彼の声
「あーもう!! ウジャウジャ気持ち悪いのよアンタらァァァアアアアアアア!!」
そんな叫び声と共に、小さな無数の青黒い光線が猿型カルネイジの波を崩していく。
『アサルト方式』。
原理はショット方式と同じ。一発をパワー100だとすれば、それをパワー10で10個に分けて撃つという感じ。
しかし、それは原理だけだ。近距離で狭く、拡散するように撃つショット方式とは違い、アサルト方式はそのままアサルトライフルと言った感じ。
低威力の銃弾を流れるように連続で撃つことで、比較的中距離での対応がしやすくなっている。
「ったく気持ち悪い……!! なんでこんなにたくさんいるのよ……!!」
しかし、イリーナにとってこの地下通路は戦いやすいほうだった。通路の横幅があまり広くないため、横からの攻撃は想定しなくてもよい。純粋に前からだけ、レーザーで撃ち抜く事ができる。それでも、背後から攻撃される危険性もあるのだが。
それでも、昨日街中で戦っていたときよりは楽だ。常に背後に気を配りながら、彼女はライフル方式で猿型カルネイジの大群を撃ち貫いていく。
「ヒツユ……イチカ……ったく、あの娘達勝手に突っ走ってっちゃって……!!」
二人は居ない。イリーナが戦闘に集中している間に、二人とも何処かへ消えてしまったのだ。
(……今度こそアタシが助けてやんなくちゃ……!! 何気にアタシ、昨日の戦闘で足引っ張ってばっかりなんだから……!!)
そう。
霧島日露、14歳。
イリーナ・マルティエヴナ・アレンスカヤ、18歳。
九十九一花、16歳。
この三人の中ではイリーナが一番年上なのだが、彼女は昨日からあまり活躍していない。
最初の猿型との戦闘では、ジリ貧に陥りかけた挙げ句、ヒツユの実力により生還。
夜の狼型とでは、ヒツユの左腕を欠けさせ、最終的にはイチカに助けられる。しかも、大きな負傷によって戦闘が終わるまで気絶したまま。さらには二人に安全な場所まで運ばれるという、何だかプライドがズタズタにされる結果である。
(……ま、アタシはあの娘達みたいに超人的な力は持ってないから仕方ないのかもしれないけどさ。一人だけ戦闘タイプが遠距離特化だし)
遠距離特化とは言いながら、実際彼女は銃の方式によってどの距離からでも戦えるオールラウンドなタイプである。
ふと、彼女の頭に『器用貧乏』という言葉が浮かんだ。
(……いつだってそう。アタシは何でも出来るけど、何でも普通。それなりに色々出来て、でもこれというものは無くて……ハッキリしない)
そうだ。
だから、何でも中途半端なのだ。
だから、想いも伝えられなかったのだ。
「……ちっ――――――」
不意に、脳裏に『彼』の姿がチラリと映る。
守れなかったその姿が。
想いを伝えられなかった、その過去が。
そんな悲しさを振り払うように、そんな過去を掻き消すように。
彼女は、一層引き金を強く引く。
「――――――っくしょぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
目の前の『化け物』が、バラバラに弾け飛ぶ。頭が炸裂し、腕が吹き飛び、脚が粉々になっていく。辺りは赤い血の海となっており、既にイリーナの足元までそれは侵食してきていた。
血だけではない。弾け飛んだカルネイジの部位や、内臓。それらも全て転がってくる。
(お前らのせいで……お前らのせいで……『あの人』は……ッッ!!)
なおも銃声が鳴り響く。
正確には銃声というよりも、ゲームなどで聞くような軽い音なのだが、そんなことをイリーナは気にするはずがない。
引き金を絶えず引き続け、気が付けば猿型カルネイジは全て死滅していた。彼らの白い体毛が全て血で赤く染まり、まるで地獄の景色のように見えた。
「ハァ……ッ、ハァ、ハァ……!」
全てのカルネイジを殺した。
そうイリーナが認識するまで、少しだけ時間が掛かった。そして認識しきった時には、彼女は崩れ落ちていた。カッとなっていた頭が、熱で真っ白になっていた頭が、ゆっくりと冷えていく。
「……くそ。また思い出しちゃった。……これは相当切羽詰まってんのかしらね」
昨日のアレで、二人に遅れを取っていると感じているのかもしれない。そう考える必要なんて無いのに。
三年間生き残ればいいだけなのに。
何故か。
『彼』の復讐ばかりを考えてしまう。
自身を落ち着けるように深呼吸し、自らのマフラーに触れる。焼けるような赤色だ。
――――――大丈夫、大丈夫。落ち着いて。
「ッ!?」
ふと、声が聞こえた気がした。
『彼』の声が。
慌てて周りを見回す。しかし、辺りは血生臭い光景だけ。あの時居なくなった『彼』など、いるわけがなかった。
「……気のせいよね。ハハッ、アタシ疲れてるのね」
笑って誤魔化す。
が、心の奥底に存在する『彼』が消える事はない。その優しい笑顔を残しながら、彼女の一番深い部分へと居座り続ける。
忘れていい事ではない。だが、忘れる事で何かが変わるとするなら。
例えば。
例えば、イリーナの悲しみが消えるとするなら。
あの過去を振り返らずに、思い出さずに済むというなら。
と。
「……?」
微かな轟音が響く。足元が揺れるような感覚に、イリーナは悪い予感を感じる。
「……え? ちょっと待って、何処から!?」
直感というのは、人間誰しも持っているものだ。当たる当たらないは別として、それは時としてその人の行動を大きく左右することがある。
イリーナは、この直感に従う。
(絶対この場所は危ない。とにかく通路から出る!!)
彼女はすっくと立ち上がり、走り出す。白い猿の大群を踏みつけ、見えない何かから逃げ出そうとする。べちゃり、ぐちゃりと気持ち悪い音が反響する中、イリーナはただそれだけを考えていた。
そして。
どうにか通路から脱出し、広い地下街に出たとき。
「ッ――――――あッ!?」
先程まで自分の居た通路を押し潰すかのように、黒い物体が這い出してきた。
(う……そ!?)
それは、巨大なカルネイジ。
未だ全貌は掴めないが、直径は5メートル程。恐らく元の生物は『蛇』であろうそれは、小さな(それでもその太さはイリーナの腕くらいはある)舌をチロチロと出しながら、イリーナを睨み付けていた。
それだけで獲物を射止めてしまうような迫力の眼光。黒い体表より更に黒く縁取りされた目の周り。それの中心にある紅い瞳が、そいつが化け物である事を伝えていた。
「蛇……型!? しかも大型じゃない……!!」
とにかく距離を取ろうと、イリーナは後退する。
しかし蛇が、彼女を逃がすはずはなかった。