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新たな環境、新たな恋敵

朝。

外では既に太陽が顔を出し、涼しい風が地上を駆けていく。

しかし、三人はそんな感覚を味わうことすら出来なかった。



ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリィッ!!!! と、鼓膜を破るかのような轟音が鳴り響く。



「「「ひゃああああああああッ!?」」」

そんな悲鳴を上げながら、三人は飛び起きる。と言っても三人は一緒の場所にいるわけではなかった。

アミとヒツユは昨晩の通り、ベッドの中。

ではレオはというと、そこらの床の上に寝そべっていた。流石に誘惑が多すぎるベッド内に戻るわけにもいかないし、だからといって床で寝るのも肌寒いし……と思案に暮れた結果、結局彼は暖かさより名誉を選んだのだった。

が、そんなことはどうでもよい。勢いよく飛び上がった三人は、お互いに顔を見合わせる。

「にゃ、にゃんの音!?」

ヒツユが誰にでもなく、問う。

「ていうかここどこ!?」

これはアミ。

「鼓膜破られるかと思った……」

妙な落ち着きと共に溜め息をついたのが、レオだ。彼は慌てる二人を何とか落ち着けると、今分かっている情報を口に出す。

「ここは僕達の目的地らしいんだ……発電搭の収容施設さ」

「なんで? 大体私達はカルネイジに……」

ヒツユはベッドから転がり落ちるようにレオへと接近する。鼻先まで近付いてくる彼女に、レオは僅かに鼓動を加速させる。

「そ、それがよく分からないんだ。気付いたらここにいて……」

「ていうかこのアラームみたいなのは何なの? アミ達を起こすしてはうるさすぎるし」

アミが心臓を押さえながら驚いたような顔で聞いてくる。ワイシャツがはだけ、ビキニの位置が僅かにずれているところについては、レオは言及しないことに決めた。鼻血の危険性があるからである。

よく見ると、ヒツユも髪がボサボサであり、可愛らしげなアホ毛も変な方向にはねている。飛び起きたハズの彼女だが、僅かに二重瞼(ふたえまぶた)になっているのが分かる。朝は辛い体質なのだろうか。

そういうレオ自身も実際は眠れずにいたため、いかにも不健康そうな顔付きになっている。

と、その時、隣の部屋からドアが開く音がした。

『ふぁ~、ホンマやかましいなぁ。何とかならへんのこれ? ウチこれめっちゃ嫌いやわぁ』

『んな事言ったってしょうがないべや。我慢しろ我慢』

「……えらく訛りのある日本語が聞こえてきたね」

「……そうだね」

ヒツユとレオは神妙な顔でお互いを見合わせる。すると次々と、ドアが開く音がする。どうやらレオが昨晩に見た、数多の廊下のドアから、人の出入りがされているようだ。先程の大阪弁らしき少女の声や、東北や北海道の方らしき少年の声以外にも、多種多様の声が聞こえてくる。

(まさか……この施設全員が、この時間に移動してる……!?)

レオはすぐに察する。すぐに立ち上がり、ヒツユとアミの手を取って部屋を出た。

と。

「す、すごい……こんな量の人が……」

ヒツユは思わず声を洩らす。

それもそのはず。直線に見えるが僅かに内側へとカーブしている廊下の、そこに取り付けられている全てのドアが開き、そこから三人の両手両足の全ての指を使っても数えきれないほどの人間が出てきているのだから。

まさに『老若男女』と言える程の多種多様な年齢、性別、身長、体格の人が、同じ場所へと向かっていっている。

「ど、どこに行くのかな……? アミ達も付いていってみる?」

レオは少し考える。

「……うん、行ってみよう」

「何で?」

ヒツユは首を傾げる。

「あれだけうるさいアラームが鳴ったってことは、ここにいる全員を確実に起こすためだと思うんだ。それに、実際にこれだけの人数が移動してる。ここの内部を知る意味でも、付いていってみるのが賢明だよ」

おもむろに考える仕草をしながら、レオは告げる。その読みはきっと間違ってはいない。

途中の移動手段が謎だとしても、これからここで生活していくことに変わりはないのだ。それなら、この施設の決まりや情報、そして構成なども知っておいた方が良いに決まっているだろう。この巨大なバウムクーヘンのような施設が、どうなっているか。

それに、今のうちに他人との関わりを作った方がいい。レオはそんな風に考えた。三人はこの場所については全くもって明るくなく、それについて詳しい人の協力が欠かせないからだ。

「なるほどね……郷に入っては郷に従え、ってことか」

アミが笑顔を浮かべながら言う。レオをいとおしそうに見つめると、さっさと他の人達に付いていってしまう。

「あ、ちょっと! お姉ちゃん!」

レオとヒツユも慌てて付いていく。二人は人混みの中ではぐれないように、自然と手を繋いでいた。こんな何百人が移動するような時にはぐれてしまっては、後々困ることになりそうだからだ。

程無くして、アミの手も掴まえる。彼女は照れ臭そうに『ゴメンゴメン』と言い、そのまま二人を引っ張っていた。

――――――そんな三人を見つめる人影が二人。



「……あの男の子可愛ぇな。猫耳がまた堪らへんわ……!」

「あの女の人から、お姉ちゃん的な包容力が見てとれる……惚れたっ!」



それは、先程の大阪弁の少女と、北海道弁の少年だった。

少女の目には、レオが映っていた。

――――――萌え的な所を突く、黒い猫耳。チョロチョロと動くペルシャ猫の尻尾。頼り無さげな、困ったような表情が、彼女から見て最高の『魅力』だった。

そして少年の目には、アミが映っていた。

――――――優しげな笑み。包容力がありそうな気さくな性格。それでいてどこか子供っぽさが残っている、まるで大人と子供を兼ね備えたかのような少女。片目が髪で隠れているというのも、さりげなく彼の心を掴んでいた。

それぞれ違いはあれど、共通しているのは。

そう、『一目惚れ』である。

少年は装着しているサンバイザーの位置を直す。

少女は自身のツインテールをいじる。

お互いになにやら思案に暮れながら、そして同時に何かを思い付く。

「「閃いたっっ!!」」

気付けば二人は興奮気味な口調で、お互いに策を話し出していた。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



さて、こちらはヒツユ、レオ、アミ、といった三人の視点。

押されるがままに付いていった先は、巨大なエレベーターだった。広さは教室一つ分程もあり、まるで音もなく、下へと降下していく。

「スゴい技術だね……これだけの人が乗ってて、こんなにスムーズに動くなんて……」

アミは感心したように呟く。彼女は今、壁と人との間に挟まれているような感じになっている。が、一応手だけは離していなかった。

これほど広いエレベーターだとしても、人は無理矢理押し詰められたかのようになっている。人が多すぎて、この一つだけでは乗せ切れないのだ。

まぁ、このエレベーター内だけでも200人程は乗っているだろう。しかしこれはそれだけは運びきれないらしい。これから何往復かして全員を運ぶ予定なのだろう。

「せ、狭っ……ぐわあああっ」

壁と人壁に押し潰されながら、アミは呻き声を上げる。身体ごと壁に押し付けられ、ギュウギュウ、という効果音が聞こえてきそうな程に切羽詰まっていた。

「苦しいっ……物理的に胸の辺りが……」

「そっ……それはぁ……ぐはっ、私へ喧嘩を売っている……ということ、なのかな? おぶっ……!」

その隣では、ヒツユが押し潰されていた。ただしその表情はどこか怒りに満ちており、人による圧力は二の次、といった感じだった。

「だってっ……胸、壁に押し付けられて……辛いんだ、って……」

「はーんそうやってこういう状況でも巨乳アピールをするのはやっぱし胸に自信があるからであってしかも胸を壁側にやってるのもそういう狙い目があったわけかふーん」

遂に圧力を振り切り、まるで弾丸のように言葉を紡いでいくヒツユ。どうやら彼女にとっては自らのまな板はコンプレックスであるらしい。普段とはまるで対応が違う。

瞬間、ヒツユは人の壁に飲み込まれた。

「ああっ」

彼女の呻き声が上がり、そして姿が消える。三人の中でも、そしてこの施設内でも小柄な方のヒツユは、こういう渋滞の波に飲まれやすいのだった。

「どっか、……いっちゃった……ギュムっ……」

アミが呆然と呟く。しかし、どうせ後で合流出来るだろう、と一息ついてしまう。

と、その頃――――――レオは。


(いやあああああ――――――ッ!! もう何で昨日からこんなことが立て続けにィ――――――ッ!!)


心の中で、絶叫していた。

が、声には出せない。何故なら、口を封じられているから。

見たことのない、アミのでもヒツユのでもない手で。

「しゃべらんといて……静かにしーや」

囁くような声で耳元に近付いてくる。こちらを嘲笑うような、弄んでいるような声だ。

(にゃんでぇ!? にゃんで僕に抱き着いてくんの!? いやああああああ!! 痴漢だ痴漢だ!! 違う、痴女だ痴女!!)

混乱のあまり猫語が混ざってしまっている。何しろ、レオはこんなイベント耐性が全くと言っていい程に欠けている。よって、こんな満員エレベーターの中で素性も知れない女の子に背後から抱き着かれるなんて事を、予想しているハズもないのである。

つまり、この状況でどうすればいいかなんて、彼の頭で判断出来るワケがないのだった。

せいぜい確認出来るのは、この少女が自分と同い年、または一歳年下くらいだろうな、という予想だけだった。高い声の、悪戯っぽい笑い方をする少女。

「…………!(ひぃっ……尻尾いじんないでよぉ……っ)」

「えーやんえーやん。ちょっとくらい触らせてーな」

そう言って、レオの尻尾をつつき始める少女。レオとしても、触られてあまり良い気分のする場所ではないし、そもそも自らでもこの正体が分かっていないのだ。他人に無闇に触れてほしい場所ではない。

が、少女はそんな事はお構い無しだった。握ったり、くすぐったりと、やりたい放題だ。

「やぁっ……むがっ!?」

レオが声を上げようとすると、少女の手が勢いよく、彼の口を抑える。

「声出すなゆーとるやろ」

「…………(だってそんなとこ触るからぁ……!)」

もはやどっちが男か分からないような会話内容だが、レオは性格からして、何かと『NO』が言えない人間だったりする。ましてやこんな状況である。正常な判断が出来ないのも当然だ。

「……可愛えーなぁ。女の子みたいなっとんで」

「…………(ば、馬鹿にするなよっ。僕だってれっきとしたにゃあっ!?)」

少女が尻尾を強く握り締める。

「れっきとした……なんやて?」

「…………(だ、だかられっきとしたおとふにゃあっ!!)」

再び繰り返す少女。

「なんやて? ちゃんと喋れや」

「…………(……女の子ですホントにすいません)」

「そうやな。ウチもそう思うわ~♪」

(き、鬼畜……)

この女の子のような性格がレオのコンプレックスなのだが、少女はそこを突いてくる。何が目的なのかは分からないが、とにかくレオにとって有害なのに変わりはなかった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



チン、という音と共に、エレベーターの降下は終わりを告げる。あまりに巨大な施設の為か、なかなか時間の掛かる移動だった。

扉が開き、流れるように溢れる人間。そこから崩れ落ちるように脱出したヒツユは、苦い顔を浮かべる。

「ふええぇぇ……死ぬかと思った……」

一方向に進む人混みを抜け、誰もいない壁に倒れかかって息をつく。あまりに強烈な圧力に、ヒツユは生命の危機を感じてしまった。時間的には五分やかそこらなのだが、彼女には永遠にすら感じられた。

すると、人混みの中からアミが出てくる。彼女も疲れきった表情で、何故か吐き気を訴えていた。

「死ぬ……マジで死ぬよ、アレは」

「私なんか現在地点すら掴めてなかったからね!! 溺れるかと思ったからね!! ていうかあの状況で乳自慢やめてくんないムカつくから!!」

「ペッタンコでも需要あるから大丈夫大丈夫~」

「そういうデカ乳のフォローがめっちゃ腹立つんだよ……!!」

据わった目でアミを睨み付けるヒツユ。しかし小さく笑うと、彼女は腰に手を当てる。

「……ま、レオ君に需要があるなら別にいいけどね」

「おっ、彼女の余裕」

「レオ君は浮気的な事は絶対しないからね。ていうかそんな柄じゃない」

「ふーん……じゃ、あれはどうなのかな?」

「へ?」

アミは悪戯っぽい顔で人混みを指差す。ヒツユは顔を覗かせ、そこから出てきたものを凝視する。

そして――――――――――――音速で駆け出した。

なぜなら、



レオが、見知らぬ少女とイチャついているからだった。



「だ、だからぁ……僕はその……」

「えーやんえーやん、ウチと一緒についてきてやー!」

「あぁもう……参ったなぁ……って、あ! ヒツユちゃん!」

レオは遥か彼方から飛来してくるヒツユに、呑気に手を降った。

「聞いてよ~。この子、なんか無茶苦茶な事言って――――――って」

――――――瞬間、ヒツユのアッパーがレオの腹部を直撃する。

「が、はっ……!?」

――――――打ち上げられたレオの顔面に、ヒツユの拳が叩き込まれる。

「ぐぅあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!?」

その一撃は凄まじく、レオの身体は長い廊下を数十メートル飛行する。最終的には壁に激突、身体ごとめり込み、バタリと墜落した。

「ん、なアホな……」

レオにくっついていた少女が、目を見開きながら茫然自失と呟く。

「ハァッ……ハァッ……ハァッ……こ、の……」

ヒツユは肩を上下させながら、おもみろに叫び出す。


「浮気者ォッ!!!」


一方、突然の襲撃に理解できず、一瞬後にボロボロにされてしまった少年は、こう呟く。


「……あ、あんまりだよぉ……」


そして、意識が飛んだ。

そんな二人を見て、アミは静かに笑っていた。

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