予期せぬ贈り物
先日、更生保護制度施行65周年記念全国大会が東京の国際フォーラムにおいて開催された。長年保護司をやっている私も参加してきた。
大会では松島法務大臣の式辞、野沢全国保護司連盟理事長、奥田当協会理事長のあいさつがあり、常陸宮殿下からのお言葉を賜った。
保護司になるためには、人格及び行動について社会的信望を有すること、職務の遂行に必要な熱意及び時間的余裕を有すること、生活が安定していること、健康で活動力を有していることが条件になっている。
私も長年保護司を務めているせいであと数年もすれば勲章の一つももらえることになっている。けれども、そろそろ年金が気になる歳でもある。
先に述べた保護司になるための条件で“生活が安定していること”とあるが、当時と今とでは当然、環境も変わっている。まあ、幸い、健康には自信があるのだけれど。まあ、前置きはこれくらいにしてと…。
東京へ行くからには是非、会っておきたい人が居た。とは言え、私が東京に居られるのは平日の日中のみ。普通の方なら仕事中で会えるはずもないところだったのでけれど、彼は外回りの機会も多く、都合をつけることが可能だと言ってくれた。私も夕方には名古屋へ帰らなくてはならない。それで、待ち合わせの時間と場所を決めて、大会が終わった後のわずかな時間ではあるけれど、会う約束をした。私は東京でその人に会えるのがとても楽しみだった。
その人とは共通の趣味があり、そのサイトで知り合った。名古屋に住む私と、東京に住む彼とは面識がない。上手く行き会えるだろうか…。ところが、上京する前日になって彼から連絡が入った。
「すみません。急に出張の予定が入ってしまって。出張と言っても千葉なんですが、現場の状況によっては帰りが夜になるかもしれないんです」
「そうですか。仕事なら仕方がないです。次の機会を楽しみにしています」
彼と会うことは叶わなかった。
学校が冬休みに入ると補導される子どもたちが多くなる。私の仕事も忙しくなる。今日、私のところに連れてこられた少年は未成年にもかかわらず、パチンコ店で磁石を使った不正行為を働いたのだという。
母子家庭で母親は昼夜働いていて、母子の会話がほとんどないのだという。少年はそんな母親と二人でクリスマスの夜を過ごすためのケーキ代を都合しようとしたのだということだった。
警察に補導された時に母親が迎えに来たので注意を与えて引き渡したという。けれど、心配になった警察官がこっそり様子をうかがっていると、母親は少年に何か言って金を渡して立ち去った。少年はその場でじっと俯いたまましばらくじっとしていたのだけれど、そのうち勢いよく走りだしのだそうだ。警察官が後をつけていくと、再び別のパチンコ店に入って行ったと言う。
「気持ちは分からないでもないが、母親はあてになりそうもないので齋藤さんのところにお連れしたわけで…」
「事情は解かりました。あとは任せて下さい」
そう言って少年を引き渡すと、警察官は敬礼をして立ち去った。
少年は黙ったままじっと座っている。俯いたままずっと一点を見つめている。その目からは今にも涙がこぼれ落ちそうだった。
「なあ、腹が減っただろう?何か食いたいもんがあるか?」
「・・・・・チキン」
「なに?」
「ローストチキン」
私は知り合いの肉屋に電話してローストチキンを持ってきてもらった。ついでに、寿司の出前も頼んだ。
「ほら、遠慮せずに食べなさい」
少年はかっぱ巻きを一つ摘んで口に運んだ。食べたいといったローストチキンには手をつけようとしない。
「ん?どうした?遠慮しなくてもいいぞ。ローストチキン、温かいうちに食べたらどうだ」
「あの…」
「どうした?」
「これ、持って帰ってもいいですか?」
そうか、きっとこの子は母親と一緒に食べたいんだな…。
「かまわないよ。ところでお母さんはいつも何時ころ帰ってくるんだい?」
「12時ころ。でも、今日は早く帰ってくるって…」
「そうか。じゃあ、寿司だけでも腹一杯食え。そしたらオジサンが家まで送って行ってやろう」
よっぽど腹が減っていたのだろう。少年は二人前の寿司をペロッと平らげた。
「ご馳走様でした。もうすぐお母さんが帰ってくるから…」
「そうだな。じゃあ、家まで送るよ」
そう言って立ち上がった時に携帯電話が鳴った。ディスプレイに表示された名前は意外な人だった。
『齋藤さん、今からお邪魔していいですか?』
「日下部さん?名古屋に来ているんですか?」
『そうなんですよ』
「それは嬉しいですね。でも、今はちょっと…」
『大丈夫ですよ。クリスマスプレゼントをお届けに来ただけですから。もう、そこまで来てるんです。なので、少々お待ち下さい』
そう言って日下部さんは電話を切ってしまった。まいったなあ…。その瞬間、家のドアが開いた。ホステス風の女性を連れた男が立っていた。まさか、この人が日下部さん?ずいぶん酔っているようだが…。
「お母さん!」
少年が叫んだ。なんと、この男は少年の母親を連れてきたようだ。そして、驚いている私に向かってVサインをして見せた。
「どうも!日下部です。はじめまして」
「な…」
少年は母親と二人で帰って行った。ローストチキンが入ったタッパーを大事そうに抱えて。母親に何か話して笑っている。母親も笑顔を見せている。どうやら、この母子はもう大丈夫だろう。
「日下部さん、あなた、どんな魔法を使ったんだい?」
「魔法?何のことですか?今、居た店で酔っ払っちゃって、そしたら彼女が同じ方向に帰るというから送ってもらっただけですけど。あっ、齋藤さんへのクリスマスプレゼント、どこかに忘れてきちゃったみたいです」
そう言って頭を掻いている彼はとても初対面だとは思えなかった。
「いや、十分ですよ。あなたにお会いできただけで。何よりもあなたはとても素晴らしいプレゼントを運んできて下さった」
「そうですか?なんだか分からないけど、メリークリスマス!じゃあ、ボクはこれで失礼します」
そう言って彼はとっとと立ち去ってしまった。なんだかキツネにつままれているような気分だった。
「あ、メ、メリークリスマス…」