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思わぬ再開?

――――――それから数日。



イリーナは、何故だかロボットの街(ここ)に慣れてきてしまっていた。

「……暇ねぇ」

「それでしたら、散歩にでも行きませんか? アルマも連れだって、三人で」

ソファーにだらしなく寝転ぶイリーナに、クラルは相変わらずの笑顔で答えた。普段からニコニコと笑う彼女は、どうやら極力笑うようにしているようだった。周りの空気を読む性格、と言ったらいいのだろうか。

「……あの子はアタシを嫌うからいいわよ。一人で行くわ」

「そんな、私もついていきますよ」

「いーからいーから。ほら、あの視線が分からないの?」

イリーナが物陰を親指で指す。クラルはそれを目線でゆっくり追う。その直後、彼女から『あっ……』という声が洩れた。

「……む……」

別室の物陰から顔を半分だけ出し、アルマがクラルのことをじっと見つめていたのだ。隠れていても分かるほどの陰鬱なオーラを感じ取れないクラルに、イリーナは少し呆れる。小さい溜め息をつき、居間のドアを開く。

「す、すいません……何だか変な雰囲気になってしまって」

「大丈夫よ。アタシもたまには一人でゆっくりしたかったからね」

「……むっ……!」

こちらも相変わらずパイロットチックな格好をしたアルマ。彼女はクラルにゆっくり抱き着くと、忌々しげに『どっか行け』という感じのジェスチャーをする。何だかイリーナに対する嫌悪感だけは他の感情と違ってそのまま残っているのではないか、というほどの嫌われようである。

何しろ、普段は何も喋らないアルマ。が、イリーナに対してマイナスな感情を見せるときだけ、僅かに声が洩れるのだ。それに気付いてから、イリーナはなるべくアルマと接触しないように心掛けている。

とはいえ、今回は一人きりである。この街はある程度クラルに案内されたので、ほんの散歩程度なら問題なく出来る。万が一迷ったとしても、この街はその辺の設備も充実しているのだろう。

そう、この街は次世代技術の塊だった。

車輪を使用せず、何らかの力で空中移動する乗用車。高度なども自由に変えられるようで、この街自体が大きな道路のようなものなのだ。

そして、ありとあらゆる娯楽施設。この街のロボットに『働く』という概念は無いらしく、遊んで暮らす、というのが当たり前らしい。ロボットの基本プログラムには当たり前の公共ルールなどがインプットされているため問題も起こらず、とにかく平和なのだとか。他人と意見がすれ違う事は稀で、あってもすぐに解決してしまうらしい。

(遊んで暮らしても堕落していかない、他人と共存出来る、か。ある意味最高の精神よね)

人間とは違い、彼らは『絶対』なのだ。いくら自分でプログラムが書き換えられ、好きに行動出来るといっても、根本から備わっているプログラムは書き換えられない。この街の平和を保つ為のシステムは、既に出来上がっているというわけだ。

どのロボットも、『自制心』がある。確かに彼らからすれば、人間達がよほど醜い生き物に見えても仕方がない。

「……やだ、アタシ疲れてんのかしら。だんだんここが楽園に思えてきちゃったわ」

街中を見回しながら、イリーナは呟く。

そう、彼女はこんな所でのほほんとしてはいられないのだ。早急に地上に戻り、カルネイジ討伐に戻らなくては。

――――――『彼』に、誓ったのだから。

「とりあえず武器が欲しいわね。あと、出来れば補助的な武装も欲しいし……」

知らずに、随分と物騒な事を口に出していた。



「ちょっと……何言ってんの君?」



「ふえっ!?」



突然の大声に、イリーナは思わず変な声を上げる。

それは、別に驚いたからという訳ではない。いや、驚いた事も関係していたが、それ以上に彼女を驚かせる要因があった。

――――――耳に覚えがある、声。

「えっ、なに!? 俺何か変な事言った!?」

それは、青年の声だった。声変わりしているが、しかしどこか高めに聞こえる声。ロボットに声変わりもくそもないだろうが、とにかくそう表現するしかなかった。

今でもはっきり耳に残っている。残っているなんてもんじゃない、耳にこびりついて離れないのだ。

初めて。

そう、初めて心を奪われた青年の声。初めてこちら側から好意を持った青年。

――――――『彼』の、声。



「カイト!?」



しかし。



「……………………………………はぇ?」



返ってきた返事は、えらくアホらしい印象を与えてきた。

その青年は、『この人何言ってんだろ』といった表情をしている。

だが、イリーナはその表情を見て更に心臓が高鳴った。

そっくりだ。

顔も、背丈も、声も、喋り方も、一人称も。

(『彼』と……アイツと! ――――――カイト、と……!)

「ねえ君、もしかして人違いじゃないかな……? 俺、カイトなんて名前じゃないんだけど……」

「いや、アンタカイトでしょ!? どうしたの!? こんなとこでどうして!? そもそもなんで生き――――――」

「ちょ、ちょっと。こっち来て……!」

そう言って、青年はイリーナの腕を引っ張る。背丈はイリーナより少し大きいくらいだ。それでもイリーナは大きい方の為、彼はだいぶ長身である。

イリーナは我に返り、辺りを見回す。何人かのロボットがこちらを見ながら、不思議そうに首を傾げている。しかし、それらは全てを純粋な疑問であって、イリーナに対して『アイツおかしいんじゃないか』というような視線を向ける者は一人もいなかった。これも、この街が平和である為に必要なことなのだろう。それが無意識に出来るからこそ、この街は平和なのだ。

――――――話が逸れたが、イリーナは青年に引っ張られていった。

そこは、路地裏だった。路地裏といってもゴミは少しもなく、綺麗に整備されていた。

青年はそこで彼女の手を離すと、大きく溜め息をつく。

イリーナは再び彼の瞳を見つめ、話し出す。

「カイト……なんで……」

しかし、青年は軽く苦笑いする。



「だからカイトじゃないって。俺の名前はナツキ。カイトなんて人は知らないよ」



「で、でも……どこからどう見ても……」

カイトだ。

御伽(おとぎ)海人(かいと)。イリーナにとっての、『彼』。

性格はへなへなした感じで、主体性があまり無い感じ。優柔不断で情けないなど、悪い所は限りなく思い出せる。

それなのに、良いところは一つだけ。しかし、その一つは悪い所全てを無にしてしまう程の深さ。

『優しさ』だ。

限りなく優しく、しかし甘い訳ではない。都合の良いだけの男のように聞こえるが、イリーナは決してそうではないと知っている。

が。

同時にイリーナは忘れる事が出来ない。

認めることも、したくなかった。

――――――彼は二年前、カルネイジに襲われて死んだハズだ。

だから、カイトではないと言う青年、ナツキの言うことも認めたくなかった。

自分はカイトではない、と。

カイトなどという男は知らない、と。

「何があったのか知らないけど……俺はナツキだよ、カイトじゃない。本当に人違いだって……」

イリーナは冷静に考え、火照った頭を冷やす。

小さく溜め息をついた後、彼女は首を振ってナツキを見上げる。

「……ごめんなさい、人違いだったわ。だけど、とても似ていたから……」

「そのカイトに、かい? うーん、どう反応したらいいんだ……」

「迷惑掛けて本当にごめんなさい。アタシ、もう行くわね」

イリーナは踵を返し、裏路地から出ようと歩き出す。

しかし、

「待って」

彼の大きな手が、イリーナの腕を掴んだ。

「え?」

訝しげに振り向くイリーナ。ナツキは、何やら重い表情をしていた。

「……君の話、俺に聞かせてくれないかな。何か、力になれるかもしれない」

「なんでまた、そんな急に……今会ったばかりなのに……」

「だって、この街のロボットはみんないい人ばかりだし。君とは初めて出会ったけど、きっといい人だよ。だからこそ、俺は力になりたい」

真剣な表情でナツキはイリーナを見つめる。何故、出会って何分かの相手にここまで自分を捧げられるのだろう。

ロボットだから、だろうか。この街のロボット達にはこんな状況ではこうするように、根本的なプログラムの方に設定されているのだろうか。

だとしても、これは異常だ。二人はただの赤の他人なのに、彼は親身になってイリーナのことを考えている。

(これも、カイトと同じ……)

彼は、どんな悩みも一緒に考えてくれた。つっけんどんなイリーナの態度にも、カイトだけは付き合ってくれた。そんな彼だったからこそ、イリーナはカイトのことを好きになったのだ。

ナツキも、同じだった。まるで、カイトの生き写しのように。

「……ありがとう。でも、何か悪いわ」

「じゃあ、これ俺の連絡先。通常通話IDとモニター通話ID、両方渡しとくから。困ったら、俺に相談してよ」

そう言って、彼は番号の書かれた手のひらサイズの端末をイリーナに渡してきた。彼はそのまま微笑むと、どこかに消えてしまった。



「……本当にそっくり。カイトじゃないのが信じられないくらい」



ドッペルゲンガーという奴じゃないのか。まったく同じの幻影。お互いに出会ってしまうと、本物が死んでしまうという現象。

しかし、カイトの方は既に死んでいる。

(……ていうか、アイツもきっとロボットなのよね。だとしたら、別におかしくはないわけだ)

ロボットを造っている工場があるのかは知らないが、たまたまカイトとそっくりなロボットを造ってしまった可能性もある。ゼロとは言えないハズだ。

(でも、そんなことって……ありえるの?)

何か府に落ちないものを感じながら、イリーナはとりあえず帰路についた。

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