『神』の一撃
その紅潮した頬から、涙が落ちた。
その瞬間。
辺りの空気が、荒さを帯びたように思えた。
ヒツユの右手を中心に世界が吸い込まれるような感覚。
そんなものを、九尾型デストロイは感じていた。
(う、そ……これって……⁉︎)
吸い込まれる、という表現。
それは間違ってはいなかった。
全てのカルネイジを統べる事が出来る九尾型には分かる。
何故なら。
この地下都市に存在する全てのカルネイジの肉体が、ヒツユの右手を中心として集まっているから。
(ありえない……‼︎ どういうこと……⁉︎)
嵐が巻き起こる。
突然雷光が辺りに発生し、まるで竜巻が起きているかのような錯覚をする。
生きていても。
死んでいても。
全て関係無く、等しく、ヒツユの右手に集まっていく。
それは、アミの姿をした九尾型以外にも感じ取れた。
「……⁉︎」
「何よ……これ……」
アルマとイリーナの目の前に存在していた九尾型デストロイの残骸。
その残った骸が、まるでとろけたチーズのように空へと浮き上がった。
「何が起こってんのよ……!」
イリーナは吹き飛びそうになるマフラーを押さえながら、空に向かって歯噛みした。
――――――瞳。
紅く輝く瞳は、ヒツユの左眼に存在する。
しかし。
それ以外にも、数多の紅き瞳が、彼女の右手の上に吸い寄せられる。
それは、黒き肉体が集まり、
百を優に超える数の紅き瞳を抱えた、
天をも貫くような、
――――――巨大な、肉の大剣だった。
グロテスク。
そんな印象を受ける大剣。
外殻。
肉。
内蔵。
眼。
口。
牙。
腕。
脚。
尾。
――――――そんな、生物を構成する殆どの肉体が同時に顔を見せる大剣が、無垢であるハズの少女の頭上に現れた。
まるでそれら全てが生命を吹き込まれたままのように、胎動を繰り返しながら。
遥か数千メートルをも超える、常人でなくても扱えないような大剣。
それを扱えるのは。
例えば。
「――――――くっ!」
その答えが出る前に、九尾型が動いた。
その拳を握り締め、その脚で大地を蹴り。
音速を超える速度でヒツユへと向かった。
が。
「……t……、ァ」
突如。
ヒツユの囁くような声で。
大剣から肉が飛び出し、それは鞭のようにしなり、九尾型の身体に巻き付く。
それと同時に、今まで時折現れていた雷光が、ヒツユの周囲でバチバチと膜を作り始めた。
それはヒツユの華奢で華麗な身体を包み込み、生まれたままの姿と同じシルエットを作り出し。
それが薄れ、中身が見えた時には。
――――――まるで、聖人のような、光輝く姿になっていた。
身体全体が単色。
それは『白』。光輝くその肌を含めて、まるで太陽かのような印象を与える。
髪の毛は一本一本から雷光を帯び、額の左側からは一本の角のようなものが生えている。
胸の真ん中から両肩を通って、まるで天女の羽衣のようなものを纏っており、その中に赤い一本の線が入っている。
それはその羽衣だけではなく、身体全体に引かれている。丁度、骨格を簡素なラインで表したかのような。
腰にも同じような羽衣が舞い、それは風に揺られて優雅に空中を漂う。
そんな彼女は空中に浮いており、もはや物理限界をも超えていた。
「……!」
自らが従えていた肉に身体を拘束され、地べたに這いつくばっていた九尾型は、感じる。
勝てない。
明確な名称などない。
だが。
確実に――――――自分より上。
それは。
とある瞬間に、創造主が思い付いた階位。
つまり。
神。
手が届くはずもない。
だって、神なのだから。
相手は。
動物は愚か、知恵を持つ人間でさえも届かない。
唯一の存在なのだから。
(こんなの……勝てるわけ……!)
歯をガタガタを震わせ、九尾型は戦慄する。
『死』という恐怖に。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「なんなのよ……あれ!」
『アルさんに聞かない! ……でも、かなりヤバイ……』
「んなこと分かってんのよ!」
イリーナとアルマは、それぞれ別の移動手段を用いながらも、並列で嵐の中心に向かっていた。
イリーナは非常用の空中移動用ジェットパックで。
アルマは『クリムゾン』に搭乗して。
「……こんな事出来るのなんて、カルネイジしか居ないじゃない……!」
『あの狐以上のカルネイジがいるなんて考えられない……なのに……!』
「あんなでっかい柱みたいな……いや、剣? グロいし気持ち悪いわね……」
ヒツユが生み出した『大剣』は、その巨大さ故にイリーナ達にも視認出来ていた。それを追って、二人は向かっているのだった。
ちなみに、二人は電波を共有することによって会話することが出来ている。アルマが例え『クリムゾン』内にいたとしても、会話することが出来るのだ。
『殺してやる……姉さんの街を荒らすヤツは……アルさんが……‼︎』
確かな決意。
赤き機械少女の願いは、この街の平穏。
そして。
姉を破滅へと導いた怪物への復讐。
(……この子には負けてらんないわね……)
イリーナも誓う。
大切な恋人の為に。
死した彼の救いの為に。
一時は取り戻した平穏を破壊された、自身の恨みを晴らす為に。
イリーナは、復讐の道を進む。
「アタシは死なない。生きて、全てのカルネイジを根絶やしにしてやる」
その手には、簡易的、非常用ではあるが、ビームソードが握られていた。『クリムゾン』の非常用対応設備から拝借したものだ。
これさえあれば。
彼女は。
復讐を果たすことが――――――可能。
「誰がそれを邪魔しても……アタシは、必ず成し遂げてみせる」
機械の少女は。
その青色の瞳を血走らせ。
誓った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……あ、あ……」
掠れるような声。
これから死ぬと分かっていれば、恐怖で声すら出ないだろう。
全てのカルネイジを統率する、デストロイであっても。
それを睨み付けるのは。
紛れもない、神なのだから。
「…………t、」
文字に起こせないような、微かな声。
それが、聖人のように光輝く少女の艶やかな唇から、洩れた。
既に彼女の意識は無いように見える。
彼女は。
彼女の内に秘める『本能』に従って、動いている。
殺意。
それが、彼女の右腕を、動かす。
大剣が、振り下ろされる。
その余りある巨大な大剣を。
斬るのではなく、叩き潰すように。
ヒツユにとっては、たかが虫ケラのような一匹を潰す為だけに。
何千メートルもの怪物が、叩き付けられる。
刹那。
周囲の音が掻き消され、まるで大剣に吸い込まれるかのようだった。
そして、それらは大剣が地面に触れた瞬間。
まるで世界が破滅するかのように、一斉に爆発していった。
辺り全ては吹き飛び。
建物は壊れ、ひしゃげ。
瓦礫があちらこちらに吹き飛び。
生物全てが生きられるハズの無い、大破滅を巻き起こす。
それは丁度。
部分的な、ノアの箱舟のような。世界を滅ぼすような、大洪水が起きたような。
とにかく、表現が限られてしまう程の大惨事だった。
生き残ることなど――――――出来ない。
だってこれは。
神が巻き起こした。
大災害なのだから。