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復讐を誓いし白い少女

「……〜〜ッ⁉︎」

一方、イチカの地下研究施設では。

やっと眠ろうとしたイチカが、突如として身体を痙攣させた。ビクンビクンと、まるで身体全体を電流が流れたように。

(……あ、ぁ。こ、これって……⁉︎)

イチカは、まるで第六感のように。

とある少女のとある暴走を、その肌で感じ取ったのだった。

イチカは居ても立っても居られず、ベッドから起き上がる。それと同時に肌を冷やすような涼しさが身体を突き抜け、彼女は快感に身を任せる。

(涼しいー。流石にこんだけ動いたら暑いわ)

そんなことを考えながら、彼女は(かたわ)らの少女を見る。少女は抜けたような色の白い髪を持ち、右眼には眼帯を着けていた。それは今、イチカが感じ取った暴走。それの張本人と全く同じ顔をしている。

それはそうだ。彼女は、白い彼女は、暴走している少女――――――ヒツユの、クローンなのだから。

何処か儚げで、握れば潰えてしまいそうな少女だ。

そんな白い少女は何も着ずに眠りについていたが、少しすると覚醒する。

「……どうしたの?」

「いや……、可愛いなって思って」

「ホント? えへへ、うれしい」

白いヒツユの脳はイチカからの指示の影響を受けている為、イチカだけを愛するパペットのようになっている。数ヶ月前の反抗的な感情が、まるで嘘のようだ。

そんな白いヒツユはイチカの胸へ飛び込み、彼女の無防備な首筋にピンクの舌を這わせながら、荒い息を立てて言う。

「ねぇ、もういっかいしよ……?」

「いやいやいや、もう流石に僕が疲れちゃったよ。今日はもうおあずけ」

「ちぇっ、イチカのケチっ」

「察してよ……もう精魂尽き果てましたし……」

やっと眠れそうだったのにこの押し。流石のイチカでも、これは耐え切れない。

(……ちょっと愛情の設定をオーバーにしすぎたかな……)

そんなことを脳内でぼやきながら、イチカは素肌に直にワイシャツを羽織り、ベッドから去ろうとする。

「……どこいくの?」

「ちょっとトイレ〜」

「わたしもいくー!」

「来なくていいから! てかなんで来るの!」

「そりゃもちろんイチカをおそうために」

「トイレくらいゆっくりさせて頂けませんかね⁉︎」

イチカは痛恨のツッコミで白いヒツユを黙らせると、掌で顔を扇ぎ、首筋に滴る汗を拭う。部屋は狭い方で、そこに少女二人が動いていれば暑苦しい事この上無い。ましてやここは地下という閉鎖空間である。いい加減涼しさが欲しいイチカは掌を団扇(うちわ)代わりにし、微量ながらの風で気を紛らわせていたのである。

そんな彼女は、白いヒツユにトイレに行くと言った。

しかし、イチカはトイレとは全く別の方向に進む。個室を幾つも繋げたような地下研究施設を抜け出し、梯子に手足を掛ける。

その行き先は――――――そう、外。

重い、しかしイチカにすれば限りなく軽いその蓋のような扉を開き、彼女は顔を出す。

そしてイチカを、指笛を鳴らす。

(まぁ、呼ばなくても来るんだろうけど……あれだけ強い暴走の気配を感じれば、ね)

彼女の考えていた通り、五分も掛からない内に、それはイチカの目の前に舞い降りた。

朱雀。

巨大な鳥のデストロイで、その翼は見る角度によって七色に姿を変える。ただ、鳥をベースとして生まれてきたせいか、カルネイジの中でも頂点のエリアにいるにも関わらず、イチカの移動用にこき使われているのが現状である。なんとも不憫な存在だ。

しかし、そんな事も忘れてしまうほど、そのカルネイジは切迫詰まっていた。誰から見ても慌てていると分かるような緊迫のしようである。

「……ま、予想通りかな」

イチカは下ろした朱雀の額に手を乗せ、優しく撫でる。

「お前も感じたよね? ヒツユちゃんが『目覚めた衝撃』をさ」

答えるように、朱雀は小さく呻く。

「……ゾクゾクした? 僕はしたよ。あの小さくて可愛らしい身体にあんなパワーが込められているのかと思うと、今思い出しても身体が震える。快感だよ」

ふふ、と小さく笑うイチカ。

「嬉しいよ。あの子はやっぱり生きていた。考えてみればそうだよね。あの子は『(カタストロフィ)』、そんな簡単に死ぬわけがないんだ。それに……」

ぐっ、と。

その白い手を、小さく握り込む。

「今、ヒツユちゃんは『目覚めた』んだ。きっと今頃は元に戻っているだろうけど。……でも、これであの子を助けられる」

彼女はもう一度笑みを浮かべ、そして朱雀に触れながら呟く。

「……お願い。ヒツユちゃんを迎えに行って。今の『衝撃』を辿れば、きっとあの子を助けられるから。……僕は、少し部屋の『整理』をしておくから」

そう言うと、イチカは朱雀に近づき、

「よろしく、ね」

そう、囁いた。

それと同時に、朱雀は羽ばたく。自らより幾分も小さいような、無力なようなそんな少女の(めい)を受けて。

しかし、彼女は決して無力ではない。それどころか、彼女はヒツユと並ぶような力の持ち主だ。

そう。

ヒツユを神と呼ぶのなら。

さしづめ彼女は――――――『創造主』だろうか。

全てを生み出した存在。

そんな、全てを統べるべきである存在は。

それでもなお、自らが創り出した存在である『神』を、全てを投げ打ってまでも愛する。

身体を許せる程。

その他全てを犠牲にできる程。

それほどまでにイチカの『愛』は深く、純粋なのである。

そんな彼女は、再び地下研究施設へと戻る。

ヒツユとの生活、そして目的の為に。

邪魔なものを、『整理』する為に。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



裸足の裏から、血が滲む。

しかしそんなものは、心の痛みからすれば大したものではない。

「…………」

こんな事、想像もしていなかった。

この力は、誰かを守るためにあるのだと思っていた。世の中のカルネイジを全て抹殺し、世界を平和にする為にあるのだと思っていた。

いや、ヒツユにとってはそんな大層なものではなかった。

ただ、大切な人を守りたかっただけ。

「……レオ君……」

その言葉に反応するように、風が巻き起こる。仮の物として羽織っていた大きなボロ切れが、まるで過ちを咎められた彼女の心のように揺らめく。

「アミ……ネロ……カノンさん……」

また風。

再び揺らめくボロ切れ。

そして心。



「……イリー…………ナ……!」



今度は風は吹かなかった。

その代わり。

彼女の瞳からは、涙が零れた。

冷たい、冷たい涙。冷たい心から生み出された、冷たい(しずく)

そうとしか表現出来ないほど、彼女の心は冷え切っていた。何にも笑う事が出来ない彼女の心。

単にあれだけの被害を出してしまったからではない。

こんな力を身体に秘めながら、それでも彼らと行動を共にしていた事についての後悔からだ。

こんな。

こんな力、いらなかった。

ただ彼らと、レオ達と行動を共にして、ただ笑っていたかった。けどこんな力のせいで、全て叶わない、儚い夢となってしまった。

(……私を、私……を……)

私を。

こんな存在にしたのは、一体誰だろう。

そんなこと、とうの昔に忘れてしまった。

今思い出せる一番古い存在は、『先生』だけ。何も知らないヒツユに存在理由を与え、心を与え、意味を与えた彼。

無限に続く切断地獄の中で、彼女を助けた存在。

(先生。私はどうすればいいんですか? 私に近付くものを、私は全て傷つけてしまうんです。こんな私、いらないんでしょうか。消えた方がいいんでしょうか?)

死。

ヒツユが知らない、誰も知らない、その感覚。

それはどんなに恐ろしい事だろう。

でも、不思議と今は怖くなかった。

それ以上に、周囲を傷付けることが、一番怖かったから。

だから。



目の前に巨大な鳥型カルネイジが現れていても、怖くはなかった。



(……あぁ)

それは、不思議な存在だった。

自分に死をもたらす、今まででは最も恐ろしい存在のそれは。

今では、劣等的な自分に終止符を与えてくれる、唯一の存在と化している。

そう。

今は、ヒツユは。

――――――嬉しいのだ。

そのカルネイジは見る角度によって色を変える。恐らく、光の反射だろう。足元がおぼつかず、身体を振り子のように揺らすヒツユの視界には、そのカルネイジは色を次々と変えている、特異な生物に見えた。

そんな奇怪な化け物に対峙してなお、彼女は笑う。

(……これ。これが私が望んでた、私に相応しい結末)

これから彼女はきっと。

その鋭利な(くちばし)で貫かれ、内臓を抉られ、口から溢れんばかりの血を流し、そして力尽きるのだ。

こんな――――――こんな、こんなに嬉しい事が、他にあっただろうか。こんな絶好のタイミングで逝けるだなんて、都合が良すぎて笑ってしまいそうだ。

死んだら、あの世で何をしよう。

きっと死んだであろうイリーナやレオ、アミやネロやカノンに謝ろう。それで許されなくてもいい。謝る事で、こちらの誠意を伝えられることが出来たなら、どんな償いでも受けよう。

閻魔に舌を抜かれてもいい。

針山地獄で悶えてもいい。

古臭い地獄像だが、どんな事でもする覚悟が、ヒツユにはあった。

巻き込んでしまった彼らの為なら。

無限の苦痛でも、耐えられる。

(……私は……、わ、たし、は……)

疲労か。

暴走による代償か。

それとも、ほとんど裸にボロ切れ一枚のままで歩いた為に、身体を壊してしまったのか。

いずれにせよ。



彼女は、地面の上に力尽きてしまった。



死んだのではない。どちらかというと、気絶。

ただ、それは瀕死ともとれる状態だった。

いつの間にか、雨が降っていた。意識が閉じていく彼女の頬を、雨粒が優しく撫でる。纏っていたボロ切れははだけてしまい、身体を覆う物が無くなった彼女に、この雨は致命傷だった。

命が削られていく感覚。

肌を滑る液体が、まるで自分の生命を液状にして流れ出てしまっているという錯覚に陥る。

そして、目の前にはカルネイジ。

こんな絶望的状況でも。

彼女は、笑っていられた。

僅かに紅く濁るその瞳は。

静かに――――――閉じた。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



なんで?

どうして?

いままで、こんなにあいしてくれていたのに。

どうしてあなたは、わたしをうらぎるの?

どうしてわたしのくびに、うでに、あしに、からだに。

そんなつめたいものを、しばりつけるの?

わからない。

わからないよ。

おもえば、わからないことなんてたくさん。

このみぎめは、どうしてかけているの? あなたには、りょうめとものこされているのに。

そして。

なんであなたは。

わたしをこんなにも、つめたいめでみるの?

そういったら、あなたはこたえた。



「――――――君は、所詮『偽物(クローン)』だからさ」



ゆるせない。

ぜったいにゆるせない。

このからだだって、あなたにゆるしたのに。

もし。

このいのちがくちはてても。

ぜったいに、ころしてやる。

どこまでにげても。

ちのはてまでおいかけて。

そのちで、このからだをあらいながして。

そして、わらってやる。

ぜったいに、ふくしゅうしてやる。



「――――――さよなら、『偽物(クローン)』」

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