本当の再開
――――――私は。
幸せ者なのだろうか。
それとも、とんでもない不幸者なんだろうか。
カルネイジという名の化け物が地上を蹂躙する時代に重なるように生まれ、神となる事を余儀無くされた。とある仲間と地上に降り、とある少年と恋に落ち、とある少女に友達と、いやそれ以上と呼ばれる。
まるで幾つもの幸運も不幸が絡まりあったこの状態。
人生なんて、こんなものなのだろうか。
生まれてから死ぬまで、両極端な運命が重なりあって出来る人生。その運命が大袈裟かどうかは、その人生次第。
そして、その人生は潰えようとしている。
自身と仲間になった少女の手によって。
――――――だが、最後に過ちに気付いた彼女は、私を運んでどこかに連れていった。
途中で気を失った為、確かな記憶は無い。
……終わるの、かな。
私の人生は、ここで全部。
でも、何だか終わる気がしない。まだこの身体には、生の温もりが残っている。
目が覚める。
まだ、終わってなんか――――――いない。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……ん」
白い。
どこまでも白い。
ピントが合わず、白しか見えない。
だがそのうち、視界が鮮明になっていく。いつからか、ここはどこかの部屋なのだと気付く。
(わ……た、し……)
ここはどこだ?
そもそも、私は誰だ。
私は――――――ヒツユ。そう、ヒツユだ。
そう自分に言い聞かせ、その身体を起こす。
辺りはまだ暗い。窓から射し込む月の光が、彼女の白い頬を照らす。どうやら自分はベッドで眠っていたらしい。部屋の何もかもが白く染まっており、ここは病室である事が伺えた。彼女の紅い瞳には、その白い部屋の中で唯一色の付いた、赤い花が映る。
綺麗だ。
そう思える。
私はまだ、生きている。
それを再確認したヒツユは、自らの掌を見つめ、そして身体を確認する。物理的に生きているのか、それを確かめる為に。
「……?」
ふと、気付く。
彼女の胸には、なんだか大袈裟な、楔のような機械が取り付けられていた。その真ん中から何かが伸びているのだとすれば、当然それがぶつかるのは彼女の心臓である。
大きさは少し大きく、握り拳程度の鉄の塊が、そのまま胸に埋め込まれている感じ。
(……これ、は……?)
なんだか訝しげになってしまうヒツユだが、今は目覚めたばかりだ。情報が足りない。それに、グダグダと考えてもどうにもならない代物の様だと言うことは、何と無く分かる。それ以外の部位には特に怪しげなものは無いのを確認して、ヒツユは目の前に視界を戻す。
――――――前、に。
今。
視界の端に何かが映った。
――――――訂正しよう。先程の花は、この部屋の中で唯一色が付いている、といった。だが、違う。
そんな白い部屋の中に、また一つ、色の違う存在を見付けた。
それは、黒。だけど心地良い、闇を感じさせない黒。
温かい黒。優しい黒。自分の為に涙を流してくれる、まるでそう、『姉』のような存在の――――――黒。
「……ひ、」
その海の様な青。青い瞳。
夜風に揺られ、静かにたなびく紫。紫色の髪。
その存在だけで、三つの色がある。
だが、ヒツユは知っている。
彼女の中には、色だけでは説明のつかない何かがある。
その存在の、その青い瞳から一粒の涙が滲み、そして白い頬を伝い、白い床に落ちていく。
それは可憐で冷たくて、今にも崩れそうで、壊れそうで、何かを待ち望んでいたような疲労感を見せる機械。だけど、機械ではないそれ。
だってそれは、『心』を持っているのだから。
「ヒツユッ……!」
まるで倒れるのを支えてもらうように、力無いハグが飛び込んできた。力無い腕を力一杯締め、ただ再開を喜ぶ機械。
――――――温かい。
何故だろうか、この機械は温かさを持っているのだ。物理的な温かさでなく、この心に染み込むような、上手く言葉じゃ説明出来ないような、そんな温かさ。
それが『愛情』だと。
『思いやり』だと。
そう認識出来る自分は、ちゃんと人間でいられている。
創られた『神』などではなく。
ちゃんと『霧島日露』である事が出来る。
だから、ヒツユはこう呟く。
この身体に触れ合う機械の少女の想いを全て受け取って、こんな言葉を返すのだ。
「――――――――――――ただいま、イリーナ」
自分も力無い事を知りながらも、ヒツユはイリーナを抱く。自分の体温が、温かさが、向こうに伝わるように。
「ヒツユッ……ヒツユッ……ったく、ホントに……アンタはぁっ……!」
「イリーナ、もう大丈夫だよ。私は大丈夫」
「こんなに心配掛けてっ……! 心配……したんだからっ……!」
「ごめんね……ホントに」
「もう……バカッ……‼︎」
その黒い腕が、力一杯にヒツユを抱き締める。イリーナは自分が年上だということも忘れて、今までヒツユの前で見せた事の無い涙を見せた。まるで小さな子供の様に、弱くて儚い欠片のように。
ヒツユも、自然と涙が浮かんでくるのを感じた。再会が嬉しいからか、それとも彼女が自分を心配してくれたからか。
だが、そんな事は関係無く。
二人の少女は、夜風に吹かれながら、泣いた。
再会を、喜んだ。
――――――あぁ。
なんだか、空いていた何かの、その一つが埋まったようだ。
仲間との再会。
自分がいることで、また一人、喜んでくれる人がいる。それはこれまでの時間の中で手に入れたかけがえのない、そしてこんな数奇な運命を辿らなければ絶対に手に入らなかったものであり、ヒツユはこれを素直に喜んだ。
全てはこれに収束する。
――――――私は、生きていてよかったんだ。
そう、思えた。
ヒツユがヒツユとして作ることの出来た、最初の仲間。
そんな大切な存在に出会えていて、ヒツユは本当に幸運だと思った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
朝。
昨日とは違った光、太陽の光が病室を明るく照らした。
「……う……ん、……」
その光に照らされて、ヒツユの意識は徐々に覚醒していく。気付けばヒツユは、ベッドに横倒しになって眠っていた。
そして、眼前にはイリーナの寝顔があった。本当に気持ち良さそうに、ぐっすりと眠っている。まるでヒツユが大人に見えるほどの無邪気な寝息を立てる彼女は、ヒツユの手に指を絡めながら、柔らかにその手を握っていた。
きっとヒツユが眠っている間、彼女はろくに眠れもしなかったのだろう。あんな夜中に目覚めたヒツユに、すぐに抱きついてきたのだから。
「……ありがとね、イリーナ」
イリーナの耳元で、小さく囁く。
それが聞こえていたのか、それとも単にくすぐったかったのか、イリーナは僅かに悶え、身体を跳ねさせる。
ヒツユは横倒しになった自身の身体も起こさずに、安らかに眠るイリーナの頬に手を当てる。
(やっぱりどんなになっても、イリーナはイリーナのまま。優しくて強くて、でも時々可愛くて)
キスをしてしまいたくなるほど愛おしいその寝顔は、とても年上の女性とは思えないほど純粋だった。
紫色の髪が、ヒツユの肌に触れてむず痒い。
(大好きだよ、イリーナ。どんなに時間が流れても、ずっと一緒の友達で居たい)
そう、ささやかな願いをその寝顔に託しながら。
彼女が目覚めた時、自分がいつでもその視界に入れるように。
ヒツユは起き上がろうとはせず、もう一眠りした。