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【序章】クサの村―白兵戦―

◇魔物豆知識◇



【サイクロプス】


 ギリシア神話に登場するひとつ目をした巨人族で、正確には魔物ではなく下級の神。恐ろしい顔つきと筋骨隆々とした肉体は粗暴な印象を与えるが実際は逆で、彼らは鍛冶の神ヘパイストスを手助けする器用な職人であり、ゼウスの雷、ポセイドンの三叉槍なども彼らの作品である。ひとつ目という外見も鍛冶職人がモデルとされており、焼けた鉄を叩く時に飛び散る火花から目を守るため片目をつぶる姿からきているという説がある。


 一方、後の伝承に登場するポリュペモスという名のサイクロプスは、外見相応の獰猛なだけの怪物に成り果ててしまっている。彼は伝承中の英雄オデュッセウスの仲間を次々と食らったが、最後にはオデュッセウスに一つしかない目を潰されてしまうのである。

サイクロプスの巨人レンヅは、大砲を持ってこようとする傭兵団長達を敢えて止めに飛び出したりはしなかった。


 大砲が平気なわけではない。流石の彼でも、城壁を打ち砕くような一撃を受けて無傷ではいられない。



(ナメきっていたとはいえ、やっぱり大砲ぐらいは用意していたんだ)



 レンヅが巨大な足を足元で槍を突き出している傭兵の頭上にかざす。


 見てわかるほどに青ざめたその傭兵が必死で天を目がけて槍を突き立てるが、レンヅは真っ向から踏み潰す。


 槍は裸足であるレンヅの足を一寸も貫くことができず、槍を支えきれなくなった傭兵と共に下敷きになった。



(……でも、武器庫の場所は最初から『見て』いたからね。そこに向かうことは知ってたよ)



 たった一人で町一つ滅ぼしかねない怪物『サイクロプス』であるレンヅも、大きすぎる肉体は目立ちすぎることを始め様々な枷を抱えている。


 待ちかまえられて大砲や爆弾等の集中砲火を浴びせられては、いくら彼の体力と鋼のような肉体をもってしても耐えられない。






 しかし、ここにはたった一人でやって来たのではない。



(刃向う奴らは、百人でも千人でも僕がやっつけてあげる……)


 数人の束になって襲ってきた傭兵達を文字通り一蹴し、レンヅは逃げるように駆け出していく傭兵団長の先を見つめる。


 何もない地面、それでも長い付き合いで分かる仲間の居場所に向かい、心の中で呼びかける。



(……だから、そっちは任せたよ――スイトン)



――刹那。


 突如地面から弾丸のような形で飛び出した何かが、前方を走っていた傭兵の一人の脇腹に衝突した。


 鎧の隙間を突き飛ばされ、傭兵は鈍器で殴られたような重い音と共に泡を吹いて地面に横転する。



「なっ、ジョージ!?」



 突然のことに団長は思わず立ち止まって吹き飛んだ傭兵の名を呼ぶが、背後に転がったジョージという名前の傭兵は既に白目を剥き気を失っていた。


 残り三人の傭兵も慌てて立ち止まり、かろうじて見えた弾丸状の物体を見つけて剣を構える。


――最も、今は弾丸状ではなく、ボールの下半分が溶けて地面にへばりついたような形をした、半透明の粘液であったが。


 レンヅの急襲による混乱に紛れて侵入し、地中に潜んで機を伺っていたのだ。




「拙者は名をスイトンと申す者。貴殿らには拙者の手にかかるか、戻り踏み潰されるか、どちらかを選ばせてやる」





「は、ははっ……スライムごときが何を」


「馬鹿野郎、油断するな!!」



 レンヅとの対比もあり、外見は弱そうなスイトンの姿に安堵してしまう三人の傭兵を団長は一喝した。


 不意を突かれたとはいえ、一人の仲間を一撃で仕留められてしまったことは事実なのだ。


 びくりと身をすくませ口をつぐむ部下三人に、団長は指示する。



「お前ら……一撃目は迎え撃つな。何が何でも耐えろ」


「!」



 意図を察した三人の傭兵は攻撃態勢を解き、代わりに鎧に覆われていない「急所」の守りを意識した構えに変える。


 この切り替えを見たスイトンは、素直に傭兵団長に対し舌を巻いた。



(ほう……敵ながら良い判断をするな。我々スライムの宿命的弱点を既に理解したのか)



 と、団長の指示が意図するところを察しながらも、スイトンは合わせて戦術を変えたりはしなかった。


 鎧に阻まれようとも凄まじいまでの衝撃を敵に伝える、およそ同族の体当たりとは程遠いタックル。


 粘液状の全身を縮こませることで、ゴムのように弾けるエネルギーを練り上げる。



「来る……!」



 ギリギリと力を蓄える不気味な音を聞き、団長は続けざまに二撃目が来ると悟った。


 地面を円形に抉るほどに叩きこまれた力が、不動の大地に跳ね返され、スイトンの全身を狙った獲物目掛けて吹き飛ばす。


――標的は、この場で最も手強い相手。



(やはり狙いは俺か!!) 



 自分目掛けて真っ直ぐに飛んで来る敵を、団長は部下に指示したように守りを固めた態勢で身構える。



 岩で岩を砕こうとしているかのごとき衝突音。命中したのは、最も装甲の厚い胸部。


 それにも関わらず、団長は守った反動で背後に一歩、二歩とよろめいた。



(ッ……!! 分かっているつもりだったが、スライムのくせに何て力してやがんだ!!)



 体勢が後ろ反りになってしまい、立て直す一瞬の間は剣を振り回せない。


そうして立て直そうとする時間を与えまいと、このスライムは連撃を加えてくるのだろう。


 しかし、反動で後ろに仰け反るのは、全身で衝突してきたスライムの側にも必然。



「お前らァ!!」



 団長が檄を飛ばすまでもなく、三人の傭兵は、反動で宙に浮いたスライムを取り囲み襲いかかっていた。


 一対一なら互いの反動によってこの隙は相殺されるが、今は四対一。


攻撃を受けなかった三人は、重力に身を委ねる無防備な瞬間を狙っていたのだ。



(悪いな……強いとはいえ、所詮はただの体当たりだ!)



 数の利を活かした戦術は、見事このスライムの包囲網の形成に成功していた。



(ふむ……追い詰められたな)



 一瞬とはいえ、体の届く範囲に何もない時間。


 あるとすれば、それは己目がけて振り下ろされる三つの刃。


生憎、全力で迫りくる切っ先を避けて足場に出来るほど、スイトンは器用ではない。


 にも関わらず、スイトンが冷静にこんな感想を漏らしているのは、甘んじてその刃を受ける気になったわけではなかった。



――三つの剣は、全く手ごたえを捉えられない。



「!?」



 三人の目には、球体に近くなった標的のスイトンが突然その場から消えたように見えた。


 反射的にその真下の地面を見ても、姿がない。


地中に潜んだのかと思考が働く前に、呆けた一人の傭兵の足の間の地面を垂直に跳ねる弾丸。


 全身が持ち上がるほどのタックルを顎に食らわされ、また一人気を失い倒れ伏す。


残った二人の傭兵にはわけが分からず、また一人仲間がやられたことを認識するのが精いっぱいの速さ。


 この異様な出来事を把握できたのは、少しだけ離れた場所でそれを見ることができた団長のみであった。



(こいつ……空中を跳ねた!?)



 何の冗談だ、と自分を嘲笑いたくなるような光景であったが、『都合よくそこにあった踏み台を蹴ったような』空中における軌道修正を見てはそのようにしか見えなかったのだ。



「……技を見せてしまったな」



 着地し地面にへばり付いた形になったスイトンは、混乱しつつも武器を構えるしかない二人の傭兵に語りかける。



「ならば出し惜しみは無意味だろう。……次こそは見切れるか?」



 轟音を響かせ、団長を狙った時と同じように跳ねる。


 真っ向から迫る凶弾を傭兵はただ迎え撃とうとするが、際どいところで折れるように軌道が曲がりまたも剣はその敵に刃を浴びせることがかなわない。


 顔面からくらった傭兵が背面に吹き飛んだ。



「ひっ……!!」



 残り一人となった傭兵は青ざめ、既に己の中で恐怖心が闘争心を飲み込んでしまっているようであった。


 冷徹にそれを隙と認識するスイトンは、棒立ち状態の傭兵の足元に素早く潜り込み、無情にも股間の急所を狙い撃つ。


 傭兵は引きつり切った悶絶の表情を浮かべ、泡を吹いてばたりと倒れた。



 

「糞ッ……!」



 武器倉庫へと続く道に立ちふさがるように陣取るスイトンを見、孤立した団長は歯軋りする。


 彼の背後では今もレンヅの巨体に抗い続けている傭兵達がいるが、そちらも動ける人員があと僅かしか残っていない。


 こちらの援護に人員を割く余裕など一人たりともあるわけがなかった。



「さて……残るは貴殿のみだ。武器庫に行けず残念であったな」


「てめぇ……知ってて邪魔しやがったのか!? 畜生、まだだ! 後ろで持ちこたえてる馬鹿共のためにも諦められるかよ!!」 


「ふむ、その意気や良し。貴殿は他とは実力チカラ精神ココロも異なるようだ……荒くれの傭兵には珍しく、な」



 スイトンが彼を警戒していたのは、団長という肩書の他にももう1つ理由がある。


それは彼が背負うようにして帯剣していた長さ1.5Mを超える大きさの巨大な剣、通称グレートソードである。


 この大きさになると普通の剣と同様の太刀捌きはまず不可能であり、身軽な敵との一対一での斬り合いでは十中八九勝てない。


その上重量で相当の体力を消費するため、訓練すれば誰でも扱えるような代物ではない。


 裏を返せば、その武器を帯剣していることそのものが、熟練の使い手である可能性を示唆しているのだ。



(だが今や一対一、あちらの不利に変わりはない。一撃で沈めてくれようぞ)



 ズ、と重々しく鞘から巨大な刃が現れ、団長の両手に握りしめられる。


 ツーハンデッドソード(両手剣)とも呼ばれることのあるグレートソードの扱いとしてそれは正しい。


 しかし、素早く動き的も小さいスイトンのような相手では相性が悪すぎる。



(この期に及んで小回りの利きそうにない剣を……。彼奴はただ愚かなのか、それとも……)



 いっそ素手で戦ったほうが良いのではないか、という煽り文句をスイトンは飲み込む。


 それは余計なことを言って己の有利を揺るがさないようにしたわけではない。


 団長が口を閉ざし、射抜くような視線でこちらの一挙手一投足を窺っていることに気が付いたからだ。


 加えて、彼の表情には邪魔された怒りも焦りも見当たらなくなっている。


 これが上辺だけのことでなかったとすれば、次に振り下ろさんとする刃は感情に妨げられないものになっているだろう。



(本気で、その大仰な剣で拙者を斬り捨てる気か)



 上段に構えているのは、剣の重みというデメリットを振り下ろす速さに転じた一撃を放つためか。


 それでは少しフェイントをかけて一度空振りさせてやるだけで体中ガラ空きになる。


 こんなにも相手の不利が目に見えて分かるというのにも関わらず、スイトンは二の足を踏んだ。


 敵であるこちらが分かるということは、実際剣を構えているあちら側が己の不利を自覚していないとは考え難い。



(何か考えがあるのか……?)



 不穏な思惑を感じつつも、スイトンは跳躍するためのエネルギーを全身で練りこむ。



(否。例えいかなる策略があろうと、拙者の『修羅忌しゅらいむ流忍術』の敵ではない!)



 力を蓄える音を耳にし、団長が剣を持つ腕の両脇を気持ち引き締める。


――直後、自ら刃に飛び込もうとせんばかりにスイトンは真正面に跳ぶ。


 その間、僅か一秒にも満たぬ世界の中で、団長は標的が射程範囲に入るのを待つ。


 ……ということを、当然スイトンは見破ろうとするまでもなく見破っていた。


 刃の切っ先が、僅かに下がる。向こうからやってくる標的と交差させ、一撃で仕留めるために。


 スイトンがその動きを見切ると同時、折れるように軌道を曲げて斜め右下への突進へと変える。



(これこそ我が修羅忌流忍術が一つ、段跳ダントビ。例え『全力で跳躍した直後であろうと』、空を蹴りて進行方向を変えることができる!)



 ビクリ、と身を震わせるようにして、団長が剣を振り下ろすのを思いとどまるが、未然に防ぐにはもう遅い。


 最も効果的に急所を狙える角度に位置する地面に体を叩きつけ、更にその一瞬で可能な限り、バネのごときエネルギーを全身で練りこむ。


 こうして、速度と破壊力が二乗となった一撃の塊が、衝撃音と共に地を離れる。


 鳩尾、別名「水月」。


人体の中で通常より強い痛みを伝える急所が、変幻自在の肉体を持って的確に穿たれた。



「っぅぐ、がぁぁっ……!!」



 団長の大柄な肉体が、力が抜けたように僅かに傾ぐのを見、スイトンは勝利を確信した。


これで結果的にレンヅの脅威となる『兵器』が運び込まれるのを封じたことになれば、傭兵側が勝利する見込みを失うのだ。



(任務完了。ムクの言っていた通り、実に勝算のある戦いで……)



 と、会心の手ごたえに一息ついたスイトンは、凄まじい強さで何かを地面に叩きつける音を聞いた。


 それは、痛みと苦しみを、混濁する意識を、無理やり力でごまかそうとするがむしゃらな震脚。


 気絶する寸前としては有り得ない力の漲った音に、スイトンは半ば本能で危険を感じて団長を見上げる。



「……ぎっ」



 蟹股で精一杯全身を支えている、剣を振る格好としては不細工な姿。


傾いだのは倒れようとした体を、こちらに向き直った姿勢で支えた故の動作だったのだ。


 だがスイトンにそれを笑う余裕などない。


そもそも何故この男は倒れていないのだと驚愕する以外に何も考えられなかった。


 眼前の敵を仕留めんが為、段跳によるフェイントに耐え、無防備なまま晒されていた鳩尾で敵の全力を食らい、それでも振り上げたように構えた剣を動かさなかった。


 全ては、この瞬間の為だったのだ。



「っがあアァァァァァァァァァァァァァァァァーッ!!!」



 勝利という慢心を一時でも抱いたスイトンにとって、己に向かい振り下ろされるグレートソードは完全に虚を突かれる光景であった。


ほんの一瞬、段跳による回避を忘れた放心状態に陥る程の。


 だが、その一瞬の時間さえ稼げれば。


持ち上げている間は重い枷でしかなかった巨大な刀身が、振り下ろす速度に味方する。



(しまっ……!!)



 絶叫するような咆哮の直後、地面を刃で叩き斬る轟音が響き渡った。






 生まれて間もない頃、人間の見習い戦士の練習台にされていた日々。


 物心がついて間もなく強さを求め、現状に甘んじる同族たちと決別した日。


 孤高の旅の中で師に出会い、力と技と心を鍛えた修業時代。


 魔王が討ち取られた少し後、子供のような巨人に出会い……。



 

――考えるのを止め、思い出を踏み台に跳び進むがごとく過去の軌跡をなぞっていく。無音に近い一瞬の間、迫りくる刃を見るスイトンの脳裏にはこんな走馬灯が駆け抜けていた。



 悔いることも、諦観することも分からない空白の心のまま、気づいた時には轟音が響いていた……という状況。



 それをこうして思い返すことが出来たこと自体、彼には奇跡と感じられた。



(何ということだ、あと一歩のところで拙者は今頃……!)



 己の剣に縋るような恰好で両膝をつき、肩で息をする傭兵団長。


 杖のように突き立てられたそれは、ゲル状の肉体を人間の指一本分ずれた地面を貫いている。


 この状況で全くの無傷でいる己を、スイトンは未だに理解できずにいた。



「……!」



 血走った隻眼が、未だ動こうとしない眼前のスライムを視線で串刺しにしようとせんばかりに睨みつけている。


 微弱に震える両腕は、グレートソードのグリップ(持ち手)を握りしめたまま動かない。


 顔のない魔物を、こちらと視線が合っていると疑っていないような、威嚇されていると感じざるをえない強烈な眼光。



「………………」



 掌が開花するがごとく緩やかに開くとともに、グリップを包んでいた両腕が地に沈む。


支えの全てを失った全身は、この瞬間地面に身を預けることを避けられなくなっていた。


 辛くも敵の命を奪うまたとない機会を得られたことを、スイトンはこの時ようやく知ることが出来た。


 振り下ろした瞬間に隙が出来るとか、段取りを立てていた数刻前のことなど忘れている。


 これほどまで近く死を実感させられた以上、勝てた気になどなれなかった。



「……どうした」



 呟くように、うつ伏せに倒れ力尽きた傭兵団長はそれだけ言ったが、さっさと止めを刺さない敵を訝しんでいることは皆まで言わずとも明白であった。


 立ち上がれぬほど力を失った彼よりも苦しげな、非礼を詫びるような声でスイトンは答えにならない問いをかける。



「……名を聞かせてくれ。傭兵の長」



 例え結果がこちらの勝ちであろうとも、己を追い詰めた相手には名を聞き、決して命を奪うことはない。


 これはこちらの甘さと弱さを教え、またひとつ強くさせてくれた『師』に敬意を表するという、スイトン自身の流儀である。


 傭兵団長は地に張り付いた顔面を動かさぬまま口を動かしたため、砂利を唇で撫でる。





「……バーナード・バーグマンだ」


「……覚えたぞ。貴殿のその名」





「おーい、スイトーン!」



 呼び声の先では、足元に倒れた傭兵を大量に転がして大きく手を振る相棒の姿があった。


 傭兵の無力化という役割は、どうやら完遂できたようだ。


スイトンはもう一度、地面に倒れ伏すバーナードに向き直って告げる。



「皆が目覚めたら、仲間と共にこの村から去れ」


「何だと……まさか」


「その状態で仲間の仇と今すぐ挑まれてもつまらぬのだ。貴殿とは、時を経てもう一度戦いたいからな。……我々の洞窟にとっての脅威が取り除かれるなら、今はそれでいい」



 もちろん、村の建物はレンヅにもうひと踏ん張りしてもらうことを主とし、再起不能なまでに滅茶苦茶に破壊してしまうつもりでいる。


だが、あくまで今回の奇襲はこのような集落及び拠点の破壊が第一目標であって、傭兵を殺すことはこのために取りうる手順の一つに過ぎない。


 今のムクである最初の番兵の命を奪った時はクサの村を普通の村と勘違いしていた為、番兵を殺めることで非戦闘員である村人を恐怖させて自ら出ていくようにする狙いがあったのである。



 よって、もしもトスタの洞窟近辺から傭兵達が自ら立ち去ってくれるのであれば、それに追い打ちをかける理由はスイトンには無いのである。


……レンヅの側には、人肉を食らうという理由がないことはないが。



「すまぬな、レンヅ。お前には悪いが今回は……」



 故に、己の何十倍もの人数の傭兵集団を無力化するため奮闘してくれたレンヅには詫びを入れようとするスイトンであるが、レンヅは苦笑いするだけであった。



「分かってるよ、ちゃんと僕の目で『見て』たから。この団長さんが剣を振り下ろした時はスイトンが死んじゃうと思ってヒヤヒヤしたけれど……。それに、こいつらも思った以上に勇敢な奴ばかりだったしね」



 どれだけ武装していようと、武器も鎧も意味をなさない巨体に恐れをなして逃げ出す人間の兵士を、サイクロプスであるレンヅは飽きるほどに見てきた。


しかし今日レンヅが相手した彼らはすべて、自ら武器を手に向かって来た……何十人、放り投げ蹴飛ばし踏み潰しと圧倒しようと、最後の一人すら果敢に挑んだが故の返り討ちによって倒れたのである。



 相棒の思いに共感したレンヅは、この日肉を食らえないことに文句をこぼすことはなかった。

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