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予想もしなかった敵

(……おかしいわね)

イリーナは、暗闇の中で首を傾げる。

その原因は、この場所に来るまでの経緯にあった。

(カルネイジが居ない……? もう全て撤収したのかしら?)

入り口から入り、現在のこの場所に来るまで、イリーナは一度もレーザーライフルを撃っていない。大型はおろか、猿型カルネイジ一匹にすら襲われていないのだ。

(アタシの侵入に気付いてないだけかしら? もしかしたら、別の目標に集まって――――――)

そこで、イリーナは一度唾を飲み込む。

嫌な予感がよぎったからだ。

もしかしたら。

もしかしたら、先に入った侵入者に全個体が向かっていってるのではないか。その侵入者は、今も全個体の相手をしているのではないか。

「……イチカ……!!」

自ずと歩幅が広くなる。

別に、イリーナはイチカと特別仲がいいわけではない。というか、今日の朝に出会ったばかりだ。それに、ヒツユの場合もそうだが、居なくなったところで何の感情も抱かないだろう。

だが。

自分の不慮で人が死ぬのは、あまり心地の良いものではない。

あの時もそうだった。彼女の不慮で。あの人は――――――

(……クソッ。いくらあんな化け物じみた力があっても、流石に群れ全部と戦うのは辛いハズ……! 早く合流しないと……ッ!!)



――――――ポタリ、と。



(っ!?)

微かな音に、イリーナはその足を止める。

(何の音……?)

息を殺し、耳を澄ませる。瞳を閉じて、音の方角を確かめようとする。

――――――ポタリ、ポタリ、ポタリ、と。

水が滴るような音が、一定間隔で聞こえる。目を瞑ったまま少し歩く。そしてその方角を聞き分け、再び目を開いたとき。

「な……によ、これ」

目の前には、無数の死体があった。どれも無惨に、原型が掴めない程にグチャグチャになっている。

その怪物の血が、床、壁、天井、とあらゆる場所へ飛び散っている。まるで通路がそこだけ赤く染まっているかのような、そう、言うなれば血塗られたトンネルのようだった。

滴る音の正体は、血だったのだ。見れば、至るところから血が落ちていっている。

(……これ全部、イチカが?)

考えられない事ではない。彼女は常人では辿り着くことの出来ない、怪力と俊敏さを兼ね備えている。しかも、昼間の時の戦闘も彼女は笑顔を絶やしていなかった。要は、彼女は全く本気を出していなかった。

これは、彼女の本気なのだろうか。だとすれば、あまりにも強大過ぎる。ここから見る限りでも、猿型の遺骸は数百匹は軽く超している。もしもイリーナがこの大群と戦っていたら、間違いなく瞬殺されているだろう。

色々予想が飛び交うが、イリーナはとりあえず前に進む。所狭しとバラ撒かれている猿共の死体を踏みつけながら、彼女は進む。

すると、彼女はあるものを見つけた。

(――――――ッ!! これって……!!)

そこにあるのは、白い綺麗な手。ただし色々な所が食い千切られており、残っているのは小指と薬指付近の肉だけだった。

しかし間違いない。微かにまとわりついた、銀色のジャンパーらしき切れ端から察するに、これは、

(イチカの……腕……!?)

そのまま進んでいくと、さらに見つかった。もう片方の腕。左脚、右脚。どれも原型を保っておらず、僅かに残っているブーツなどで辛うじて判断できるレベルだった。

しかし。

明らかにおかしかった事が一つある。

それは、その部位が何個もあったという事だ。人間に右腕は一本しか付いていない。なのに、イチカの右腕らしき物は、何十本も見付かった。

(どういうこと……!? 切られては生えてを繰り返したってこと!?)

そういえば、とイリーナは思い出す。切断されていたヒツユの腕が、いつの間にか再生していたことを。あの時は聞きそびれたが、彼女らにはそんな力でもあるのだろうか?

(もうなんでもありじゃない……)

イリーナは、まだ彼女らの『身体再生機能』を見ていなかった。どこか信じきれずも、イリーナはそのまま先へ進む。

すると、僅かな息遣いが聞こえてきた。明らかに化け物のモノではない。そう、まるで人間のような。

「――――――ッ!!」

慌てて、イリーナは駆け出す。カルネイジの死骸を踏みつけ、血の水溜まりに足を突っ込みながらも、彼女は走ることをやめない。

すると、彼女の視界に、何かが映った。

それは。



左足、右腕を喪失し、腹を食い破られながらも、辛うじて息があるイチカの姿だった。



「イチカッ!!」

無数の猿型に混じって横たわっていた彼女は、全身血まみれだった。銀色のジャンパーはもはや銀色がどこにあるのか分からない程に赤かった。消えた右腕の部分からはダラダラと血が流れ出ており、それが更に彼女を赤く染めきっていた。

彼女はこの場で身動き一つ取れないまま、崩れ落ちていたのだ。

イリーナはそんなイチカに駆け寄り、顔を覗き込む。薄く瞳は開いていて、意識も何とか保っているようだった。これだけ色んな部分が喪失しておいて死んでいないところから、やはり化け物じみているようだ、そんな風にイリーナは思ってしまった。

「大丈夫!? ……あぁもう、焦って先走るから……ッ!!」

「だ……れ……?」

「アタシよ!! イリーナよ!! ど、どうしよう……とりあえず止血を……で、でも、こんなの今更止血なんて……!!」

「イ、リーナ……さ、ん……!?」

その一言で、彼女は何か様子が変わったようだった。とりあえずイリーナはアタッシュケースを転送しようと、口を開く。

「転そ――――――、」

瞬間、イリーナは何かに締め付けられるような感覚に襲われる。それが喉だと、そして何にされているのか考えた時には、既に遅かった。



イリーナの身体は、血塗られた壁に叩き付けられる。



「――――――ッが!?」

突然の衝撃に、イリーナは意識が飛びそうになる。例えようもない痛みが襲ってきた。

ズルズルと床に落ちる。カルネイジを踏み潰してしまったが、そんなことを気にしている場合ではなかった。

無理矢理に意識を覚醒させ、顔を上げる。

そこには、四肢を完璧に再生させたイチカが立っていた。どういうワケか、破れていたジャンパーさえも再生している。ブーツも元に戻り、血の跡すら見当たらない。

「クク……いやぁ、飛んで火に入る夏の虫、ってやつですね。ロシア人さんには日本のことわざなんて分からないかもしれませんが」

「イチカ……どうして……」

「どうしてもこうしてもありませんよ。僕にはあなたが邪魔だった。それだけです」

悪魔のような笑みを浮かべるイチカ。顔に付いた血を拭い、口の中から痰と一緒に血を吐き出す。あろうことか、彼女はそれをイリーナへと向けた。

「っ……」

「ったく、あなたは邪魔なんですよ。ヒツユちゃんと最初に友達になったのは僕なのに、最初の友達(づら)してくれちゃって。僕なんてヒツユちゃんに嫌がられちゃって」

「なに……言ってんのよ……。アンタが……いきなり出てきただけでしょ。友達なんてのはどうでもいいけど……アタシもヒツユも、アンタと会ったのは昨日、今日の話じゃない。どうみてもアタシが最初でしょ……」

イリーナとヒツユも会ったのは昨日なのだが、時間的にはイリーナの方が早い。

しかし。



「……ふざけてんじゃねえよ、このクソロボットが」



「え?」

瞬間、イチカの蹴りがイリーナの左腕を襲った。常人の比ではないその蹴りは、イリーナの腕を軽く切り飛ばした。切る、というよりは無理矢理にもぎ取ったような感覚に近いが。

「あ、がぁぁああああああああああああああああああああッッ!?」

耐えようのない痛覚が、イリーナの脳に刻み込まれる。しかし、切り口からは一切の血は出ない。代わりに漏れ出したのは、軽い電磁波。そしてバチバチと音を発する火花だった。

「……どういう仕組みかは知らないですけど、あなたの身体は全部が機械で出来ている。僕達程では無いですけど、軽い傷なら再生してしまう機能もついている」

「ぐっ……あ!!」

「腹立つんですよね、機械のクセに人間を真似ようとするなんて。生物学を色々かじっていた僕としては、腹立たしいことこの上無い」

「せ、生物学……? アンタ……一体……」

「まぁ、それなりには『神童』とでも呼ばれていた身ですよ。動物園の鷹みたいな存在でしたけどね」

意味深な発言。イチカはそれ以上語ろうとせず、切り飛ばされたイリーナの左腕を足で弄ぶ。

「……もう僕は認めました。ヒツユちゃんは死んだ。猿型に襲われ、殺された。なら、事は簡単です」

口が裂けてしまうほどの笑みを浮かべる。

「彼女を作り上げればいい。僕の技術をもってすれば、難しい事ではありません。一度彼女を『造った』身としては、ね」

「……ッ!? 『造った』……!?」

イリーナは大きく目を開き、驚愕する。

造られた? 彼女が? この、年端もいかない少女に?

(どういうこと……!?)

――――――私を知れば、きっとイリーナの私を見る目が変わっちゃうから。

ヒツユは、そんなことを言っていた。あれは、こういう事だったのだろうか。人であることを捨てた、というのは、人として生まれる事を経験していなかった、ということだったのだろうか。

「……アンタ、あの子を『造った』ってどういうことよ。一からあの子っていう『人間』を造る技術が、アンタにはあったってこと?」

「いえ、一からじゃありません。ヒツユちゃんは、最初は普通の女の子だったんです。それを、僕が強くしてあげた。ただそれだけです」

「強くした……?」

「一応、人を造る技術はありますけどね。仮にも生物学の神童だったんですし。人間レベルのクローンを最初に造り上げたのは、この僕ですし。証拠だってありますよ、ホラ?」

そう言って、彼女は懐から小さなシリンダーのようなものを取り出した。水溶液のような緑色の液体が、中一杯に入っている。

その中にあるのは――――――1本の、髪の毛。

「これは僕が唯一持っている、ヒツユちゃんの遺伝子情報です。これを元にすれば、ヒツユちゃんクローンをいくらでも造る事が可能です」

「……じゃあ、昨日までアタシが一緒に過ごしていたのは、ただのクローンなの?」

「いえ、あの子はオリジナルです。僕が造ったクローンは、僕の家の地下室で保存してあります。……もっとも、もうカルネイジに食い散らかされているかもしれませんが」

つまり、こういう事だ。

イチカは、イリーナより早くヒツユに接していた。それもそのハズ、彼女はヒツユを元にしてクローンを造っていたのだから。どういう目的だったのかは知らないが。

そして、この地上でヒツユとイチカは再会した。ヒツユの方は覚えていないようだったが、イチカはハッキリと覚えている。そして、イチカは友達面するイリーナがとてつもなく憎い。

「僕はイリーナさん、あなたも研究しようと思いました。その再生する金属、生物学とは関係ないですが少し気になりましたから」

しかし、イチカは大きく溜め息をつく。

「けど、もういいです。研究どうこうより、単純にあなたを殺したい。というより、その声すらも聞きたくない。というわけで、」

イチカは、再びその脚を構える。


「さようなら、イリーナさん」


イリーナが反応する間も無く、イチカはその蹴りでイリーナの喉を潰した。そして、イリーナの首と胴体を切断した。

バチバチバチィッ!! という音と共に、イリーナの瞳が生気を失う。そのまま、彼女の首は胴体の足元へと転がった。

「……あははっ。死んじゃったよ。機械のクセしてさ」

そして、イチカは暗闇へと消える。ヒツユの髪の毛が入ったシリンダーを弄びながら、彼女は笑う。

「家に帰って、ヒツユちゃんを造ろうっと。……オリジナルの方が良かったけど、二人だけの世界は、別にクローンでも作れるからね」

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