新たな出会い
「……ぅ、く」
目の前には、薄暗い天井。
(あ、れ……私……?)
横たわっている? カルネイジ達はどうした? ここは?
そんな疑問が次々と浮かんでくる。その薄く開いた瞳を無理矢理にこじ開け、視界を確保。身体も動く。
(……ここ……)
最初に抱いた印象は不良が集まるような溜まり場。そこらに血が飛び散った跡があり、とてもじゃないが清潔とは言えなかった。
そして彼女は、ヒツユは少しボロいソファーに横たわっていた。どうしてこんなところに居るのだろう、という思いが、脳を駆け巡る。
ふと。
「目……覚めた……?」
「ッ!?」
ギョッとしてヒツユが振り返ると、そこには気弱そうな少年が座っていた。
背丈、年齢はヒツユと同じくらいだろうか。黒い髪がとても綺麗で、黄色い瞳が特徴的。服装は黄土色のセーター。その中には薄手のパーカーを着込んでいる。ボトムスは青色のジーンズだった。
そして彼には何故か猫耳のような、というか猫耳そのものが生えていた。黒い尻尾も生えており、ピョコピョコと後ろで動いている。
ヒツユが驚いたような顔をしていると、その少年は泣き出しそうな顔で、
「ご、ごめん……驚かしちゃった、かな」
しきりに両手の人差し指をつつき合わせる。自分に自身が持てないのだろうか、ヒツユとは目を合わそうともしない。ヒツユが彼の顔を覗き込むと、彼は顔を真っ赤にしてあらぬ方向を向いてしまった。
「あ、えと……あ、あなたは……」
「……レオ」
「え?」
少年は振り向かず、そのままの姿勢で言う。
「――――――か、神崎犂王……」
「それが……あなたの名前?」
「う、うん」
ようやくこちらを振り向き、嬉しそうに頷くレオ。
そして、また別の方から、
「お、目覚めたみたいだな」
「あっ可愛い~。いいお友達になれそうだね~レオ」
男女の声がする。そちらへ振り向くと、そこには壁に寄り掛かっている青年と、椅子に座ったお姉さんという感じの女性が居た。
「……え?」
いつの間にか、ヒツユは見知らぬ三人に、見知らぬ場所へ連れてこられていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……行った……?」
「は、離してください……! 息が……!」
あっ、とイリーナは慌ててイチカの口にあてがっていた手を話す。彼女はゼイゼイと呼吸を繰り返し、ようやく落ち着くと、思い出したかのように人差し指を立てる。
「げ、玄武です……あれ……」
「げんぶ?」
イリーナが首を傾げる。
「は、はい……ハァ……ハァ……中国……じゃなかった、元中国神話の神様で、身体は亀、尻尾は蛇の姿をしているというものです」
「中国の……」
イリーナは神話とかそこらへんはあまり詳しくはないが、元中華人民共和国にはそんなものがあったのだろうな、くらいに思うことができた。神話とか伝説は、いつだってメチャクチャな怪物を造り出すのだから。
ちなみに何故、『元』中華人民共和国なのか。それは、既に滅びているから。現在『空中庭園』を浮かばせているのはたった五ヶ国しかない。その中に、中華人民共和国は含まれていないのだ。
もちろん、中国人が全て死んだわけではない。他の国に逃げ、なんとか『空中庭園』に乗った中国人だっている。しかし、かつて世界一の人口を誇った彼らは、今では話題にされないほど激減していた。
と、イチカは話を戻してくる。玄武の話だ。
「そうです。中国神話では東西南北の『北』に属する神。一般的には身体に蛇が巻き付いている、足の長い亀で描かれる事が多いんですが、尻尾が蛇であるように描かれたりもするらしいです」
「く、詳しいわね」
「そういうの好きなんですよ、僕」
「……ていうかさ、なんでそんな姿になるの? カルネイジってのは動物の突然変異じゃなかったの? あれどう見ても2つの動物が合体してるわよね?」
「そんなこと僕に聞かれても……ただ、カルネイジは僕達の想像を遥かに超えた進化をしてるってことですよね」
照れを隠すかのように笑うイチカ。笑い事ではないが、彼女はどこかパニックを抑えようとしているように見えた。
「……ヒツユ……」
既に、玄武はどこかへ歩き去っていった。いや、正しくは玄武型カルネイジというべきなのだろうか? とにかく、二人には目もくれず、その巨大な想像上の神様は、姿を消していた。
イリーナは空を見つめながら、ぼやく。
「アンタ……どこ行ったのよ……!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「俺の名前は錦田蓮。まぁ、呼び方は好きにしてくれ」
壁に寄り掛かっていた青年。彼はレン、というらしい。明らかにこの中では最年長に見える。服装は青いワイシャツに暗い色のダメージジーンズ。髪は青く、右目が隠れるほど長い。今のところ、表情は無かった。
「わたしは神崎亜美。アミって呼んでね~」
もう片方の女性はアミ。レオと苗字が同じ辺り、きっと姉弟なのだろう。何も考えてないような能天気な性格が、既に表情から見え隠れしている。レンと合わせているのか、彼女も髪で右目が隠れるようにしている。
ビキニの上からワイシャツを着込んだ、よくわからないファッションをしており、ヒツユは思わず首を傾げた。
と、急にアミはヒツユへと顔を近付ける。
「で、あなたの名前は? アミ達に教えて?」
初対面でのあまりの馴れ馴れしさに少し引いてしまうが、ヒツユは恐る恐る名乗った。
「き、霧島……日露」
「ヒツユちゃん? あ~、結構珍しい名前だね」
「ヒツユ、か……」
なんだかやけに気に入られたみたいだ。アミは楽しそうに頷くし、レンは何回もヒツユの名前を復唱している。言うほど珍しいだろうか。ヒツユにはそこらへんはよく分からなかった。
「ね、ねぇ……なんで私はこんなところに? ここは?」
「俺達が連れてきたんだ。あの化け物共に襲われていただろう」
そういってレンは壁に寄り掛かるのをやめ、レオの隣に座る。ちょうど四人掛けくらいのソファーで、今のところ左からアミ、ヒツユ、レオ、レンという感じに座っていた。
「……ぁ、」
そういえばそうだった。不意を突かれて倒れこんでしまったヒツユは、猿型カルネイジに総攻撃されていた。全身が引き千切られたかのような感覚もあったが、大丈夫だったのだろうか?
「まぁ、蜥蜴の尻尾みたいに腕や脚が生えてきたのはビビったがな」
「……っ」
やはり、知られていたのだ。きっとここに運ばれてくる間に、カルネイジ特有の『身体再生機能』が作用したのだろう。
「まてまて、そんな怖い顔するなよ。大丈夫、別にここから放り出したりするわけじゃないから」
しかし、レンは笑いかけてくる。
「そうだよ。あなたはレオと歳も近いみたいだし、いい遊び相手になるんじゃない?」
「っ!? ぼ、僕……あぁ、えと……」
レオがあたふたしているのを見て、アミはクスリと笑う。何やらレンと目配せすると、いきなり、
「照れない照れない。はいドーン!」
そう言ってアミはいきなり内側へヒツユを押し付ける。レンも同様に、レオを内側へと押す。
「えっ?」
「うわわっ!?」
結果的に、ヒツユとレオはお互いに押され、二人の距離は頬っぺたがくっつくほど近くなる。というより、既にくっついていた。
「……ぁ、」
「…………………………わぁぁぁあああああああああああ……!!」
瞬間、レオの顔はトマトの様に赤くなり、そして。
ブバッッッ!!!!! と、大量の鼻血が噴き出された。
「わっ、ちょ、レオ君!?」
お隣さんの突然の出血に、ヒツユは驚く。
「レ、レオ!! おいアミ、ティッシュ持ってこいティッシュ!!」
「わーっゴメンねレオ!」
その場が騒然となる。新しく迎えられたヒツユより、レオの扱いの方が困っている、という感じである。
でも、なんだか微笑ましい光景だった。
まるで、『家族』のような。
何気無く、ヒツユは羨ましく思った。
昔のことは、覚えていない。覚えているのは、あの忌まわしい実験と、あの二人と過ごした僅かな記憶だけ。
だから、こんなのが、とてつもなく羨ましかった。
(イリーナ……イチカ……)
ここへ二人を連れてきたい。
そうすれば私達も家族みたいになれるんじゃないかな、なんて思うヒツユだった。