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過保護なスキンシップ

「イリーナさん、イリーナさん」

「んぁ……?」

気付けば、イリーナは居眠りしてしまっていたようだった。

珍しく不機嫌そうな顔で、クラルはイリーナの顔を覗き込む。

「居眠りだなんて……本当にロボットですか、あなたは?」

「……アタシはアンタたちとは違ってギリギリまで人間に近く造られてるの。そんな規則正しい生活なんて出来るワケないじゃない」

イリーナも不機嫌そうに反論する。寝起きのため、少し機嫌が悪かったりする。

「……まぁ、いいです。そういえば、コレ。さっき渡しそびれちゃいまして……」

そう言って彼女が差し出したのは、イリーナの赤いマフラーだった。イリーナは反射的にそれを掴み取ると、すぐさま首に巻く。

「大事な物なんですか?」

「大事も何も、これのために生きてるようなモンよ」

「貰い物ですよね。可愛いロシア語で『イリーナへ』って書いてありましたもの」

「……えぇ」

イリーナは、僅かに苦い顔をしてみせる。それを感じ取ったのか、クラルはすぐ話題を変えた。

「そうだ。今日は少し遅いですけど、明日は一緒にこの街を散策してみませんか? きっと面白いハズですよ」

「……そうね。でもその前に聞きたいことがあるの。たっくさんね」

良くない表情を少し険しくして、イリーナはクラルへ視線を投げ掛ける。

「何でしょうか?」

クラルはあくまでも笑顔で、答える。

「まず、アタシを助けた時に中学生くらいの女の子を見なかった?」

「見てませんね。私が見たのはあなたと、無数のカルネイジの死骸だけです」

「……そう。やっぱり……」

分かってはいた。しかし、改めて言葉にされてしまうと、やはり何か心にくるものがある。

(ヒツユ……)

死んでいるのだろうか。あんな、死とは無関係そうな快活な少女が。カルネイジ共に、跡形もなく食い尽くされているというのだろうか。

しかし、イリーナは横に首を振る。

考えない方がいい。こんなご時世だ、死ぬわけがないと思った奴でも簡単に死んでいく。それは、イリーナ自身だって例外ではない。

いつ死ぬか分からないこの状況。

自分だけは死なない、なんていう幻想が、打ち砕かれる世界。

そうだ。

信じていた。

死ぬわけがない。

『彼』だけは、死ぬわけがないと。

けど、世界は残酷で。

目の前で、無惨に消えていって。

「大丈夫ですか? なんだか、とても辛そうですよ」

不意に、クラルがイリーナへ声を掛ける。

「……大丈夫よ。じゃあ、二つ目。アタシのレーザーライフルは?」

「それが……粉々にされていました。真っ二つに砕かれた後、それぞれの残骸を何度も踏み潰したっていう感じで……」

イチカの仕業か。

そう、イリーナは思い浮かべる。

あの少女。正体は一体何だったのだろう。ヒツユの最初の友達とか、神童とか、生物学とか。

何より。

ヒツユをあんな怪物じみた身体にしたのは、彼女だという事実。

一体何が目的で、イリーナ達の仲間になったのだろう。そしてあのタイミングで何故、イリーナを裏切ったのか。

(まぁ、大体の察しはつくけど……)

イチカは、イリーナに対しては特別何の感情も抱かなかったということ。

そして異常なまでに、ヒツユを溺愛していたということ。

だからイリーナの事は、きっとヒツユを喜ばせる玩具(オモチャ)程度にしか考えていなかった。

そしてヒツユの消失。

そのタイミングから、彼女は急変した。玩具であるイリーナには、既に要は無くなった。

(そしてこのザマ、か。中身まで怪物みたいな奴ね)

「……分かったわ。でもどうしよう、レーザーライフルが無くなったらアタシ、ミッション続けられないじゃない」

思い出したように言うイリーナ。

「全然大丈夫ですよ、イリーナさん」

しかし、クラルはにこやかに笑う。



「あなたはもう、戦う必要が無いのですから」



「……え?」

イリーナは、思わず気の抜けた返事をしてしまった。

「ですから、戦う必要なんて何処にも無いじゃないですか。ここにいれば安全です。この街にはカルネイジが入ってくる心配もありませんし、わざわざあの血生臭い戦場に戻る事もありません」

「いや、アタシはもう出なきゃ」

「何故ですか? なんで戦うんですか? あなたが住む場所もありますし、ギリギリまで人間に近いというなら食事だって用意出来ます。ここは、ロボットが永遠に、安全に住むべき場所なんです」

「あいにくだけど、アタシはパス。やらなきゃいけない事もあるしね。『あの人』の為にも、あの化け物共をぶっ殺さなくちゃいけないのよ」

イリーナはクラルの声を無視し、ドアを開いて外に出ようとする。一体何処からこんな街に運ばれたのかは知らないが、出口を探せばそこから出られるのだ。こんなところでもたついてるワケにもいかない。

「そんじゃ、色々世話してくれてありが――――――」

が。


バチィッ!! という音と共に、ドアの表面に電気の膜が貼られた。


「――――――と……ぉあッ!?」

膜に触れる寸前で、なんとか事なきを得る。

「……危ないじゃない!! 何すんのよ!!」

「ここからは出しません。あなたには、ここで生活してもらいます」

「ふざけないでよ!! アタシはこんなとこで暮らしたくなんかないっての!!」

「……ひとまず、ここで一週間程暮らしてみてください。きっと、ここの良さが分かるハズです」

クラルは笑いながら、そんなことを言う。揺るぎない笑みが、逆に恐怖感を与えてくるのが分かった。

「なんで……なんでそんなにしつこいのよ……!」

「あなたが最初ですよ。ここに来て文句を垂れたのは」

少し溜め息をつくと、クラルは再び顔を上げる。

「だからこそ、知らず嫌いしないでほしいんです。ここは、あなたが思っているよりもずっと平和ですから」

満面の笑みが、イリーナに突き刺さる。

(……このままじゃラチがあかないわね……)

とりあえず、今は従っておこうか。

今は穏便だが、この調子じゃ何をされるか分かったもんじゃない。

それに、今は手ぶら状態だ。このまま地上に上がっても、何も抵抗出来ずに食い殺されるだろう。

それは、『彼』の前で誓った約束に反してしまう。

(死んじゃ元も子もない、か)

イリーナは、観念したように項垂れると、

「……わーったわよ。しばらくは居てやるわよ」

それを聞くと、クラルは最上級の笑顔を浮かべて、

「よかった! ありがとうございます!」

なんて、イリーナに抱き着いてきた。アルマに見られたら、確実に殺されるだろう。

――――――きっと、根は悪くないのだ。

イリーナに死んでほしくないから、こうやって過剰なまでに固執するのだ。

つまり、イリーナは必要とされているのだ。この、少女に。

そう考えると満更でもなかった。

イリーナは照れ笑いながら、

「……しょーがないわね」



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「おいこら、だからってなんでコイツの隣で寝なきゃいけないのよ」

気付けば、イリーナはアルマの隣にで寝させられていた。

アルマを真ん中にして、左からイリーナ、アルマ、クラルという感じ。

アルマは寝息すら立てず、静かに瞳を瞑ったまま、ぐっすり眠っていた。

「いいじゃないですか。これから住んでいただくんですから、これくらいの馴れ合いはしておかないと」

「いや、アタシはいいんだけどね、このクソガキが怖いのよ」

「大丈夫です、暴力的な事はしないですから」

「そうじゃなくても気まずいのよぉ……」

額に手の甲を当てながら、うわごとのように呟くイリーナ。ふと、アルマの事が気になった。

「ねぇ、クラル」

「なんですか?」

「アルマってさ……なんで、あんなに性格にギャップがあるのよ? そう、戦うときだけは感情を取り戻したみたいになっててさ」

「防衛システムである『-Arma-』自体が、一種の大型ロボットのようなモノなんですよ。アルマは……って、えっと、この人型のアルマは、それの一部なんです」

「??? 良く分かんないわ……」

「分かりやすく言うとですね、」

クラルは、囁くように呟く。

「ロボットは必ずしも人型ではありません。犬型のロボット、虫型のロボット。ここの防衛システムは……そうですね、番人型ロボットと言ったらいいのでしょうか」

「番人型ロボット?」

「はい。24時間365日、ずっと街を守っている門番。それが防衛システム、『-Arma-』なんです。そして、ロボットには感情がある。犬型にも、虫型にも……それは、防衛システムも例外ではありません」

「自我を持った防衛システム……か」

「はい。ではこう仮定してみましょう。その番人には家族がいて、どうしても会いたい。しかし、会いに行けば番人の仕事は(おろそ)かになり、敵に侵入されてしまう……こんなとき、イリーナさんならどうしますか?」

「どうするって……まぁ、どっちかを取るしかないわよね……」

「けど、門番はこう考えました」

クラルは面白そうに笑うと、



「二つに分裂してどっちもこなせばいいじゃないか、と」



「分裂……?」

「そうです。100の状態では家族か仕事か、どっちかを取らなければならない。なら、50と50に分かれてどっちもやればいい、と」

「……まさか」

なるほど、とイリーナは感じた。


「防衛システムである『-Arma-』は、システムの『-Arma-』と人型である『アルマ』の二つに分かれたってこと? んでもって、人型『アルマ』はクラル、アンタに会いに来たワケね」


「そういうことです」

「でも、それはアルマの感情が無いことの説明にはなってないわよ?」

「それ自体は簡単です。50と50で分ける事が出来ず、99と1にならざるを得なかった。それだけです」

「ならざるを得なかった?」

「いいですか、イリーナさん。この街の発電搭を守るシステムである『-Arma-』は、数え切れない程の機械を制御する、いわば統括者です。それらを制御するのに、100である内の50で足りると思いますか?」

アルマが居るため、イリーナからクラルは見えないが、きっと悩ましい表情をしているのだろう。

「数千とある監視カメラ、数多の門数を誇るレールガン、レーザーキャノン。それだけじゃありません、この街のサイクルや電力の割り振りなども全て、『-Arma-』が制御しています」

「防衛システムっていうか、もはやスーパーコンピューターね……」

「そんなものです。結果、システム本体に掛かる負荷が大きすぎるため、人型の『アルマ』には100分の1くらいの思考回路や感情プログラムしか与えることが出来なかった」

「ふぅーん……じゃあクソガキ真っ盛りのあの戦闘状態が、防衛システムとしては100の状態ってことね」

「そうです」

「こんな小さな子が……ねぇ」

小さな、といってもロボットだから、年齢的な見方の差は無いのだろうが。それでも、こんな少女にこの街の全てが任されているだなんて。

それだけで、イリーナは悪寒を感じた。責任に押し潰されたりはしないのだろうか。

が、それも『ロボット』だからという理由で解決してしまう。そんなものはプログラムしていないと言われれば、それまでなのだ。

「アンタらはロボットでしょ……? どうして、自我を持てるようになったの? 遠隔操作でも何でもなく。少なくとも、新しく何かを覚えるなんて出来ないはず。なのにどうして……」

「それは、自分のプログラムを自分で書き換えられる事が出来るようになったからですよ」

クラルは事も無げに言う。

「これをこれこれこういう風にしろ……そんな命令を、自分で編集できるようになったんですよ。要らない命令は消して、新しい命令を自分で作る。自分で自分に命令するというのは、自分で決断して行動する事と同義ではないですか?」

「……そういうことね」

命令者も自分、労働者も自分。それは、自分で考えて動く事と同じ。

何があってそれが可能になったのかは知らない。が、完璧に自立出来るようになったロボットが、今の彼女らなのだろう。

「イリーナさんは? あなたも、同じでは無いのですか?」

「……アタシは、純度100%のロボットじゃない。99%はロボット、1%は人間なの。……その1%が、他の99%を握っているんだけどね」

「え?」

「考える場所は人間。動くのは機械。……そういうことよ」

さっぱり分からない、という顔をするクラル。

それを確認する事が出来ないイリーナは、しかし分かっていた。そのような顔をされるだろう、と。

あまり追求されるのもアレなので、彼女は素早く話題を変える。

「クラル、アンタらにとって寝るって何?」

「はい? 何故そんな哲学的なことを……」

「いやいや、そんな深い意味じゃなくて。人間の寝るとは、またワケが違うんでしょう?」

「あ、そういう……簡単に言えば、パソコンのスリープモードと同じです。余計な電力消費を抑えるため、極力何もしない。そうすることを、私達は寝ると言っています」

「ベッドに入るのは?」

「雰囲気ですよ、雰囲気。人間からの名残ですかね。いきなり突っ立って止まるのも、なんだかおかしいでしょう?」

「……ってことは一連の会話この子に聞かれちゃってんの!? 人間的な意味で寝てないんでしょ!? じっとしてるだけなのよね!?」

「一応、タイマー設定をしてからプログラムもスリープしていますけどね。アルマには聞かれていませんよ」

「良かった……」

イリーナは色んな意味でホッとする。

「あ~……ホッとしたら何だか眠くなってきちゃったわぁ……」

「眠くなる、というのが理解出来ないですけどね、私は。スイッチのON、OFFではなくてだんだんスリープモードに入る、とはどういうことなのですか?」

「アンタらに分かるように言うと、たくさんあるプログラムを一つずつ閉じていって、少しずつ電力消費を少なくしてく……って感じよ」

「??? 理解出来ないですね……?」

「まぁ、気にしなさんな。それこそアンタ、哲学者みたいになっちゃうわよ?」

「ちょ、イリーナさ」

「おやすみぃ~っ」

そう言って、イリーナはさっさと目を瞑った。

ちなみに、クラルが何故理解出来なかったのか。

彼女はロボットをスイッチのON、OFFで考えている。そのため、プログラムが例え一つずつ閉じていっても、最後の一つが閉じない限りはONのままだと認識しているのだ。

100から1ずつ減っていくのではなく、1から0になるという認識。

それが、99%がロボットのイリーナと、100%がロボットのクラルとの違いだった。

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