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【序章】クサの村―秘密―

◇魔物豆知識◇



【スライム】


 ゲル状の不定形魔物。名の由来も「粘液状のもの」を表す英語からきている。


 ドラゴンクエストを筆頭とするRPGの大ヒットの影響で序盤の最弱魔物という印象が強い。しかし当初は人間に覆いかぶさってあっという間に消化してしまうグロテスクな怪物、いわば肉食の極大アメーバであった。おまけに物理攻撃が効かないという特徴もあり、液状の肉体を以て狭い隙間から突然現れるなど、迷宮や洞窟においては弱いどころか特に警戒すべき魔物の種族。


 今でこそマスコットキャラとしての顔を持つ彼らも、元々はどろどろしたものへの不快感、未知なるものへの不安感が成した存在なのである。


 ほぼ同じ外見をした液状の魔物として「ブロブ」が存在する。こちらの名で呼ばれる彼らは現在でも雑魚ではなく、恐ろしい設定やゲームプレイヤー泣かせの厄介な特性を備えていることが多い。


「村から徒歩十五分でモンスターの洞窟、か……」



 先ほど自分を食べようとしたレンヅという名の巨人の肩に座り、グールとなった少女は呆れたようにそう呟いた。


 山のように巨大な岩の岸壁に、大きな穴が開いている。少女が揺れながら徐々に洞穴に近づいているのは、レンヅが彼女を肩に乗せたままそこへ向かっている為だ。



「うむ、あれに見えるは拙者達の暮らす、『トスタの洞窟』だ。まあ、戦い好きな者はここには殆どいないのだがな。……ところでグールの少女よ、拙者はまだそなたの名前を聞いておらんかったな」



 スイトンと名乗るスライムが少女の隣で言うと、少女は気楽な調子で返す。



「私は奴隷だったし名前はないよ。雇われるごとに番号で呼ばれてた。だから好きに呼んでいい。何ならあんた達が私に名前を付けてみる?」


「ぬ、それは嫌な事を聞いてすまなかった。しかし、名前を付けろと言われてもな……」


「じゃあさ、『ムク』なんてどう?」



 二匹の魔物を右肩に乗せたレンヅが、洞穴を見たまま唐突に提案した。



「何だレンヅ、その女らしさの欠片も無い名前はどこから思いついた?」



 スイトンが若干非難するような調子で尋ねるが、レンヅはあっさりと正直に答える。



「いや、僕の目の前で最初、『ムク』って起き上がったから」


「はあ……まったく、聞いた拙者が愚かであった……」



 手があれば頭を押さえていそうな様子でスイトンがため息をつく。


 しかし、彼と同じ答えを聞いた少女は少し楽しそうに笑った。



「ふふふ……、いや、私はそれでいいよ。たった二文字なら覚えやすいし名乗りやすいもの。私バカだから、長ったらしい名前は忘れちゃうかもしれないし」


「ぬぅ、そなたがそう言うのであれば拙者も止めはしないが……本当に良いのだな、『ムク』」


「いいよ。今日から私はグールの『ムク』だ!」




のっし、のっしと地響きを立てる巨大な足音。


もはや聴きなれたそれには、入り口に立つ彼は一応姿を確認する程度の反応しかしない。


 動きやすく軽い鎧を纏った、犬頭の人型魔物モンスター、「コボルト」。彼こそが、トスタの洞窟の番兵であった。



「よーう、お帰りだな!」



 使い込まれて鈍い輝きを帯びた剣を持った手を軽く上げ、コボルトが会釈する。



「今戻ったぞ、ネッキー」


「ただいまあ、ネッキー兄ちゃん」


「おう、相変わらずだなスイトンの旦那もレンヅも! ……ところで、肩に乗ってんのがどう見ても旨そうな人間なわけだが。中で食うんなら俺のぶんも残しといてくれよ?」



 見慣れぬ少女の姿を見たコボルトのネッキーが舌なめずりをしてそう言うと、少女はレンヅの肩の上から軽々と飛び降りて挨拶する。



「初めまして、私はムク。こう見えてもグールなんだけど、それでも食べてみる?」


「ええっ、お嬢ちゃんそれマジで言ってんのかい!? 確かにちょっと生っちろいけど全っ然グールっぽく見えねえわ!」


「いや、むしろグールっぽいってどんな感じなの? ……えっと、ネッキーさん?」


「うわ、知らないとか逆にリアルっぽい……、あー、口で説明するよかご本人に登場して頂くからちょっと待ってろ。……おーいガリクソン!! ちょっとこっち来ーい!」



「うぉーい……今呼んだかどネッキぃー……」


「おーう! 新入りがお前の姿を拝みたいらしい! お前と同じグールだぞー!」


「グール……? うををーっ……仲間、仲間かどぉーっ……!?」



 ネッキーが洞穴の奥に向かって叫んだ話に応えが返ってきた後、そこからやせ細った人影のようなものががに股でこちらに走ってくる。


 髪はボサボサで痩せ細った体躯。左目は無く、右目から垂れ下がった眼球が走りに合わせて振り子のように揺れていた。破れてボロボロになった衣服から覗く肉体は、右足の足首から下を始め所々白骨化している。



「どーも初めましてだす。おで(俺)がグールのガリクス(ソ)ンだどす」


「初めまして、同じグールのムクです」



 外見が生きた人間と殆ど見分けのつかないムクの姿を見ると、ガリクソンは目玉の無い眼窩を大きく見開いて驚きの表情を形作った。


 続いて、まじまじと顔を近づけて見つめる代わりに、飛び出した目玉を片手で持ってグイとムクに近づける。



「ほええ? おめ(お前)さん、ホントにグールなんだど? ……でも、確かにちょっとだけ匂いが、ちょっとだけ"おで"らと同じ匂いはするど……そんだら、おでの仲間に違いはないど」


「本当か!? でもガリクソンが言うならそうなんだろうなあ。この娘、ふっつーに食ったら旨そうに見えるのに……」


「そういう訳だ。急かすようですまないがそろそろ行っていいだろうか? 拙者達は彼女と話し合わなければならぬことがあるのでな」


「おっと、そりゃこっちも引き止めて悪かったなスイトンの旦那! まあ、そのお嬢ちゃんが間違って食われないようにだけ気ぃつけな!」


「良がっだら、後でムクもおでの所に一度寄ってくれるといいど。あど何人がそこに仲間がいるがら、おめさんが来たらみんなで歓迎するど!」


「ありがとう、用が済んだら遊びにいくね」



 こうして、スイトンとレンヅは自分の住処へ、ムクは魔物として初めて入る「魔物の集落(洞窟)」へ、足を踏み入れていった。


「このトスタの洞窟を含む、たいていの洞窟には穴堀りの得意な魔物がいてな、そいつに頼んで壁を掘ってもらい、部屋を作らせるのだ。もっとも、手間賃はどこも安くない。だから複数の魔物で手間賃を分割するために相部屋にするのが基本だな」


「僕なんかは無駄に大きいからね、僕が寝られるスペースを作ろうとしたらお金がかかってしょうがなかったよ」


「……じゃあ、何? この広いお部屋にはあんた達二人しか住んでないってわけ?」


「うむ」



 ムクが呆れたような顔で見上げた天井は人間の住居なら二階分以上はありそうなほど高く、敷地はそこでスポーツの一つでも出来そうなほど広かった。


 彼女がそうして部屋を一通り見渡している間に、スイトンが分厚い毛皮のようなものを引きずってくる。



「すまぬな、拙者達には習慣がないゆえ椅子もお茶も用意出来んのだ。せめてこれにでも掛けてくれたまえ」


「さて、早速本題に入るぞ」



 スイトンは何も敷かずに地面の岩肌にへばり付き、レンヅは自分用らしき大きな毛皮を担いできてその上に胡坐をかいて座り、ムクはスイトンに用意された毛皮に足を崩して腰を下ろした。


 だが三匹(一人と二匹?)が均等に向かい合わせで座るには約一名体格が違いすぎるため、レンヅの前にスイトンとムクが均等な距離で座るような態勢である。



「こちらから聞きたいこともあるが先約は守ろう。ムクは先ほど『クサの村を滅ぼすのに協力して欲しい』と言ったな? その理由を話してくれるか?」



 スイトンが促すと、ムクは顎に手を当て考える素振りを見せながら語り始めた。



「まずはあの村が普通の村じゃないってことを説明しなきゃいけないかな。誰か、今までにあの村で私以外の女や子供を見たことある?」


「この洞窟でクサの村の偵察に出たのは拙者が初めてだ。敵情を『見る』ことにかけてはレンヅの分野だが……どうであったのだ、レンヅ? お前には人間が暮らしている姿が見えたのだろう?」


「うん……確かに僕が見たときは男しか暮らしているのを見なかったけど、いくら僕の『目』でも壁に遮られたものは見えないし……たまたま女の人やチビちゃんが家から出ていなかっただけだと思ったから、特にあの時言う必要はないと思って」



 レンヅはそれがどうしたのかと言わんばかりに頬を掻くが、対してムクは僅かに嘲りのような表情を浮かべてこう言った。



「家の中にもいないさ。何故ならあれは今、村ですらないからね。……アレはあんた達魔物を欺くために、村を装って作られた」


「何だと……? では、本当は何だというのだ?」



 この辺りの魔物に無関係ではない。先刻のムクの言葉を思い出したスイトンは、不吉な予感に見舞われた。

 

 そして続けざまに口を開いたムクによって、スイトンはおおよそ予感が的中してしまったことを知る。



「駐屯基地。あの村には、この洞窟の魔物達を殲滅するために雇われた兵士しかいないんだよ」


「にわかには信じられぬ……奴らは我々を騙すためだけに、本物の村と相違ない基地を建設したとでも言うのか? 拙者には目的と手間が釣り合っていないように見受けられるのだが」



 元々、スイトンは近場に出来た村が、魔物の討伐軍の足掛かりになることを恐れてクサの村を滅ぼすことを考えていたのだが、まさか住人が全員傭兵とは考えもしなかった。



「いや、今は傭兵共しかいないけど、洞窟の魔物という『脅威』を排除した後は傭兵は全員出ていき、代わりにそこに住もうとする人間がやってきて本物の『クサの村』が完成する、とも聞いてる。要するに、成功すること前提で自分達の家を立てている奴らがいるってこと」


「僕らを見くびっているってことだよね。確かにトスタの洞窟には戦い好きな仲間はあんまりいないけど……。だからって弱いと決めつけられちゃうのはちょっと頭にくるなあ」



 レンヅが面白くなさそうな顔で腕組みする。



「奴らは今、まだ準備段階で武器や装備が大して整ってない上に、この洞窟の魔物を楽に殲滅できると高を括っている。今のうちにこちらが奇襲をかければ、勝機は十分にある……と、私は考えているのだけれど」


「ふむ、クサの村が滅ぼすに値する理由はよく理解できた。しかし、お前自身があの村を滅ぼそうとする理由……もとい、傭兵共を殺そうとする理由をまだ聞けていないな」



 スイトンが尋ねると、ムクは「ああ」と言って軽く笑った。それは苦笑いに近い、自分を笑っているような仕草であった。



「憂さ晴らし……かな。ぞんざいに扱われた奴隷の、主への復讐。……何か疑問は?」


「……分かった、十分だ」



 遠回しな表現から口にするのも憚られる悲劇を察し、スイトンは自嘲気味に言うムクを優しい声で制した。



「今度はこちらからの質問についてだ。『死ねばグールになる魔法』のことについて、お前が知っていることを教えてくれ」


「悪いけど、魔法そのもののことについては私も学が無いからよく分からない。ただ、クサの村の傭兵の雇い主と、私を買った奴は同一人物。そして、私を実験体にした魔法使いもまた、そいつに雇われていたみたいだ」


「それだけの人物を動かせるということは、裏に控えているのは人間の金持ち、おそらくは貴族か……。その貴族が命令して、魔法使いにそのような実験をさせたのだろうか?」


「さあ。そこまでは私も知らないよ。でもどちらにせよ、あんたとその仲間達を皆殺しにしようとしている奴は、ろくでもない奴だってことは確かだ。……同じ人間から見ても、きっと」



 雇われ専門の兵士である傭兵部隊は報酬に依存するが故に、己の利益の為なら平然と裏切り・略奪行為を行う無法者ばかりが徒党を組んでいることが殆どだ。


 金に困って旅人を襲う野盗と化していることもさして珍しくはなく、その凶悪ぶりは旅商人同士が常に情報を交換し合って警戒しているほどである。


 よって己の体面を命と同等に扱う上流階級の者達は、たとえ非常時であろうと後々の悪評を恐れて傭兵を雇うことだけは避けようとする。


 だが、いわゆる『勝てば官軍』の思想を持つ過激派、体面より利益を優先する強欲者、汚れた体面すら金で揉み消そうとする輩などといった例外も居る。


 そして、このように倫理を捨てた者達がまともな心の持ち主であるわけがない。



「……元より、拙者はこの洞窟の脅威となるあの村を滅ぼすつもりでいた。だがお前から話を聞いて、これは義務だと確信した」



 忍者口調のスライムが、静かに淡々と意志を語る。



「つまりあの村にはロクでもない奴が雇った、ロクでなししかいないってことでしょ? いいね。後味悪い思いはしなくて済みそうだ」



 子供のような巨人が、子供に似あわない獰猛な笑みを浮かべる。



「あんた達……」



 生まれ変わりたてのグールの少女が、初めて魔物から手を差し伸べられたことを認識する。



「これからは、拙者達のことは名前で呼べ。今宵この時より、我らは仲間だ。……異存は無いだろう? レンヅ」


「……」



 レンヅは返事をする代わりに、黙って右手を手の甲が表になるようにゆっくり差し出した。


 スイトンは体を変形させて人間の腕のような形を作り、同じように手のような部分を重ねる。


レンヅの手が大きいため、その『手』はかろうじて端に届いてるといった状態だ。


 そして、二匹が何を求めているかを察したムクは、青白い手をレンヅの親指の上に置いた。



 種族の違う、ただ魔物であることのみが同じ三つの手が、ここに重なる。




「明日の晩、クサの村への奇襲を決行する」

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