勝てない理由
(間違いない……! あれは、あの時暴走してたアミだ……!)
かつてのアミ、いや九尾型デストロイと言うべきか―――その九本の尾が、一度に畳み掛けてくる。
ヒツユはそれを後方に回避する。それ自体をかわすのに特に難はなかった。―――が、それだけではない。
瞬間、彼女の身体は、遥か後方へと弾き飛ばされる。
「ぐ、あ……ッ‼︎⁉︎」
弾き飛ばされた身体の制御を、何十メートルか先までいったのちにやっと行う。今もらった一撃はかなり強烈であり、この神の身体でなければ容易く吹き飛んでいたように思える。
だがそんな事を考える前に、再び同じ一撃が来る。
それは、黒猫型デストロイの体当たりだった。白いイチカが『ブロッサム』から生成するシールドピットを足場として利用し、その驚異的な脚力で彼女の目の前へと現れたのだ。
「死ね‼︎」
「―――ッ!」
ヒツユはそれの言葉が、黒猫型からではなく、その頭部にいる模倣品―――レオの口から発せられているのに、どうしても耐えられなかった。ぎり、と歯を食いしばり、彼女は何とか身体をよじり、ギリギリで回避する。
(じゃあ、レオ君もまさか……アミみたいに……⁉︎)
彼も過去に暴走した事があるというのか。それは一体誰が止めたというのか。ヒツユの頭に、疑問が山の様に溢れてきた。
だが、どうやらそれを考える時間は無さそうだ。
「ぼーっとしてちゃダメだよ、このバケモンが!」
たちまち、九本の白い尾が伸びてくる。それらを何とか回避するが、何故かそれをかわすことに先程より危機感を覚える。速度が上がっているのだろうか。
それに加えて、これは避けきれなかった―――。
たちまち、黒猫型の牙が、ヒツユを貫いた。その白い腹部を、鋭い牙が裂いていく。
「が、あ……ああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ‼︎‼︎⁉︎」
ヒツユの表情が、たちまち痛みで歪む。―――痛い。痛い痛い痛い痛い痛い。既に意識が自身の腹部のように裂かれてしまいそうな状況で、ヒツユは悲痛な決断をする。
「ぐっ―――ううううああああ‼︎‼︎」
「なっ……⁉︎」
なんと―――自ら、自身の身体を上下真っ二つに引き裂いた。巨大すぎる黒猫型の牙に手を当て、そのまま自らの身体を引き千切ったのだ。ボロリと彼女の上半身は落ちていくが、すぐに意識を回復して体勢を立て直す。
「なんだ……こいつ……⁉︎」
黒猫型が驚愕の目で彼女を見る。―――しかし、彼女は笑う。自分の半分より下が消失し、その断面から血が降り注ごうとも、しかし彼女は笑っている。
「……わ、たしは……バケモノ、だから。これくらい、屁でも無い……ぐッ‼︎‼︎」
瞬間、彼女の腹部断面が膨れ上がる。骨格が生成、肉が生成、それは一瞬にして―――元の脚を形作る。だがそれには、尋常でない痛みを伴う。
「ぐうううあああああああああああああああああッッ……、あ、あがッ……‼︎‼︎」
「こいつ……正気か……?」
そして―――再生が終わった後、ヒツユは不意を突いて黒猫型の目の前へと高速移動する。その手に神の力を具現化できるバスターソードを持ち、そのデストロイを消すために。
「なっ‼︎⁉︎」
「もらったッ‼︎」
そのバスターソードのエネルギーによって、何十メートルなんてものではないほどの刀身を形作る。後はそれを一振りするだけで、黒猫型は殺せる。
が。
(―――ッ⁉︎)
その黒猫型の頭部のレオが―――恐ろしさに顔を歪めているのだ。そして、この黒猫型を倒す為には、この少年を斬らねばならないのだ。例えそれが―――模倣品のようなものだとしても。本人ではないとしても。
(……っ、そんなの……!)
「なあにやってんのかなあ?」
思考にハマってしまったヒツユは、どうしようもできなかった。九尾の尾を一本にまとめた一撃は、あまりにも強烈で、避けなければいけなかったはずなのに。
なのに、回避する事ができなかった。
―――ヒツユはそれを―――全身で受けてしまった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そして。
白いイチカは、あと一体、悪魔のような怪物を生み出していた。それと対峙するのは―――イリーナ。
「何……? 急に攻撃が止んで……」
先程までひっきりなしに射撃や斬撃を繰り返されていたのに、とある一体を撃破した途端、何も出なくなった。あまりの音沙汰の無さに、イリーナは変な気味悪さを覚える。
「まあ、いいわね。さっさとヒツユの所に―――」
刹那。
彼女の前に、とある兵器が降り立つ。
それは赤い装甲を持ち、猫背の人間の様なフォルムをしていた。大きさはそれ程大きくなく、五メートルがいいところといった感じだが―――その手には大剣、盾が握られている。
「く、『クリムゾン』……? なんでこんなところに……」
その真紅のボディは、アルマが操っていたハズ。しかも目の前のそれは以前とは違い、肩辺りにもブースターが設置されており、そこから異常発生されたエネルギーはまるで……天使の翼、のようだった。
そして、イリーナの問いは、行動で返した。
その大剣を携え、目の前に構えると―――エネルギーの翼をはためかせ、急接近してきた。
「嘘でしょ、ちょ……ッ‼︎⁉︎」
イリーナはその身体を無理矢理捻り、更にジェットパックによって距離を取る。
(何なのよ、一体。アルマが乗ってるとは思えないし……くそ、戦うしかないって事⁉︎)
それを考えるのが一杯一杯。イリーナは回避することに専念する。翼により急接近してくる『クリムゾン』の刃を回避する為だけに、その身体を動かす。
「ちぃっ……‼︎」
イリーナはその回避専念を止め、向かってくる『クリムゾン』にレーザーライフルを構える。こちらに接近してきている以上、光線を回避する事は叶わないだろう。
「こん、のおおおオオオォォォッッ‼︎‼︎‼︎」
轟音と共に発射された光線は、一秒と掛からずに『クリムゾン』のヘッドにぶつかるーーーはずだったのだが。
それは、さぞ当たり前かのように回避、身体を捻りかわし、大剣をこちらに向ける。
「う、そ……ッ⁉︎」
大剣がイリーナを真っ二つに切断しようとする。咄嗟にレーザーライフルを横にして受けるが、それで防御し続ける事は出来ない。イリーナはジェットパックで慌てて距離を取ると、回路が断ち切られて今にも爆発しそうなレーザーライフルを『クリムゾン』に投げつける。先程まで『クリムゾン』の大剣を叩き付けられた時、既に真っ二つとなってしまったそれは、赤い機体の外壁へのダメージを増させる為に必要だった。
「これなら……どうよッッ‼︎‼︎」
『クリムゾン』はレーザーライフルの残骸など気にせず、こちらに向かってくる。だが、イリーナはそれこそが狙い目だった。もう一本のレーザーライフルを構えると、彼女はそれで、破壊されたライフルを射撃する。
もちろん、それによって爆発が起こる。イリーナの狙いは、爆発による爆風で『クリムゾン』にダメージを与える事だった。
ーーーが。
「……嘘、でしょ……」
無傷だった。ダメージを受けている様子もない。
イリーナは驚愕で、思わず動きが止まってしまった。それを狙ったかのように、大剣が彼女を襲う。
「ッ⁉︎」
イリーナはそれをギリギリ回避する。が、その後に繰り出された、左腕の拳をかわすことは、叶わなかった。
「が、ああああああああああああッ、ぐ‼︎‼︎」
もろにそれを喰らい、イリーナは空中を何百メートルも吹き飛ぶ。
それを何とか止めた彼女は、何百メートル向こうに存在する赤い機体を見据える。
その『クリムゾン』と自分の差は歴然ーーーそう思わずにはいられなかった。