神と戦闘機械
「がッ……あ、あァッ……!」
「イリーナ……!」
ヒツユの薄く発光する指が、イリーナの喉に食い込もうとする。ギチギチ、という音が微かに、しかし強く響く。
「目を覚ましてよイリーナ! 私達、一緒に降りてきた仲間でしょ⁉︎ なのにどうして……なんでこんな事するの⁉︎」
「決まってる……じゃ、ない。アンタみたいな……化け物を……この世から消す為よ……‼︎」
締められた首。
それは回路の接続に異常をきたすかもしれない。
今、イリーナの声は酸素が入らないから掠れているのではなく、声を発する回路へ圧力を受けているから掠れているのだ。
しかし、イリーナは自身の首を掴む腕を押さえ付けると、抵抗するように引っ張ろうとする。
「そう、よ。……アンタみたいな……ゴミ以下の……ケダモノを……殺して殺して、殺し回りたいのよ……ッ」
「どうして? どうして、イリーナはそんな事を言うようになったの? 先生に何か言われたの?」
「先……生? 五十嵐の……事ね。勘違いしない、で。アイツに心から従ってるわけじゃ……ない。けど、アイツに従えば……カルネイジなんて……一掃出来……る!」
ノイズが入った声を発生させ、イリーナは強く言いつける。
「ヒツユ……アンタは……化け、物よ。だから……」
刹那、ピットがヒツユの周囲に展開される。ピットはイリーナの脳波によってコントロールされる。つまり四肢の動きが制限されたとしても、操作することは可能。
ということは。
その一言で、ヒツユを絶命させる為の一発を放つことが出来る。
「死――――――」
――――――爆発。
「ッ⁉︎」
あろうことか。
イリーナの従えているピットが、全て破壊された。
撃つことに特化したレーザーピットも。
守りさえ両立出来るシールドピットも。
何故。
それは、ヒツユの身体から無数の針のように、自らの肉体を尖らせて硬化させたものが飛び出したから。それが、全てのピットを貫いたからだ。
それはピットだけではなく、イリーナの頬をかする様に飛び出した。彼女の切れた頬から、かすかに血が滲む。
「……嫌だ」
声。
決意の声。
「イリーナは……どんなになっても……私の……」
しかし、揺らぐ声。
「私の……『友達』だからッッ‼︎‼︎」
その一言が、とてつもなく苛ついた。
胸がムカムカする。この気持ち。殺す事に躊躇の無い今だからこそ、この少女が。
とてつもなく。
気持ち悪い。
「ッ……ざ、けんなァッ‼︎‼︎」
「ッ⁉︎」
ジェットパック起動。ありったけの出力で、そのまま前進する。何百キロを超えた速度でそのまま弧を描きながら、地面へと急降下していく。
ヒツユは突然の行動に耐えきれず、その首に構えていた腕を離してしまう。それどころか、そのままイリーナのスピードに押し出されてしまう。
そして。
ゴッッッッッ‼︎‼︎‼︎ という轟音と共に、地面に激突。
「ッ、かはッ……⁉︎」
ヒツユは激しく吐血。
その赤い血が、イリーナの頬に飛ぶ。
刹那、光が見える。
ヒツユはそれに極度の危険を見出し、咄嗟にそれを掴む。
「っ……ハァ……ッ! ハァ……ッ‼︎ ハァッ、く……‼︎」
激しく息切れするヒツユ。だがその腕の力だけは、何があっても緩めることが出来ない。
何故なら。
それが掴んでいる物は、イリーナが咄嗟に突き出したレーザーソードの持ち手だったからだ。
ググッ、とゆっくりだが強い力が加えられる。ロボットの機械というポテンシャルが生み出した、人間には叶えようのない腕力。
だが、それを言うならヒツユだって人間ではない。
「……ッゼェんだよ‼︎ アンタはそうやっていつだって友達ぶりやがる‼︎ でも、最終的には裏切って、置いていく……‼︎」
それは、最初から。
イリーナ達が空中庭園から降りた時。
苦戦するイリーナを置いて、一人で全ての猿型カルネイジを片付けてしまったこと。
そして、その次も。
イリーナが倒れた狼型カルネイジとの戦闘すらも、ヒツユとイチカが片付けてしまったこと。
さらに。
最後に出会った時には、既に彼女は辛うじて保っていた『人間』のくくりすらも超えてしまっていた。
目の前の彼女。
そう、『神化』してしまったこと。
「そのクセ、アンタはアタシに持ってない力を持ってる……‼︎ 所詮アタシよりナンボも下のガキのクセに……アタシが背負っている物も知らないでッッ‼︎‼︎」
更に力が込められる。
ヒツユの心臓に刃が届くまで、後数センチという有様。
既にイリーナは正気を失ったかのようにヒツユを睨み付け、その刃に全霊を込めて力を注ぎ込む。
「アンタ言ったわよね……アタシが力を求めた時……『人間をやめられる?』って……。アタシはねェ、あの時から既に人間じゃなかったのよ‼︎ この身体はあの化け物共に喰い荒らされて、もはや脳も死にかけて、そんな時にアタシはこの身体にされたのよ‼︎‼︎ まるで、図られたかのように‼︎」
そうだ。
あの時、あの五十嵐に目を付けられなければ。
もしかしたら、カイトと同じ場所に行けたのかもしれない。こんな鉄臭くてエネルギーが溜め込まれた危険な身体にならなくてよかったし、こんな哀しい業を背負う事も無かった。
今のイリーナは、ただの復讐鬼だった。
カイトを殺した全てを殺す。
それが正しい。全て正しい。
こんな害悪、消え失せれば良いのだ。それが彼女の望みであり、世界の望みであり、カイトの望みであるハズなのだ。
「これだけはアンタの言う通りよ。力を得るには人間なんてチンケでショボいものは捨てなくちゃならない。だからアタシは捨てた‼︎‼︎ この喰い散らかされた身体を機械で再構成して、人間であることを、いや、生物である事を捨てて、アタシは復讐の為の機械になった‼︎‼︎」
更に加えられる力。
もはや、ヒツユには支え切れない。
「でもアンタとは違うのはねェ、ヒツユ‼︎ アンタはその力を後悔している。そんな力を手に入れた事を、いつまで経っても後悔している‼︎ アタシは違う。この力を受け入れる。この力を歓迎して、全てアタシのものにしてやる‼︎‼︎ アンタはそれを祝う最初のクラッカーよ、ヒツユッッ‼︎‼︎」
限界を知るヒツユ。
もうだめだ。
抑える事が出来ない。
「アンタの身体をブチまけて、盛大な血飛沫をアタシに浴びさせなさいッ‼︎‼︎ ヒツユゥゥゥゥッッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎」
そして。
その光の刃が、ヒツユに突き刺さる。
(だ――――――めッ……‼︎‼︎)
が。
「……っ。そうね。そういえば、アンタらも居たわね」
その刃が、止まる。
実際には少し触れており、そこから赤い血が滲んでいる。が、致命傷には至らない。
瞬間、ヒツユの顔面にイリーナの脚が突き刺さる。そしてそれを何とも思わない様に、イリーナは見当違いの方へとロングライフルを発射する。
雄々しい、しかし悲痛な叫び声。
それは、白虎のもの。
「そッ……んな……」
「所詮はやられたイチカの亡霊ね。脳天をぶっ放せば一撃。人間の様な思考が無い怪物なんて、そんなもんよ」
だが、イリーナの死角から、蛇が数体伸びてくる。
しかし。
「カスが」
二つのロングライフルを連結し、マシンガンの様に連射する。その青い光の槍は弾幕を作り出し、蛇は全ての撃ち貫かれる。
「そういえばこんな奴らに殺されかけた事もあったわねェ、今じゃこの有様だけど」
しかも、とイリーナは加える。
「親玉までまとめて……」
連結しているライフルは僅か数秒間チャージされる。
それは、玄武型がどうすることもなく、過ぎていく時間。
それが終わった時。
「……死ね」
鋭い槍のような、圧縮されたブルーのレーザーが、玄武型本体の目玉に直撃する。それは脳を突き抜けて、空の向こうへと消える。
当然、玄武型は絶命。そのビル程もある巨体が、雪崩れ込む。
「ッ……‼︎」
一瞬気が逸れた事により、ヒツユの拘束が疎かになった。彼女はイリーナのそれを抜け出し、再びイリーナの首を掴む。
「がッ……⁉︎」
そして、ヒツユも得体の知れない神の力によって、イリーナにも劣らない速度で彼女の身体を押し込む。それは崩壊しかけた古いビルの壁面に叩きつけられ、攻守が逆転する。
しかし、ヒツユはイリーナに刃は向けない。
彼女が用いるのは、言葉。
「……確かに、私は後悔してた。こんな力無ければいいのにって。普通の女の子として、願わくばもっと違う形でイリーナに会いたかったなって、いつだって思ってる」
でもね、と。
「今は感謝してるよ、だって」
首から手を離し、その両腕を抑える。イリーナに息が掛かる程まで顔を近付け、ヒツユは言う。
「――――――歪んじゃった友達を元に戻す為に、対等な関係で話が出来るから‼︎‼︎」
額と額を合わせる。
「私はどんなイリーナも大好き。だからこそ、イリーナの力になりたいの。私はイリーナがどんな過去を送ったかなんて知らないし、それに何を言ったら一番良いかも分からない。けどね、」
お互いの瞳は、お互いを見つめ合う。
「今のイリーナが間違ってる事だけは、身体中にビリビリくるレベルで分かるよ‼︎ 考えとかじゃない、心で分かるんだよ‼︎」
「何、を……ッ‼︎」
「私は人間を捨てた。イリーナの言う通り、怪物になったのかもしれない。けど、心まで怪物になったつもりはこれっぽっちも無い‼︎‼︎」
「うる……さい……」
「イリーナだって機械になんか成り切れてない。心は、何処までいっても人間のままなんだよ‼︎」
「うる、さい……‼︎‼︎」
イリーナは首を強く横に振る。
「だから……‼︎」
「うるさいッッッッッッッッッッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」
破壊されるビル壁。
イリーナはジェットを逆噴射する事でビル壁を突き抜け、ヒツユの拘束を抜けたのだ。
「うるさいうるさいうるさいうるさいッッ‼︎‼︎‼︎」
そして、再び戻ってくる。その刃を、振りかぶりながら。
「イリーナァッ‼︎‼︎」
「呼ぶなァァッッッッ‼︎」
ヒツユは再び肉の剣を創り上げ、イリーナと交差する。その剣の材質はビームに抵抗がある様に設定する事で、光の塊と交差しても切れることは無い。
それが、『神』であるヒツユに出来る対抗策。
ギィィィィィイイイッッッッッッ‼︎‼︎‼︎ と擦れ合う音。
お互いがお互いの刃に抵抗を持ち、そして削り合う。
「化け物の分際で……アタシの名前を呼ぶなァァッッ‼︎‼︎」
「私は化け物じゃない‼︎‼︎ イリーナの友達なんだから‼︎‼︎」
「それが気持ち悪いつってんだよォォッッッッッッ‼︎‼︎」
再びぶつかる。擦れ合う。離れる。
それの繰り返し。
ぶつかる。擦れ合う。離れる。ぶつかる。擦れ合う。離れる。ぶつかる。擦れ合う。離れる。ぶつかる。擦れ合う。離れる。ぶつかる。擦れ合う。離れる。
ガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッッ‼︎‼︎ という音。人間ではない二人の衝突によるそれは、もはや音として聴き取る事が困難なまでに達していた。
ただ、イリーナの悲痛な叫び声と、ヒツユの必死の説得は、お互いの耳に入り込んでいた。
そして。
二人はこれで決着を迎えようとする。
「イィィィリィィィナァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎」
「ヒィィィィィィィィィツゥゥゥゥゥゥユゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウッッッッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎」
神と戦闘機械。
望みと復讐。
その二つが、最後の衝突を繰り広げる。
決着は。
決着は――――――――――――