盗み聞き
「まさか……イリーナさんにそんなトキメキドッキドキな青春の過去があったとは……」
イリーナの部屋のドア。半開きになったそれの隙間から、クラルは彼女の話を盗み聞きしていた。
(なるほど……ナツキが生前のカイトさん、とやらにそっくりだったと。ふむふむ)
ナツキとは、多少なりにも面識はあった。クラルは立ち位置としては『ロボットの街を守る兵器の拠り所』のため、どちらかというと位が高い(随分と古風な表現だが)、身分が良いということになってくる。
言うなれば、統治者のような感じ。
そのため、彼女はある程度この街について把握していなければならない。人間とは違い、ロボットである彼女の記憶プログラムには、この街全ての住民データがインプットされていた。
そしてその中で、とある青年が、クラルの目に止まった。
それが、ナツキだった。
彼は柔らかい印象を抱かせる青年で、人望も厚かった。人の為に自身を費やすことのできる、なかなかに好印象なロボット。
そんな彼に興味を持ち、クラルは何度か彼を尋ねた事があった。前もった情報に違わず、人の信用を集めそうな人物だった。
(そんなナツキとそっくりな青年……カイトさん、ですか。相当出来た人間だったのでしょうね)
クラルはふふ、と笑う。そんな人間ばかりなら、人間もなかなか捨てたモンじゃないのにな、と思う。
(この展開からして、ナツキとイリーナさんはくっつくのでしょうか? そうなれば少し楽しみ――――――)
瞬間。
ガタッ!!! と、荒い音が響いた。
「ひゃっ!?」
その音に驚き、思わずびくつくクラル。慌てて後ろを振り向くと、アルマが目を見開いて立ち上がっていた。
それは、普段無表情の彼女からは考えられない程の焦燥ぶりだった。
クラルは慌てて指を立てると、口の前に持ってきて、
「……(アルマ、しーっ!! バレちゃう!! バレちゃうから!!)」
と、必死に彼女を宥める。しかし、尋常じゃない程の慌てっぷりに、クラルも流石に緊迫感を覚える。
(カルネイジの襲来……? そんな、数日前に来たばかりなのに……)
目の前に、半透明な画面を表示させる。防衛システム『-arma-』の監視カメラとリンクしたその情報群は、クラルに的確な判断を要求する。
が。
(小さなカルネイジ反応が三つだけ……? なんら驚く事でも……)
不審に思った彼女は、LIVE映像を映し出す。空中のカメラから、直接的に映しているものだ。
そこには、とある少年少女が横たわっていた。
一人は茶髪の少女。袖のないパーカーを羽織り、短パンを穿いている。
もう一人は黒髪の少年。赤いフード付きのシャツの上に、暖かそうな黄土色のセーター。コスプレなのか何なのか、黒い猫耳とペルシャ猫のような尻尾を付けていた。
そして、最後には奇抜な格好をした少女。少年と顔立ちが似ている辺り、きっと姉弟なのだろう。白いワイシャツの下に、濃い紺色のビキニを着ている。
そして、気になるのは。
先に説明した二人がボロボロなのに対して、最後の少女が全くの無傷ということだった。服が破れている様子もなく、肌には傷一つ付いていない。
さらに彼女ら三人からは、微量ではあるがカルネイジの反応があった。
(……まぁ、いつものことでしょう。カルネイジとの戦闘で手負いしていれば、多少なりともカルネイジ細胞による汚染がありますから)
それより気になるのは、アルマの反応だった。今でこそ落ち着いてはいるが、彼女の瞳には、僅かな焦燥感が見てとれた。
(センサーの誤動作……? まぁ、この三人を回収しない事には始まりませんね)
クラルは頭の中で指令を作り出すと、そのプログラムをそのまま半透明な画面へと流し込む。
(これで、下の者に指示が通ったはず。彼女達は壁のすぐ側で気を失っていますから、じきに回収班が動く事でしょう)
彼女は小さく溜め息をつき、半透明な画面を閉じる。
さぁ、盗み聞きを再開しましょう、なんて意気込んで後ろを振り向いた。
が。
「むがっ!?」
突如、視界が真っ暗になる。柔らかい感覚に、クラルは何故か冷や汗を垂らす。
「……クラルぅ~? なぁに人の話を盗み聞きしてるのかしらぁ~?」
恐ろしい声色が、クラルの音声認識プログラムを通り抜ける。明らかに怒りに震えているその声は、クラルの感情を操る。
恐怖という感覚へ、連れ込む。
「んでもってよく人の胸に頭突っ込んだままガタガタ震えてられるわねぇ。これはキツイお仕置きが必要かしらぁ~?」
次の瞬間、クラルの脳天に拳が叩き込まれた。
「おぶふっ!?」
その衝撃で、彼女は上半身を地面に墜落させる。その頭上では、イリーナが怒りに口元を引きつらせながら、残虐的な笑みを讃えていた。
「ち、違うんですよイリーナさん。これは、その」
「人の恥ずかしい過去を盗み聞きして何が違うってぇ~? これでも喰らいなさい、この馬鹿」
「あでででで」
イリーナはクラルの頬を思い切りつまみ上げる。クラルは涙目のまま悲しく笑いながら、その仕打ちにただただ耐えていた。アルマは特に助けに入るわけでもなく、ただただ哀れな目でクラルを見ていた。アルマにしては珍しく、イリーナの仕打ちを当然とでもいうような顔をしている。
まぁ、当たり前といえば当たり前なのだが。
『ちょ、クラルさんに何やってんの!? やめなよイリーナ!!』
いつの間にか近く画面が移動しており、その向こうでは慌てた顔をしたナツキがイリーナに抗議していた。
「何、お知り合い?」
『いや、そういうわけでもないけど……とにかくやめなって! アルマちゃんにぶっ殺されるよ!?』
「アルマちゃんの了解の上で行っているので大丈夫」
アルマは無表情のままクラルを見つめている。
『嘘ぉ!?』
「いだだだだほっぺた千切れますぅ……!!」
『可哀想だから!! やめたげて!!』
イリーナの左手が、クラルの空いた左頬に伸びる。
「今もう片方のほっぺにも手を掛けました」
『酷い!!』
「彼女は今ほっぺで宙ぶらりんされております」
『残酷だ!! 鬼!!』
「貴様にもやってやろうか!? あぁん!?」
『こっちに逆ギレ!?』
ナツキは心底怯えた顔でイリーナを見る。それにいたたまれたのか、イリーナはゆっくりとクラルの頬から手を離す。すとん、という音を立てて床に落ち着いたクラルは、まるでしゃくとり虫のような格好で涙を浮かべる。
「……これでもこの街の統率者のようなものなんですけども」
「一般市民の会話を盗み聞きする統率者なんて居てたまるもんですか」
「しかも妹から救いの手すら差し伸べられないという」
「明らかにクズを見る目だったわね、珍しい」
「ふえぇぇ……」
そのまま横這いでアルマの足元にすり寄り、しなだれかかるように抱き着くクラル。アルマはそれを拒みはしなかったが、なんだか呆れているようにも見えたのはイリーナの気のせいだろうか。
腰に手を当て、髪をボリボリと掻くイリーナ。なんだかいつでも悪役のような立場に立ってしまうのは、彼女の長年の謎だったりする。その時、画面の向こうからナツキが話しかけてきた。
『あはは……ま、まぁ、じゃれ合いで済むんだったらいいけど……』
「こっちは本気よ。それなりに嫌な過去だったりするんだから」
『どこが? 確かにロシアに居たときはアレかもしれなかったけど、日本に行ってからは青春ラブコメチックな話じゃないか』
その意見にイリーナは溜め息をつく。
「……そこまではいいのよ。でも、何しろ最後が――――――」
少し声色が震えているのを、イリーナは自身で感じ取った。
「――――――最悪の終わり過ぎて、ね」
『……え?』
「もう今日はいいわ。また盗み聞きされてもアレだし。また、今度ね」
そう言って、イリーナは通信を切断し、半透明な画面を消した。
(ホント、最悪よね。あの終わり方も、あの再開も)




