一途な気持ち
「おはよ〜」
「え、あぁ。おはよ」
そんなぎこちない滑り出しで始まる一日。イリーナは、カイトとまともに目を合わせる事すら出来ない。昨晩の事を思い出すと、言い知れぬ恥ずかしさが襲ってくる。
(あーもうなんで昨日あんな風になっちゃったのかしら……バカみたいじゃない、アタシ)
イリーナはいつも通りカイトの隣に座るものの、会話が始まらない。ぎこちないというか、なんとなく距離を取ろうとしている感じだ。
一方、何故かカイトは全く動じておらず、まるで昨日の事など無かったかのようだった。
とはいえ、昨晩の気持ちに嘘はない。イリーナには間違いなく、カイトへの秘めた想いがあるのだ。
だが、それを言葉にすることも出来ない。生憎、イリーナはそんな感情のコントロールが器用な人間でもなかった。
(何でこんなマヌケなヤツを……自分がよく分からない)
イリーナ自身、どうしてこんな感情を持っているのか理解が追い付いていない。さすがにあの笑顔を見たいから、だけではないのだろう。
昨日、彼の家庭の事情を聞き、変な同情心を持ってしまったのだろうか。
いや、それならばそんな恋愛感情になどならないはずだ。
――――――ならば、何故。
こんなの、こんなのは彼女の柄ではない。あれだけの悲愴な過去を送ってきた彼女が、誰かを好きになるだなんて。
しかも自らの環境を変えない、変えようとしないヘタレなんて。
イリーナは自らの環境を変えてきた。嫌なものがあれば遠ざかる為に努力するし、実際留学したのもそれの為だ。
「……バカみたい」
そうだ。
これは自分自身にも、彼にも言える事だ。
環境を変えようとしない彼はバカみたいだし、そんな負け犬に恋をした自分もバカだ。
それに。
……大体、あんな事があったのにこの能天気さ。もう少しドギマギしてくれてもいいのではないだろうか。
そんな事が腹立たしいイリーナはそのうち、そんな事を考える自分にまで腹が立ってきた。
(……ま、恋をする人間のタイプじゃないわよね。アタシが見誤っただけかも)
溜息をつく。
今日も能天気な彼の隣で、一日を過ごすのだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
――――――時は変わって、現在。
「なんかやけに嬉しそうですね、イリーナさん」
「え? ふふふ、やだーそんな事ないわよー♪」
いや絶対何かあるだろ、とクラルは内心でツッコミを入れる。それほどまでに、今日のイリーナはおかしかった。
何しろ、クールキャラであるハズの彼女が今日はやけに嬉しそうなのである。朝から鼻歌を歌い、服装に無頓着な彼女がおめかしをしている。お出掛け前の小学生か、と言いたくなる程だ。
その異常にはアルマでさえ気付いており、上機嫌な彼女が横切る度に『ぷっ』と吹き出していた。
笑っている。あのアルマが、僅かではあるが、他人を馬鹿にしてはいるが、それでも微妙ににやけている。
それほどまでに、この状態は異常だった。
「〜♪」
現在のイリーナの格好は、いつものタンクトップの上に肩出しの短いトップスだ。裾が腰の上までの為、腹部が丸出しになっているのは彼女なりのオシャレなのだろう。
下は濃い青色のショートパンツに、腿まで届くいつものハイソックスである。
表情は満面の笑みであり、もう手が付けられない程に上機嫌だ。
「じゃ、行ってくるわねー」
「行ってらっしゃい。ま、ナツキとはがんばってきて下さいね」
「ッッ⁉︎ 何故それを知って……⁉︎」
「いやそれだけ上機嫌なら分かりますよ。さしづめ、愛しの彼とデート、ってとこでしょう?」
「……う、うっさいわね! 行ってきます!」
顔を真っ赤にしながらイリーナはスニーカーに足を突っ込み、ドアから出て行く。
それをクラルは、気の無い表情で見送る。
「……否定はしなかった。図星ですか」
はぁ、と溜息をつく。どうせナツキの方はデートってワケでもなく、ただのお出掛けくらいにしか思ってないのだろう。それくらい彼は鈍感なのだから。
しかしクラルは嫌な気分ではなかった。
何故なら、これが理想だったから。
彼女に幸せになってもらうのが、クラルの望みなのだから。
(幸せそうで何よりです。地上での生活より、よっぽど充実しているでしょう?)
誰ともなく問い掛ける。しかしクラルには、何と無く答えが聞こえた気がした。
と。
クラルは、何やら振動のようなものを感じた。
「……? 上が少し騒がしいですね。人間共が何かやっているのでしょうか?」
クラルは身を翻し、アルマの元へと向かう。アルマも既に勘付いてはいるようで、半透明の画面を開いていた。
そこには周囲のカルネイジ反応が映っており、クラルは何故そんなものを見ているのか、と疑問に思った。
何故なら音の方向的に、これは発電塔内部からの振動だからだ。外からの振動ならば、そもそも方向が違うハズである。
人間の暴動というのは、過去にも何回かあった。今の暮らしに我慢出来ず、寄せ集めの武器でロボットを滅ぼそうとするのだ。
(……こちらは住む環境まで提供しているというのに。人間の感情は理解出来ません)
「……ッ⁉︎」
突如、アルマが顔を歪める。まるで何かを恐れているような、そんな表情だ。
「ど、どうしたのアルマ? まさかカルネイジまで……――――――ッ⁉︎」
その瞬間、クラルは画面を見て戦慄する。
おかしい。
この状況はありえない。
何故。
何故、これほどまでに大群のカルネイジ反応が出ている?
しかも。
何百何千というその大群全てが、
発電塔内部へと、侵入していた。
一体のカルネイジを、筆頭として。