戻る覚悟、状況の推測
「あ、イリーナ」
「待った?」
「いや、全然? それより珍しいね、イリーナが遊びに行こうだなんて」
ナツキは心底不思議そうな表情を浮かべるが、イリーナは大して気にしない。『いいじゃない、別に』と適当にあしらってから、さりげなく彼の手を取る。
「てか遊べるとことかよくわかんないし、ナツキ案内してくれない?」
「んー、分かった。ゲーセンでもカラオケでも、イリーナがいいんなら何処でも案内するよ」
「じゃあゲーセン行きましょ!」
「はーい。あ、それと」
「ん?」
ナツキはイリーナの首に手を回そうとする。イリーナは突然の彼の行動に反応できず、ただ立ち尽くしていた。
(え⁉︎⁉︎ ちょ、どういうこと……)
「このマフラー、なんか今日の格好からしたら変だよ。薄着っぽいのにマフラーなんて。俺が巻いててもいい?」
(なんだ……)
ゆっくりと、イリーナのマフラーを外す。それを一度伸ばすと、ナツキは自分の首に巻く。
先述したとおり、イリーナはタンクトップの上に肩出しの上着という格好だ。逆にナツキはワイシャツの上に暖かそうなセーター。どちらが自然かといえば、やはり彼の方だろう。よく考えれば、ファッションに無頓着な彼女でも分かることだ。
が、イリーナにはそれを巻いている理由がある。今は亡きカイトへの誓いを忘れない為。
しかし、もうそんなことはどうでもよかった。あの時の苦しみを忘れたワケではないが、今は恋い焦がれた人が目の前にいるのだから。
「……分かったわ。返すわね、これ」
「え? 返すって……」
「なんでもないわよ。ほら、行きましょ」
イリーナは儚げな笑顔を浮かべながら、ナツキを急かす。
(……完全に縁を切った、って事かしら。これ)
過去との決別。
ここでお別れ。
あの忌まわしい過去を忘れ、生きていくのだ。
この閉じられた、機械の世界で。
「さ、早くしまし――――――」
刹那、ロボットの街に爆音が轟く。
「「ッッッ⁉︎」」
イリーナとナツキは思わず耳を塞ぐ。周りのロボット達も、この爆音には耐えられなかったようだ。
「な……に、よ……これ……‼︎」
「ぐっ……‼︎」
まるで何が破壊されたような音。
音の方向へと意識を向けるイリーナ。
そこで彼女は驚きの光景を目にする。
「嘘……」
そこには。
九つの尾を持つカルネイジが存在していた。
ロボット街に悲鳴と号哭が轟く。今まで忘れていた恐怖に、ロボット達は恐れおののいていた。
もちろん、それはイリーナも例外ではない。
「……そんな‼︎ なんでここに……⁉︎」
ここにあるワケがない恐怖。もう縁を切ったであろう戦いの記憶。それらが全て、イリーナの中へと沈み込んで戻ってくる。銃を握っていたあの頃が、イリーナの脳に揺さぶりかけてくる。
――――――また戦え、と。
(嫌よ……アタシはもう、戦いたくない……‼︎)
恐怖に震える手を、ナツキの手が包み込む。
「イリーナ、ここは危険だ。早く逃げよう‼︎」
「そ、そうね」
イリーナは即座に頷き、ナツキに引っ張られていく。
(そうよ、戦わなくていい。あんな化け物に向かっていってわざわざ死ぬことないじゃない)
目の前を走るナツキ。彼に渡したマフラーが、風になびいてイリーナの前で揺らぐ。
……そういえばあの時もそうだった。
イリーナの手を引く彼。
普段運動なんかしない彼は、少し走るだけで息を切らす始末だった。
だけど彼は、イリーナを生かす為にただ必死で。
前を向いているのに、前に注意がいってなくて――――――
(ッ‼︎)
そこでイリーナは気付く。
あの時もそうだった。
なら、今回も。
「ナツキ、前――――――」
「え?」
しかし。
気付いた時には遅かった。
目の前に、カルネイジの牙が迫っている事に。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
長時間逃げ回ったヒツユ達は、ようやく中央にそびえ立つ発電塔へと辿り着いた。
全ての階層に居たカルネイジが、半分ほどこの発電塔から消えていったのだ。それを見た彼女らは、ここに地下への道があると確信した。
しかし辿り着いた時、ヒツユはとある事に気付く。
「……ねぇ。あのカルネイジ達って何処から来たんだろ?」
「え? そりゃあ外からに決まって……」
その時、答えたレオも気付く。
この巨大な壁と化していた施設は、外からカルネイジが忍び込めるほど破壊されてはいなかった。何処かに穴が空いたわけでもない。
となると。
「最初から隠れてたってこと? でも最初っていつ? なんで今になって……?」
「待てレオ。俺ちょっと疑問に思うんだけどよ」
「なんですかカノンさん」
カノンは何か確信を得たような表情を浮かべる。
「さっきから人間をごく少数しか見てない。今まで来た道で見た死体は50人くらいだ。この施設にいる人間の量からしたら、あまりにも少なすぎねぇか?」
「うっ……」
「ネロちゃん! だ、大丈夫⁉︎」
ネロが嘔吐しそうに呻く。慌ててレオが駆け寄る。が、彼女はどうにも自分を保てていないようだった。
「ご、ごめんな。思い出してもうて……」
「わ、悪かったなネロ……けど、これは絶対におかしい。なぁ、俺に一つ予想があるんだけど……」
「なんですか?」
レオがカノンに聞く。その口調はオドオドしており、これから話されるであろう言葉に、酷く怯えているようだった。
しかしカノンは自らの言葉を止められない。
「あのカルネイジ共って……元々施設に居た人間なんじゃねーのかな?」
それに反応するように、ネロは身震いする。
「……ど、どういうことや」
「そのまんまだよ。お前も見たことあるだろ? 人間がカルネイジに侵されてカルネイジになっちまうとこくらいよ」
「……っ‼︎」
カノンがそう言うだけで、ネロは恐れおののく。
そう、カルネイジにはとある能力がある。
それは自らの細胞を糧として、他の生物をカルネイジへと変貌させてしまうこと。
方法はなんでもいい。ある程度目標へカルネイジの細胞を埋め込む事が出来れば、それはカルネイジへと変貌する。
対象の意思に関わらず。
ヒツユやレオなど、カルネイジ細胞の力を我が物にしている例外はあるが、その他大半は抗う事など出来ない。
つまり。
これまでヒツユ達を襲っていたカルネイジの集団は、何らかの原因で一斉に変貌した人間だというのだ。
「……でも、なんでこんなタイミングで?」
「それはきっと、さっきのデカイ狐のせいだべ。あいつの鳴き声が聞こえてから、一気にカルネイジが襲ってきたからな」
「鳴き声で仲間を増やすカルネイジ……⁉︎」
ヒツユが驚いたような声を上げる。そのような特殊なカルネイジは、今まで見たことが無かったからだ。
すると、レオは三人に伝わるよう言う。
「とりあえず地下に逃げようよ、みんな。下にはロボットもいるし、カルネイジも少ないと思うから」
彼の一言で、三人は地下へと走る。
何も出来ない彼らだが、まだ生き残るチャンスはあるはずだ。