姉妹の意地、少女の意地
まず『クリムゾン』が狐型へと突撃する。その大剣を大きく構え、回り込むように。
「……死ねッ‼︎」
しかし狐型は振り向きすらしない。ただ、その数多の尾の一本を『クリムゾン』へと向ける。それは、鋭い槍のように。
「ぐっ⁉︎」
『クリムゾン』は、それに剣を這わせるようにして受け流す。自らの推進力を極力殺さないように、だがかわしきれない攻撃を無害にする為の方法だった。
その中で、アルマは歯噛みをしていた。
何故なら彼女の視界には、もう一本の尾が見えていたから。
そう。
頭上から叩きつけるように繰り出された、二本目の尾。
「無茶苦茶すぎ……ッ‼︎」
彼女は脳波で『クリムゾン』を操作。受け流していた一本目の尾から剣を離し、側部に付いているブースターを噴出させる。それと同時に足の裏のローラーを駆動させ、90度回転するような動きを作り出す。
ギャギャギャッ‼︎ という露骨な駆動音と共に、『クリムゾン』は急速な移動を見せた。スレスレで九尾型の尾が地面に叩きつけられ、赤い戦闘機械は難を逃れる。
が。
残りは、まだ七本ある。
「――――――ッ‼︎」
かわした先には、横に大きく振られた三本目の尾があった。流石のアルマや『クリムゾン』でも、こんな状態では避けることなど出来ない。
しかし。
『アルマッ‼︎‼︎』
無線の回線から、姉の切羽詰まった声が聞こえる。それと同時に、傍らから白い機体が飛び出していく。
それは横から振られた尻尾を一刀にして切り裂き、『クリムゾン』に衝突するはずだったそれを未然に防ぐ。
「姉……さん」
『アルマ、私達は二人で戦ってるのよ? ……一人で突っ込んでいかないで。私だって戦えるんだから』
それは、むくれたような声だった。
今まで戦闘をアルマに任せっきりにしていたクラルが、何故だか張り切っている。それが何の感情なのか、アルマには分からない。
だから、それを『愛』だと仮定する。姉は彼女に死んでほしくなくて、だから助けているのだ、と。
そう考えると、なんだかアルマも頑張れるような気がした。彼女に、目的など一つしかない。それはこの街の平和などではなく、ましてやイリーナを助ける為でもない。
アルマは、姉に愛情さえ注いでもらう事が出来れば、それでいいのだ。
所詮、アルマという一つの小さな『機械』は、その思考回路は、その程度で動くようなものなのだ。
が。
今の彼女は、そんなちっぽけな存在ではなかった。何故なら、彼女の意のままに動く兵器があるからだ。
「『おおおあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ‼︎‼︎‼︎』」
二人は大きく飛び上がり、大剣を振り上げる。
狙いは怪物の背。
しかし、怪物も人智を備えた特殊な生物である。そんな攻撃にやすやすと当たるほど馬鹿ではない。
九尾型はその九本全ての尾を繰り出し、その鉄の塊を止めようとする。一本は上薙ぎ、一本は貫くように、とバリエーションを付けながら。
だが、『クリムゾン』と『アルビノ』、二体の戦闘マシンは、そんなものでは押されはしない。
彼女らは来る尾を全て音速にも等しい刃で切り裂き、無理矢理に突破口を開く。
そしてその刃は。
自分の何倍もある巨体を、真っ直ぐに貫く。
その瞬間。
「があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ⁉︎」
怪物の口から、まるで女性の悲鳴のような声が聞こえた。大人の、というわけではない。ちょうど高校生くらいの少女、といったところか。
「『ッ⁉︎』」
その声に、アルマとクラルは思わず動きを止めてしまう。
が、それが間違いだった。
次の瞬間、二人の機体を一本の尾が弾き飛ばした。二体の戦闘マシンは空を泳ぎ、コンクリートの地面に墜落する。『クリムゾン』と『アルビノ』の機体には姿勢制御用のブースターが装備されてはいるが、空中で自由に移動出来るほどの出力があるわけでもないのだ。機体のエネルギー削減の代価が、こんなところにまで迫ってくる。
「っぐ‼︎‼︎」
「きゃっ‼︎」
アルマとイリーナは『クリムゾン』のコックピットで同時に呻く。機体への振動は大きく、二人はそれを直に受けていた。
「……アルマ、大丈夫なのこれ?」
「うるさい。黙って見てる」
アルマはイリーナの不安を気にも止めずに一蹴する。この戦闘の中で、多少苛ついている、というのは否めないが。
何も出来ない環境の中、イリーナは思う。
(……なんでまた、こうなるの?)
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「こ、これって……」
「……ひでぇな……」
辺りには破壊されたロボットの数々。まるで死屍累々と並んだ人間の死体のようだ。死ぬという概念がロボットにあるのかは知らないが、これはどう見ても、
「死んでる……の? みん、な……」
ヒツユはゆっくりと、囁くように呟く。その声は震え、まるで今の今までそんなものを見たことが無いような色に包まれていた。ゆっくりと、その頬を涙が伝う。
「ヒツユちゃん、今はそんなこと言ってる場合じゃないよ。とにかく何処か安全な場所を探さないと……」
レオが、寄り沿うように肩を抱く。が、その掌も、少しの震えと脂汗に包まれていた。
怖いのだ。
自分も、この仲間入りをしてしまうのではないか、と。
自分だったという証拠すら残さないまま。
誰にも知られずに消えていって。
ここで、その他大勢として扱われ。
惨めに死んでいくのではないか、と。
「……行くぞ、お前ら。いつまでもここでウダウダしてらんねぇ」
「……うん」
カノンの言葉に、ヒツユは頷く。
しかし。
そんな言葉を掛けた本人の目の前には。
――――――黒く光る角が、襲いかかっていた。
「……カノンッッッ‼︎‼︎‼︎」
「なっ⁉︎」
驚くことに。
そんな悲劇を回避させたのは、ヒツユでもレオでもない。
何の力もない、ネロだった。
そう。彼女がしたことは簡単だ。
元いたカノンを押し退けて、自分がそこに立っただけ。
つまり。
「ネロッ⁉︎ お前――――――‼︎」
黒光りしている角は、構わず突き進んでいった。
そしてそれは。
僅かに身を翻したネロの右腕を、根こそぎ奪っていった。
「ぐっ……‼︎」
何故だろう。
カノンを押し退けた時。
彼女は、少しだけ――――――笑ったように見えた。
だが、そんな表情は、部位が欠けた痛みで塗り潰される。
「がぁぁアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ⁉︎」
黒く光る角。
それの正体はもちろんカルネイジだ。ネロの大きさの何倍もある、巨大な兜虫。兜虫型カルネイジ、と言ったところか。
そう、こいつは空中からその羽で四人を見定め、不意を突いて襲いかかってきたというのだ。
赤く光る昆虫特有の複眼が、ネロをじろりと見つめる。
しかしネロは。
笑っていた。
「ネロちゃんッッ‼︎」
「ネロッ‼︎ 早く逃げてッ‼︎」
「ネロッ‼︎ 」
レオとヒツユ、そしてカノンの声がする。だが、ネロは少し諦めていた。
自分は、あの中には混ざれない。
手負いの人間をカルネイジに仕立てあげるような化け物が現れた今、その手負いである自分はただの足手まといだ。
別に、死にたいなんてわけじゃない。
痛いのは嫌いだ。
今も、欠けた右腕の断面からは血が噴水のように噴き出しているし、もはや痛いを通り越して昇天してしまいそうだ。
だけど。
どうせ足手まといになるくらいなら。
彼らの役に立って、死のう。
「……ウチ、こんな献身的な人間ちゃうかった気がするんやけどな」
そもそも、最初から気付いていた。
気付いていたのに、言えなかった。
ネロなりに考えたのだ。何も、どんな人間でもカルネイジにできるわけではないだろう。
普通の人間には効かない。カノンはカルネイジになっていないのだから。
だったら何か。
施設の人間を半分以上、カルネイジに出来るような条件。
――――――それが、カルネイジに怪我を負わされている、ということ。
体内に多少なりとも混ざったカルネイジ細胞を活性化させていると考えれば、何とも自然である。
そして、自分は右手をカルネイジに噛み付かれている。カルネイジ細胞が混ざっているのは明らか。突然右手に痛みが走ったのは、右手のカルネイジ細胞が活性化していたから。
――――――まぁ、よくもここまで抑え込めてたものだ。
自分を褒めてやりたい。仲間の為にここまで耐え抜いたのだから。
「……ヒツユ」
「ッ⁉︎」
右腕があった場所からは、意味の分からない黒い物体が伸びているにも関わらず、平然とネロは言う。
「……レオたんの事は任したで。……バカ力しか取り柄の無いお前には、物理的に守るしか出来ないだろうけど」
「何言ってるの‼︎ 早くこっちに……‼︎」
「……レオたん」
「ネロちゃん……呼び方、戻って……」
「……大好きだったで。こんな形でしか言えなくて、ごめんな」
頬に涙を伝わらせながら、彼女は呟く。
最後に、彼女は。
とびっきりの笑顔で。
「……カノン‼︎ いや、紫音‼︎」
「ッ……‼︎」
カノンは躊躇いながら、ネロの顔を見る。
「――――――素敵なアダ名、ありがとな‼︎」
「お前……」
カノンが思わず呟く。
そして、ネロがそう言うと。
ふらっ、と。
彼女の意識が、途切れた。
(あー……結局負けで終わったなぁ。ウチ、なんでこんな……)
これは、彼女の深層意識。
身体がカルネイジに侵されても、残っている部分。
(……悔しいんやろ)
刹那。
彼女の身体が、右腕の断面から弾けた。
断面からは獣の腕が飛び出し。
頭も身体も分からないまま、彼女の身体が爆発し。
中から、黒き獣が飛び出した。
それは、兎だった。
ただし、誰もが想像するような可愛らしさは一切無く、牙を剥き出しにして咆哮していた。
ネロの面影など、微塵もない。
が。
ネロの意志は。
確実に、伝わった。




