ライバル宣言
「なーんだ、レオ君は悪くなかったのか……」
バツが悪そうに呟くヒツユ。
「殴られ損だったね、レオ」
「なんでそんなに嬉しそうなの!? こっちは本気で死ぬかと思ったからね!?」
そして、ボロボロになったレオと、それを薄ら笑いで見つめるアミ。状況が状況だが、いつもの三人に変わりはなかった。
ただ、この少女が居ることを除けば。
「なんでレオたんにこないな事すんねん! 可哀想やろ!!」
「「誰のせいだと思ってんの!?」」
レオとヒツユが同時に指摘する。あからさまに横暴なこの少女に、二人は怒りを感じているのである。
「そら、そこのクソ女のせいに決まっとるがな」
「誰がクソ女じゃこの赤バチ!! 調子のんなよ!!」
「ひ、ヒツユちゃん……キャラが、キャラがぶれてる……」
睨み合うヒツユと赤バチ少女。
少女がヒツユにそう言われるのは、その奇怪な格好のせいだった。
若干ピンクがかった赤い髪で、それがツインテールになっている。瞳は綺麗な碧眼である。
服装は――――――フリル袖の肩出しシャツ。そして二の腕から手首の先まで、ピッタリと吸い付くようなロングサポーターを着けていた。下はこれまたフリル付きのスカートで、太股まで届くハイソックスを履いている。
いや、ここまでならばまだいい。普通とは言い難いが、晴れ姿のように思えるだろう。
明らかにおかしいのは、今まで説明した服装全ての柄が、赤黒の横縞だということだった。どう見ても目に悪い配色のそれは、否応なしに三人の頭に不快感を与える。
この赤バチ少女は、自らを『ネロ』と名乗った。
「大体ネロって何!? 頭おかしいんじゃないの!?」
「ちゃうねんこのアダ名つけたのカノンやねん!! ウチは恥ずかしゅーて名乗りとうないねん!!」
すると、レオが少しにやけて、
「でも名乗ってるってことはちょっと気に入ってるよね」
「んなっ!? レオたんそれ言うたらアカンで!!」
「図星か……」
「ホントの名前は虎々音真代や!! お願いやからレオたん、軽蔑せんといてや!!」
「レオ『たん』って何さ……変なアダ名付けないでよ……」
「だからこのアダ名はカノンのドアホが――――――ッ!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そんな赤バチ少女ネロと、ヒツユ、レオを眺めていたアミは、ふと後ろからの視線に気付く。
「ん?」
すると、アミが確認する間もなく、少年の声が飛んできた。
「そこのあなたッ!!」
否。
声というか、その少年本人が飛んできた。アミの前に膝をつき、彼女の手をそっと取る。
「ひゃあっ」
「あぁ、なんとお美しい。その綺麗な肌、柔和な表情、透き通った瞳……美しい以外の言葉が見つかりませんっ!!」
緑色の髪に白と青のサンバイザーを着けた、それなりに背の高い少年だった。彼はアミの瞳を真っ直ぐに見つめ、さらに褒めちぎる。
「美しいだけではないです、可愛い。時折見せるその優しい笑顔が、俺の心を撃ち貫いていきます!!」
「え、あぁ……」
明らかにドン引きしているアミを尻目に、少年は言葉を紡いでいく。まるでマシンガンのように、言葉を投げ掛けていくのだ。
「そしてその時代を先取りしたファッションセンス!! 露出を多めにすることで、街行く男を振り向かせることが出来るのですね!?」
「…………」
「さらに――――――」
(まだ続くの!?)
珍しくアミが脳内でツッコミに回る。というかなんというか、目の前のサンバイザー少年の無駄にキラキラした目が、アミのペースを崩していた。
アミは困惑した様子で、そのマシンガントーク(主にヨイショ的な内容)を聞き流す。彼は一心不乱に褒め倒すのだが、アミにそんな話を真剣に聞く能力などない。彼女は横目でレオ達の喧嘩を楽しみながら、しかし律儀にサンバイザー少年の前に突っ立っていた。
……そして、そのうち彼の口が閉じる。その後、彼は勝利を確信したかのような笑みを浮かべながら、
「――――――つまり、俺と付き合ってくださいッ!!」
とんでもない事を言い出した。
しかしアミがその言葉だけを抽出して聞けるワケがなく、つまりは今までと同じように聞き流していたワケで。
つまり。
「……ん? あ、ゴメン聞いてなかった」
と、いうことになるのだった。
すると、少年はガクリとうなだれる。土下座するような体勢でかがみこむと、そのまま涙声で、
「……嘘だろ。最高の策だと思ったのに」
今の何処が最高の策なのかは誰にも分からないが、とにかくアミは少年をあしらう事に成功した。
すると、ヒツユと睨み合っていたネロが、不意に少年を見る。
「うわ、カノンだっさ」
プッ、と吹き出し、哀れむような視線で少年を見下すネロ。両手を組みながら、ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべる。
「んだとこのチビ」
「チビとは何やねんチビとは!! 手下風情がふざけた口きくなや!!」
「……ちょっとマジでキレたわ。いつも手下とか言われてても今回だけは納得いかねぇ」
カノンと呼ばれたサンバイザーの少年はズイと立ち上がり、ネロに歩み寄る。お互い一触即発の空気であり、何やらピリピリとしたものを感じる。
が、
「ちょっとやめといた方が良いと思うなぁ……そういうの」
「け、喧嘩は良くないよネロちゃん。我慢して、我慢。ね?」
アミとレオが、それぞれを止めに入った。
アミは腕を絡めるように、どこか目上のような接し方で。
レオはネロの前に立ちふさがり、わたわたしながら彼女を押さえる。
「「…………」」
カノンもネロも、少し頬を染めると、小恥ずかしそうに視線を逸らした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……なるほど、ネロもカノンもアダ名なんだね」
「さっき言うたやんそれ……」
ヒツユが呟くと、ネロがすかさずツッコミに入る。どうやら見た目はふざけていても、中身はしっかり関西人のようだった。
現在ネロとカノンは、ヒツユ達三人の前に正座で座らされていた。申し訳なさそうな顔を浮かべながら、ショボくれている。
「ふーん。じゃあカノンの本名は?」
「狩野紫音だ。……ていうか、何でこんな姿勢なんだよ」
多少語意を強めて、カノンはヒツユに聞く。しかしヒツユは平然とした顔で、
「喧嘩したから」
「関係無くね!? つーか悪いのはネロじゃん!! 俺なまら腹立ったかんな!!」
すると、アミはニコニコと笑顔を浮かべ、カノンの頭を軽くこずく。
「『なまら』ってどういう意味か分かんないけど、とりあえず喧嘩を再開するのはやめよっか。ちゃんと正座して」
「痛っ、ありがとうございます!! 後『なまら』は『めっちゃ』とかって意味です!!」
注意される相手がアミに変わっただけで180度対応を変更するカノン。ヒツユは小さく溜め息をつきながら、彼の服装を見つめる。
さっきも言った通り、髪の毛は緑色。青ブチのサンバイザーを装着している。
上はワイシャツの下に長袖のTシャツ。ワイシャツとTシャツの両方とも、袖はまくられている。右胸には『1』と『3』がそれぞれプリントされたバッジがついており、Tシャツには洒落たフォントで『2』と描かれていた。
下は薄手のズボンで、こちらも裾がまくられている。靴は普通のスポーツシューズだ。
――――――とまぁ、普通の格好である。少なくともネロよりはまともだ。
「あんたら新入りか? 昨日まで隣は空いてたハズやけど」
「あ、やっぱりあの時の声はネロちゃん達だったんだね」
「せやせや!! いっそレオたん、ウチの部屋こーへん!?」
目をキラキラと輝かせながら、正座のままレオに顔を近付けるネロ。レオは多少引きつつも、彼女の挙動を押さえる。
「す、座って座って……」
「えーなんでや~? ウチ何も悪くないで~? それよりレオたん、ウチと朝飯貰いに行こ!」
「あ、朝飯?」
レオが疑問符を付けながら返すと、ネロは通路の向こうを指す。相変わらず人が混み合っていて、まるで蟻の大群のようだ。
「せや。あのむさ苦しい大群はな、朝飯の配給待ちやねん」
「配給って?」
「ここに住んどる人間はな、朝昼晩と飯を取りに来るんや。予めカードを貰っとって、それを配給のロボットに見せる事で飯を貰えるっちゅー仕組み」
「へぇー」
「せやからレオたん、ウチと一緒に行こ!」
「で、でも……――――――ッ!?」
その瞬間、レオの背筋に悪寒が走った。何か目に見えないような『圧』が、彼の神経に全力で問い掛けてくる。
それの発信源は、もちろんレオの正式な彼女であるヒツユだ。レオが今まで見たこともないような、例えるなら鬼のような目で、ジトリと彼を見つめ続けているのである。
まぁそれは要約すると『浮気するな』ということなのは容易に想像できる。が、ネロはヒツユとはまた違った方法で攻撃にかかる。
つまり。
レオの腕に、ピタリと身体を吸い付かせて、
「ねぇ~……レオたぁ~ん……行こうや~……」
(ぐわぁああああああああああああ!! 僕と同じくらいの女の子なのにすんごい大人の色気を感じる!!)
心臓バクバクのドキドキで、レオは恒例行事である鼻血噴射を発動させかける。しかしそれが意味を為さないのは、背中からとんでもない眼力が襲ってきているからである。もはや悪寒が走るというか、全力疾走モノだ。
と、後ろのヒツユからか細くも芯の通った声が聞こえる。
「……レオ君、私と一緒に行くよね……? 私以外有り得ないよね……? フフフフフフフフ」
(いやぁああああああああああああ!! こっちはこっちですんごい病んでる!! ヤバい、笑いが完璧にヤンデレのそれなんだけど!!)
レオの心は荒れていた。普通ならば正式な彼女であるヒツユを選ぶのだが、そうした場合ネロの更なるアプローチに晒されるか、または人知れない所で声を掛けられる可能性がある。そうなればレオの自由時間なんてあったものではない。最悪、ネロの部屋へと連れ込まれる。レオなら彼女が強引に引っ張っても振り切れるのだが、生憎彼には女の子にそこまで出来るほどの度胸は無い。
よって、レオが取るべき行動は、
「かかか、カノンさんっ!! 一緒に行きましょっ!! 男同士で仲良く、ねっ!?」
「お、おい。ちょっと待てって、俺はアミさんと……!!」
「そんなこと言わずに!! ほらっ!!」
いざこざにならぬように、同性で組む。
不満げなカノンを無理矢理引っ張り、彼は人混みの中へと駆けていく。元々小柄な彼は、すぐに見えなくなってしまった。
「レオたん~……」
「レオ君……!!」
二人の少女は各々残念そうな表情を見せる。ネロは唇を突きだし、ヒツユは相変わらずジトリとした目で彼がいる方角を睨み付けていた。
「……貴様ァアアアアアアア!!! ぶっ殺してやろうか!? あぁん!?」
「何やねん!! 彼女でもないくせにでしゃばるなや!!」
「彼女だから!! ずっと前からそうだったから!! お前なんかと出会う前からレオ君の彼女だったからね!!!」
「前からっていつや!! 何時何分何秒地球が何回回った時やねん!! 言うてみィやボケ!!」
「んなもんいちいち覚えてるわけないでしょ!!」
「んなことを覚えてない奴なんか彼女失格や!! ウチに譲れ!!」
「ざけんなカス!!」
「あぁ!? 調子乗るのも大概にせぇよワレ!!」
もはやキャラ崩壊もクソもない程の大激論が繰り広げられていた。二人の額は数ミリという所まで近付いており、お互いに視線をぶつけて睨み合っている。間に火花でも巻き起こりそうな争いを終結させるため、ヒツユその拳を壁に振るう。
バゴォッ!!! という轟音の後、ヒツユが潜めた声で言う。
「……こうなりたくなかったら、レオ君を私に返して」
「ふーん、その頭おかしいくらいのパンチ。それを喰らったらウチは100%死ぬわな」
壁は明らかに厚く、人間の拳では到底穴など開かない代物だ。しかしそれをいとも簡単に壊してしまう程の力を秘めているヒツユは、その力を(他の活用方法に比べれば)心底くだらないものに使用する。
これで脅せばネロは退く。そう確信していたヒツユだったが、その予想はアテが外れる。
「で~も~? それでウチをシバキ殺したとして、それを聞いたレオたんはなんて思うんやろな~?」
ネロは少しも動じることなく、むしろ余裕綽々といった素振りでそんな事を口走る。
「……ッ!?」
「ヒツユちゃん恐いな~、なんて思うこと請け合いやろな~? というか、レオたんのオマエに対する扱いは『彼女』から『彼氏の為なら人をも殺すヤンデレ殺人鬼』に変わるやろな~?」
「ぐっ……!!」
「ええんか~? んなことしてええんか~?」
追い打ちを掛けるように睨み付けるネロ。口の端がつり上がったその表情は、完璧に悪役だった。
「……くそっ、わかった」
ヒツユは顔を上げると、苛立たしそうに。
「何にしたって決めるのはレオ君。だから――――――」
その人差し指をネロに突き付け、張り上げるような声で宣言する。
「どっちがレオ君を振り向かせられるか、勝負するッッッ!!!」
本人が聞いたら鼻血を噴き出してぶっ倒れそうな程の提案だった。
ネロは両腕を組み、ニヤニヤと笑いながら、
「ふっ、彼氏争奪戦ってワケやな。受けてたとうやないか。――――――ただしッ!!」
彼女も指を突き付け、言う。
「どちらが勝っても負けても文句ナシや!! その後の恋愛についても一切関与せーへん事を誓えッッ!!」
「当・然ッ!!! 後で吠え面かくんじゃねーぞ!!!」
「そらこっちの台詞や!!! 今の内に腹くくっとけ!!!」
もはや中学生世代の少女とは思えない会話だったが、一応は踏み切りがついた。そのタイミングを見計らって、アミが二人の頭に手を乗せる。
「はいはい終了~。さて、女の子は女の子でご飯食べに行きましょ~」
「ていうか誰やねんアンタ。レオたんとはどういう関係や?」
「ん~? ま、姉弟ってとこだね~」
「ッ!? ていうことはッ!! アネさんに許可を貰えればッ!?」
「ちょ、セコいセコいセコい!! ふざけんなッッ!!!」
「ふふん、アミはレオの幸せだけを願ってるからね~。レオには自分でそういう事も決めてほしい、アミは極力あなた達には介入しないよ~」
「そうなんか……ガックリ」
「ざまーみろ赤バチ女」
「あぁ!? もう一回言うてみ、しばくぞ!!」
「も~やめなさいって」
アミは二人の背中に手を回すと、力一杯抱き締めた。
「やれるもんならやってみろボケ!! 腕力でお前に負けるわけギュムッ!?」
「腕力ばっかのゴリラなんてレオたんが振り向くわけないやムギュッ!?」
予想以上の力に、二人は図らずともアミの胸の中へ収まる。その尋常ではない乳圧に、二人は驚愕する。
(相変わらずデッカイ乳)
(どんなもん食ったらこんなにでかくなんねん)
その圧に見いってしまい、そして自らのまな板を見て溜め息をつくネロとヒツユ。案外この爆乳ビキニお姉ちゃんが一番危ないんじゃないか、とか思ってしまう二人だった。