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自分可愛さ

「……で、こうなったと」

白いヒツユは現在、地下研究所内の巨大な部屋にいた。大きさは学校の体育館二つ分程。何があって地下にこんな巨大な部屋を作るのかと、白いヒツユはほとほと理解に苦しんでいた。

天井の高さも体育館くらいか、それ以上にある。彼女は地下研究所から外に出たことがないが、これでこの研究室がだいぶ下に造られていることがわかった気がする。

部屋はどこもかしこも白。小物やその他の類は一切無く、ただの空き倉庫のようにも見える。

「わたしがここにほうりこまれるのはいいけどさー、なんでこんなのきなくちゃいけないの?」

そういって白いヒツユは羽織っていたコートをめくる。

そこには、彼女の身体にピッチリとフィットした、いわゆるコスチュームのようなものがあった。

基本的に淡い紫色で統一された、次世代のパイロットスーツのようなもの。ところどころに黒いラインが入っていたり、何やら銀色の二センチくらいの小さな機械などが付いていたりと、なかなかに面倒臭そうな仕組みになっている。

と、アナウンスのように、イチカの声が脳内に木霊(こだま)する。

『もしもしー? 聞こえるー?』

「うん、きこえる。これってなに?」

『服の事? それはねー、戦闘中の君のステータスを解析するために必要な道具さ。これで君のデータを採って、そして短所を調整し直していけば、君は完全になれる』

白いヒツユは、先程のイチカの話を思い出す。


『――――――戦闘し続ける事』

『え?』

『いいかい? カタストロフィってのは誰にも勝てない、至高の存在だ。言ってしまえば無敵。その為には、君が単純に戦闘を繰り返して、君の思考パターン、君の筋肉の動き、その他諸々(もろもろ)を最適化していく必要があるんだよ』

『さいてきか……』

『あぁ、君は深く考えなくていいんだ。ただ戦ってくれれば、僕が勝手に頑張るから』


「……なーんていってたけど、だいじょうぶかな……?」

『大丈夫だよ。いざとなったら君を回収することも出来るし』

「うん」

『それに、ちゃんと武器もあるしね』

「これかー」

そう言って白いヒツユは傍らの武器を手に取る。

それは巨大な鎚だった。言ってしまえばハンマー。敵を実際に叩く部分は赤い金属、柄の部分などは黒い金属だった。長さは白いヒツユの背丈を悠々と超える程。二メートル半くらいだろうか。鎚の部分は、直径一メートル程の円柱。それが、真ん中の方にいくにつれ、段々と細くなっていく。円錐の下半分二つが、くっついていると言えばいいのだろうか。形は、砂時計のような感じだった。

『それの名前はウォーハンマー。漢字にすると戦鎚だね』

「これでなぐるの?」

『うん、基本はね。……っと、そろそろ行くよ。カルネイジ投入でっす!』

瞬間、白いヒツユの目の前の床が開く。下から何かが向かってくるような音。エレベーターのような、そんな次世代的な音が、彼女の耳に入ってくる。

そして。

やがてそれは姿を表した。

「うわー、きもっ」

白いヒツユは思わずそう言ってしまった。

見た目はなんて事はない、ただの巨大化した豹だ。全長は3メートルくらい。ヒグマのようなものだろう。

ただし、その四肢には明らかにあり得ないものが付与していた。骨が裂けて出来たような、いわゆる『刀』である。前、後ろ足の横に付いているそれは、触れただけでスッパリ物を分断してしまうような切れ味に見える。

よく見ると尾もおかしい。豹の尻尾は、猫のような細いもののハズなのに、まるで馬のような、ポニーテールがついているのである。しかも、それらの毛一本一本が針のように鋭い。あたかもハリネズミを模したかのような。

更に、これが白いヒツユに『キモい』とまで言わせた所以(ゆえん)なのだが。

――――――本来豹の顔があるべき部分に、古ぼけたしゃれこうべ、骸骨のようなものがあるのだ。

それは余計に付いているワケではなく、豹の獣のような顔の代わりに、骸骨の顔がある。それは心無しか、随分と哀しそうな表情を浮かべているようにも見えた。大きく口を開け、嘆いているような顔だ。

『はいよー、頑張ってー!!』

「ちょ、ほんとにこんなのとたたか……」

ヒツユが、反論しようとした、その瞬間だった。

その豹型カルネイジ(と呼べばいいのか分からないが)が、彼女の横を跳んだのだ。その前足の、刃のような骨を突き出しながら。

白いヒツユは思わず身体を捻り、体勢を変える事によって事なきを得ていた。ただ、彼女の頬からは、赤い液体が滴っていた。

『はいはい、反応速度は……っと』

「ちょ、いましにかけたんですけど!! きいてる!? ってうわっ!!」

白いヒツユが戯れ言を話す間にも、カルネイジは攻撃の手を止めない。驚異的な速度で、彼女を殺しに掛かってくる。

『戦わないと死ぬよ?』

「やるよやるよ!! ……ったく!」

彼女は一度身を翻し、カルネイジとの距離を取る。そしてウォーハンマーを両手で構え直し、一歩前に前進する。

「ぉらあああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!!」

カルネイジと白い少女が、同時に飛び出す。その速度の中で、白いヒツユは器用にも、豹の刃をギリギリでかわす。そして身体ごと胴体の下に滑り込むように動き、その戦鎚を大きく振り回す。

ガンッッッ!!!! という鈍い音。

次の瞬間、カルネイジは、大きく上へと弾きとんだ。天井にめり込み、そして制御を失ったまま下へと落ちてくる。

「なーんだ。さいしょはちょっとびびったけど……」

ヒツユは着地し、靴底を削りながら慣性に抗う。そして再び飛び出し、巨大な戦鎚を後ろに構える。その過程で、彼女はニヤリと笑いだした。

「いうほどつよくもない……っね!!!」

そして。

落ちて足場も無く、動きを制御できない豹型カルネイジは。

少女の振り抜くような一撃を、もろに喰らってしまう。その細い身体は吹き飛び、気付けば壁へと衝突している有り様だ。

『おーおー。中々だね』

「れいせいになったらそんなでもないね。よゆーよゆー」

そう言って白いヒツユは、倒れ込んだ豹型カルネイジへと近付いていく。もうすっかり油断している彼女だが、ウォーハンマーだけは軽く構えていた。

すっかり痙攣し、動くこともままならないカルネイジを見下ろし、白いヒツユはその戦鎚を振り上げる。

と。

(……?)

白いヒツユは、何かの声を聞いた。

それは、目の前の化け物からだった。掠れたように弱々しく、すすり泣くかのような声だ。

「なに……?」

『どうしたの、ヒツユちゃん』

「いや……なんか声が……」

その声は、こんな事を呟いていた。

「……リ、ちゃ……ョ、ウ……」

その(むくろ)のような口のどこから声が出てくるのか、白いヒツユには分からなかった。が、その声は確かに、少しずつ、ほんの少しずつだけ強まってくる。

そして。

信じられない事に。

眼球も、涙腺も無いようにしか見えない、骸の目の穴から。



冷たい水滴が、滴った。



「……え?」

『はぁ……まだ意識が残ってたのか』

イチカは通信の向こうで、忌々しそうに溜め息をつく。白いヒツユは、それに違和感を感じ、思わず聞いてしまう。

『ヒツユちゃん。そいつね、元は人間なんだよ。急速なカルネイジ化を促して、変異させたものなんだ。だからもしかしたら、人間だった頃の意識が残ってるかもしれない』

「にんげんって……イチカ、ひとをカルネイジかさせたの? ちょうせいもなしで?」

『うん』

躊躇いもない一言。

白いヒツユには何故だか分からなかったが、少し苛立ちを覚えてしまう。それは、カルネイジ化した人間ではなく。

研究者としての少女。

そう、イチカへと。

「なん……で……」

彼女は、小さく歯軋りをしてから、

「なんでこんなことするの!? やせいのカルネイジならともかく、ひとをカルネイジかさせてころすなんて!! ひどいよ!! かわいそうだよ!!」

『なーに言ってんの。今の今まで、君はそいつに攻撃してたじゃないか』

「そんなの……しらなかったから!!」

『はー。あのね、ヒツユちゃん。君はカタストロフィになるんだよ? そんな君がカルネイジの一匹や二匹でかわいそうなんて言ってたら、どうしようもないじゃないか』

それに、とイチカは付け足す。

『さっきまで、君はそいつをカルネイジだと思ってたワケでしょ? 仮に僕がこいつを解放したとして、こいつはどうなる? 精々辺りのカルネイジを殺し回ったあと、勝手にのたれ死ぬさ。こいつには食べ物を摂取する器官も、水を飲む器官もない。君と戦う為だけに造られて、君に殺される為に戦うのさ。それ以外、こいつに選択肢なんかない』

「でも……でも!!」

『往生際が悪いねヒツユちゃん。大体、こいつが人間だと言い張ったところで、今のこいつは化け物だ。それ以下でも、それ以上でもない。死ぬために造られた、ただの消耗品なんだよ』

ほら。

そう、イチカは呟く。

『今も君に、刃を向けようとしてる』

「ッ!?」

気付いたときには遅かった。

骸の口が大きく広がり、断末魔のような金切り声が耳をつんざく。ヒツユは思わず顔を背け、両手で耳を塞ぐ。

だが、それが間違いだった。

完全に無防備になった、彼女の身体に。

――――――カルネイジの刃が、深々と突き刺さる。

「が――――――ぁ……?」

理解が追い付かない。

白いヒツユは激しく吐血。意識が朦朧とし、身体が後ろへと傾く。

ドサリ、という音。続いて、腹からズチャリ、と刃が抜かれる。

「ぐ、ぅううううううッ!?」

刃が抜かれた時には、刺されるよりも激しい痛みが襲ってきた。ぐちゃぐちゃ、と内蔵が跳ねる。

目の前には、真っ白い天井。やがて、それは何かの顔で埋まってしまう。

もちろん、それは。

(……ぁ、)

豹型カルネイジの、骸骨のような顔。見るものを恐怖させる、おぞましい化け物の顔。

だが。

その、真っ黒い、喪失しか感じない空洞からは、一粒の涙が零れ落ちていた。

吐き出してしまった血に、生暖かい水滴が混ざる。

目の前の骸が、声を発する。

「……ユリ、ちゃ……!!」

瞬間、白いヒツユの腹部が再生。極度の激痛が彼女を襲い、無理矢理に意識を鮮明にさせる。

「あ……ぐっ……!!!」

彼女は膝を繰り出し、馬乗りになっていたカルネイジを引き剥がす。カルネイジは再び金切り声を上げ、よろめくように後退する。その隙を突き、白いヒツユは逃げるように背を向け、カルネイジと距離を取る。

「リョ……ウ……!!」

豹型カルネイジが飛び出す。音速にも等しいその速度で、白いヒツユを引き裂こうとする。

対して、白いヒツユはまともに移動するにも厳しい。極度に体力を消費したせいか、膝がガクガクと震える。

それとも、恐怖しているのだろうか。

襲ってくる怪物に。その、鋭い骨のような刃に。


または――――――それを倒そうとする、自分自身に。


否。

どちらでも構わない。今は、この局面を乗り越えなくてはならない。

自分が死なない為には。

「うあああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」

負けじと、白いヒツユもつんざくような声を上げる。

ハンマーを握り、一度身体を回転させた。遠心力を付ける。先端にいく程重量が増す、そんな戦鎚の特性を活かすために。

そんな間にも、カルネイジは迫ってくる。その前足の刃を振りかざし、涙をこぼしながら駆け抜けてくる。

一瞬。

その僅かな時間の中で、カルネイジと白いヒツユは衝突しようとする。

なのに。



「――――――助け、て……」



「……!!」

刹那、白いヒツユの身体はストップする。その言葉に、何か重みを受け取ってしまったから。

まるで、言葉に縛られたかのように。

一方、カルネイジに容赦は無い。

いや、容赦するほどの自我が無い。所詮、本能を口走るだけの怪物。

結果は。

「……っが!!」

白いヒツユの肩に、大きな傷が走る。辛うじて腕が繋がっているかと思うほど、危なげな状態だ。

当然、戦鎚など持てる状態ではない。何しろ、持っている腕がもげてしまいそうなのだから。

しかし、白いヒツユは痛みより優先する事があった。

(ころしたくない……!! でも、しにたくない……!!)

そして、思い出す。いざとなれば、イチカは助けてくれるのだ。わざわざ戦う必要は無い。ここで、適当に負けを演じれば。

『助けないよ』

「っ!?」

イチカの声が飛ぶ。それは随分と冷静で、感情がなくて、冷たい一言。

『一応、君の代わりは幾らでもいるんだ。その中には、君より僕に忠実な子だっている。君の完全な上位互換だね。そんな弱腰なら、次の君に切り替えなくちゃね』

「い、や……まって……!!」

刹那、彼女の脚が飛ぶ。

「っあ!!!」

カルネイジが、往復して飛んできたのだ。どうやら自我が無い為に、致命傷が何処かも分からないのだろう。一思いに首を切り落とせばいいのに、わざわざ回りくどい事をする。

立てない。

そんな初歩的な部分から始まった白い少女は、冷たい地面に叩き付けられる。

血だまりの中に沈んだ彼女の白い髪は、赤く染まっていった。

(し……ぬ……の、かな……?)

今度こそ。

確実に、死ぬ。

全身をバラバラに切り刻まれて。自我の無い化け物に、元人間に殺される。

嫌だ。

死にたくない。

そんな思いが、彼女の脳内で渦巻く。

(で、も……)

殺したくない。

でも、殺される。

二者択一。

二つに一つ。

殺すか、殺されるか。そのどちらかしか選べないのだ。

その中なら、自分はどちらを選ぶか。殺す方か、殺される方か。

答えは――――――すぐに決まった。

彼女は、自らの身体を再生。立てなかった身体を、瞬間的に元に戻す。

ウォーハンマーを握る。もげかけていた腕も、瞬時に再生されていた。

「……ごめん……」

呟く。

それを掻き消し、泣き叫ぶように、カルネイジが迫ってくる。その骸の口が裂け、中からもう一本の刃が現れる。長さは一メートルくらい。

だが、明らかにリーチは長くなった。そしてその刃は、ヒツユの額を貫こうとする。

が。

「わたし……わたし……」

少女は、身体を屈ませた。前足の刃も、驚異的な速度でかわす。右、左。その真っ赤な瞳は、少しだけ潤んでいた。


「――――――しにたく……ない……!!」


そして。

ウォーハンマーの猛威が、振るわれれる。

狙いはもちろん、カルネイジ。更に言えば、その背。

そう、攻撃をかわした白いヒツユは、舐めるように豹の身体に寄り添い、その背中に近付いたのだ。跳躍力を利用し、背を反らして。

戦鎚は、構えられていた。

頭上から、降り下ろすように。

音しかなかった。

号哭と衝突音。

それだけ。

号哭といっても、それは何も怪物のだけではない。

少女の悲鳴も、叫びも、悲しみも。

全部、一纏めで号哭だった。

そうだ。

白いヒツユは、叫んだ。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!」

身体を、無理矢理に動かすように。

カルネイジの声を、全て遮断するかのように。

まるで、心が揺らぐのを阻止するように。

そして。

豹型の身体は、白い地面へと叩き付けられた。

無残にも、跡形もなくグシャグシャになりながら。

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