入れ替わり
――――――土煙は、全て晴れた。
大剣が振り下ろされた時に舞い上がったそれは、全て消え去った。
その時、丁度イリーナとアルマはその場に辿り着いた。
「……どういう……こと……?」
彼女らの視界に映るのは。
白い長髪の少女を抱きかかえた猫耳の少年が、二人で転がっているところだった。
そしてそこは、まるで爆心地のように全てが破壊されていた。彼らは、その端にいる。
しかし、イリーナが目を付けたのはそこではない。
彼女が見ているのは。
「……ヒ、ツユ……?」
神々しい姿となった、しかし少女のあどけなさを残した、見知った彼女の姿だった。
裸体に装飾を施し、身体全体が淡く輝くような姿となっている少女を見て。
イリーナは何故か。
――――――恐怖を、覚えた。
再開の感動でもない。
生きていたことの喜びでもない。
その少女が少女ではないということに対しての恐怖。
見知った姿ではないことの恐怖。
それら全てを掛け合わせて、『恐怖』であった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「…………t?」
不思議そうに囁くヒツユ。
振り下ろした大剣もそのままに、彼女はクエスチョンを浮かべる。
何故。
あの化け物を、少年は助けたのか。
自らの恋人であり、先程の戦闘で気を失ったハズの彼が。
一体、何故。
「……っ、く……」
猫耳の少年は、小さく呻く。
身体中が瓦礫の破片でボロボロになり、身体を大きく吹き飛ばされたのにも関わらず。
彼は、生きていた。
流石はカルネイジを取り込んだ人間、ということだろうか。その驚異の生命力は並の人間では達し得ない。
「……なん、で……」
同時に目を覚ました九尾型が、レオの胸の中で呟く。
「なんで、助け……た……?」
痛みに涙を浮かべながら。
少女は、言う。
それに答える少年。
「……助けてない」
「え?」
驚く九尾型。彼が言うことには、矛盾すら生じている。
だが少年は続ける。
「僕が助けたのは……お姉ちゃんだ。お前じゃ……ない。お姉ちゃんの身体を助けただけで……カルネイジ、お前を助けるつもりなんてない」
「で……も」
「お前はお姉ちゃんを殺した。けど、身体を乗っ取っている。人格を抑え込んでいるんだ。僕には本能的に分かる。お前を、カルネイジを消せば、お姉ちゃんは戻ってくるんだ!」
それは、一度身に染みたから分かるのかもしれない。
一度死を経験し、そして生き返った彼だからこそ。
彼は、理解している。
目の前の怪物の中には。
眠っている、姉の人格がまだ存在していると。
だから。
彼は、呼び掛ける。
「……帰って来て、お姉ちゃん」
「っ……?」
「僕、お姉ちゃんに隠してた事があったんだ。カルネイジに乗っ取られる前の事は全部忘れてたって言ったけど……でも、乗っ取られてた時の事は覚えてた」
「何を言って……」
「カルネイジに眠らされている間は、自分が一番心地良い空間に居れるんだ。僕の場合はお父さんが居て、お母さんが居て、そしてお姉ちゃんが居た。みんな楽しそうに笑ってた」
それは、自らの欲望。
それを最も反映する泥沼。
アミが沈み込んだのは、そんな甘いものだったのだ。
「でもそれは嘘なんだ。お父さんもお母さんも居ない。みんな死んでると思う。きっとお姉ちゃんの空間には、レンさんがいるんだと思う」
「ぐっ……⁉︎」
瞬間、九尾型の頭が揺らいだ。
内部から、干渉を受けている。
(何よ……これェッ……!)
「でも、レンさんは死んだ。もう戻ってこないんだよ! ねぇ、お姉ちゃん。お願い、過去にしがみつかないで! 全部取っ払って、先に進んでよ!」
「が、ぁ……!」
九尾型が頭を抱えてもがく。
(嫌だ……こんなの。折角ここまで取り付いて来たのに。こんな人間のガキに……!)
「お姉ちゃんッッ‼︎‼︎」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『……!』
それを、微かに聞き取ったのは。
真っ暗な空間で立ち尽くす。
黒髪の、少女。
名前は神崎アミ。
欲に負けた、寂しい少女。
『……誰だろう。私を呼んでるのは』
虚ろな目で、呟く。
『まぁ……いいや。アミはここにいる方が……幸せ』
いつの間にか、目の前にはレンが居た。
長めの髪をした青年。アミの幼馴染で、アミの想い人。
アミは力無く、その青年にしがみつく。
『ねぇ、レン。アミ達、好き同士だよね?』
しかし。
レンは、反応すらしない。
『……なんで答えてくれないの?』
アミが、嫌いなの?
そう言いたくても、言えない。
視線すら、アミに向かない。
アミは彼の耳を甘噛みしながら、寂しそうに呟く。
『答えてよ。アミが好きだって、そう言ってよ』
答えない。
『レン……』
そのまま。
レンは、何処かへと歩き去ってしまった。
溜息を、一つ吐きながら。
『……いいもん。アミにはレオがいるもん。ね、レオ?』
が。
レオは現れない。
存在すら、してくれない。
『……なんで……』
暗闇で、虚しく響く彼女の声。
何も出来ず、ただ寂しい。
ついに彼女は、その場に座り込んでしまった。
『……もう、眠っちゃおうかな……』
沈む。
床が突如として沼となり、ゆっくりと沈む。
脚が沈む。
腰が沈む。
胸が、首が。
――――――沈む。
『もう……いいや……』
が。
「よくないよ」
『……?』
沈まない。
鼻まで沈んだところで、身体を抱き締める影があった。
猫耳の少年では――――――ない。
じゃあ誰?
それは。
「おねえちゃん!」
『レ……オ……? でも、幼すぎるような……』
それは、まだ猫型カルネイジに侵食される前のレオ。
まだ無垢だった、弟。
「だめだよ! それいじょういくと、おねえちゃんはほんとうにきえちゃうよ!」
『……いいの。どうせ生きていても意味なんて……』
「ダメだ!」
『っ⁉︎』
いつの間にか、それはレンへと変わっていた。
「その先に意味なんてない! そこへ沈んでしまえば、お前には文字通りの死しか待ってないぞ!」
『レン……! でも……レンの居ない場所なんて……』
そして。
「僕が居るから大丈夫だよ、お姉ちゃん」
それは、現在のレオへと姿を変えた。
『レオ……‼︎』
「僕だけじゃない。ヒツユちゃんも、カノンさんも、みんな居るよ!」
『でも……! でも……!』
「僕はお姉ちゃんが大好きなんだ! なのに……なのにお姉ちゃんが死んじゃったら、悲しいよ!」
『……!』
「だから……戻ってきてよ……!」
その一言は。
アミの心を。
確実に、変えた。
『……ありがとう、レオ』
その瞬間。
アミの身体は消え。
別の場所へと、移った。
『……また会ったね、もう一人のアミ』
「ぐ……!」
ここも、暗闇。
けど。
もう一人のアミ、つまり九尾型の居るところは、明るい。
生の世界だ。
『これだけ言われれば、戻ってくるしか無いよね。だって……期待されてるんだもん』
「……ククッ、それで済むと思ってるの?」
『?』
頭を抱え、苦しそうにしながらも、彼女は笑う。
「あなたは既に一度死んだ身。何の干渉もなく生き返られるわけが無い。いえ、抽象的に言わなければ……」
『…………』
「私はあなたの脳を乗っ取っている。私を無理やりに引き剥がせば、あなたの脳に異常が出る。もっと言えば、私はあなたの記憶部分に干渉して乗っ取っていた」
『……あー、そういうこと。「記憶が無くなる」んだね。レオがなったのと同じか』
妙に落ち着きはらった様子で、アミは呟く。
「そうよ‼︎ あはははははははははははははははははははははははははははははははッッ‼︎ 記憶が無くなったあなたがあいつらの前に出たって、あいつらは喜ばない。むしろ悲しませる事になる‼︎ それでもあなたは――――――」
『行くよ』
「ッッ⁉︎」
『きっと、レオも薄々気付いてるハズだよ。だって、自分が経験したんだから。だから……予め、わかってる』
「だからどうしたってのよ! あなたは、あなたという『存在』は、私と入れ替わった瞬間に消えるのよ⁉︎ なのに……」
『でも、神崎アミという「個体」は消えない。もう一人の、あなたではない「神崎アミ」が、みんなと過ごすだけ』
「あなた馬鹿じゃないの⁉︎ 消えたいの⁉︎ それならさっきの場所に戻る方が――――――」
『あーもう、うるさいッッッ‼︎‼︎‼︎』
「ッ⁉︎」
とうとう痺れを切らし、アミは激昂する。
『さっきから聞いていればグダグダグダグダと。それはあなたが消えたくないだけでしょ⁉︎ どうせあなたはここで消える。なら少しくらい黙っててよ‼︎』
「なん……ですってえええええええええッッッ‼︎‼︎⁉︎」
同じく激昂した九尾型。
一気に駆け出し、拳を握る。
その白い髪を振り乱し。
九つの尾をなびかせ。
が。
アミはその首を掴み、床に叩き付ける。
「がっ……⁉︎」
『ホントにやかましいね。少し黙っててくれないかな?』
「な……んで……?」
ハァ、と溜息を吐くアミ。
『あなたは勝手に住み着いた方。私は宿主。健全な状態なら、どっちが強いと思う?』
「んな……バカな……!」
『この力も貰うね。次のアミに役に立つように、ね』
そう言うと、アミは首から魂のようなものを吸い取り、それを明るい方の空間へと投げる。
それは明るさの中に溶け、消え失せた。
「な……にを……」
『託しただけ。アミもそろそろ行かなくちゃ』
そう言うと、アミは九尾型を闇に投げ捨て、自らは光の方へと進む。
「……い……やだ。消えるのは嫌ァッッッ‼︎」
『諦めて。ここでお別れ』
そして。
光と闇が、入れ替わり。
生と死が、入れ替わる。
「じゃあね。――――――私」
『嫌だァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎』
死の空間へと入れ替わった九尾型は、消えゆく身体を睨みつけながら、醜く消えていった。
生の空間へと入れ替わったアミは、その紅潮した頬に涙を浮かべながら。
囁いた。
「ありがとう、レオ。でも……お別れだね。新しいアミと……仲良くしてね」
彼女は光の中に座り込み、溶けるように消えていった。




