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イチカの空間

『…………ここ、は』

ヒツユはいつの間にか、真っ白な空間に立っていた。何処にも誰も居ない、ただ白いだけの空間。(カタストロフィ)の力によって白く発光していた身体も元に戻っており、いつも通りの格好になっている。

『イチカの、中……?』

ヒツユは、果てすらも知れない空間を、ひたすら前へと歩いていく。いくら行っても何もないように思えてもひたすら、ただひたすら先へ。

すると、何処からか彼女の意識の中に、とあるビジョンが映ってくる。



「ーーーパパ! 見て見て、新しい研究結果だよ! 凄いよ、これ!」



『これって……小さい頃のイチカ?』

そこには、黒髪で明るい笑顔を浮かべた、幼い少女が映っていた。その瞳はまだ黒く、カルネイジが存在する前の頃であることが分かる。

彼女は可愛らしい笑顔で、難しい事が書かれた紙を握り締めて、彼の父親へと向かう。

「おお、すごいじゃないか。ママ、見ろよこれ。すごいぞ、この子は!」

「まあ! この歳でこんな……!」

神童として、研究者の娘としていかんなく才能を見せ付けていた彼女は、父親と母親に目を向けてもらえるよう、精一杯頑張った。褒めてもらえるたびに、心が躍るようだった。

『……イチカ……』

ヒツユは思わず頰が緩む。

だが、その後その表情が保たれる事はなかった。

次第に彼女は二人から褒められる事が無くなる。研究を進める事が既に当たり前となってしまったのだった。その孤独感が、彼女をおかしな方向へと動かしていく。


「大丈夫ぅ……だから。痛いのは、今だけ……すぐに……僕の隣に居させるから……ね」

「――――――ッ‼︎ だ、め……ッ‼︎」


ぐさり。

そんな音と共に、目の前で幼い自分が息絶えるのを見て、ヒツユはなんだか怖くなってしまう。

そしてイチカは、狂ったように生物的な禁忌を犯し続け、研究を進めた。その時丁度、彼女は一匹の狐と自身の飼っていた黒猫に対して、実験をした。

これが、カルネイジ誕生のキッカケ。

イチカはこの二匹を閉じ込めたが、研究は止めなかった。どんどん増えていくカルネイジ。次第にそれは隠し切れなくなる。

やがてーーー

「イチカ! お前は何を……!」

「パ、パ……見てよ、僕……凄いでしょ……?」

「何を……ッ⁉︎ お前、この子は……!」

彼女の父親は、巨大なシリンダーの中に居たヒツユを目撃してしまった。培養液で生かされ、しかし既に意識は死んでいる彼女を。

「失踪して行方不明だった霧島さんの娘……イチカ‼︎ お前はなんということを……!」

「なんで怒るの、パパ? 僕……僕……」

瞬間、彼はイチカに対して平手打ちを食らわせた。そして机の研究成果が書かれた紙を、破り捨てていく。

「な、に……何してるの、パパッ⁉︎」

「こんなもの……ッ、俺が馬鹿だった! 研究に没頭し過ぎてお前をちゃんと育てなかった俺が……ッ!」

「ぱ、ぱ……ッ、やめ、やめろおおおおおッッ‼︎」

そして彼女は、カルネイジを檻から解き放った。たちまち彼らは父親を喰い荒らし、そして研究成果を守り抜いた。

ーーーが、自我もない、ただ喰らうだけの化け物が、そんなもので満足するはずがない。

彼らは街へと繰り出し、人間達を喰い荒らし続けた。街は一夜にして破壊され、そしてそこから日本は、世界はカルネイジに蹂躙されていくことになる。

そして、イチカはその夜に、カルネイジにーーー。

「ハァッ……ハァッ……! 来るな、来るなよッ!」

犬型カルネイジだろうか。まだ繁殖を繰り返す段階まで行っていない為、普段の犬と何ら変わらない見た目だ。だが、その瞳は真っ赤に染まり、今にもイチカを喰い殺そうと牙を剥いている。

イチカはヒツユのいる培養液シリンダーを背にして、そのカルネイジ達に怯えていた。もはやどうする事も出来ず、彼女は失禁する程に恐怖を感じていた。


「ヒ、ツユちゃん……僕は……ッ、僕は……ッッ‼︎」


刹那、カルネイジの大群が襲い掛かる。

それより素早く、彼女は首筋にカルネイジの体液を、三本同時に注射した。瞬間、彼女は頭が割れるように痛むのと、瞳が裂けているかのような感覚を同時に味わう。そして彼女の意識は、途切れる。

それと同時にーーー彼女の身体から肉体を変化して造られた無数の棘が出来上がり、それが伸縮し、カルネイジやシリンダーを破壊していった。

『……ッ!』

ヒツユは、そのビジョンから目を背けようとする。が、意識の中にあるそれは、いくら瞳を閉じても止める事は出来ない。


「……あ、……」


イチカが目を覚ました時には、近くのカルネイジが皆死んでいた。その身体に無数の穴を開け、その奥から血液を垂れ流しながら。

そしてーーー隣には、シリンダーが破壊された事によって床に倒れて動かない、ヒツユの身体があった。

「ヒツユちゃん‼︎」

元々死んでいた為、培養液の補助無しには駄目であり、既にただの肉と化している。ただーーーイチカには、既に対策が練られていた。

「……仕方ない。本当はもうちょっと研究が必要だったんだけど……!」

そして彼女は、懐にあった最後の注射器を取り出し、ヒツユへと突き刺した。瞬間、彼女の身体がびくんと跳ね上がり、その顔色に生気が蘇る。死んでいた脳はカルネイジの再生機能により復活し、自我が蘇る。そして、一回の注射でカルネイジに侵食されるのは、偶然ながらーーー丁度半分だけであった。

「……ん、」

目を覚ましたヒツユ。

その瞳は左だけ紅く、右の瞳は茶色のままだった。

そして、その時気付く。

その瞳に映るイチカの瞳もーーー本来持ち合わされた黒色ではなく、真っ赤に染まっていたということに。


『……パパ、ママ……ヒツユ、ちゃん……』

『ッ!』


その時だった。

ヒツユの耳に、イチカの声が聞こえた。

方角など分からない。全てが真っ白なこの世界では、何処が北で、何処が南なのかも分からない。ただ、声がした方向へと、真っ直ぐに走っていく。

何故だろう。

どれだけ走っても、息切れがしない。求めているものがあるからだろうか。

そして見えてくる一点の黒。それは近付き、いつしか人影になり、そしてーーー。

『イチカ!』

この世界の主となる。

黒髪の少女は、答えない。それどころか、座り込んだままで、こちらを振り向こうともしない。まるで、ヒツユの存在が無視されているかのよう。

『イチカ、私だよ! ヒツユだよ! ねえ、答えてよ!』

無言の間。やはり、存在が認識されていない。

『イチ……ッ⁉︎』

我慢出来ずに駆け出したヒツユの前に、何かが現れる。白い空間の、あるかどうかも分からない床から、液体のようなドロドロとした何かが飛び出したのだ。

それは気持ち悪く形を変え、やがて人の姿となりーーー白いヒツユとなって、彼女の前に姿を現わす。



『ーーーイチカには、ちかづけさせない』



『あなたは……ッ!』

ヒツユはそれを見て、歯噛みする。

イチカは、もう目の前だというのに。

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