不安
「…………」
枕に顔を埋めながら、無言で足をバタバタさせるヒツユ。
あの後、夕食を食べ終えた4人は早々に就寝準備を始め、眠りについた。ベッドは二段ベッドが4つ。その中の二つを、アミとヒツユ、レンとレオという感じで使用し、それぞれはベッドに潜り込んだ。
男子のベッド。レンは一段目、レオは二段目。
女子のベッド。アミは一段目、ヒツユは二段目。
そんな配置でそれぞれ休息しているハズなのだが、ヒツユだけはいつまで経っても眠れなかった。下からはレンとアミの寝息が微かに聞こえる。レオは眠りが浅いのか、何も聞こえない。
「……寝なくちゃ」
しかし、彼女の脳裏には変な映像が映る。イリーナが殺されている場面、イチカが殺されている場面。
そんなものを想像してしまう度に、ヒツユは首を振る。足元で毛布をもみくちゃにしながら、彼女は焦りを抑えようと縮こまる。
(二人は生きてる、二人は生きてる……だから、今は休まなくちゃ……)
が、そんな考えに反するように、彼女の心臓は高鳴る。二人の残酷な死亡シーンが、何百通りと脳内で映し出されてしまう。
「……嫌だ……嫌だ……嫌だ……」
何だか、その回想が現実味を帯びてきてしまう。こういう状況なら二人は死ぬのではないか、というような予想が嫌というほど溢れてくる。その度に、二人は死んでいく。
「死なないで……嫌……!」
死なないで。
何回も何回も何回も何回も何回も、私の頭の中で死なないで。
脳内でそう喚き散らすが、二人に触れることは出来ない。止めることも出来ない。
いつの間にか、身体が震えていた。頭を無理やり押さえ付け、無意識的に首を振る。
「嫌……嫌ぁぁあああああああああああッ!!!」
不意に、ドスン!!! という音が聞こえた。
「あああぁぁ……ぁ?」
泣き叫ぶ声が、止まる。ヒツユは暗闇の中で、そっと床を見下ろす。『痛たたた……』という声が、そこから小さく聞こえた。目が冴えてしまっているため、彼女にはその影の正体がすぐに分かった。
「レオ……君……」
「ひ、ヒツユちゃん……大丈夫……?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「だ、大丈夫……? レオ君……」
「う、うん」
最初にヒツユが目覚めたソファー。二人はそこに腰掛ける。
「もう……なんでベッドから落ちてきたの? 寝相悪いの?」
「いや、違うよ……」
「ねぼすけさんなの?」
「それも違うって」
「じゃあ……どうして?」
ヒツユはレオにグイグイと顔を近付ける。恥ずかしさからかレオは顔を真っ赤に染めるが、思い切ったようにその一言を発する。
「ひ、ヒツユちゃんが心配だったから……」
「え?」
思わず、ポカンという顔をしてしまう。レオは耐えきれずに顔を背け、ボソボソと説明し始める。
「だって……みんな寝てるのに一人だけ『嫌だ』とかって繰り返してるし……最後には叫び出すし……」
「うっ……」
先程のアレは全部聞かれてたのか、とヒツユは少しだけ仰け反る。その仕草を見て、なんで全裸を恥ずかしがらないのにこういうところは恥ずかしがるのだろう、とレオは首を傾げた。
「しかも毛布もシワだらけでグシャグシャだし……どうしたの?」
「……二人の事を思い出しちゃって……」
再び俯くヒツユは、小さく溜め息をつく。
「私の頭の中で……二人共死んじゃうの……何回も何回も……」
「…………」
「生きてて欲しいのに……二人共……嫌な予感しかしなくて……私……私……!」
気付いたときには、彼女は泣き出していた。その目を真っ赤に腫らし、大粒の涙を流す。何度、何度目を擦っても、涙は止まる事を知らない。それどころか、更に沢山のそれが、指の隙間から溢れてくる。
「どうしたらいいの……? 私、早く探しに行きたい……! けど、けど……そうしたらみんなが……!」
「……大丈夫だよ、きっと」
「なんでそんな事言えるの……!? もしかしたら私の予想が当たってて、そしたら二人は……!! 」
「大丈夫って想い続けてないと……きっと君が持たないからだよ」
「……私の事なんかどうでもいいの!! 二人が死んでるかもしれないのに!! 私なんかが生きてるより、二人が生きてた方がいい!! こんな実験のサンプルにしか扱われないような私より、二人の方が!!」
「でも、ヒツユちゃんは『今』生きてるよ!! 二人は死んじゃってるかもしれないけど、君は確実に生きてる!! ……なのに、死んでもいいとか言わないでよ!!」
「ッ!?」
先程まで気弱そうだったレオの表情が、一気に険しくなる。ヒツユの肩を掴み、彼女に負けないくらいの大声で叫ぶ。
「君と引き換えにその人達が助かったって、きっと喜ばない!! 君とその人達がみんな集まる事が、全員で笑える再会の仕方に決まってる!! だから……!!」
そして、彼は少しだけ顔を背け、すぐに戻す。何か思うところがあったのだろうか。
「――――――だから、君は死なないでよッ!!」
その言葉は、ヒツユの胸を突き抜けるようだった。レオの本当に思いやる心が、胸中に広がるようだった。
「……ぁ、」
「それに、僕らも君に死んでもらいたくないよ……。僕もお姉ちゃんもレンさんも、今までいろんな人が死ぬところを見てきた。それこそ何十、何百とね。だけど、その中の誰一人だって、死んでよかったなんて人は一人も居なかった」
何かを堪えるように震えるレオは、ギリッ、と歯噛みする。ヒツユの肩を握る手に、力がこもる。
そして、勢いよく顔を上げた彼は。
「もう……人が死ぬとこなんて見たくないんだ……レンさんも……お姉ちゃんも……僕も……」
泣いていた。
それこそ、ヒツユの涙など比にならない程に。
頬を真っ赤に染め、小さな唇を痙攣させ、瞳を潤ませ。もうほとんど、ヒツユに寄り掛かるように。
「分かってよ……僕らだってもう、こんな生活は懲り懲りさ……未来に希望なんかない、カルネイジに殺されることにただ怯えるしかできないんだよ……」
「……ご……めん、ね。なんだか……感傷的になっちゃって……」
ヒツユは我に返ったように俯き、謝る。レオは涙を拭うと、『気にしないで』と言ってくれた。そして、小さく笑ってくれた。
「僕でよかったら、全部聞くからさ……だから、ね? 泣かないで? 君は、僕なんかよりずっと強い気がするから……」
小さいけど、それでも最高の笑みを浮かべてくれる。ヒツユを勇気づけるように、肩を支えてくれる。
「……ありがとう」
スッと、彼女の身体はレオの胸へと吸い込まれていく。不意の出来事に、レオは再び赤面する。
「!!?!?!?!!? なっ、なっ……!?」
「優しいね、レオ君……」
「ちょ、あまりに大胆過ぎてっ」
「大好きっ。そういう人、今まであんまり会ったことなかったから……」
「……わ、ふにゃああああああああ……」
猫みたいな声を上げ、彼は恥ずかしさのあまり気絶してしまった。
ヒツユも安心したのか、彼に抱き着いたまま寝てしまった。
翌朝から、この出来事がアミやレンによって弄られていくのは、また別の話。