覚醒
「姉さんッッ‼︎」
「ナツキィッッ‼︎」
一通り戦闘が終わり、しばしの安息が訪れたアルマとイリーナ。しかし彼女らは安心する間も無く、九尾型の尾が突き刺さった『アルビノ』へと駆け寄る。『クリムゾン』から急いで駆け降りた彼女らは、
それを見て、
絶望する。
「う……そ……」
もはや助かるかどうかの問題ではない。
何しろ。
コクピットよりも、ずっと巨大な尾が突き刺さっているのだから。
彼女らの力では何も出来ないが、きっとその巨大な尾をどかしてしまえば、バラバラになったクラルとナツキの部品なんかが転がってくるのだろう。
「死ん……だっていうの?」
イリーナは、ポツリと呟く。
それは、戦っていた時に把握していた事だったのだが、今一度確認すると、何故だか虚しさが襲ってくる。
まるで。
心の中に、ポッカリ穴が空いたような。
大切なものが、抜け落ちたような。
拠り所が、失われたような――――――
「……ね、え……さん……」
がくり、と。
アルマは力無く、音も無く膝を突いた。
その瞳からはどういうわけか涙が零れる。
ロボットなのに。
機械なのに。
始めからそんな機能が備わっていた、といえばそれまでだが、何故かその涙には。
大切なものを失った『悲しみ』が、生き物のような『悲しみ』が宿っているようだった。
彼女はイリーナに視線を向け、崩れるように身を委ねる。
「な……んで……? どうして……? なんで……姉さんが……?」
「……っ」
イリーナには、どうすることも出来ない。
彼女も、悲しみに打ちひしがれていたから。
大切な恋人。
その移し身に死なれた辛さに、彼女は耐え切ることなんて出来ない。
(……なんでよ。なんで、あいつは二回も姿を消すのよ……!)
あの時も。
今も。
いつだって、彼は何かを残して消えていく。
あの時は、これからの未来。
今は。
今は――――――これから作るハズだった、思い出。
……大丈夫だ。
「……大、丈夫……」
「え?」
そう言い聞かせないと、心が折れてしまいそうで。
「大丈夫……だから……」
このか細い心が、簡単に砕けてしまいそうで。
何かを。
例えば、目の前の少女の姿をした機械を、思い切り抱き締めないと。
「ふ、ぇ……?」
突然の抱擁に、驚いてしまうアルマ。
「大丈夫、だから……‼︎ アタシ達だけで……全然……大丈夫だからね……‼︎」
「イリー……ナ……」
アルマの額に、彼女の涙が落ちる。小さく震えるイリーナの腕が、アルマの身体を温める。
固く冷たい、ロボットの身体を。
冷たくなってしまったのは、大切なものが失われたから。
心の暖かい部分が、消え失せてしまったから。
だけど。
今まで、全く心を許していなかったけど。
目の前で泣く彼女は。
どこか、暖かい。
その暖かさが、アルマにまで伝わってくる。
「……イリーナ」
アルマが声を出す。
「……?」
「泣いちゃ、ダメ」
「……え」
そんな言葉の後。
アルマは、
イリーナの背中に、腕を回した。
「……!」
「アルさん、もう泣かない」
優しい。
それは、優しいとしか表現出来ない程。
優しいという感情だけで、構成されていた時間。
赤い少女は。
一人の女性を。
クラル以外の、別の存在を。
初めて。
――――――認めた。
死ぬという概念が無い機械の街で。
『死』を糧として強くなった、二人の少女が居た。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「もう……嫌だ……」
そう呟いたのは、一人の少年。
猫耳を生やしたその少年レオは、光を失った次世代的な建物の陰に隠れていた。
ガタガタと。
その双肩を、震わせながら。
その黄色い瞳から――――――涙を零しながら。
「ネロちゃん……なんで……」
彼の脳裏に映るのは、こちらに笑顔を向けた少女の姿。
赤髪にツインテール。人懐っこい笑みを浮かべるのが得意だった女の子。
それが今は、黒い体毛に身を包んだ兎の姿をしたカルネイジと化してしまっている。
あの戦いの行方は、もうレオには分からない。兜虫型が勝ったのか、兎型となったネロが勝ったのか。
どちらにせよ、レオは『ネロという少女の存在』を失ってしまった。それは、彼の心に深く傷を付ける。
「……もう、死にたい……」
そう、呟いてしまう。
「レオ君……」
「レオ……」
その少年の傍らに座るヒツユ。さらに向こうに腰を掛けながら息を切らす少年、カノン。
「嫌だ……なんでこんなことになるんだよ‼︎ ネロちゃんが何をしたっていうんだ‼︎ ネロちゃんは……ネロちゃんは……」
ボロボロと水滴が滴る。
彼の涙腺から分泌された透明な雫が。
冷たいコンクリートの地面に、シミを作る。
それは、カノンとて同じ事。
「……ネロ。あいつ、なんで……」
なんで。
カルネイジに乗っ取られる最後の瞬間まで。
「……なんで、笑ってられたんだ……?」
怖くなかったのだろうか。
辛くなかったのだろうか。
得体の知れない生き物に身体を侵食されていて。
「……くっ――――――そッッ‼︎」
ドンッッッッ‼︎ と。
カノンはその拳を、コンクリートの壁に叩きつけた。
「俺達は……何にも出来ないのかよ……⁉︎ このまま、黙って殺されろっていうのかよ……‼︎」
「……やっぱり、僕が行けばよかったんだ。ネロちゃんを助ければよかったんだ。それで僕が死んでも……僕は……」
「そんな……レオ君、そんな事……」
「じゃあどうすればよかったんだよ‼︎ 教えてよ‼︎ 誰も死なないで生きられる方法なんかないのかよ‼︎ 僕達に安息はないのかよ‼︎」
「……っ」
ヒツユは黙り込んでしまう。
解決策など見つからない。
というより、手遅れなのだ。
ネロをカルネイジ化させてしまって。
アミをカルネイジの中に置いてきぼりにしてしまって。
既に、二人を犠牲にしている。
いや、それだけではない。もっと大勢が、何倍、何万倍の人間が、カルネイジの手に掛かり、殺されているのだ。
今更、解決策だのと言っても意味は無い。
死んだ人間は、戻らないのだから。
「……ごめん……」
ヒツユを怒鳴りつけたレオは、そんな自分に嫌気が差したのか、すぐに謝った。
「ヒツユちゃんを怒鳴っても解決なんかしないよね……情けないな、僕」
「……いや、大丈――――――」
刹那。
聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ほんと、情けないよね。男のクセにウジウジと……怒るなら元凶である『私』を怒るべきなのに」
いつの間にか。
三人の目の前には、見知った少女が立っていた。
そう、ヒツユ達が置いて来たと思っていた少女。
「……アミ……」
「残念ながら私はこの身体のオリジナルじゃないんだよね。オリジナルさんには眠ってもらっていまっす」
「お姉ちゃん、何を言ってるの……?」
「アミさん……?」
意味不明な一言に、三人は困惑する。
そのせいか、感動の再会、なんて展開にもならなかった。三人は、ただ後ずさるだけ。
ただ一心にアミを見つめ、その意味が暴かれるのを待ち続けているだけ。
そんな現状に飽き飽きしたのか、アミは瞳を閉じる。
「つまり――――――」
その瞬間。
彼女の黒髪は真っ白に染まり。
その頭から二つの獣耳が生え。
きわどいビキニの下、ワイシャツを越えるようにして白い、狐の尻尾が生えてきた。
そして、その瞳が開いたとき。
既にそれの色は――――――紅と化していた。
「こういうこと」
その顔に妖艶な笑みを貼り付けながら。
彼女はその拳を、一番手近な位置のレオに叩きつける。
「なんっ……⁉︎」
驚きが先に来たからか、それとも反応すら出来なかったからか。
レオは避ける仕草すら出来ず、拳をもろに受けてしまう。
吹き飛ぶその身体はヒツユやカノンを巻き込み、機械の街も転がった。
「がっ……あ!」
地面に爪を立て、摩擦を堪えながらようやく止まったレオ。後ろにはまともに反応出来なかったヒツユとカノンが、身体を傷付けながら転がっていた。
「ヒツユちゃん……! カノンさん……!」
「君は私のオリジナルの弟ね? 私に似た反応があったから気になってきたけど……なるほど、もう経験済みってワケね。でも、あなたには別の自我はない。カルネイジの乗っ取りを防いだ過去がある……ってことね」
「……お前……お姉ちゃんじゃない……! 誰だ⁉︎」
「私はね、さっき殺されたハズのでっかい妖狐。でも直前でこの身体に乗り換えたおかげで、私は死なずに済んだ」
「カルネイジなのに……自我があるの?」
「私はそんじょそこらの低俗とは違うから。自我を持ち、他のカルネイジを統率する『上』の存在。ま、」
そう言うと九尾型が乗り移ったアミは、
再び、
大地を蹴り、
レオに、襲い掛かる。
「ッッッ⁉︎」
「こうやって自分からっていうのも、興ではあるけどね」
ふと目の前に現れる九尾型。
その拳がレオの腹を狙う。
レオはそれを左手で押さえる。大きな衝撃音の後、周りの空気が波を作った。
しかしすぐに九尾型の右脚が襲い掛かる。それは空を切り、冗談みたいなスピードでレオの横腹を蹴り飛ばす。
「がっ⁉︎」
「甘い甘い☆」
それを手始めとするように、九尾型は身体を回転させ、左脚のかかとで背中を蹴り落とす。
吐血するレオ。彼には攻撃を防ぐ手立てが無く、なされるがままだった。
そして。
九尾型は空中で一回転を決め。
両脚で弾くようにして。
レオの身体を、大きく蹴り飛ばす。
大きく飛んだ彼は、遥か遠方のビルへと身体を突っ込んだ。既に意識は途切れていた。
「弱いなぁ……既に一度カルネイジを下した身なんだから、私と互角くらいには戦えたハズなのに……」
と。
そんな時だった。
空気が。
バチバチと揺らぐような感覚。
言い知れぬ不安。
「……な、に?」
それは。
それの、正体は。
「……何、してる……の……?」
震えるように戦慄し。
冷たい涙を流しながら。
両肩を抱く。
とある少女だった。
空気が震える。
決して、比喩ではない。
本当に。
本当に、空気が――――――震えているのだ。
「アミ……どうして……レオ君を……?」
「……あなた……何故……⁉︎」
九尾型は感じていた。
死ぬという恐怖。
自分より『上』を見るという事。
他より『上』だと思ってきた彼女が、『下』だと自覚してしまうほどの威圧。
(私より格上⁉︎ 明らかにさっきの弟クンとはワケが違う……! 同じカルネイジを秘めた反応なのに……どうして⁉︎)
それと同時に、彼女には見覚えがあった。
その少女。
その幼げな顔。
数年前から何も変わっていない、あどけない表情。
(まさか……『主』のお気に入りじゃ……⁉︎)
「殺してやる。お前なんか……レオ君を痛め付けるやつなんか……」
変わり果てたヒツユは。
その右腕をゆっくりと上げる。
そこを中心に空気が揺らぎ、時空がずれているような錯覚に陥る。
いや。
何かが集まっているような。
(何……⁉︎)
ヒツユは、その口から。
「そんなの……」
冷たく濁った言葉を洩らす。
「アミじゃ……ない……‼︎」