望まなかった再開
ダンッ‼︎‼︎ と。
ヒツユは、乗っている朱雀の背中に拳を叩き付ける。
「……なん、で……」
グッと歯を食い縛りながら、ヒツユは悔しがる。
「なんで……こうなるの……⁉︎」
意味が分からない。
イリーナはあの爆発で死んだか、または生き延びていたとしてももう会えないものだと思っていた。それは自分のせいだと、強く自身を責めていた部分もあった。
だが。
彼女は黒く、そう、何もかも黒くなって、ヒツユの目の前に現れたのだ。
見た目も。
性格も。
面倒見の良い姉のような性格とは違い、冷酷で残忍極まりない性格へと変貌していた。
頭を抱えて考えるヒツユ。
(……この期間の間に一体何が……)
そもそも。
あれだけの武装の強化は何故だ。
イリーナは己の身体一つ以外、あのレーザーライフル、そして後で手に入れたようなレーザーソードしか無かったハズだ。それなのに、今は便利な盾、攻撃用のピット、そして更に強力なロングライフルを二丁携えている。
そして、あの瞳。
あの海の様に青かった瞳は、ヒツユにはなんだか汚れている様に見えた。なんだかとてつもなく荒んだものに、蝕まれたかの様な汚れた瞳。右眼はヒツユと同じく紅く染まっているが、あの目のみ生気が無かった。恐らく、武装の補助に利用されているのだろう。
(怖かった……イリーナが笑ってても、なんだか目が笑ってないみたいな……)
震えが止まらない。
その間も、朱雀は地上へと向かって降りている。
そして、終わりは唐突にやってくる。
「うわっ⁉︎」
朱雀が地上へ降りたのだ。ヒツユの身体は勢いを殺し切れず、地面の上へと転がった。
「……い、つつ……」
そこで。
朱雀は、ヒツユに向かって頭を下げる。
「……え、と……」
ヒツユは突然の事に戸惑う。しかし気付く。なんだかこの構図は、召使いが主人に使えている様だと。
だから。
だから、ヒツユは命じる。
言葉が通じるかなど知らないが。
「……私を、イチカの場所に戻して。助けに行って、イリーナを正気に戻さなくちゃ……!」
「その必要は無いと思うんだがね」
「ッ⁉︎」
気付けば。
そこには、ヘリコプターが止まっていた。
そして、それから少しヒツユに近付いた所に立っていたのは。
「久しぶりだ……なぁ、霧島君」
白衣を着た、茶髪のくたびれた様な男。
イリーナが、五十嵐と呼ぶ男。
だが、ヒツユの反応はこうだった。
「……先、生……?」
目を丸くして、そう呟いたのだ。
「覚えていてくれたか。そうだよ、先生だ」
そう。
地上へと来る前に、ヒツユに色々な事を教えたと、そう彼女が零した、その張本人だ。
いつだっただろうか、ヒツユがイリーナにその知識の無さを馬鹿にされたとき。
――――――……だ、だって先生の話よく分かんなかったんだもん。イリーナ、分かりやすく教えてよ。
と、そんな事を言った。
「な、なんでこんな所に……? 先生、確か空中庭園で研究とかしてるんじゃ……」
「これも研究の一環だ。――――――ロボットという、研究の成果を見る為の、な」
瞬間。
彼の傍に、一つの物体が降下し、そして着地する。
それは。
「五十嵐、こいつ倒したけどどうすりゃいいのよ。ったく、いきなり殺さないで捕まえろとか言い出しやがって」
イリーナ。
そして、その血に染まった手に捕まっているのは。
「……イチ、カ?」
それは、確かにイチカだ。
だが。
その瞳は虚ろになり、何処か遠いところを見つめているよう。
そして鎖骨の辺りには穴が空いており、絶えず血が噴き出している。身体はどこもボロボロで、再生も何故だか遅れているようだ。
「イチ、カ……イチカァッ‼︎‼︎」
「そう喚くな、霧島君。彼女はまだ死んでいない」
「イチカを……返してッ‼︎」
刹那。
彼女はその場から消え、次の瞬間イリーナの目の前に現れる。その拳を、強く握りながら。
が。
「邪魔」
それより早く、ヒツユの腹にイリーナの蹴りが叩き込まれる。その場から繰り出したとは思えない、まるで何百メートルも助走をつけたかのような威力。
「か……はッ⁉︎」
ヒツユの身体は吹き飛び、朱雀へとぶつかり、二体もろとも転がっていく。しかしそれは、朱雀がヒツユを庇っていたようにも見えた。
「あ、……ありがとう」
朱雀は特に何も反応せず。
だが、そこにイリーナの声が響く。
「なにアンタ、まさか化け物の力を手に入れただけじゃなく、遂に化け物を従えるまでに至ったわけ?」
「そ、んなワケじゃ……」
「……気に入らないわね。アンタも、そこの化け物も」
瞬間。
イリーナは一瞬にしてヒツユの目の前に現れ、そのビームソードを彼女の肩に突き刺した。
「が、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ‼︎‼︎‼︎⁉︎」
「いひ、ひひひひひひっ」
苦痛の表情を浮かべるヒツユ。それとは対照的に、愉しげに笑むイリーナ。痛みを与えることに喜びを感じているような、狂った笑顔だ。
ヒツユは痛みに動くことも出来ず、しかし抵抗しようと身体を動かす。だが、イリーナが突き立てているのは光の剣。身体を動かそうとすれば、その分だけ容易にヒツユの身体は引き裂かれていく。
「ッ……ぐ、ぁ……」
「五十嵐ィ。こいつは殺しちゃっていいの? ねェ」
「元々研究が終わってほっぽり出しただけだ。この九十九一花も手に入れたし、役目は終わった」
「じゃあ殺しちゃってもいいの?」
「あぁ。好きにするといい」
だが、その時。
「待っ……て」
「ん?」
ヒツユが、痛みに耐えながら五十嵐に声を掛ける。
「イチカを……イチカを、どうする、の……?」
「こいつか? 私は、こいつを軍用兵器に転化する。こいつの力は、こんな形にしておくにはあまりに勿体無い」
「そん……な! イチカは……兵器なんかには……ならないのに……!」
「こいつの意思など関係無いのだよ、霧島君。私が欲しているのはこいつの力だ。そして、私はこれらの研究結果を使い、自らの地位を押し上げる」
「そ、んな……」
「ったく、やることはでかいクセに欲する事はちっこい男ね」
「放っておけ。イリーナ、やるのなら早くしろ。もはやそいつは私の生徒などではないのだからな」
「あいよ。ったく、人をこき使いやがって……なぁッ‼︎」
そう言うと、イリーナはヒツユのもう片方の肩へともう一つのビームソードを突き刺す。
「ぐあァッッ……‼︎‼︎ い、イリーナ……なんで、こんな……‼︎」
「別に理由なんてないわよ。アタシがやりたいからやる、それだけ」
更にビームソードを深く突き刺す。それらに身を預け、イリーナはヒツユに顔を近付ける。まるでキスが出来てしまう程まで、近く。
「アタシはねェ、ヒツユ。元々こうだったのよ。力さえ手に入れば、アタシはいつだってこうしようと思っていた。だから今こうやって、アンタを殺そうとしている」
「嘘……イリーナはこんな事しない……イリーナは、私が暴走した時も、助けてくれた……! ホントは、ホントは……すごい優しい人なんだって、私は……知って――――――」
「うるさいッ‼︎」
「ぐっ⁉︎」
そう言うと、イリーナはヒツユの顔面にロングライフルを構える。
「死になさい、ヒツユ。アンタはもうアタシの何でもない。死んでも何とも思わない、赤の他人なのよッ‼︎」
そして、次の瞬間。
イリーナは引き金を、引いた。
特殊な発射音。
撃ち貫いた感覚。
これで、ヒツユは死んだ。
なのに。
なのに。
「……やっぱり、化け物よ。アンタは」
イリーナはその瞬間、勢い良く後方へと逃げる。
それもそのハズ。
そこには、再び『神』となったヒツユがいたのだから。
だが、今度は暴走した風ではない。
以前は虚ろだったその瞳は、今は真っ直ぐとイリーナを見据えている。
そして、自我もある。
「……変わったんだね、イリーナ。本当に撃つなんて」
「言ったでしょ? アンタはアタシの何でもない。いわばアンタは、アタシの的よ」
それに。
ヒツユは、一筋の涙を流す。
その紅い瞳から。
その発光する、白い裸体のような身体を伝って。
地面へと、落ちる。
「……来て、イチカの仲間達」
そう、ヒツユは右手を上げる。
すると。
朱雀は立ち上がり。
そして。
「……何よ、これ……」
遥か彼方から、巨大な要塞がやってくる。
が、それは要塞ではない。しかも、イリーナはそれに見覚えがある。
「……玄、武……⁉︎」
それは。
ヒツユが消え、イチカとイリーナが二人きりになった時に現れた、山のような巨体を持つカルネイジ。
だが、それはイチカの命名ではカルネイジではなく、デストロイ。
そう、その名は玄武型デストロイ。
巨大な亀の姿を型取り、背中の甲羅からはかつてイリーナを襲った蛇が生えている。
それだけではない。どこからか、白い虎がやってきた。
それは少し細長く、しかし虎の身体の特徴からは少しも外れていない。身体には縞模様があり、白い体毛に黒い線が入っている。額には角が一本突き出ており、中々に鋭そうである。
まさに、白虎型デストロイという格好。
更に。
空からは、まるで蛇のような物体が現れる。巨大な翼が生えており、それは二対。そう、人間で言う所の両腕両脚の部分に生えている。身体は青みがかった緑で、薄く発光しているようにも見える。
そう、これが青龍型デストロイである。
「嘘……でしょ……?」
これらに朱雀も含め、まるで伝説の四体のよう。
ならば、その中央に位置するヒツユは、まるで黄龍のような存在である。
「……イリーナ、あなたは変わった。でも、それならもう一度変わる事だって出来るハズ。あなたを倒して……正気に戻す。そして……」
ヒツユは、断固たる意志で宣言する。
誰にも操られず。
自分の意志で。
「イチカを……助ける!」