運命に縛られた二人
結局は。
どんな人間だろうと、自分が一番可愛いのだと。
まだ幼い少女ながら、ヒツユは悟ってしまう。
そうだ。
本当の自分の気持ちを伝え直せばよかったのだ。
それでこの身がどうなろうと、気持ちだけは揺らぐことなくいられたハズなのだ。
なのに、彼女は。
ヒツユは、嘘を吐いてしまった。
「……ごめんね」
朝。
イチカはまだ眠っている。ものすごく満足げな顔で、安らかに。
今なら。
今なら、この縛りから解放されるかもしれない。
つまり。
この瞬間に、イチカを殺すことが出来れば。
(できる、の?)
イチカに及ばないとはいえ、ヒツユにもカルネイジ細胞の力が宿っている。ここでイチカの脳か心臓を破壊すれば、ヒツユを拘束するものは誰も居ない。
偽りの愛情を向ける必要もない。
自分に嘘を吐くこともない。
だから。
(だから……って、こんなこと……イチカは、悪くないのに。イチカをこんなにした、イチカのパパとママが悪いのに)
だが。
それもきっと、彼女の両親の思いやりというやつなのだろう。彼らは有名な生物学者だ。そこから産まれる子供ならと、きっと多大な期待を掛けていたのだろう。
だからこそ、それが行き過ぎてしまった結果、こんな病んだ人間になってしまった。
決定的な愛情不足と、一般常識の欠如。
それだけ、たったそれだけなのに。
(……寝顔は、こんなに素直で可愛いのに)
寂しいのだ。
辛いのだ。
孤独が怖くて怖くて、誰かに依存したくてたまらないのだ。
だから、あそこまで固執する。たかが霧島日露という人間に、あそこまで。
「……助けて……」
ヒツユは、泣き出しそうになりながら呟く。
「私を……私『達』を……誰か……」
心の底から。
少女は、願っていた。
悲しい『運命』という茨に縛られた、自分達への助け船を。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そして、何時間か経って。
二人は朱雀に乗っていた。
「……これ……」
「風が気持ち良いでしょ? 僕が長距離の移動によく使うんだ。朱雀、って言うんだよ。仲良くしてね」
それはどう見てもカルネイジだった。簡単に何メートルもあるカルネイジを従え、その背にまで乗ってみせる。
やはり、狂っているのだ。彼女自体の何もかもが、普通の人間と比べて。
だけど。
彼女は、ただの人間だった過去を持っている。
「ね、ヒツユちゃん。今から何しに行くと思う? ていうか何処に行くと思う?」
「……分かんない」
「どっちも?」
「……うん」
その素っ気ない態度に、イチカは溜め息を吐く。
「まーいいけど。これから行くのはね、空中庭園さ」
「っ……⁉︎」
それまで浮かない表情を見せ、どんな話題にも食い付かなかったヒツユが、驚きの表情も共にイチカを見た。
「な、なんで……⁉︎」
空中庭園とは、ヒツユが居た空に浮く島。人間達の最後の希望。今のイチカが物心付いた場所でもあり、カルネイジの手が及ばない唯一の領域だ。
そんな所に、何故イチカが。
「なんでって? んふふー、それはね……」
イチカはかわい子ぶりながら、ヒツユの唇に人差し指を当てて答える。
「人間を――――――滅ぼす為」
それは、とても簡単そうに聞こえた。
イチカにとっては、実際に簡単なのだろう。
「……え?」
そして。
ヒツユは、信じる事が出来なかった。
「人間とカルネイジを全部ぶっ殺すなら、どっちかというと人間の方が楽。だから、今から空中庭園に乗り込んで皆殺しにしてくるの。楽ちんでしょ?」
さも当たり前に言うイチカ。
恐ろしい。
それしか無かった。
「そ、そんな……駄目だよ、そんな……」
「そんなこと言うの? 君は僕の彼女じゃないの?」
「それ、は……」
抗えないのだ。
何があっても。この身を救う為なら。辛い思いをしたくないのであれば。
そんな考えが、ヒツユの脳を埋め尽くしている。
「ねえヒツユちゃん。人間なんて、生かしとかなくても勝手に滅びるんだよ。後数十年すればね。空中庭園のシステムが誤作動やエラー起こせば、それだけで空中庭園は墜落する。あの高さからだ、みんな死ぬに決まってる」
イチカは、ペラペラと楽しそうに話す。
「けどそれまで待てないから、僕らが手に掛けてやろうって事じゃないか。むしろ喜んでほしいね」
何故?
そんな考えが浮かぶ。
何故イチカは、そこまで二人の世界を望む?
イチカとヒツユが死んでしまえば、人間は滅びてしまうというのに。後先考えない考えは愚かではないのか?
そんな大層な事は抜きにしても、やることとの対価が全く取れていない。
イチカは。
彼女は一体、どうしたいのか――――――。
「空中庭園までまだ少し掛かるだろうから、ヒツユちゃんは寝てなよ。もしも人間に手を出したくないのなら、帰るまで寝ててもいいし。その時は、僕が全部終わらせておくから」
イチカはヒツユに優しそうな笑みを浮かべる。
でも、それは本物なのだろうか。
イチカは、本当にヒツユが好きなのだろうか。
好きなら、あそこまでしようとするだろうか。
ヒツユの脳には、疑問ばかりが浮かんでいた。
と。
――――――そんな時だった。
イチカとヒツユの視線に、何やら黒い物体が映った。
それは。




