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少女の秘密

バタバタバタ、とコートがはためく。

襟部分に付いている黄土色の毛皮が、頬に擦れて僅かにくすぐったい。

「……そろそろかなぁー」

そんな風に呟く少女が、一人。黒髪のショートヘアーで、赤い髪飾り。瞳は血で染まったかのように紅く、肌は雪のように白い。毛皮が付いたシルバーのコートを羽織り、一人胡座(あぐら)をかいている少女。

彼女はそのギラギラとした瞳を下へ向け、退屈そうに欠伸(あくび)をする。

「ふぁぁぁ……っ。やっぱ、コイツじゃ時間掛かるなぁ」

そんな黒髪紅瞳少女、九十九(つくも)一花(いちか)は、現在高度500メートルくらいを飛行していた。もちろん彼女自身が飛行しているワケではなく、別な『何か』の協力を仰いでいる。

別な『何か』。

それは、巨大な鳥だった。身体中が真っ赤に染まり、巨大な翼を持った鳥。

羽根は時折色を変える。赤から青、緑、黄色など。光の屈折を操作して、色んな色へと変化しているのだ。

そんな鳥は、翼の端から端までで60メートルはあった。尾羽はそれだけで50メートル程の長さを誇り、飛行している間も、光を屈折しながらはためいている。一般人などには、美しいと感じられるかもしれない。

そんな、伝説上にしか存在しないような鳥。

紛れもなく、カルネイジの中の一匹だった。

「朱雀~! もっと速く飛べないの~?」

焦れったそうに言うイチカ。彼女は、その『朱雀』の背中に乗っていた。

そう。そのカルネイジは、イチカには『朱雀』と呼ばれていた。朱雀型カルネイジ、と呼べばいいのだろうか。

――――――無茶苦茶言うな、とでも言わんばかりに、苦しそうな朱雀の鳴き声が響く。

「ちぇ、使えない奴だなぁ……」

スカートがはためくのも気にせず、イチカは朱雀の背中で寝転がる。

(移動には一番便利なんだけど……もうちょっと速度が上がればなぁ)

時間的には、もう夕方だ。暗くなってしまえば、上空から目的地を探すことができなくなる。

探すといっても以前の家なのだが、カルネイジの影響で色々と荒れているため、何かを目印にすることができなかったりするのだ。

「ああああああああー! 退屈ぅー!」

バタバタと手足を動かしながら、イチカは暇を持て余す。

(こんなときにヒツユちゃんが居ればなぁ……)

たくさん遊べるのに。からかったり、触ったり、引っ張ったりして。

イイ匂いがする髪に触れたりだとか、『ちっちゃい』とか『ペッタンコ』とか言って、少しだけ怒らせたりしたりとか。

もう、全てが可愛い。

(全部が殺人級の可愛さなんだよなぁ……あーもう、あーもう!)

頭を抱えながら、イチカは小さく丸まる。

(なのに……なんで死んじゃったんだよぉ……!)

その事を考えただけで、頭痛がしてくる。吐き気、やるせなさ。全部全部、彼女が居なくなったからだ。

(僕の最初の友達……君の最初の友達。二人だけの、他には誰もいない世界だったのに……!)

ギリッ、と歯を食い縛る。

(大体……なんで僕の事を思い出してくれなかったんだよぉ……ちょっと初対面みたいな感じで会ったら速攻で分かると思ってたのに……!!)

あの夜。

狼型カルネイジを倒したあの夜、イリーナが目覚める前に、イチカはヒツユにたくさんの思い出話をした。

――――――覚えてる、ヒツユちゃん? 僕達、最初の友達同士だったんだよ? 僕は君に助けてもらって、こうして表に出られたんだよ!

しかし。

――――――ごめん。何も……覚えてないの。私の最初の友達は、イリーナなんだ。

その後は、ずっとイリーナの良い所だのなんだのを聞かされた。だが、イチカの耳には何一つ入っていなかった。

ショックで、それどころではなかったのだ。

(僕は地上(した)に残って……あの子は空中庭園(うえ)に連れていかれて……何があったのかは知らないけど、何で僕の事を覚えてないんだ? たった数年しか経っていないじゃないか)

理由の分からない決別。何処かで、ヒツユはイチカの事を忘れてしまっていた。それを思い出させる事も出来ないまま、彼女は死んでしまった。死に際を見ることも無いまま。

(でも……君への愛は変わらないよ、ヒツユちゃん。例え君の人形を造ってでも、君をこの世に呼び戻す)

身体が火照ってきた。

彼女の事を考えただけで、なんだか暑くなってくる。ハァ、ハァと息が洩れる。

このもどかしい気持ち。

どうにもできない、解消しようのない気持ち。時間が経っても消えることはなく、積もり積もっていくだけ。

鼓動が高鳴り、胸が弾けそうなほどに加速する。

どう抑えればいい。

この気持ちを。

解消できる相手も死んでしまって――――――!



不意に、身体が放り出される。



「う――――――あッ!?」

ゴロゴロ、と。

物凄い速度で回転しながら、イチカは鳳凰の背中から飛び出していく。

(朱雀、何やって――――――!?)

そう考えた時、身体に強い衝撃が叩き付けられた。三回転、四回転と回数を重ね、彼女が地面にラージランスを突き立てた所で、それは終わりを告げた。

「痛たたたた……朱雀! お前もうちょっと優しく降ろすとか……って」

その時、イチカの目に入ったもの。

それは、既に崩壊してしまった我が家だった。カルネイジの襲撃に耐えきれず、家の土台くらいしか残っていない。立派なコンクリートの一軒家だったハズだが、こんなにも脆いものなのだろうか。

「あらら……跡形もない、っていうのはまさにこの事か……」

しかし、イチカはどこか楽観的だった。それもそのはず、イチカにとってこの家には、特に思い入れは無いのだ。家に居た時間すら、全くと言っていいほど無かったのだから。

むしろ用があるのは、その下。土台より下の、地下室。

「うわ、これじゃあ外から入り口が丸わかりじゃないか……」

そこには、人が一人入れるくらいの扉。ただしそれは地面に向けて付いており、そこを開くと、梯子が現れる。

「あ、そうだ。サンキュー朱雀、もう帰っていいよ」

パチン、と指を鳴らす。すると、赤い朱雀型カルネイジは何処かへと飛び去っていった。

それを見届けた後、イチカはその扉へ手を掛ける。少し重めで、持ち上げるのに結構力が要る。もっとも、彼女にとっては紙屑を拾うくらいに手軽なものだったが。

案の定梯子があり、イチカはそれを伝って下へ降りていく。だんだんと明るくなってくる。どんどんと、淡い緑色の光がイチカを包んでいく。

そして、一番最後まで降り切った、その先には。

「ただいまぁ、っとぉ~」

そこは、巨大な地下研究所だった。部屋自体は教室程度の広さだが、そんな大きさの部屋が幾つも隣接して造られている。そこには複雑な内容の資料や、如何にも理系な感じのビーカーなどが置いてあった。

そんな場所を全て無視し、イチカは軽く走りながら個室を駆け抜けていく。床に散乱していたメスシリンダーを踏み壊し、次世代的な自動ドアを幾つも幾つもくぐり抜け、彼女は走り続ける。

やがて、最深部の、最後の部屋へと辿り着く。

「……ッハァ、ハァ……ぶ、無事だった……」

そこには、巨大なビーカーがあった。人がそっくりそのまま入れそうな程に巨大な、ガラス製の筒。

そして、



その中には、管に繋がれた少女が眠っていた。



その小さな唇から、少しずつ空気の泡が飛んでいく。それは薄緑色の培養液の中をふわふわと漂いながら、完全に密封されたビーカーの上部に溜まっていく。

少女は、何処かで見たことのある顔をしていた。薄茶色の髪、幼さが残った顔。

「ヒツユちゃん……! 良かったぁ……!」

イチカはその少女を見たとたん、ホッと安堵の息をつく。

(僕が残しておいた研究途中の個体……まだ思考はインプットしてないけど……良かった)

これは彼女がヒツユと別れる前に、独自に造り出していた個体。いわゆる、予備というやつだ。

イチカが持っているヒツユの髪の毛さえあれば、いくらでもクローンは造り出せる。しかし、クローンを一つ造り出すには、それなりに大量の物資と、膨大な時間が掛かる。少なくとも、三、四年程。

だが、この個体が残っていれば話は別。この個体をベースにして、カルネイジの『身体再生能力』を操作する事で、早急に完全なクローンを造り出す事が出来る。

思考も、この地下研究所の設備を使えばすぐに搭載することが出来る。それこそ、イチカの思うがままに。

「……どんなヒツユちゃんにしようかなぁ……うっへへへ……」

その時。

「あ、う……」

「ん?」

何かの声が聞こえ、イチカは振り向く。

そこには、小学生くらいの子供が三人居た。三人共ボロボロの服を着ており、みすぼらしさが見てとれる様だった。

(誰だろ、この子達……)

「どうしたの? 迷子?」

「お、お姉ちゃん……助けてぇ……」

「へ?」

イチカが首を傾げると、子供達は口々に話し始めた。

「僕達……化け物から逃げてきたんだけど……」

「パパもママも死んじゃって……家も壊されちゃって……」

「逃げるとこも無くて……ここに逃げ込んだの……お願い、助けて!」

「ふーん……」

涙を流しながら懇願する三人組を軽く眺めながら、イチカは表情を変えずに呟く。

なおも子供達は頼み込んでくる。コートの裾を掴みながら必死に、しかし弱々しく叫ぶ三人。

が、イチカはそれでも表情を変えない。冷たい視線で子供達を見下ろし、やがて呆れたように息を吐く。

「出てって」

「え……?」

突然の一言に、子供達は訝しげな視線を向ける。

「ほらほら、出てってって言ってるだろ。君達は僕の研究には必要ない。邪魔以外の何者でもないじゃないか。分かったらゴーユアホーム」

「そんなぁ……僕らの家は無くなったって言ったじゃないか! 何処にも帰れないんだよぉ……!」

「だからどうしたってのさ。少なくともそんな薄汚い格好で僕とヒツユちゃんの聖地に立ち入るな、(けが)れる」

「何でもするから! お願い、居させて……ッ!」

「うっさいうっさいはよ出てけ……って」

後ろの襟で子供達をつまみ上げ、外に捨てていこうかと思い立ったイチカ。

が、そこで彼女は、

「何でもする? 本当に何でもするって言ったね?」

「うん! 何でもするよ……!」

その言葉に、イチカは少し考える。

「ん~……」

顎に手を当てながら、イチカはいそいそと動き回る。

シルバーのコートを脱ぎ、コート掛けに乱雑に投げ飛ばす。コートの下は黒を基調とした七分丈で、ウエストサイドと腕の横にオレンジの模様があった。タイツのようにピッチリしており、肌に吸い付くような感じがする。

そのまま、その部屋の端にある机の上に座る。気まぐれに椅子を蹴飛ばす。椅子はイチカのふざけた脚力によって、部屋の壁にめり込んだ。子供達はあんぐりとした顔でそれを眺めていたが、やがてイチカの一言によって、その沈黙は破られる。

「よし決定、君らはここに住みなさい」

「ホント!?」

「ホントホント、マジもんのホント」

「「「やったぁ!!」」」

子供達は飛び上がりながら喜ぶ。そのやつれた身体のどこにそんな力があったのか、とイチカは呆れる。やがて彼女はニヤリと笑うと、再びヒツユのクローンが入ったビーカーへと近付く。

ひんやりと冷たいビーカー。その表面を手のひらでなぞると、彼女は舌舐めずりをしながら微笑む。

「いい考えが浮かんだんだ。……これで、君は更に完全体に近付けるよ。あの子達を『実験体』にして、もっと実験を繰り返すんだ」

イチカはもう一つの手のひらまでガラスに押し付ける。

「そうだ、付近のカルネイジにも命じておこうか。さまよった生き残りをここに誘導するように、さ」

それから、身体、頬と。

あらゆる部分でビーカーに触れる。

「そうすれば、君はこの世界の王になれる。君と僕以外の全てを滅ぼせるんだ」

ガラスの表面に、息が掛かる。白く表面が濁り、再び透明に塗り潰される。



「それが、僕と君だけの世界さ。僕はいつまでも君の側にいるよ。(カタストロフィ)である君の側に、ね」



イチカは目を細めながら、妖艶に笑っていた。

――――――悲劇的な結末。

――――――大災害。

そんなものを意味する単語。

それが――――――『カタストロフィ』。

だが、それが人間への災いだとしたら。それの対象が、自分達ではなかったとしたら。

人間にとっての『悲劇的な結末(カタストロフィ)』。

人間がたまらなく憎いイチカにとっては、それを引き起こすものは『神』とも呼べるだろう。

彼女にとっての『カタストロフィ』とは、それだ。

イチカとヒツユ以外の全てを滅ぼしてしまう、『大災害』。

そう。

彼女の意図するヒツユの最終型とは、



人間達にとっての『悲劇的な結末(カタストロフィ)』を引き起こす、イチカにとっての『(カタストロフィ)』。



「あぁ……そうさ、君が僕の『(カタストロフィ)』さ。大好きだよ、ヒツユちゃん」

イチカの真っ紅な瞳には、この世界の結末が見えていた。

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