友達
交差の後の静寂。
そして、それを掻き消す衝突音。
まるで地面が砕けるかのように、二人の身体は叩きつけられた。
既に日も沈みかけ、赤い夕焼けが二人を照らす。それらは影となって、どちらがどちらかも見分けがつかない。
横たわる二人。
音もなく流れる鮮血。バチバチとなる電撃音。
どちらが勝ち、どちらかは負けている。
しかし。
ゆっくりと、一つの影が立ち上がった。
ザク、ザク、と。
地面をゆっくり、一歩ずつ歩くそれ。途中で力無くよろけそうになるが、踏みとどまる。
「…………」
ハァ、ハァという吐息の連続。
やがて、立ち上がった影は、もう一つの影の横で立ち止まる。そこでとうとう耐え切れず、膝をついてしまう。
そこでその影は、呟く。
力無く。
敗者の、名前を。
「……ヒ……ツユ……」
それは、まごうことのない、イリーナの一言。
今膝をついているのは、神ではなく、戦闘機械の方だった。
「アンタの……負け、よ」
身体中ボロボロになり、身体の所々から電気が漂っている。もはや何か身を守るものもなく、ただそのパイロットスーツのような黒を纏った、ただのガラクタである。
銃も破壊され、ピットは全て撃墜。
もはや飛ぶことしか出来ないイリーナは、しかし勝ったのだ。
その腰に備えられたレーザーソードを。
ヒツユの心臓に、突き立てる事によって。
「……イ、リー……ナ……」
「なのに……」
イリーナは、真っ直ぐにヒツユを見つめる。既に神ではなく、ただの少女と化してしまった彼女を。
「なのに……なんでアンタ……」
額から、唇の横から、身体中から。
その紅い瞳と同じ、真っ赤な血を垂れ流しながら。
なのに、彼女は。
「なんで……笑ってんのよ……‼︎ なんで……‼︎」
笑みをこぼしていた。
これから死にゆく少女とは思えない、穏やかな笑みだった。決して上辺などではない、相手を想った結果の笑みだ。
「イリー……ナ……。 え、へ……がはッ‼︎」
「何よ‼︎ 何なのよ‼︎ アンタ、どうしてそんな……‼︎」
「……だっ……て……」
ヒツユは、その手をイリーナの頬へと動かし、そして触れる。
それは死の直前の冷たさに包まれており、尚且つ、彼女の暖かさも混ざっていた。
「イリー、ナ……泣いて……くれ、てるから……」
「ッ‼︎」
自分でも気付くことの無かった生理現象。
何故だ。
今の今まで、イリーナはこの少女がどうしようもなく憎らしかった。早く死んでしまえと、この手で殺してやると、そう心から願っていたハズなのだ。
なのに。
何故、それが達成出来たというのに。
何故――――――イリーナは、泣いているのだろうか。
ちゃんと涙を流している。
ヒツユのその手に触れながら、イリーナは自らの頬にも触れる。
(……濡れ、てる……?)
そんな。
そんなワケがない。
生まれ変わり、今までの甘い自分を捨てたというのに。
自分は。
イリーナ・マルティエヴナ・アレンスカヤは。
まだ、こんな少女の死くらいで泣いてしまうのか。
完全に敵だったというのに。
「嬉、しい……ん、だよ……やっぱり……イ、リーナは……優しい……まま、だ……」
「ッ……そんなワケない‼︎ アタシは……‼︎」
「強がらなくても……いいん、だよ? イリーナは……いくら強く……なっても……それでも……優しい……まま、だから……」
悲しくなんかない。
悲しいハズなんてない。
なのに。
この目から、涙は流れ続けている。どうしてだ、こんな感情は捨てたハズなのに。
「イ、リーナ……ッ」
「……何、よ……」
だが、激しく咳き込むヒツユ。吐かれた血はイリーナの頬に飛ぶが、もはやそんなことなど気にしていられなかった。
「……あり、がと……う」
「ッ⁉︎」
イリーナの表情が、驚愕の色へと変わる。
だが、続ける。
もう時間は残されていない。
「こん、な……何も無い、私に……色んな事、を……教えて、くれて……友達に……なってくれて……わた、し……本当に、……嬉し、かった……」
「……ッ‼︎」
渦巻く感情。
本当の気持ちと、反抗する気持ち。
それは、きっとあの五十嵐に植え付けられたものなのだろう。
だが。
「……死なせ、ない……」
「……ぇ……」
掠れ声を上げたヒツユ。
瞬間、その身体は抱き抱えられる。地面にボタボタと血が垂れる。だがイリーナは、それよりももっと大切な事に気が付いた。
それは。
「アタシが傷付けたアンタだもの……絶対に、死なせたりなんてしないからッ‼︎‼︎」
刹那、ジェットパックを起動。肘部、背部、脚部のそれらを全て同一方向へと向け、そして。
最大出力で、噴出した。
先程の闘いよりも、もっと強く。
一番の使命だから。
これをしなければ――――――『友達』などではない。
「イリー……ナ……どうし、て……」
「……『友達』、なんでしょう?」
「……ぁ……」
イリーナはそう言うと、何処からか変な機械を取り出した。それは、ネジのヘッド部分だけのようなもの。
それを二つ、開いた胸の風穴に着ける。たちまちそれはヒツユの肉体と同化し、その傷を埋める。
「血が流れるのは押さえたから……後は早く治療するだけ‼︎」
そう言ってイリーナは更に出力を高める。
二人は、空中庭園へと消えた。




