平穏に切り込まれた刃
「……はぁ」
その日の夜。
レオは普段通りベッドに入り、深く深呼吸をする。
が、ここからはレオの時間である。というより、この時間の方が意識が覚醒する、と言った方が正しいか。
(みんなどうかな……うん、大丈夫)
彼は耳(頭に付いている猫耳も含めて)をそばだて、他の三人の寝息を確認する。
レンはいつも通り、深い眠りに落ちている。
アミはどうやらレンの夢を見ているようだ。小さな声で『れぇん……ばーか……ふふ』とか言っているのが聞こえる。こういう夢を見るほど、二人は仲が良いのだった。
ヒツユは昨日とは違い、安らかに眠れているようだ。ただ、やはり少しだけ呼吸が乱れている。やはり、心配なのは変わらないのだろう。
……と、ここまで分析できる程、レオの聴覚は優れている。これもやはり、彼に宿るカルネイジ細胞の影響なのである。
黒猫の耳と尻尾から分かる通り、彼に宿っているのは『猫型カルネイジ』辺りの力である。夜行性的な猫に倣い、夜になる程意識が覚醒していくこと。聴覚が格段に上がること。夜目が利くこと。取り立てて言えば、彼の能力はこれくらいか。
(いつからこんなになっちゃったんだろう……)
ヒツユが来てから、改めてそんな事を考えるようになった。いつから自分が姉弟であるアミと違う人間、いや人間モドキになってしまったのか。そもそもどんな経緯で、自分がこんな力を手に入れたのか。
が、それすら覚えていない。
過去の記憶は、全て失っている。残っているのは、全て人間モドキになってしまった後の記憶だけだ。
姉であるアミは昔の事をあまり覚えないような人で、それはレオに対しても例外ではなかった。が、そういう人に限ってどうでもいいことばかりを覚えているようで、昔レオがやらかした小さな失敗とか、姉弟で一緒に出掛けた思い出とか。
そんな事は、たくさん話してくれた。
あれはあれで、アミも結構弟想いの姉である。普段はレオをいじって喜んでいるが、彼が最初に刻み込んだアミとの記憶は、抱き締められた事だ。
その時は、大量の涙を流していた。
――――――よかった……帰ってきてくれてありがとう……。
(確か……そんな事言ってたっけ)
思わず、口元が緩む。やっぱり、最高の姉だ。優しくて弟想いで。
だから、彼女がレンと仲良くしているのを見ると、本気で応援したくなる。レオは覚えていないが、彼らは同い年の幼なじみである。昔から何をするにも一緒で、小学校、中学校、高校と一緒のクラスだったんだよー、なんて彼女は自慢していた。
どうやらアミはレンに想いを寄せているらしい。レンは少し鈍感なところがあるため、未だに気付いていないのだが。
(レンさんもあれだけ一緒なんだから、好きってのが無いってワケじゃないと思うんだけどなー)
やはり鈍感。羨ましい限りだ。
(……僕なんかヒツユちゃんの近くにいるだけでドキドキするのに……あんな風にどっしり構えられたらなぁ)
と。
不意に、何かの物音が聞こえた。
「ッ!?」
迂闊だった。
考え事をしていたせいで、聴覚に意識が向いていなかった。恐らく、カルネイジが侵入してきているのだろう。
(……ヤバいッ……! なんとかしないと……!)
他の三人が寝ている以上、ここで食い止められるのはレオしか居ない。彼は他の三人を起こすのも兼ねて、わざと大きな音を立ててベッドから飛び降りた。そして、急いで電気を付ける。
部屋中が明るくなる。――――――が、カルネイジの姿は見えない。物音はするのだが、敵は居ないのだ。
「……ん。どうしたの、レオ君?」
「ひ、ヒツユちゃん。何だか物音がして……カルネイジが来たかも……」
少し寝ぼけた調子で目を覚ましたヒツユに、レオは状況を説明する。
すると、ヒツユはレオの横を指差して、
「……あ、れ。そこに……なんか……」
「え?」
思わず振り返る。
すると、そこには大きく開かれたクチバシが――――――
「うおぁぁあああああああッ!?」
慌てて回避する。レオのすぐ横でそのクチバシは空を泳いだ。
「くっそぉ……ッ!!」
レオはそのカルネイジの横をそのまますり抜け、自身の武器が立て掛けてある居間へと移動する。
レオの武器。それは、巨大な――――――『鎌』。
刀身は鋭く尖り切っている。まるで魂を刈り取るような、死神が持っていそうな感じがする紫色の鎌だ。
が、この『鎌』という武器カテゴリが、レオが戦いにくい最大の原因だったりする。そもそも、鎌というのは稲を刈り取る農作業用の道具であり、怪物を倒すために造られたものではない。
これは、ヒツユより一年程前の地上掃討軍の人間が落としたモノ――――――というよりは遺品なのだが、その人は中々カルネイジを甘く見ていたようである。こんなものでマトモに戦えるわけが無いのに、だ。
結果、これの持ち主は死に、レオがこれを拾い上げた。つまり、レオには選ぶ余地などなかったのである。
が。
今回は、役に立ちそうだ。
「うおおおおあああああああああッ!!」
多少錯乱しながらも、レオはそのクチバシを持つカルネイジへと鎌を降り下ろした。それはちょうど脳天を貫き、一撃でカルネイジを絶命させた。
血飛沫が上がり、カルネイジは断末魔を上げながらその場に倒れる。その震動によって、レンやアミも目を覚ます。
「……な、なんだ?」
「ん……どうしたの、レオぉ? ……ってうわあああああああああああああああああッッ!?」
アミは自らに跳び跳ねた血を見て、そして横たわっているカルネイジを見てから叫びだした。寝起きのため、状況を上手く解析出来ていないのだろう。
「……レンさん、お姉ちゃん……カルネイジが、入ってきました……」
「本当か!? そ、それでお前は無事なのか……!?」
「は、はい」
二人は慌ててベッドから飛び出す。
アミはまじまじと舐めるようにレオを見回し、怪我が無いことを確かめると、思い切り抱き締めた。
「よかった……怪我してなくて……!!」
「ぼ、僕は大丈夫だよ。それより、外にもカルネイジがいるかも知れない。確認しなくちゃ」
すると、ヒツユがベッドから転がり落ちるように降りてきながら(二段目から)、まだ眠そうな声で呟く。
「私も……行くよぉ~……」
「ほ、本当に? 大丈夫?」
しゃくとり虫のように床を這うヒツユは限りなく情けなかった。恐らく寝起きは辛い体質なのだろう。そういう人もいる。
が、ヒツユは無理やり覚醒するため、床に額を思い切り叩き付ける。
「ちょ、ヒツユちゃ……!?」
「ハイ復活!! 完璧なお目覚めですっ!!」
「おでこから血出てるけど……」
「大丈夫ダーイジョブ!! よっし、行くよっ!!」
「ちょ、引っ張らないでよ~!」
無駄に快活になったヒツユは、レオの手を取りながら地上へと出ていく。少女に引かれていく彼はとても頼りなく見えるが、実際はカルネイジから三人を守った少年である。
だから、レンもアミも、安心することが出来た。
「……二人共、よろしくな」
「頑張ってね、お掃除!!」
まるで兄と姉のような二人に、最年少である二人、しかしそれでいて最強の二人は、僅かに振り向いてから、
「「任せて!!」」
そう言って、彼らは地上へと出ていく。