再生
(やった……!?)
通常の二倍もの威力で放たれた青黒い光線は、土煙を巻き上げながら狼型カルネイジを撃ち貫いた。
通常の生物であれば、確実に絶命する一撃だ。
(くそ……土煙のせいで……見えない)
狼型が存在していた場所を中心に、薄茶色の煙が舞う。確かにそこにいるのは見えるが、シルエットのような感じでどんな状況なのかを確認する事ができない。
今の衝撃で少し後ずさってしまったイリーナは、万が一の可能性も考えて後ろへと下がる。一歩、二歩、ゆっくりと。
ふと、ビルの屋上へと目を向ける。あの場所にはヒツユが居る。最大限出血を止められるようにしたが、今は激痛でまともには動けないだろう。
そうだ。
もしこの一撃でカルネイジを殺せなかったとしても、彼女の役目は変わらない。カルネイジの注意を引き、ヒツユの安全を確保する事。これ以上、彼女を危険に晒さない事。
視線を戻す。
もうそろそろ土煙も消え去る頃だろう。ヤツの息耐えた姿を確認してから、笑顔でヒツユの元へ戻る。
そんな事を考えていた、
刹那。
イリーナは、自らの身体が大きく弾き飛ばされるのを感じた。
「ぁ、が……ッッ!?」
気が付けば、目の前には銀色に輝く狼。人を喰らう、最悪で災厄な化け物が。
何故、食い殺されなかったのか。
それは分からない。カルネイジ自身も、それはよく分かっていないのだろう。
そして、何故カルネイジに先程の一撃が通用していないのか。通常の二倍もの出力だというのに、何故。
そんな思考も全て弾き飛ばしてしまうほど、その一撃は強力だった。恐らく、その強靭な腕でかち上げられたのだろう。
レーザーライフルも手放してしまった。必要以上に回転しながら、それはビル壁に当たって止まる。
(……う……そ……)
一度も地面に付かないまま、イリーナはきりもみで10メートル以上ブッ飛ばされた。何回も地面をバウンドした後、地面に仰向けに転がってその惨劇は止まった。
「く……ぁ……ッ!!」
腹部が裂けるように痛い。恐らくカルネイジは爪を立て、アッパーカットのようにして彼女を貫いたのだろう。内蔵の全てが引き裂かれたような痛みが、彼女を襲う。
(……だ、め。こん、な。こん……)
意識が朦朧とする。よく分からないが、何故か電撃が走るような、バチバチという音が聞こえる。これは……幻聴、だろうか。
薄く瞳を開く。いつの間にか、目の前には銀狼が居た。生臭いその息は、まるで熱を帯びたかのように熱い。先程まで炎を放っていたのだから、これくらいは当たり前だが。
(死ぬ、の?)
せっかく降りてきたのに。『あの人』のためにここに来たのに。そのために、彼女は自分を捨ててまで。
そう。
このバチバチという電撃音も、彼女が自分を捨てた名残。
内蔵が全て引き裂かれたような痛み? 面白い冗談だ。そんなもの、彼女には。
(アタシ……には、)
そこで、意識が途切れた。
眼前には、獲物を喰らおうとする銀色の獣。四足歩行の獣の姿をした、正真正銘のモンスター。
その化け物の右肩は貫かれていた。先程のレーザーは外したのではなく、致命傷ではなかっただけなのだ。
しかし、このままではイリーナは喰われ、ヒツユも同じ運命を辿るだろう。
だが。
だが、彼女の瞳は。
もう、開かなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……ぅ」
瞳を、開く。
目の前には、夜を照らす月。オオカミ人間とかなら一瞬で覚醒しそうなほど、見事な満月だ。
そんな月を見てもなお、ヒツユの意識は朦朧としたままだ。
「ぅ……ぁ、あ……ッ!?」
しかし。
不意に、ヒツユは意識を覚醒させる。彼女の意思ではなく、まるで何者かに操られているように。
「が、ぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!?」
この悲鳴は、先程カルネイジに食い千切られた右腕の痛みがぶり返しているワケではない。
むしろ、『逆』。
イリーナに介抱してもらった際の包帯が盛り上がり、裂け、新たな『左腕』が出現してきているのだ。
みるみるうちに、骨のような白い棒が伸びていく。
その後、その骨から血のような赤い液体が漏れだし、まるで重力に反するように骨の回りを覆う。それらはいつしか固まり、気付いたときには筋肉となっていた。
最後にテープでも巻くかのように、根本から皮膚が伸びていく。ほんの数分で、彼女の左腕は元通りとなっていた。
「あぁぁ……ッ!! ぐ……ぅ……ぁ……」
これが、彼女が『人間を捨てる』とまで言った所以。化け物と言われても差し支えないほどの奇妙な機能が、彼女の身体には備わっているのだ。
『身体再生機能』。
致命傷でなければ部位は何度でも復活するという、まるでトカゲのシッポのような『力』。その代わり、再生にはとてつもない激痛が伴う。そのため、彼女は我を忘れて叫んでいたのだ。
「……はぁ、はぁ……っい、イリーナは……!?」
その時、彼女はようやく自我を取り戻した。この痛みは過去に何度も繰り返している。だが、何度やっても痛いものは痛いのだな、とヒツユは心の何処かで呟いた。
立ち上がり、その場を見渡す。ここはビルの屋上だ。色々なものが破壊されており、吹き付ける悲しげな風と共に、何やら儚げな雰囲気が感じられる。
(……ッ!! そうだ、狼みたいなカルネイジが来て……腕を食べられた私を、イリーナがここまで……!!)
先程までの出来事を思い返したヒツユは、もう一度周りを見渡す。イリーナの姿はなく、自らの武器である紅いバスターソードでさえも見当たらない。思えばヒツユ以外には重すぎてあれを持ち上げることはできないため、きっと最初に居た場所に放置してあるのだろう。
ヒツユは珍しく焦った顔で歯噛みする。屋上のドアを強引に開き、三段飛ばしで階段を降りる。バスターソードの『ブースト材』はバスターソードを握った時にしか効果が無いため、手持ち無沙汰な今の彼女には、精々この程度の移動しか出来ないのだ。
二階のドアを開いたところで、そこに紅いバスターソードを見つけた。血塗られたような紅い刀身、それ以外は闇で染めたような漆黒。時折入っている金色のラインが、その黒を一段と際立てている。
それを握り締め、床に突き立てたところで、ヒツユは再び考え込む。
「イリーナは……!? 外に居るの……!?」
大きく崩壊したこの部屋。真ん中がカルネイジの大口によってポッカリ欠けてしまったその間から、ヒツユはゆっくりと外を見る。
「――――――ッ!?」
その光景に、ヒツユは息を飲んだ。
大型のカルネイジ。フォルムは狼。銀色に反射する体毛、小さく舞う尻尾。熱を帯びたような一本角が、どこかヒツユに威圧感を与えてくる。
そして、その紅い瞳。戦闘時のヒツユ、その左目と同じ色。
いや、そんなことはどうでもいい。
今、ヒツユが最優先で目線を向けているもの。
カルネイジの目の前で横たわっている、イリーナの姿。
「イリーナ!! 大丈――――――」
ヒツユが本当的に危険を感じ、駆け寄ろうとしたときだった。
「へえ。面白い身体してますね、アナタ」
滑らかな、少女の声が聞こえた。
ヒツユが、瞬きした瞬間。その一瞬だけを経て、彼女はそこに居た。イリーナの前、カルネイジの前。
つまり、両者の間に。
流れるようなストレートの黒髪。一つだけ着けた赤い髪飾りが何故だかとても可愛らしく見える。顔からすると日本人であろうその少女は、しかし紅い、ヒツユと同様の瞳を持っていた。しかも――――――両目に。
その雪のような白い肌は、目の前に存在する銀狼と同じ雰囲気だった。それほどまでに白い、まるで蝋燭のような肌。
そして彼女は銀色のコートを纏っていた。襟に金色の毛皮があてがわれているものだ。下は紺色のミニスカート。左足は黒タイツ、右足は黒いハイソックス。膝下まで届くような高い薄茶色のブーツを履き、口元をニヤリと歪めるその少女の手には、無機質な銀色の槍が握られていた。
しかし、カルネイジの方はそんなことを気には止めない。人が一人増えた程度で、喰らうのをやめるような生物ではない。
その牙を剥き出しにし、火炎をも放射するその顎を大きく開く。
「イリーナッ!!」
それでも、イリーナは目を覚まさない。欠かされた部分から電気を漏れ出させている彼女は、それでもヒツユの望みには応えることが出来ない。
そして。
それでも、黒髪紅眼の少女は、笑ったままだった。