誓いと小さな告白、そして嘘
――――――その頃。
「……さ、行こうか」
「そうだね」
「大丈夫かな……」
レオ、ヒツユ、アミの三人は、地下街の出口に立つと、そう言いあった。
レオは珍しくリーダーシップを取り、ヒツユはそれに従う。アミも不安そうな表情を浮かべながら、二人についていく。
ついに彼らは、発電搭へ向かい始めた。
目的はもちろん、発電搭周囲の壁による安全の獲得。簡単に言えば、拠り所を得る事である。
「この辺りは大丈夫だと思うけど……壁の自衛圏内に入ったら隠れることも出来なくなるから。二人とも、気を付けてね」
アミは、そんな風にレオとヒツユを勇気づける。
二人は彼女を振り向きながら、笑顔で応える。
「ありがとう、アミ」
「お姉ちゃんは僕が守るから……安心しててよ」
それを聞いて、アミは僅かにはにかむ。頼もしい二人だな、と心から安心した。
(……でも、大丈夫かな……?)
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それより何時間か前。
「レオ君、ヒツユちゃん」
「「ん?」」
アミが二人を呼ぶ。その時は、ヒツユはレオの頬っぺたを引っ張ったりして遊んでいた。
二人はじゃれあうのをやめ、トテトテとアミの元へ寄っていく。
アミは居間のソファーに座っており、テーブルにはこの辺りの地図があった。ただ、カルネイジに荒らされる前の古いものだったが。
「どうしたの、お姉ちゃん?」
「食糧も乏しくなってきたし……そろそろ限界かなって思って……」
「ってことは……」
ヒツユが問い掛けるように呟くと、アミは小さく頷く。
「発電搭の施設に……匿ってもらうの」
珍しく真剣な表情で、アミは二人を見上げる。座るように催促すると、彼女は地図を指差しながら説明する。
「この赤い点が今アミ達がいるところ。で、この黒い丸が発電搭」
その地図には、サインペンで描いたであろう赤い点、そしてそれより何倍も大きい黒い丸が描かれていた。二つはそれぞれ地図の端と端くらいに描かれており、だいぶ距離があるように思えた。
「地図読むの下手くそだからよく分かんないけど……この距離なら歩いて一日くらいだと思う。ていうか、問題はそこじゃないの」
アミは黒い丸の周囲に、だいぶ大きな円を描いた。それは赤い点と黒い丸の間を二つに分けるくらいの直径。
「あの壁にはカルネイジから発電搭を守る武装がしてあって、その攻撃範囲がこの円くらいまであるの。だから、そこから先は気を付けなくちゃいけない」
「でも、私達は人間だよ? 攻撃してくることは無いんじゃない?」
「アミが言ってるのはそっちじゃないの」
地図に手のひらを当てながら、アミは言う。
「この辺りは何度もカルネイジを撃退してる、いわば戦場なの。その影響で、ここには建物一つない。ただの更地になってるの。そんなところをカルネイジに襲われたら……」
「隠れる場所がない以上、こっちが圧倒的に不利……ってことだね」
レオが引き継ぎ、何やら考えながら頷く。
アミは首を振りながら、さらに続ける。
「それだけじゃないの。もしもカルネイジが現れて、発電搭の武装が起動しちゃったら……。それこそ、絶対に生き残ることは出来なくなる」
つまり。
更地となった搭の周囲に入るだけで、隠れる場所が全くと言っていい程無くなる。そこをカルネイジに狙われれば、殺される確率は飛躍する。
それだけではない。その戦闘に発電搭の武装が介入してしまった場合、三人はカルネイジ対機械の別次元の争いへと巻き込まれる事になる。
そうなれば三人に待つ結末は、『全滅』だ。
「…………っ」
レオが悔しそうに歯噛みする。
それほどまでに、この状況は絶望的ということだ。
慎重にいけばいいというものでもない。機械側の誤射だって、無いと言うわけではない。
そもそも、たった三人だ。
三人ぽっちでカルネイジに立ち向かうことすら厳しいというのに、機械の攻撃の可能性を想定しなければいけないのだ。
それは、たった三人の少年少女には、あまりにも大きすぎる危険だった。
「……でも……やらなきゃ……」
アミが、悲痛な声を上げる。しかし、それには大きな決意がこもっていた。
「お姉ちゃん……」
「アミ……誓ったんだ。レオ、ヒツユちゃん。あなた達を守るって。その為なら、どんなことでもしてやるって……」
彼女は無理矢理に笑顔を作り出すと、二人に向かい、
「レンに、誓ったからね」
ヒツユは小さく目を見開く。
「アミ……」
「戦闘面じゃ二人に劣るかもしれないけど……それでも、アミ自身の命を張ってでも、あなた達を守るから」
「そ、そんなこと言わないでよお姉ちゃん。僕達、お姉ちゃんに居なくなられたら何も出来ないよ……」
レオが涙声で訴える。いつも楽観的な姉の、切り替わったような決意に、彼は寂しさを感じたのだろうか。
「……それでも、あなた達には生きてほしいから」
「アミ、やめて」
「ヒツユちゃんも気にしないで。レオと一緒に居たいんでしょ? これから先も、ずっとずっと。お姉ちゃん公認なんだから、目一杯頑張って」
その一言に、ヒツユは頬を赤らめる。
レオはまさかな、とは思いつつもアミに聞く。
「それ、どういうこと?」
「ヒツユちゃんはね~、レオの事が……」
「やめてやめてーっ!!」
「やめなーい」
アミは悪戯っぽく笑い、
「恋愛的な意味で、大好きなんだよ♪」
「……はぇ?」
思わず小首を傾げるレオ。今言われた事に確信を持てないのか、真っ赤な顔で両目を見開く。そして彼が傍らを見やると、『あぁ……死にたい……』と顔をトマトのように染めながらしゃがみこむヒツユが居た。
「……マジですか?」
レオはヒツユをじっと見つめながら、必死に平然を保とうとする。しかしどうしても疑問が言葉になってしまい、口から飛び出てしまった。
ヒツユはゆっくりと立ち上がる。
「マジマジ、大マジですよ、あっははははは……」
うるうると涙を滲ませながら、ヤケクソ気味に笑う。目の焦点が合っておらず、やったらめったら色んな方向に向きを変えていた。
「なんで? なんで僕なんかを……?」
「や、優しいから。私のこと、死んでほしくないって言ってくれたから……」
ヤケクソを復帰したヒツユは、照れながらそう言う。
「私、そんなこと言われたの初めてで……! 今まで男の子に優しくされたことなんてなかったから、それで……嬉しくて……気付いたら……その……」
「…………嘘」
レオは多少放心気味にそう呟く。しかし、彼はすぐに取り直すと、ヒツユの頭に手を乗せる。
「え?」
「別に、僕だけがそんなこと思ってる訳じゃないよ」
えへへ、と照れ臭そうに笑うレオ。
「僕はもちろんだけど。お姉ちゃんだって、君の仲間のイリーナさんも、イチカさんも、絶対に思ってる。君に死んでほしいなんて、誰も思うわけないじゃないか」
「…………」
ヒツユは何回か瞬きすると、ゆっくりとアミの方を向く。彼女はこちらを向くと、満面の笑みで頷いた。再びレオに視線を戻すと、彼はヒツユを安心させるような暖かい笑顔を浮かべる。
「ね?」
その一言で、ヒツユの中に暖かさが生まれた気がした。
どこか温かく、どこまでも深い温度に、ヒツユは無意識に飲み込まれていた。
それはとても優しい感情で、万人を包み込む光に満ち溢れていた。
そして。
気付けば、彼女はこう返していた。
「……うん!! 大好き!!」
ブバッ!! と噴出音がした。それが何なのかは考えるまでもない。ヒツユは素早くバックステップでそれを回避すると、苦笑いしながら『手伝うよ』とそれを拭き始めた。
「ご、ごめんね……」
鼻をティッシュで押さえながら、レオもかがんで掃除を始める。少し経つと、その赤い何かは跡形もなく綺麗にされていた。
それが全て終わった後、アミは小さく笑う。
「ま、ここまではテンプレとして」
「テンプレって……」
「それで、なんで今日発電搭に向かうか。それはね、数日前にカルネイジと発電搭の防護壁は戦闘をしたばかりだからなの」
「それは知ってるよ。あの時は凄い音がしたから、何が起こってるのか怖かったけど」
そう。
つい数日前、発電搭を守る壁とカルネイジの戦闘が行われた。三人は確認してはいないが、結果は壁の圧倒。
もちろん、その陰でとある少女が発狂寸前のキャラ崩壊を起こしていたなど、三人は知る由もない。
「きっと、あれは壁が勝利したに違いない。アミはそう考えたんだ。ていうか壁が負けてたら居場所が無くなっちゃうしね」
「それとこれに何の関係があるの、アミ?」
ヒツユが聞くと、アミは自慢げな顔をして説明し出した。
「いい? 壁が勝利したってことは、カルネイジは全滅、またはごく少数が生き残って撤退というニパターンが考えられるの。でも、どっちにしてもカルネイジ側に大きな痛手が出たということには変わりがない。つまり、それを修復するための時間が必要になってくる」
「つまり……」
レオが呟くと、アミは頷く。
「カルネイジが手負いの今がチャンスってこと。今のうちなら、アミ達は安全に施設まで辿り着ける」
アミの瞳には、大きな確信があった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
(……けど、今になったら不安だなぁ……カルネイジの群れはあの戦闘の一つだけとは限らないし……)
アミは悩ましい顔をしてみせる。
二人は嬉しそうな顔で賛成してくれたが、思えば色々と不確定要素が多すぎる。
カルネイジがどんな型か分からない以上、復帰に何日掛かるのかも分からない。そもそも、別の群れが来る可能性だってある。というか、そこに辿り着くまでにカルネイジに襲われる可能性も考えていない。
(どうしようか……今のうちに色々考えとかないと……)
しかし、元々アミは考え事が得意なタイプではない。先程の予想も、よく考えれば誰にだって思い付くような程度のレベルだ。
むしろこういうのは、レンが得意だった。アミは最初から、何かを考えるような柄ではないのだ。
(でも、今は考えちゃいけない。レンは死んだんだから)
そうだ。
それを、二人に察しさせてはいけない。その為には表面上でもいい、何でもない風に振る舞うのだ。
最愛の恋人を失ったアミではなく、
いつも通りの神埼亜美を演じるのだ。
嘘をついて。
嘘の仮面を被って。
嘘で自分を形作る。
それが皆に見せる、もう一人の神埼亜美。
(あくまでアミ。アミはアミなんだから。意識せず、普通にアミを演じて)
どだい、彼女には誰かが死んだという事実を受け入れる器などない。悲しければ泣く、居なくなれば寂しくなる。超人じゃないのだから、そんな強くはなれないのだから。
だから。
迷惑を掛けないために。せめて、何でもないという風な自分を見せ付けよう。
そうだ、騙してやるのだ。
自分を嘘で塗り固めて、周りの全員を、いい意味で騙す。
『嘘も方便』というのは、こういうことを言うのだろうか。
そんな事を考えながら、アミは二人についていく。
自らの中に、それを見通す存在が潜んでいるとも知れないで。
――――――嘘というものは重ねれば重ねる程、自らへの罪悪感が増していくものだ。
そして。
彼女の中に潜むそれは、その疲弊した『心』の虚弱性を突いてくる。
数多の尾を持つそれは、小さく笑った。
アミが、それに気付くハズもないと分かっているから。