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目覚める『怪物』

――――――六メートルはあろうかという巨体が、三人の頭上に現れる。

ヒツユはその下を駆け抜けながら、忌々しげに舌打ちをする。

「こい、つ……ッ!!」

直後に、とんでもない衝撃音。地面が爆発したかのような衝撃に、彼女の身体は空中に投げ出される。

「ッ……!!」

そして。



音速の拳が、彼女を襲う。



ドッ!!! と。

受け身を取ることも出来ず、バスターソードで守ることも出来ずに、彼女は拳を腹部に受ける。

「がっ……ぁあああああああああああッ!?」

空中で逆さまになっていたヒツユは、その一撃によって吹き飛ばされる。どす黒い血を嘔吐しながら、何もない地面へと。

それは、まるで打ち出されたロケットのような、射出された銃弾のような。そして彼女の身体は地面へと着地し、そのあとも土を抉りながら、痛々しく削れていく。

しかし、それによってカルネイジに隙が出来た。その隙を、

「こ、のぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」

レオの大鎌が、突く。

三日月のように曲がった刃は、レオ自身の背丈と同じ程。扱えるだけで化け物と呼ばれ畏怖されるだろう得物を、中学生程の少年であるレオは思い切り降り下ろす。

ヒツユの犠牲で作り上げられた隙は、絶対的なものだった。

絶対に埋めることの出来ない、決定的なラグだった。

なのに。

なのに――――――

(なん、で……?)

そう思考することしか出来ない。その一瞬で、レオの身体が大きく横に吹き飛ばされた。

それは、まるで蚊でも払うような。

そんなくらいの気安さで、彼は地面に投げ出される。

「ぐあああああああああああ!?」

誰も手出しすることが出来ない惨劇。あの二人が、まるでゴミのように扱われている。

「レオ……ヒツユちゃん……」

その残酷な現状を、アミは黙って見届けるしか出来なかった。

三人は廃れた街を抜け、発電塔防衛壁の攻撃範囲内まで入ってきていた。が、それはレーザーキャノンの最大出力時の最大攻撃範囲。監視カメラなど、ロボット達に気付いてもらうには、もう少し進まなければならなかった。

そんなとき、こんな怪物がやってきた。

レオとヒツユは抗戦の構えに出るが、カルネイジは二人には強すぎた。二人を上回る瞬発力と、とんでもない破壊力。特異な身体構造も、カルネイジの優位を形作っていた。

そして今、目の前では、カルネイジの惨劇が繰り広げられている。

が。

次の瞬間、彼女はその惨劇に介入してしまう。

「え?」

カルネイジからの攻撃という――――――最悪のスタートで。


音速の拳。


それが、アミの華奢な身体を突き上げる。身体全体をアッパーカットされ、彼女は空に浮く。

(う……そ)

そして。

タイミングを揃えたかのように、カルネイジの尾が彼女を襲撃した。

「が、」

血へどを吐く。それだけなら、まだよかったのかもしれない。

だが。

カルネイジの尾は、まるで巨大なムチのようだった。彼女の腹部を横から潰し、内側の臓器を全て四散させる程の衝撃を叩き込む。異常な回転が加わり、アミは十何メートルも地面を転がった。

「――――――あ……?」

それは、彼女の脳では処理しきれない。ただ痛覚だけが、彼女の神経を逆撫でさせる。


カンガルー型カルネイジ。

それは、何処かの漫画で見るような跳躍力を持ち合わせた怪物。加えて自在にしなるムチのような尻尾。音の速度で繰り出される拳。ボクサーが見たら一瞬で何もかも馬鹿馬鹿しくなってしまうような『化け物(カルネイジ)』が、そこには存在していたのだ。


ヒツユの意識は、既に閉じていた。

抗うことは出来ない。出来るわけがない。車が全速力で衝突したかのような衝撃が、彼女の身体を破壊しつくしたのだから。地面との摩擦によって腕は擦り切れ、中身の筋肉が丸出しになる。それだけではない。身体の色々な部分が、致命的なダメージを負ってしまったのだ。

身動きを取ることも出来ない。脚の骨は折れるか、擦り切れるかのどちらか。

それはレオに関しても同じだった。

ムチのようにしなる尾は、音速の拳と変わらない程の破壊力だった。彼の身体は回転に回転を加えながら、何もない地面を抉っている。弾丸のような軌道を描いて墜落した彼が、無事なハズがなかった。全身ボロボロのまま、地面に横たわっている。

そして今、アミも意識を無くす。

閉じゆく精神の狭間で、彼女は誰かの声を聞く。

『……死ぬの?』

(ぇ……?)

気付くと、そこは真っ暗な空間だった。地面もなく、天井も壁も、何もない。

そこに彼女は立っていた。声の主が。

『このまま何も出来ずに、死ぬの?』

(あなたは……アミ? アミ自身なの?)

そこに立っているのは、『もう一人のアミ』。同じ顔、同じ身体、同じ服装。違うところといえば、瞳の色くらいか。

彼女はニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながら、アミに語りかける。

『どうだろね? そもそもあなたがあなたである証明なんて何処にもないからね』

(何で……? アミはアミ。誰から見ても、どう見てもアミなんだよ?)

『そうかなぁ。例えばあなたがアミだとして、もし私がみんなに前に現れたら、きっとみんなは私のことをアミって呼ぶよ?』

(どういうこと? ていうか何でこんな話を……)

『あ、そうだね。……ねえ、不甲斐ないと思わない? レオも救えず、ヒツユちゃんも救えない。お姉ちゃんなのに。年上なのにね』

訴えかけるように話す『もう一人のアミ』。どこか妖艶さを感じさせながらも、茶目っ気が雰囲気の大半を占めている。

(そう、だ。でも、アミは……アミは……)

言葉が喉に引っ掛かる。

(……どうすればいいのかな。力が、無いから……何も出来ない……)

『力なら、私があげる』

(え?)

アミが首を傾げると、『もう一人のアミ』は彼女に近付いていった。

そしてその腕を、アミの左胸に突き刺す。

(っ……!!)

ズブズブ、と飲み込まれていく。その先で、腕は何かを掴む。その手が掴み取ったのは、


彼女の、


心臓だった。


(っ……あ……!?)

『この心臓、私とあなたで共有するね。そうすれば、私の力は二人の力になるから』

握り締めたそれを引きずり出す。ドクン、ドクンと脈打つそれは、まさしく心臓だった。

アミの胸からは、血管のような管がいくつも飛び出ていた。それは全て、心臓と結び付いている。

すると、『もう一人のアミ』の胸から、同じような血管が、同じ数だけ飛び出してくる。それは全て心臓にまとわりつき、やがて心臓を包み込む。

見るからにグロテスクな光景。しかし『もう一人のアミ』は、静かに笑っていた。

『さぁ、目を覚まして。同期は終わり。後は、私に全部を委ねて――――――』

その声は、現実のアミの瞳をゆっくりと開かせる。

瞼の下の、彼女の瞳。

それは、まごうことなき紅色だった。

「…………」

ゆっくりと。

しかし音を潜ませる訳でもなく、無造作に立ち上がる。フラフラと軸の無いその姿は、どこか不安に駆られる。

そして。

異変に気付いたカンガルー型カルネイジが、強力な脚力で接近してくる。拳を振りかぶり、アミの頭部へと狙いを定める。

音速の拳が、アミを襲う。

しかし、彼女は即座に左手を差し出す。

まるで、その片手だけで拳を止めるとでもいうかのように。

が。

実際にその拳は――――――止まった。

カンガルー型は僅かにたじろぐ。こうなることを予想していなかったのだろう。

アミは、呟く。

「みんな……を、」

身体の奥底から、何かが砕けるような音がする。感覚として表現するべきか、音として表現するべきか分からないもの。

「みんなを……まも、らなくちゃ……」

真っ白な頭に、何かが芽生える。

違和感?

違う。

異変?

それも違う。

感じるのは、義務感。

「アミが、あ、み……ガ……」

内部から砕ける音が、現実のものとなる。アミ自身しか聞こえないのではなく、周囲にも響き渡る音。

それは何故か。

それは、本当に砕けているから。

骨格が。

破けているから。

彼女の真っ白な肌が、皮膚が。

膨れ上がっているから。

彼女の中身が、彼女という存在が。

「あみ、あミががが……、アミが、アミが、アミが、アミが、アミが、アミが、アミが、」

狂ったように呟き続ける。それが何を意味しているのかも認識出来ず、それをどうすればいいのかも理解できずに。

ただ。

彼女は、明らかに『人間』の姿を外れていっている。

「アミがあミがアみガあみガアみがアミが――――――――――――――――――」

カンガルー型カルネイジは、久方ぶりの感覚を思い出した。

恐怖。

戦慄。

絶望。

勝てるはずがない、殺せるはずがない、と……気付いてしまった。

そんなときは、どんな動物でも共通の行動を取るだろう。

それは、逃走。

別に恥じることではないし、生きるためには必要になってくる判断である。

だが、しかし。

目の前の『彼女だったそれ』は。

逃走という選択肢すら、無に帰すような存在だった。

「――――――――――――――――――あは」

次の瞬間。



彼女の姿が、『とある獣』の姿へと変貌した。



『とある獣』。獣で定義していいのか分からないような、奇々怪々な存在。



何処かの神話では、仙獣と言われるそれ。



そして。



その獣には。



少なくとも、ちっぽけなカンガルーを瞬殺するほどの力は存在している。



その――――――――――――『九尾の妖狐』には。

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