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「……ん、ぁ」

これは、何かの罰なのだろうか。

そう。

無い物ねだりというか、追求し過ぎたというか。

それで心を病んでしまったのだろうか。

だが、イリーナの心には儚い欲望が残る。それは、後悔の色に染まっている。

例えば。

あの時力があれば、カイトを守れていたのかも。

あの時力があれば、ヒツユとはぐれずに済んだのかも。

あの時力があれば、ロボットの街を守れたのかも。

あの時力があれば――――――、と。

そうやって。

そうやって望み、うまくいかなければ悩み、葛藤し、日に日に心を擦り減らす。それの繰り返しで、イリーナは心を削り続ける。

いつの間にか、心は無くなってしまっていた。

周りには、イリーナ・マルティエヴナ・アレンスカヤとしての明るさ、気丈さを見せている。が、それは仮面。

本当のイリーナなど、とうの昔に消え失せていたのだ。

そんなイリーナに五十嵐は、とある感情を植え付けた。

それは――――――

「……目覚めたかね、イリーナ君」

薄く笑う五十嵐に、イリーナは鋭い眼光を向ける。



「……五十嵐……、か」



彼女は、案外驚きもせずに呟いた。

だがこの時点で、既にイリーナとは違う。そう、仮面のイリーナ・マルティエヴナ・アレンスカヤならば、驚愕し、殴り掛かるハズだったのだから。

それもそのハズ、イリーナと五十嵐には面識があった。

「生まれ変わった気分はどうだね?」

「……生まれ、変わった? この、アタシが? アンタ、二年前にアタシをロボットに仕立て上げたくせに、まだアタシを弄る余裕があったの?」

そう。

生前、イリーナが生身の人間であり、カイトという少年と恋に落ちたのは明らかなことだ。

そして、そんなイリーナを救い上げ、ロボットとして改造したのが彼、五十嵐だったのだ。

そんな彼はとぼけたように、

「いやいや、今回は調整なんて細々(こまごま)したものじゃない。いうなら……『拡張』、そして『武装』といったところかな」

「『拡張』? 『武装』? アンタ、この後に及んでまだアタシを働かせるつもり?」

「当たり前だろう。君の任務は完了していない。だが君はあまりにも弱すぎた。力が無い」

何を言われても、心の何処かで冷静さを保っていたイリーナの精神が、揺らぐ。

まるで、自分のアイデンティティを傷付けられたかのように。悔しい、という感情が、心を突き抜ける。イリーナは思わず俯いてしまう。その右手を悔しげに固く握り締め、キツい歯ぎしりを唸らせる。

「……仕方ないのよ。仕方なかったのよッ‼︎‼︎ アタシには最初からそんな力無かったのよ‼︎‼︎ だからみんなを守れなかった‼︎ なのに……なんなのよ、アンタは‼︎ そんなこと言うんだったら、アンタが力を与えてみなさいよ‼︎‼︎」

「だから、与えたと言っているだろう。『拡張』し、『武装』させ、力を与えたのだよ。君にね」

「……は……?」

イリーナは間抜けたような表情を浮かべる。

「さっき、君は右手を強く握った。だが、その右手をよく確認したかね? よく見てみるといい」

イリーナは半ば虚ろな目で、それを見る。

「……な……こ、これって……」

それは、黒に染まったピッチリしたグローブのようなものだった。掌は灰色の素材で、手の甲には黒地に紫のラインが入っている。肌の部分は一切見せず、すっぽり覆い隠されている。

違う、これだけじゃない。

イリーナは勢いよく上半身を起こし、自らの身体を確認する。

「そ……んな……」

それは、ブラックのカラーで染められたパイロットスーツだった。そう、丁度アルマのスーツの色違いのような感じ。だがアルマのものとは大幅にレベルが違う。あのパイロットスーツをベースにして、更に改良を加えてある。

身体にピッチリとフィットし、まるで何も着ていないかのように自由に動くことが出来る。それでいて、変形が容易い、しかし破られない装甲のようなものが所々に装着されている。生身のところなど何一つなく、パイロットスーツはイリーナの顎に掛けてまでを覆っている。腕や脚、そして背中などには何かを装備するようなプラグが予め織り込まれている。

「どうだね? 地上のロボット共の装甲などを参考にして造った戦闘用パイロットスーツだ。腕や脚にジョイントの為のパーツがあるだろう? それに連結させれば、あらゆる装備を使用出来るのだよ」

「……これ、アタシが……?」

「そうだ、君がそれを使い、戦うのだ。それが君に与えられた力だ」

五十嵐に薄気味悪い笑みを浮かべる。

だが、満更でもない。

イリーナは、そう思った。

これは『力』だ。

過去の全てを清算するためのするための『力』だ。

自らの製造を手掛けた五十嵐が言うのだ、きっと強力に違いない。

これさえあれば、カルネイジを全て滅ぼす事も夢ではないかもしれない。

いいや。

「……く、くく……」

これさえあれば。

確実に、叶えられる。



「く、はは。あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははッッッ‼︎‼︎‼︎」



イリーナは。

自らでも信じられない程に、高揚していた。

自らの『力』に、興奮していた。

「壊せる……これさえあれば……アタシを組み伏せたもの……全部……‼︎‼︎」

その瞳は、明らかに正気の沙汰ではなかった。

ハイライトが消え、闇の中で笑っている一人の少女の瞳だった。純粋な力に、溺れた少女の。

『力』を求める者は、『力』に溺れやすいのかもしれない。

だからイリーナは、溺れた。

自らの不甲斐なさを、全て清算可能な闇の海に。

イリーナ本人は気付かないだろうが、彼女の青い瞳には生気が無かった。空元気で笑っている、ただの虚栄。

それでも本人は、自らの力に喜ぶ。

製造者の掌で、踊っているともしれないで。

(……くく、私が本当に力を入れたのは、君の心には影響を及ぼす装置の方なのだがね。そうとも知らず、楽しそうに笑うものだ)

五十嵐は、笑う。

これで、従順な兵器が一つ出来たことになる。

彼女の心の内に付け入るのは、あまりにも簡単な事だった。あとは、それを実現させる装置の開発の方だった。イリーナはロボットであっても思考は人間のため、こうでもしなければ従順にはならないのだろう。

今のイリーナならば、『力』の為と言えばどんな重労働、どんな辱めにも喜んで対応するだろう。心を擦り減らして空っぽにしてしまった彼女なら。

そう。

空っぽになった彼女の心に五十嵐が流し込んだのは。

『怨念』。

『恨み』。

『欲望』。

それにより今の彼女は、力を追い求めるだけの醜い鬼と化した。知能の足りない鬼など、扱うのは容易いのだ。

カルネイジを滅ぼしたい。

死んだ彼の仇を取りたい。

とある少女とはぐれる原因となった化け物を滅ぼし尽くしたい。

そんな欲望が、今のイリーナを支配している。

醜い。

醜いとしか言い様が無いまでに下がり果てたイリーナの、その次の行動は。

「……五十嵐……」

「何だね?」

イリーナは、不気味に首をこちらに向け、目を見開いて言う。

「早く……殺したい、滅ぼし尽くしたい……だから、武装庫まで連れていきなさい。あの化け物共をブチ殺す為の装備がどんなものか、拝見させてもらうわ……」

クク、と不気味に笑うイリーナ。

これは。

これは、想像より落ちぶれているかもしれない。

そう、五十嵐は思った。

(思った以上に心が弱いな。今のイリーナ君は、もはやカルネイジも人間も関係なく、殺し尽くしたいという感情に支配されているのだろう)

もう、大義などどうでもいい。

建前などどうでもいい。

カイトのため、とか。

ヒツユのため、とか。

そんなつまらない、どうでもいい事ではなく。

――――――ただただ、壊したい。

それはもう、カルネイジでなくてもいい。人間でもいい。何なら建造物を破壊し尽くすのでもいい。

そう、今の彼女は。

ただ力を振るいたいだけの、暴君と化してしまっているのだ。

「……くく、分かった。行こうか」

五十嵐に続き、イリーナはその部屋を出る。

イリーナは、欲望に操られている。

証拠もある。

それは。

イリーナが浮かべる恍惚とした、今にも絶頂してしまいそうな表情とは違い。



彼女自身の青い瞳は、全く笑っていなかったのだから。




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