1クラス会の会費は500円です。
クラス会の幹事がバックれた。というのを私が聞いたのは数十分前。
そして、会がなくなったことを同時に理解した。
「金つかわんってことはええことちゃう?」
クラスのおちゃらけ牧田が言う。それだけならいいけど。
卒業式はものの30分で終わり、その後には担任の25分にも及ぶ長話。部活のお別れ会、最後にクラス会があり、それでお開きのはずだった。
しかし、部活のお別れ会の決められた終了時間を過ぎてもクラス幹事は来なかった。なんか釈然としない。
すると、クラスの女子のリーダー菊池さんが別の日取りでボーリング大会でもしようと言い、これにその場にいた皆が賛同する。
ならいっか。うん。
なぜか、心の中で何かが腑に落ちなかった。何がだ。
その後はすることも無く、教室を出た私が校内をうろうろしているところに、文藝部の舞子先輩、現在大学一年生がやってきた。
「やあ、後輩」
気さくな笑顔を振りまく彼女は、いつも私を名前で呼ばない。理由は『名前を覚えていないから』
「名前くらい覚えてください。『あんな』です。『中野あんな』」
毎回そうだ。このフリから始まる挨拶。
「あんな? はて、君の名前はそうだっけ?」
そしてこの返しである。この一連の会話はネタにまでされ、文芸部の恒例行事と化していた。
「中野あんなですよ」
「いいじゃないか、名前なんかただの縛りだよ」
そういってケラケラと笑い出す。先輩は何事にも興味の薄い方らしく、私の名前にしても何にしても、そこまで厳密に捉えることが苦手な性分らしい。ただそれだけのことと思い、たやすく手を放してしまうのだ。
これって『ドライ』とでもいうのだろうか?
少なくても熱血とはかけ離れている。
だからかなあ。
この人には悩みなんてなさそうだ。
「で、答辞のカノジョはどこだい、後輩」
――答辞。
というと紀式会長のことだろうか。
もっとも生徒会は代替わりしたから、前会長だけど。
「ミス・キシキのことだよ。後輩」
「ええ、紀式さんは多分2組の教室にって……あれ?」
ちょうど二組の前に来ていたので窓を覗き込んだら、
そこに会長はいなかった。
「いませんね」
私がそういうと、先輩はそうかとこぼした。いつも素直になれない先輩の本音をひさしぶりに聞いた気がした。
「私はカノジョを探している」
神妙な面持ちで先輩が言う。
「あれ? 先輩、紀式会長と知り合いでしたっけ」
生徒会関係かな。
「ああ、古い知り合いさ」
あ、中学時代の知り合いとかかな。
でも、残念ながらどこにいるかは見当が付かない。
「いませんね」
「いないなあ、一緒に探してくれないのか」
「いや、結構です」
面倒なので。
「そうかあ、つれないなあ」
そういって先輩は立ち去ろうとした。
「――君だって名前に縛られたくないくせして」
そんなことをぼそっとつぶやいて。