離れた少女達の憂鬱
とりあえず、シャワーを浴びた。
ここは、元々地下街になる予定だった場所らしい。そして作業員用の部屋が、このヒツユ達が居る部屋だったらしいのだ。
何故かシャワーやキッチンなどが設置してあり、本当に作業員用だったのかは怪しいところだが。
まぁ、そんなことはどうでもよかった。
ヒツユは、はやる気持ちを必死に抑えていた。
(3日……早く、二人を探しに行かなくちゃいけないのに……!!)
彼女の小さな身体に、丁度良い温度の温水が流れていく。両手を小汚い壁に押し付け、うなだれながら、彼女は大きな溜め息をついた。
もしも見付からなかったらどうしようか。二人は既に死んでいて、ヒツユ一人だけが生き残っていたら。そしたらこの先、彼女はどうすればいいのだろうか。
単独で生きる? 3年間? この荒廃した地上で?
残念ながら、彼女にはそれだけやっていける自信がなかった。一人では、何も出来ないのではないだろうか。
「……寂しいよ……イリーナ……イチカ……」
思わず、二人の名前を呟く。
相変わらず、シャワーは彼女の綺麗な肌を撫でていく。茶髪をしっとりと濡らし、ポタポタと毛先から水滴が滴る。涙も、流れているのだろうか。この雨のような水滴の中では、どうなのかなんて分かるハズがなかった。
と、ふと。
シャワー室を隔てているドアの向こうから、声が聞こえてきた。
「飯が出来たぞ、ヒツユ。早く上がってこい」
レンの声だった。
「……うん」
小さく、返事をする。彼に聞こえているかどうかは、疑問だった。
ペタペタと湿った足音を立て、ドアを開く。横に掛けてあったバスタオルを手に取り、頭を拭きながら、彼女は皆が待つ居間(そういう区切りがあるのかは知らないが)に向かう。
「上がったか、ヒツユ。何もバリエーションの無い飯だが、我慢してくブホッ!?」
「わー、大胆」
「……ああああああああああああああああああ……!!」
頭を拭いているため、下半身はほぼ隠せてないまま食卓へ向かったヒツユ。何故か動じないアミを除いて、男二人は口に含んだものを盛大に吹き出していた。
「お、おい!! ちゃんと服着てからこっち来いっていうかレオ鼻血鼻血!!」
「……女の子の裸初めて見た……」
「わー、レオなんか目がヒツユちゃんの下半身に吸い寄せられてる~」
「アミ、お前はヒツユをどっか目につかないところに移動させろ!! そして変な悟りを開くなレオ!!」
レンが慌てて両手で目隠しをする。その間にアミは笑いながらヒツユを先程のシャワー室まで押していく。羞恥心というものがどこか欠けているヒツユは、首を傾げながらただただ『?』マークを浮かべるだけだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……ん」
目覚める。既に日は入り、月が顔を出していた。
ビルの屋上より一つ下の階。今のところ安全とされる『高い位置』に陣取り、イリーナはしばしの休息を得ていた。オフィスのようなこの部屋はボロボロに崩壊していて、もはや原形を留めていない。そんな部屋の端で毛布を被りながら瞳を閉じていたのだが、
「……ッ!? イチカ!?」
ふと気付くと、隣で一緒に仮眠を取っていたハズのイチカが居ない。寝相が悪い、などではない。痕跡も残さず、文字通り消え去ってしまったのだ。
「あの娘……まさか一人で……!?」
ヒツユを溺愛していた彼女なら、有り得ない話ではない。が、あまりにも無謀過ぎる賭けだった。昼間と同等な数、敵が潜んでいるかもしれないのに。しかも、夜だと視界が悪い。いくら月明かりがあるといっても、そもそもヒツユは地下通路で消えてしまったのだから、一切の灯りは期待できない。
彼女は勢いよく立ち上がる。可変式レーザーライフルを手に取り、階段をスムーズに下る。
(……ったく、ヒツユだって生きてるかどうか……分からないってのに……っ)
嫌な想像をしてしまう。あの地下通路をしらみ潰しに探せば、見付かるのではないだろうか。
いいや、見付けて『しまう』のでは。
数百匹ものカルネイジによって無惨に引き裂かれた、小さな少女の骸を。
そうすれば、イチカはどうなってしまうだろうか。
発狂するだろうか。絶望するだろうか。はたまた、自ら命を絶ってしまうだろうか。
(アタシは。アタシ……は……)
ふと、考える。そんな場合、自分ならどうなるか、と。
でも、案外簡単に想像できた。
そんな場合。
(アタシなら、)
別に、どうにもならないんじゃないか。これまで通り、地上での生活を続けるのではないかな、と。
そんな、随分と冷めた想像が一番に浮かんだ。
だって、もう慣れたから。
(ヒツユはアタシにとって、大切な人)
出会って間もないけど、結構気の合う、頼もしい相棒。
だけど。
もう、慣れているんだ。
大切な人を失うのは、もう。
だから、どうにも思わない。いつも通り、これまで通り、生きていける。
あの人。
――――――『彼』を失った悲しみに比べれば、ヒツユなんて。
あの人が消えてから、イリーナは人間を捨てた。
人間ではないものに、人肉ではないものに、自らの身体を委ねた。重ね合わせた。
あの頃の彼女は、もう居ない。
弱い自分は、捨てた。
ここに居るイリーナ・マルティエヴナ・アレンスカヤは、あの頃のイリーナ・マルティエヴナ・アレンスカヤとは全くもって違うのだ。
そう。
このマフラーだけが、あの時の名残。
変わっていないのは、この遺品だけ。そして、思い出だけ。
だから、ヒツユが消えても、別にショックは受けない。
――――――けど。
(イチカまで死なれちゃったら……流石に後味悪すぎるわよね……!)
ギリ、と歯軋りをしながら、彼女は地下鉄駅への通路を下っていく。灯りは消えるが、イリーナ自身は大丈夫。人間を捨てた彼女には、暗闇も一つの戦場だった。
居るかも分からない少女を見据えながら、イリーナは暗闇へと消えた。