補完
ヒツユには、確信があった。
先程まで正体が分からなかったエネルギーが、突如として見覚えのあるエネルギーを帯びたのだった。いや、元あったそれと融合したような、そんな感じだった。
その元あったエネルギーとは、
「……イチカ……!」
そう、イチカのもの。
でも、それと融合したもう一つのエネルギーには、不思議な印象を持っていた。触れたことが無いのに、何故か身に覚えがあるようなエネルギーなのだ。それはあまりにも覚えがありすぎて、咄嗟に出てこない。
ただ分かる事。
それは、エネルギーの量がヒツユ自身と全く同じ、つまりこのエネルギーの主は神であるという事。しかもそれは融合前の話であって、今のそれは完全に未知の存在と化していた。
更にこれは―――あの花の形をした兵器『ブロッサム』を考えない上でだ。それにあの大量殺戮兵器にさえ見える機械が組み合わさった事により、あの存在は途方も無いエネルギーを秘めた事になる。
「怖い……エネルギーが、とても荒んでる……」
びくりと震えた彼女は、再び前を見やる。
「ッッ‼︎⁉︎」
そこには―――数十個のレーザーピットが。
そしてそれらは一斉にヒツユに向かって赤く、どこまでも赤い光線を発する。
「っ……ぐ、あ……っ‼︎」
身体を撃ち貫かれるのをギリギリでかわし、空中を巧みに飛行する事によって、その赤い光線を避けるヒツユ。ギュン、ギュン、と空に舞った赤い光線がどっちつかずの方向へと飛んでいき、どこまでも飛行する。
(避けながらでも……辿り着ける!)
飛行の速度を落とさず接近するヒツユ。相変わらず光線は彼女に照準を定めてはいるが、一発も当たる事なく、空に消えていく。
だが、ようやくブロッサムの花びらまで辿り着いたところで、更に攻撃が追加される。
それは、花びらから光って見える回路の所々に設置された、小さな砲台の数々。その数およそ数千個は下らないだろう。それらの殆どが、己の危害と見なしたヒツユに襲い掛かる。それは今までのレーザーピットもある中での砲撃の為、更に中心部へ辿り着きづらくなっていた。
レーザーピットからの赤黒い射撃。
固定砲台からの同色の光線。
それらが作り上げる弾幕に、ヒツユは、
「が、ぁ!」
ありえないほど急な旋回や回避を見えるが、それでも圧倒的な数に勝てはしない。たちまち腕や脚、肩などの部位を撃ち貫かれ、途端に再生が始まる。
肉が再構成され、新たな肉体が作り出される。その反動の痛みで、ヒツユは更に呻く。
(……く、そぉ……!)
もはや前になど進んでいられない。ただひたすら射撃をかわすのに精一杯で、他の物に目を向けてすらいられない。
(こんなんじゃ、向こうに辿り着けない……!)
手持ち無沙汰の為攻撃も出来ず、そもそも攻撃に向ける集中力が保てない。全身の肉を硬質化して飛ばす事は出来るが、何分ピットが素早すぎて、狙いを定められない。定められたとしても、飛ばす暇を与えてくれない。
(どうすればいいの、どうすれば……⁉︎)
その瞬間だった。
青黒い光線が、ピットを一網打尽にする。
「こ、れ……ッ⁉︎」
「待たせたわね、ヒツユ。今度はアンタの足なんか引っ張らないんだから」
それは、イリーナが放ったツインロングライフルの超極太レーザーだった。ヒツユが射撃の檻の抜けた僅かな隙、つまりヒツユとピットが別々に別れた瞬間を狙って、彼女は全てのピットを破壊したのだった。
「イリーナ!」
「あとこれ、ホントは今日五十嵐から預かって訓練の時渡そうとしたもんだけど……必要でしょ、ほら」
そう言って彼女は腰に付けられた棒状の物をヒツユに投げ付けた。ヒツユはそれを慌てて受け取るが、意味が分からないようだった。何しろそれは少し太めの長い棒。その先が広がり、丁度マイクを巨大にして上半分を切り取ったような形状になっていたからだ。
「イリーナ、これは?」
「アンタの力を込めれば分かるわよ」
言われた通り、ヒツユは力を込める。自分の力と言うのは、きっと神の力の事だろう。
すると―――その棒の広がった先から光が放たれ、そしてそれらは硬質化して巨大な刃となる。それは丁度、彼女が降下した時に持っていた『バスターソード』と同じ形状、同じ形だった。
ただ、それはヒツユには異常過ぎるほど軽い。前の鉄で出来たバスターソードとは違って、エネルギーで出来ているからだろうか。
まるで、光のバスターソードだった。
「あいつに戦力増強されるのも癪に障るけど……無いよりはあった方がいいでしょ?」
「……ありがとう、イリーナ!」
「こ、こら! んな物騒なもの持ったまま抱き着いてこないでよ!」
しかしその瞬間を見計らってか、彼女の後ろには、新たに配備されたピットが現れた。その数、数百基ほど。どれも、その先はヒツユに向かっている。
だが―――それら全てを、イリーナのレーザーピットが撃ち落とした。たった十基だが、イリーナの洗練かつ最適化された思考に従って行動したそれは、どのレーザーピットをどの角度で撃てば一網打尽に出来るかを計算仕切った上で、その爆風やいりょも計算して撃ち放った。
「ふん。そんだけ馬鹿みたいに数だけ増やしてりゃ、一基一基の制御も甘くなるでしょうよ」
ヒツユから身体を引き剥がし、ジェットパックから火を噴かせながら彼女は呟く。
「量より質よ、巨大殺戮兵器さん」
瞬間、彼女は音速にも到達しそうな速度で空中を飛び出した。ヒツユはそれに驚くが、とにかくついていく。
「いくわよ、ヒツユ!」
「もちろん!」
協力し、お互いの正体も知らずに過ごしていた二人。それらは昇華し神と戦闘機械となって対立したが、今ここで再び協力し合う。
お互いに無いものを補い合いながら。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「何ッ……なんだよ、これ」
疑問が現れた。
共依存の果てに融合を果たし、他の存在を許さない白いイチカは、その思考に現れた疑問に苛立ちを感じる。
「ぼくの攻撃が通じない……⁉︎ 何なんだよ、誰なんだよこいつらは!」
既に空中庭園の破壊は止まっていた。彼女は苛立ちを露わにし、その真紅の瞳を大きく開きながら、ギリリッ‼︎ と大きく歯軋りをする。
「壊してやる……お前らから先にィッ‼︎‼︎」
未だ姿の見えないそれに、巨大な憤りを感じる白いイチカ。それが何なのかも分からずに、再びピットを出撃させる。
『ブロッサム』はイリーナの装甲と同じくカルネイジ金属から造られており、破壊された部分が再生する。その性質を利用し、機体から引き剥がすようにしてピットを造り出す事により、再び欠けた部位が再生、何度でもピットを造り上げる事が可能なのだった。
その数、およそ数千万。
そんな大量のレーザーピットが、たった二人を破滅させる為だけに発射される。白いイチカの憎悪を全てぶつけるかのように。