表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/111

愛を求める少女、力を求める少女

その夜。

椅子に座って作業をしていたイチカは眼鏡を外して、一息吐く。机の上には何枚かの紙とシャープペンシル。そして、今しがた彼女が外した赤縁の眼鏡だ。

「……はぁ、疲れた」

人差し指と親指を瞼に押し当て、彼女は呟く。

そんな瞼の裏に、昼頃のヒツユの表情が浮かぶ。昔話の意味が分かったような分からなかったような、そんな疑問の表情だ。

「自分語りも、隠すところを隠せば楽しいものだね」

机の上の紙、それに記された内容に目を通しながら、イチカは言う。誰にでも無く、ただの独り言を。

その紙には、これからの予定……というか、目標というか、野望が記されていた。

(世界を僕とヒツユちゃんだけにする計画、か。我ながらダイナミック過ぎる計画だなぁ)

それの成就にはもちろん、ヒツユの協力が必要だ。そう、少女(ヒツユ)ではなく、(ヒツユ)の協力が。

端的に言えば。

この世界が二つのグループで構成されているとして。

まず一つのグループを、もう一つのグループによって潰し。

残ったグループも、ヒツユの力で滅ぼす。

(だけど、それにはヒツユちゃんが神の力を操り、尚且つ……)

イチカはニヤリ、と笑う。



(僕以外いらない、そう信じ込ませるようにしなくちゃならない)



「単に頭ん中をいじっちゃえば簡単なんだけど、そんなんじゃ成功とは言えないしね。僕とヒツユちゃんの二人だけの世界を本当に喜べないから」

イチカがヒツユを愛して。

ヒツユがイチカを愛する。

そんな状況が、必要なのだ。

その為には、ヒツユを愛しながら屈服させなければならない。イチカの手で。他に何も要らないように。

幸い、ヒツユはイチカ以外からの愛をあまり受けていないようだ。というか、今まで受けていたそれを、ヒツユは全て破壊し尽くしてしまったらしい。

神の力で。

「……そろそろ寝るかな。時間は沢山あるし、ゆっくりと慣らしていけばいいさ」

イチカは席を立つと電気を消し、その部屋を抜ける。

長い廊下を抜け、寝室へと入る。

そこにはもちろん、ヒツユも眠っていた。

「……ヒツユちゃん」

彼女は下着姿になると、そのままベッドへ潜り込む。

目の前に来たヒツユの寝顔はあどけなくて、無防備で、ただ癒しの為に存在しているような。

そんな表情だったのだが。

突如、それは曇り始め。

一つ、言葉を洩らす。

「……レオ、君……」

それと同時に、涙が頬を伝う。

「――――――‼︎」

驚愕。

しかし、再び落ち着くイチカ。

(寝言で口にするほど身近な人間か……でも、その内忘れさせてみせるよ)

そう考えて。

その白くて細い腕でヒツユを包み込み。

ささやかな寝息を溢す彼女の唇に、自身の唇を押し当てる。

「……君は、僕だけのものだ」

身勝手かもしれない。

五年前にその命を断ち。

自らの側に居て欲しくて、冷たいガラスの中に閉じ込めた少女が言うなんて。

だけど。

(君は、僕の最初の友達だ。分かり合える親友だ。そして、大切な想い人なんだ……)

今度こそ、本当の意味でこの腕の中の小さな少女が死んでしまえば。このイチカでさえも、死を覚悟してしまうかもしれない。

だからこそ、彼女にカルネイジ細胞を埋め込んだのだ。

どんな環境でも生き抜く力を与える為に。

いつでも、イチカの為に生きてくれるように。

道徳的には間違っていると思う。

だけど、それでも、彼女の勝手な行いだとしても。

この少女は、それを許してくれる気がする。

本当は同い年なのに。

命を断ち、目覚めるまでに年月が掛かったせいで、身体的にあの時のまま止まってしまった少女。その心は止まるまでも無く、そもそも消えてしまった。

一体、あの『空中庭園』は。

こんないたいけな少女に、何をしたのだろうか。

これだから、人間は嫌だ。

(僕はもう人間じゃない。ヒツユちゃんもそうだ。僕達は彼らを超えた、新しい生物なんだ)

それこそが、創造主と神なのかもしれない。

それが、この二人なのかもしれない。

(小さい考えは捨てる。でも、小さい望みだけは絶対に捨てない)

それは、こんな希望だ。



二人で、ずっと一緒に居たい。



そんな、小さな夢。

だけど。

それの為に、イチカは何もかも捨てた。

父親も。

人間も。

道徳も。

そしてこれから彼女は。

――――――世界をも、捨てるだろう。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



イリーナは、地面にへたり込んだ。

もうダメだ。

このまま、眠ってしまおう。

(どうせ何も見つからない……みんな壊れたのよ)

周りにあるのは、破壊された機械の残骸のみ。開けられた天空の大穴からは、月がその姿を見せている。

まるで、今まであったことが全て幻想だったかのようだ。

(……そうよ、全部幻想だったんだわ。ナツキの事も、アルマやクラルの事も。こんな所に機械の街なんてあるはずがなかったんだわ)

でも。

それなら、この首の喪失感は何だ。

ここの事が全て嘘偽りで、幻想という名の絶望だったとしたら。

この首から消えた温もりは、まだ残っているはずなのだ。

「……大切な、形見だったのに……」

呟く。

その一言は虚空に溶け、しかし嘘のように反響する。

そして残ったのは、何とも冷たい静寂だけ。

虚しいほど静かだ。

こんな夜は、彼を思って眠りたい。

『空中庭園』に居る頃は。

少なくとも、そうやって過ごしていたハズだ。

「……もう、いいかな……」

ペタリ、と地面に横たわる。

そこに見えるのは、巨大なクレーターだ。それは、とある少女の暴走によって生み出されたもの。

ああ。

今あの子は、一体何処に居るのだろう。

一体何をしているのだろう。

一体何故、ああなってしまったのだろう。

(……ほんと、最初からおかしかったのよ。何もかも)

突然現れた自分より幾歳も幼い少女。

それが何故だか、自分より遥かに強いときた。

だけどそんな彼女はとんでもなくバカで。

この地上へ降りた目的すらも知らなくて。

それなのに、強くて。

「……ズルいのよ……」

自分には、少なくとも目的があって。

その為に命を掛けていて。

なのに、力は無くて。

でも、あの少女にはそれといった目的も無くて。

ただイリーナについてくるような少女だった。

けど、馬鹿のような力はあった。

『宝の持ち腐れ』。

そんなことわざを、イリーナは思い浮かべた。

「……なんで、だろうなぁ……こんなに、果たしたい目的があるのに……」

涙。

それは、とめどなく溢れてくる。



「なんで……『力』が……ついてこない……ん、だろうなぁ……」



子供の様に泣きじゃくりたい気分だった。

実際、その気持ちは抑えきれなかった。

いつもなら頬を伝う涙は。

横たわっている今、重力に従って瞳の横を伝って落ちる。

「アタシ……弱い……なぁ……」

こんなの無理。

果たせるわけが無い。

思えば無茶だったんだ。

全てのカルネイジを滅ぼすなんて。

所詮、機械の身体を、力を得たところで。

何処までいっても、ただの少女(ガキ)なんだから。

意識が閉じる。

これからどうしよう。

もう、いいや。

眠って、明日考えよう。

明日が駄目なら、明後日。

明後日が駄目なら、明々後日。

明々後日が駄目なら――――――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ