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恐怖と戦慄

『いやー、よくやったよ。最高っ』

「………………」

白いヒツユは、答えない。

カルネイジの前に立ったまま、彼女は動かない。前髪に隠れて表情すらも伺えず、ただただ俯いていた。

目の前には、もはや原型の無い化け物。

元、人間の残骸があった。

カルネイジの再生に必要な器官は、既に破壊されている。心臓など、見る影もない。

ただ、その骸は。

骸骨の部分だけは、そのままで転がっていた。

『どしたの? 戻ってきなよ。もうドアは開いたよ?』

イチカの言う通り、既にドアから出る事が出来る。しかし、白いヒツユは微動だにしない。

「……イチカ」

『ん?』

「……わたし、みすてられない?」

静かな少女の声が聞こえる。感情も何もない、ただ静かな声。

『もちろん。これからも精進したまえよ、ふふん』

「……わたしのかわりは、いくらでもいる。あたらしくつくれば、いくらでも」

だんだんと。

「けど、このにんげん『だった』カルネイジは、ひとりだけ……」

声が、悲しみに埋もれていく。

「ほんとは、わたしがしねばよかったのに。わたしがしねば、このひとはすこしでもいきられたかもしれないのに」

ドサリ、と。

少女は、崩れるように膝をつく。

「しぬのがこわくて……みすてられるのがいやで……わたし……わたし……!!」

『うーん……随分感情的だなぁ……ちょい待ち、今行くから』

そう言って、イチカは通信を切る。少しもしないうちに、彼女はドアの向こうから現れた。

「イ……チカ……」

「んま、本能に従ったってことだね。別に悪いことじゃない。君は悪くないさ」

「でも……わたしはこのひとを……ころして……!」

「人じゃないよ、カルネイジ。定義間違ってるよ?」

「……っ!!」

どこまでも冷静なイチカ。目の前の残骸には目を向けもせず、呆れた表情を浮かべている。

白いヒツユは、目線も合わせられなかった。代わりに、カルネイジを見つめる。

「……ごめんね……」

ぐっと、(てのひら)を握りこむ。

「しにたくなかったから!! みすてられたくなかったから!! だから……あなたを!!」

「はー。その辺にしときなよ」

すると、イチカが割って入る。

あろうことか、



――――――その亡骸(なきがら)を、踏みつけて。



「……え」

「さすがに気持ち悪いって。こんな怪物に感情移入なんかしちゃって」

脚力が通常のそれを超えているイチカは、少しだけ力を入れる。

その骸、骸骨を踏みつける脚に。

ミシミシミシ、という不安定な音が鳴る。

「や、め……て……!」

「どうせ死ぬんだから。君の(かて)になれただけありがたいと思ってもらわなくちゃね」

ピシッ、と。

少しだけ、ヒビが入る。

「やめて……!!」

「そのくせにヒツユちゃんに同情なんかされちゃって。生意気なヤツだよ、こいつは。僕なんか悪役扱いだ。一番君に貢献しているのは、他でもないこの僕なのにね」

「い、や」

「ほんと、」

そして。

「ムカつく」

――――――骸は、砕けた。真っ二つに、割れた。

「あ」

案外、呆気ないものだった。所詮、この程度のものだったのだ。

カルネイジと言ったって。

この黒い少女の前では、ただのゴミなのだ。

その時だった。

白いヒツユの脳裏に、何かが(よぎ)った。

それは、


『――――――助け、て……』


正真正銘、人間だったこの怪物が遺した、人間らしい一言。

救済を求める、生物として当然の行動。

「ああ」

それなのに。

「ああああ」

自分は。

「ああああああ」

目の前の黒き少女は。

「ああああ、ああああ」

それを、その想いを。

「あああああああ、あ、あ――――――」

簡単に、踏み潰した。



「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!! あああああああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!!!!!!」



何回叫んだだろうか。

戦いの中で、どれだけ悩み、どれだけ号哭しただろうか。

きっと、数える程だ。笑えてしまう程だ。

が、それは間違いなく。

白いヒツユの精神を、根底から叩き潰していた。

「……っ!!」

気付けば、動いていた。

ウォーハンマーが構えられ、イチカの元へと駆け出す。もちろん――――――叩き潰す為に。

人だったものの雪辱を晴らすために。

よくよく考えれば、おかしい行為だ。

一番大好きなものに認められたかったのに、一番大好きなものを消してしまおうとしているのだから。

だが、そんな事を気にできるほど、白いヒツユの自我は固まっていなかった。

ただ、晴らす。

意味など無い。目の前の黒い少女は、確実におかしいハズだから。

少なくとも。

彼女の思考の中では。

「おあああああああああああああああああああああッッッッ!!!!!」

が。

「はー……がっかり」

その一撃を。



黒い少女は、片手で受け止める。



「――――――ッ!?」

ゴィン!!! という固い音。

衝撃波が巻き起こる程の、強烈な一撃のハズだったのに。

少女は、いとも簡単に――――――止めた。

「う……そ……」

「嘘じゃないんだなー」

そして。

白いヒツユの視界が、一瞬にして移り変わる。

「がッ!!」

刹那、彼女の身体は地面に横倒しになる。目の前に、骸骨の残骸が映る。

どうやら、イチカに全身を押さえ付けられたようだ。

白いヒツユの力を持ってしても、イチカの拘束を解くことが出来ない。

「ちょっち思考がダメかな? 後で調整が必要だね」

イチカはニヤニヤしながら、白いヒツユの上に腰掛ける。

「あと……僕に逆らったからには……お仕置きしなきゃね」

「え……ッッッッッあ!!!?」

瞬間、激痛が彼女を襲う。

視線をめぐらせる。すると、衝撃の光景が目に入った。

イチカが、白いヒツユの腕を力任せに引き千切っている。もはや、腕があった形跡すら分からなかった。

「あ、があああああああああああッッッ!!?」

「あー……その顔も可愛いよ、ヒツユちゃん……」

とうとうおかしくなったのか、イチカはそれでも笑っている。血が濁流のように流れ出し、血だまりが出来上がっていた。

「痛みに悶えた表情……昇天してしまいそうな、その顔」

「やめ……ああああああああああああああああああッッッ!!!!!」

逆の腕。

死ねないというのは、こんなにも辛いものなのだろうか。

白いヒツユは、そう思い始めていた。

「たまらないよ……たまらない」

「うそ、だ……なら、なんっ……で……」

「だ・か・ら~。君のどんな表情も、僕にとっちゃご馳走なんだよ。痛がってる顔も、泣きそうな顔も、辛そうな顔も」

イチカは頬を染め、ヒツユを見つめながら言う。

「この状況が理解できない、っていう顔も、ね」

未だに少女に腰掛けながら、イチカは白いヒツユの、その顔の近くまで動く。頬が当たりそうな程。

(……っ、ぐ)

白いヒツユは、隣の体温を微かに感じる。もちろん、それに対して良い印象など抱くハズもない。むしろ、その温度に対して恐怖を感じてしまう。

不意に、イチカの舌が白いヒツユの頬を這う。

(あ……う)

「あは。あはは、あはははははっ」

血が、舐め取られる。その白くて滑らかな指が、白いヒツユの左目に向かう。

「な、に……? まさか、やめ――――――」

「いただきまーす」

刹那。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



ゴクリ、という音。

咀嚼の果てに至った、飲み込むという行為。

イチカは、そんな事をやってのけた。

傍らに転がる、白い少女。彼女の左目からは、赤黒い液体が流れ出している。もとあったものがその場所には無く、暗い空洞があるだけだった。

「あ……あ……」

顎が震える。肩が震える。全身が震える。

地面に横たわっている自分は一体何なのか、と考える。

イチカ以外に、必要とはされない。

そして自分は、このままではただの殺戮兵器と化してしまう。

黒い少女からの愛だって、歪んでいる。愛する少女の目玉を喰らう少女など、常軌を逸している。

「ごちそうさまでしたー♪」

イチカの唇からは、少女の空洞から流れ出しているものと同じ、赤黒い何かが滴っている。

だが、そんなことを気にするイチカではない。彼女は白衣のポケットに片手を突っ込み、白いヒツユを担ぎ上げる。

「さて、情報と照らし合わせて最適化をしないとね」

力無い白いヒツユは、反応することが出来ない。片方しかない瞳は虚ろに傾き、焦点が合っていない。もはや、意識があるのかも怪しい状態だ。

「……そーだ。ついでに目の再生を止めちゃうか。僕に逆らわないように、恐怖を植え付けとこう」

ニヤニヤと笑みを浮かべるイチカ。

腕があった部分。そこから噴き出す血も気にせず、黒い少女は部屋を後にする。

残された元人間の残骸など、彼女が気にするようなことでもなかった。

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