黒き機械と黒き化け物
「……く、くく」
何も無くなった空を視界に収め、イリーナは笑う。
「殺した……あいつを! アタシを一度殺したあいつを、アタシが殺した! あははははッ、所詮こんなモンね」
イリーナの念願の一つが果たされた。
自分に矛を向けた相手を殺すこと。その犠牲者第一号は、イチカだった。
「……さァて、次はヒツユね……」
ロングライフルをヒツユが逃げた方へと構える。シールドも全て展開させ、先程イチカに決めた一撃を放とうと、彼女は自らの右目に装備されているレーザーサイトを起動する。
それは単なるレーザーサイトではなく、生体反応なども含めて感知する、いわばレーダーの役目もある。
だから気付いた。
「――――――ッ⁉︎」
自分の背後に。
巨大なカルネイジの反応があることに。
「くたばれェッ‼︎‼︎」
あの時と同じだ。
激昂すると仮面が外れる。
つまり、優しさや手加減といったそれらだ。
今のイチカに、そう言った面は一つも見当たらなかった。
むしろ浮き出ているのは残虐性。その手でイリーナを殺すという願望を叶えようと、必死に叫ぶ姿。
そして、イチカはその右手を少し離れた場所から伸ばす。
と。
それは腕とは思えない程に細く、何百本という数に枝分かれしていく。それら一つ一つが、槍のように鋭い。
「クソッ⁉︎」
盾を呼び戻すには時間が圧倒的に足りない。
仕方なく、イリーナはブースターを噴射する。
イチカはその勢いに怯んでしまうが、伸びる枝のような手はその成長を辞めず、イリーナを刺し貫く。
だが、イリーナは即座に高速で移動した為、刺さりはしたものの致命傷は避けられた。
彼女はイチカと距離を取り、そして傷付いた腕を掴む。
「ふ……ふざ……ッ」
ギリッ、と。
その歯から、心地の悪い音が響き。
「ふざけんなァァァァッ‼︎‼︎ こ、の……クソガキがァァァァァァァァァァッ‼︎‼︎‼︎」
激しく激昂する。
それと同時に。
イリーナの脚部から、小さなピットが五対飛び出す。つまり、合計で十個。それは15センチ程の小さな回転楕円体。そして銃口からシールドピットが外され、同じ様に空中を舞う。但し先程とは違い、銃口付近が紫の光を帯びている。
それら計16個のピットが、一斉にイチカへと向かう。全方向から、彼女を包囲する。
「ッ……⁉︎」
意味が分からず、舌打ちしながら訝しげな表情を浮かべるイチカ。
「……全方位射撃……!」
息を切らし、その悪魔の如き眼孔でイチカを睨み付ける。
そして。
咆哮する。
「殺れェッッ‼︎‼︎」
咆哮と同義の命令と共に、全てのピットが射撃を開始する。
「ッ⁉︎」
イチカはその翼を羽ばたかせ、ピットのレーザーを掻い潜る。しかしその射撃は目視してよけられるものでは無い為、飛んで回避したとしても、
「――――――が、ぁッ‼︎‼︎」
八割程は命中してしまう。
それはイチカの腕、首、翼、尾などを撃ち貫いていく。
「くはっ、あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははッ‼︎‼︎ 蜂の巣にしてやるッ‼︎‼︎くははははははッ‼︎‼︎」
「ッ……がァ……ッ‼︎」
もはや、抵抗することも出来ない。
死ぬことすらも出来ない。
何故なら、イリーナはワザと急所である脳と心臓を外しているから。自分を殺した相手の苦しみ悶える顔を見るのが、これ以上無い程に気持ち良いからである。
「もっと……もっと苦しそうな顔をしなさい‼︎ アンタにはそれが一番お似合いよ‼︎ あははははッ‼︎」
先程の傷口を押さえる事もせず、自らを抱き締めながら笑い転げるイリーナ。だがその浅い傷口さえ、ヒツユ達と同じ様にすぐに治っていた。彼女ら程ではないにしても、簡単な傷ならすぐに治るように出来ているのだ。
「ッあ……あ、ぐ……ッ……」
再生。
被弾。
再生。
被弾。
再生。被弾。再生。被弾。再生。被弾。再生。被弾。再生。被弾。再生。被弾。再生。被弾。再生。被弾。再生。被弾。再生。被弾。再生――――――
それらの渦に巻き込まれ、イチカは意識が薄らいでいく。
幾ら再生する身体だとしても、レーザーという熱の線に焼かれ、貫かれる場合の痛みなど、無いハズがない。それどころか、それ一発だけで意識が飛ぶ様な激痛なのだ。
自分は『神』の様であっても、その正体は紛い物。だから、強さも中途半端なのだ。というより、強さとして定義できる程度の戦闘力しか無いのだ。
あの娘は違う。
もはや戦う為にあるのでは無い。そう確信させる程の力。
『周囲のカルネイジの肉体を集め、それを振るう』。
それが、ヒツユの能力。その『周囲』の定義は曖昧で、彼女が望めば日本中でも、世界中でも集められる。今ヒツユはその力に振り回されている為、最大限に発揮出来ていないのだが。
だから。
(だから……ッ‼︎)
閉じかけていた瞳を、大きく広げる。
「ヒツユちゃんは……僕がァッ‼︎‼︎」
刹那。
彼女の両鎖骨の隙間が盛り上がる。それは一瞬の内に鋭さを得、そして音の如き速度でイリーナへと迫る。
それは、不意打ちといえば済む一撃。
だが、それは最も効果的な一撃であることに変わりはない。
笑い転げて油断していたイリーナへ、会心の一撃を加える為の黒き槍なのだから。
狙いは――――――首筋。
首を音速で貫き、そのまま先を大きな円のように広げ、その生意気な笑いを上げる頭部を切断する。
あと十メートル。
五メートル。
三メート
「くだらない」
瞬間。
伸びた槍を先から食い潰すように、構えられていたロングライフルの光銃弾が突き進んでいった。
そしてそれは。
食い潰すと共に、イチカの首元を貫いた。
「――――――ァ、」
潰されても命に別状は無い部分。
しかし、イチカの意識は潰えてしまう。
今までの攻撃と出血で、意識を保つのが困難になってしまったのだ。
眼前に映るイリーナの凶悪な笑みに、イチカは歯を食いしばる。
そして。
願う。
(ヒツユ……ちゃん……!)
空を舞う涙の粒に。
(……逃げ、て――――――!)
最後の願いを。
それは、儚くてちっぽけな願い。
いくら朱雀がいるとしても、近距離戦闘も遠距離射撃も可能なイリーナから逃げられるとは思えない。
なのに。
それに縋るしかない悔しさ。
それだけを願う。
もはや自分の命などどうでもいい。元よりあの少女に捧げると誓った命だ。
……けど。
(どうせなら、最後に……)
最後の願いの後にポロリと零れた、小さな願望。
(……笑った顔が、見たかったなぁ)
こんな。
こんな終わり方なら、最後にヒツユを脅すようなことをしなければよかった。
もはや、彼女を手に入れるにはこれしかないと。
そう思ったのが、間違いだった。
――――――いや。
あんな表情をされるような行いをしたのだから、当然だろう。
もしも。
もしも彼女が、まだ僅かにでも、自分を友達だと思ってくれていたのなら。
こう言いたかった。
ごめんね、と。
だがそれは叶わない。
イチカは明るい空の下を、真っ直ぐに落下していった。