融合
何故、白いイチカは触れられる事をあそこまで恐れたのだろう。
何故、こうまでしてあの少女は自分を寄せ付けないのだろう。
ーーー痛みに意識が変な思考に行くのを感じながら、ヒツユの身体は宙を泳ぐ。たくさんの、赤黒い血液を噴出しながら。
遠くで、九尾型の額にいるアミの形をした自我が、ニヤニヤとこちらを見ている。その傍らのレオの形をした黒猫型は、蔑む様に。
この二体を配置した意味とは何だ。
その時ーーー。
ーーーわたしたちカタストロフィにはゆうごうしたりはなしたりするちからがあるんだって。
ヒツユの脳裏に、白い少女の一言がよぎる。そしてまるでパズルのピースが揃ったかのように、彼女の頭の中で、打開策が生まれていく。
(……そうか、つまり……)
だが、この作戦はある一つの根拠から成り立っている。それがもし間違っているとしたら、彼女に待っているのはーーー死、それだけ。そこから巻き返す事など絶対に出来ず、ここでヒツユの全てが終わる。
しかし。
(今更どうこう言ってられない……! これをやらなきゃ、この二人に殺されるだけだ……ッ‼︎)
ヒツユの紅い瞳がーーー今、輝きを帯びる。
刹那、ヒツユの身体が再生し、二体のデストロイには捉えられない速度で追い越していく。
「「なっーーーッ⁉︎」」
完全に不意を突かれた九尾型と黒猫型。今更追い掛けても、もう遅かった。
それに、白いイチカは既に、二体の事など考えてはいなかった。
「ッ……⁉︎ 近付いてくる……⁉︎ やめろ、こっちに来るなァッッ‼︎‼︎」
瞬間、彼女の周囲から何千発、いや何万発ものピットが現れ、ヒツユを覆う。それぞれが個別に青黒いレーザーを照射し、彼女を近付けさせまいとする。それの弾幕のせいで、二体は彼女に近付くことは愚か、追う事すらも出来なかった。
そしてヒツユは、それを全て見切り、かわす。それを行う事だけに全力を尽くして、彼女に追いすがろうと回避する。
身体のあらゆる場所へと、光線が当てられ、貫かれる。激痛が彼女を襲うが、少し顔を歪めただけで、彼女はその速度を緩めようとはしない。
(あの反応……やっぱり‼︎‼︎)
そして、白いイチカと交差するヒツユ。イチカが何か言う前に、彼女はーーー
その首筋に、噛み付いた。
「ぐうううううッッ‼︎‼︎」
そんな痛み、白いイチカにはどうでもよいほどであるはずだった。そんなもの、これっぽっちも動じる事ではないと分かっていた。
今この場で一番まずいことはーーー彼女が、ヒツユが、恐らくとある事に気付いてしまっているということ。
そして。
「帰ってきてーーーイチカッ‼︎‼︎」
肉を咥えているせいで籠りながらも、そう叫ぶヒツユ。それと同時に、白いイチカとヒツユの間で、何かが共有されるような光が発せられる。その後『ブロッサム』から触手のようなものが生え、それは一気に全てのレーザーピットを破壊、更に九尾型と黒猫型を拘束する。
「ぐっ……⁉︎ まさか、あの女ッ‼︎」
「創造主サマと……無理やり融合する気⁉︎」
そう。
神が融合する力を持つというのなら、それはヒツユにも存在して然るべきだ。それに気付いた彼女はーーーイチカと融合し、全てを止めようというのだ。実際その目論見は成功し、こうしてピットは破壊、二体のデストロイも拘束されるに至ったわけだ。
そしてヒツユの意識はーーー白いイチカ、つまりーーーイチカと白いヒツユが共有した精神世界へと、飛ぶ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ちくしょー……なんだってのよッ‼︎‼︎」
音速と見紛う速度で飛来してくる『クリムゾン』を回避しながら戦おうとするイリーナ。しかしそれに対してレーザーやピットなどを運用しようものなら、その意識の隙を突いた一瞬でやられてしまう。
所謂ジリ貧だった。やられるのを待つだけの、悲しい争い。どうやったって勝てるはずがない、そのうち判断を誤ったところを、あの大剣で分断される。
しかも。
それは案外、すぐに訪れた。
大振りの大剣を回避し、距離を取ろうとするイリーナ。しかし、そんな彼女の後を追うように、『クリムゾン』の肩から小さなレーザーが発射された。
「ッ⁉︎」
それ自体は殺傷力は低い。精々装甲が軽く傷付く程度だったのだがーーーそれを当てられた事により、意識がそちらに向いてしまった。
「しまっーーー⁉︎」
既に遅かった。
目の前には、既に振るわれた大剣。それは、イリーナの身体を両断せんと速度を上げている。
ーーーが。
イリーナの額から数ミリというところで、『クリムゾン』の動きがピタリと止まった。
「……え?」
ダメだーーーそう確信し、思わず瞳を閉じてしまっていたイリーナ。しかし彼女の身体が破壊される事は決してなかった。『クリムゾン』は突如として活動を停止し、背中のブースターによる翼も失せ、そのまま地上へと落ちていく。
「……何が起きたの? まさか……」
イリーナは、遥か彼方を見やる。まさか、あの少女がやったというのか。
「ヒツユ……アンタ……!」
思わず、笑みをこぼさずにはいられなかった。