式会長の答辞に関することだと分かっているのに。でも、何故か私にお礼言っていた。何をしたんだ私は。私が何をしたというのだろう。
まず、会長の答辞から探ってみようかな。
もしかしたら、あいつなら知ってるかも。
そう思った私は7組の教室を訪ねた。
7組は現在クラス会の真っ最中。
目的の彼女はピザをほおばっていた。
「どしたん、あんな。卒アルのコメントならさっき書いたやん」
私の親友はチーズを口の端から垂らしていた。
茶髪のヤンキー。
それが彼女を一見したときのイメージ。
話してみると意外に気遣いのできる子。しかも、優等生なのだ。
たしか生徒会にも一時期所属していた彼女の名前は『千香』。会長とも顔見知りの彼女に話を聞いてもらうことにした。
「違う。卒業式の答辞のことで話が……」
私の言葉が、何故ここで止まってしまったか。
その言葉を言いかけたとたん。千香の表情が硬くなったから。
それだけじゃない。周りの人も……まるで7組という空間すべてが停止したような静寂。
それを打ち消したのは千香だった。
「あんなには関係ないやん。というかアンタに分かるわけないわ。アンタは知らんねん。全部全部あんたの前では存在せんことにしたから。
アタシはそれを感じたから、あんなの前では隠してたのに。それなのに……それなのに……あいつは……」
「千香。何のことを言ってるの」
千香は、私の質問には答えず、こう告げる。
「人の思いは人を傷つける。他人を、その人自身を。ならいっそ知らないほうがいいこともある。あんなは知らなくていい。知らないことで不都合はあるかもしれんけど、それは罪じゃない。でも最初から知っている人間は罪や。それだけ覚えててな。でもって美鈴の言ったことは忘れや。なっ」
そんな哲学的なことをいわれても。
「わかんないよ」
まず内容を教えてくれと、言いたかったのに。
私にだって判る。今のは『聞くな』と言ったんだ。
全部忘れろって言ったんだ。
でも、なんで?
私たち友達だよね。少し教えてくれてもいいじゃん。素直に理解不能。感情も制御不能。
「でも、皆知ってるんでしょ」
問いかける。そうだ。あの答辞の中身は皆が知っていること。秘密じゃない。
おそらく、私以外の人間は周知の事実。
じゃあなんだ。私だけに秘匿されていたということで。
で、そこに私の意志は無しということも。
そんなの反則だ。昨今の漫画の主人公だってそんな仕打ちはされない。
「あんなはあんなや。皆とは違う。知らんくていい」
「私は……」
そういうことがいいたいんじゃない。
別に秘密されていたことに腹をたてているわけでなく、
『どうして私にだけなのか』
その理由だけでいいから教えて欲しいの。
そう思ったとき、目の前が真っ暗になった。
千香の顔が怖くてもう見れない。
本当は諭すように話す千香の表情は、何故か泣いているように見えた。
そんな顔されたら、私は何をいえばいいのか分からなくなるんだ。
そういえばそんな顔。前にもしてたよね。
いつだっけ。もう忘れたみたいだ。
それでも私は
「そんなの、寂しいよ」
それだけ呟いて。
走り去る。
逃げろ逃げろ。
悲しい思いが私の後を追いかける。
もう誰も助けてくれない。
先輩後輩友達。
恋人だけは最初からいないけど。
それらのものが私を支えてくれていた。
でも、もういないな。
ああ、これが卒業ってやつか。
『我々は卒業する』
会長の言葉を思い出す。
『魔法使いはいないと誰が言った』
会長らしいあの語り口がやけに懐かしくて、なんだか泣けてきた。
そうでした。貴方はそういう人でした。
『私は、魔法使いを探している』
そんなことをいう人だった。