かつての
風を切る感覚。
自分は、また空を落ちている。
ただし、以前よりも『力』を手に入れて。
「迎撃ねぇ……五十嵐もめんどくさいことやらせるわね」
青白い空の中で。
イリーナは黒いパイロットスーツを身に纏いながら、呟く。
「まぁ、でもいいか。ちょうどこの『力』を試す機会だと思えば」
気味悪くにやけながら、イリーナはその手を握る。
前までは出来なかった事。
空中庭園に迫る敵というのだから、どうせ空中を踊る敵なのだろう。それを迎撃させるのだから、当然イリーナも空中を自由に駆ける事が可能なハズだ。
空中を自由に。
それだけで、イリーナはテンションを抑えきれない。
「ククッ……楽しみ」
イリーナがその両手に握っているのは、武骨なデザインのロングライフル。一丁を両手ではなく、それぞれの手に一丁ずつだ。
そして彼女の周りには、盾のようなものが六枚。いずれも、六角形の形をしており、イリーナの意識に沿って周りを追従している。
(撃墜するなんて楽しみ。地面に墜落する様を、眺めていてあげるわ)
そんな時だった。
イリーナの視界に、何かが映る。
「あれが侵入者……? あれは……鳥?」
それは、巨大な鳥だった。
背中に人らしきものが二人乗っている。今のところ判別は出来ないが、侵入者であることに間違いはないだろう。
「鳥型カルネイジなんて……期待して損したわ」
イリーナは落下する自分を止める。その為に、背中と肘、脚部分からブースターを噴出した。
そして落下は止まり、イリーナはホバリング状態になる。その体勢のままロングライフルを構え、やる気なさげに一発放つ。
それは以前使用していた銃と同じ、レーザー式。ただし、以前とはまるで比較にならない速度と出力。その青味を帯びた光の銃弾は、目標へと一直線に向かう。
だが。
撃たれたハズのそれは、生意気にもレーザーをかわして見せる。そして次の瞬間、乗っているであろう二人の視線がこちらに映った事を確認した。
「チッ、気付かれた……まぁいいわ、次の弾で撃ち抜いてあげる」
イリーナはロングライフルを二つ構え、連続で射撃する。それらは寸分の狂いも無く、その巨大な鳥を撃ち抜く。
ハズなのに。
どういうわけか、その鳥は回避し続ける。
それどころか、それはこちらに接近し続ける。
そして。
その鳥とイリーナが交差した時。
空気が。
凍る。
「イリー……ナ……?」
「あ、あんた……たち……」
そうだ。
その鳥に乗っていた二人は。
かつて共に戦っていた仲間である、ヒツユとイチカだったのだ。
「ど、どういう事? なんでイリーナが……それにその格好……?」
「……ち、まだ生きてたんですか。ゴキブリみたいにめんどくさい人ですね。いや、ロボットか」
ヒツユはどういうわけか分からないような表情を浮かべ、イチカは露骨な不満顔をする。
それもそのハズだ。
ヒツユはイリーナがこんな事をすると思っているハズもなく。
イチカは、イリーナを殺したとばかり思っているのだから。
なんて。
なんて勘違いだらけの、なんて面白い二人。
そんな二人に、イリーナは。
「――――――くひっ」
腰の部分からレーザーソードを抜き、襲い掛かる。
「く――――――そッ⁉︎」
そして。
瞬間、朱雀が急な速度で回避する。
ただ。
それに最後まで乗っていたのは、ヒツユだけ。
イチカは。
懐から三本ほどの注射器を取り出し、それら全てを自らの首元に突き刺した。
そして、次の瞬間。
「が、」
イリーナと共に。
「が……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ‼︎‼︎」
黒い爆発に、巻き込まれた。
「イ、チカ……イチカッッ‼︎」
ヒツユは朱雀の背に乗りながら、イチカの身を案じて叫ぶ。
だが。
その爆風では、何も傷付きはしなかった。
むしろ、その逆。
「……暴れたいのなら構いませんけど、ヒツユちゃんを傷付けるのはやめてもらえませんか? じゃないと僕、今度こそあんたをぶっ壊しますよ」
「あー、前ならそうかもね。けど今のアタシは違う。アンタをぶっ殺す実力は十分にあるのよ」
イチカは。
まるで、悪魔とでも呼べるような姿に変わっていた。
身体は薄紫色をしており。
禍々しいオーラを放ち、その背からは黒い羽根が生え。
背中から直線上に降りていった所に尻尾が生えており、その先は龍の口のような荒々しい形。
そして。
その爪は、鋭い鉤爪のように尖っていた。
それはまるで、暴走したヒツユのように。
「イチ……カ……」
それは。
何処から見ても。
ヒツユと同じ、『神』の姿だった。
「うるせえんだよ……こ、の……ガラクタロボットがぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ‼︎‼︎」
イチカは吼える。
その爪を、イリーナへと振り下ろす。
「ふん、前と違って余裕が無いんじゃない?」
イリーナは慌てず、脳波を使って命令を送る。それにより、先程からイリーナの周りを周回していた六角形の盾の中の一つが、その攻撃を防ぐ。
「っぐ……!」
イチカはその盾を蹴り、ヒツユの隣へと移動する。もちろん移動はその黒い羽根で行う。
「ヒツユちゃん、空中庭園は中断だ。とにかく君は逃げて」
「でも、イリーナは……!」
「今のあの人はヒツユちゃんの思ってるような人じゃないよ。とにかく、ほら!」
そう言うと、朱雀はヒツユを連れて地上へと降下し始めた。それを見逃さないイリーナは、
「待ちなさいよヒツユ、アンタはアタシが殺してあげる‼︎」
そのロングライフルを二丁まとめて、ヒツユに向ける。
だが。
「――――――やらせないッ‼︎」
隣からイチカが体当たりをする。イリーナは体勢を崩し、そのレーザーは見当違いの場所に放たれた。
「イリーナ、どうして……」
だが、朱雀はヒツユが落ち着くのを待たない。そんなものを待っていれば、ヒツユはイリーナに撃ち落とされる。
だから、朱雀は急いで急降下する。
「っざけんなァッ‼︎‼︎」
イリーナは怒り、レーザーソードとロングライフルを持ち替える。そして、手にしたレーザーソードでイチカを斬りつける。
それはイチカに命中し、イチカの右腕はバッサリと斬り落とされる。
「ッがァッ⁉︎」
「……いいわ、先にアンタから殺してあげる。ヒツユはその後でゆっくりいたぶってやるから」
「ッ……んなことっ……させるかァァッ‼︎」
ものの数秒で回復する右腕。
そして、イチカは翼から槍のように尖った肉片を五月雨のように飛ばす。
「馬鹿みたいに安直な攻撃ね。そんなの効くわけないでしょ?」
イリーナは再び脳波でコントロールし、今度は六枚の盾を全て総動員して攻撃を防ぐ。
そして。
「さて、」
先程ヒツユを狙った時のように、二つの銃身を重ね合わせる。銃口の部分は一丁ごとに六角形を半分に切ったような形になっており、その二つを合わせて巨大な六角形が出来上がっていた。それはちょうど、盾と同じサイズの同じ形だ。
そして。
全て前面に展開し、六角形が一つに合体していたそれらの盾は、再び散り散りになり、そして銃口の六角形を中心として再び一つの巨大な壁として君臨する。
「なっ……⁉︎」
それらには一枚ごとに銃口がセットされており、そして。
「……死になさい」
それら八つの銃口から。
等しくレーザーが発射され。
それはまるで、一つの巨大な極太レーザーかのように空を一直線に駆け巡る。
そしてそれは。
イチカの身体を――――――焼き尽くした。