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白い狂気

それから―――一週間も経った頃だったろうか。

相変わらずヒツユはイチカの解放を懇願しても、五十嵐はそれを頑に受け入れようとしない。

このままでは本当に彼の『兵器』と化してしまうであろう自分やイリーナ、そしてイチカに恐怖感を強く抱きながらも、彼に対して何の有効な手立ても立てられない自分が嫌で嫌で仕方がなかった。

彼を目の前にすると身体がすくみ、あの時の事が脳をよぎり、絶対に逆らえないという感覚だけが彼女を支配していく。どうしようもない力の摂理なのだと思った。

己の無力を呪いながら、自らの部屋とイリーナの部屋を行き来するだけだった、そんなある日―――。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「ふふ、あはっ」

血が爆発したような通路。赤く、どこまでも赤黒く、乱雑に噴出していく血だけで、通路が更に赤く染められていく。

元々は白かった。

だが白はどの色にも染まりやすい。そのせいで、今の彼女は、血の色だけに染まっていた。彼女が身に纏っている紫色のパイロットスーツだけは、辛うじてその色を保っている。

ふら、ふら、と揺れながら不規則に歩くその少女は、ぺた、ぺた、と歩く度にどこか裸足のような音を響かせる。パイロットスーツと一体化している靴によって奏でられるその音は、一定のリズムで通路内を移動する。その足跡は決まって赤色。踏んだ血の色である。

もう、何人の警備員、及び研究員を殺しただろうか。みなカルネイジの弱点を心得ているようで、決まって脳や心臓を狙ってくる。だが彼女は―――白いヒツユは、身体を不規則かつ不気味に揺らす事によって、僅かにその照準から大事な部分をズラしている。

それは実に不気味で、言うなればゾンビのようでもあった。目を無意味にギョロつかせ、意味の無い笑みを浮かべながらぺたぺたと音を立てて歩く姿。

―――次の警備員が来た。三人ほどだ。彼らはしきりに『止まれ』だの『狙いを定めろ』だのと叫んでいるが、どいつもこいつもただのカス、ゴミカスに見えてしまう。そう、言うなれば人家に入り込んだ小さな小蠅(こばえ)か何かのように。

「イチカは、どこぉ? イチカは? イチカぁ」

誰にともなく問いを続ける白いヒツユ。

その回答の代わりに、鉛玉が彼女の目の前に現れる。が、彼女はそれを身体を揺すって、致死する場所から逸らす。

それは目玉や首、肩や足などに当たり、撃ち貫かれる。空いた場所からはどくんどくんと血が流れ、目玉に至ってはごろりと抜け落ちていく。

それらはとてつもなく痛く、地獄のような苦しみ。だが彼女はそれをもう何千回と経験した。痛い事は痛い。が、それはもはや気にする事でも無くなっていた。

そしてすぐに空いた場所は塞がる。パイロットスーツもその再生に対応するように破れた部分が再生し、無傷だった状態へと巻き戻る。失われていた視界は戻り、目玉は新しく再構成された。

「まってよ、ねえ。イチカはどこ?」

瞬間、彼女の姿は消えた。

そして警備員の後ろに現れた彼女は、その首を難なく引きちぎる。その首を他の警備員に叩きつけると、それは当たり前のように彼の首にぶつかり、共々もげていった。

残るは一人。

するとその一人は、イチカの居場所を喋り始めた。情けなく失禁しながら、彼女が兵器として『格納』されている場所を口にする。どうやら、命だけは助けてほしいのだろう。

「……ありがとう。たすかった。あ、おれいに―――」

彼がほっとしたのも束の間。

「たべてあげるね」

彼の首を、がぶりと食い千切った。

途端に彼の意識は飛び、命は消える。彼女は噛み千切った首の肉片をさも美味しそうに頬張ると、その唇から滴る血と肉を拭おうともせず、そのまま先へと進む。

「あはは、あはははははっあはは、あはっ。イチカ、いまいくからね。いますぐ」

破壊と捕食だけが彼女の思考。

その最高到達点はイチカ。憎しみによって設定されたそれが、もうすぐ彼女の目の前へと現れる。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



びくっ、と。

ヒツユの背筋に、嫌な悪寒が走った。

「っ……」

「どうしたのよ、ヒツユ。寒いの?」

「違うの……なんか、なんか嫌な感じが……」

イリーナの部屋にいた彼女は、突然身体を巡ったそれに、恐怖を感じざるをえなかった。

すると途端に―――

『緊急警報、緊急警報。研究所内部に、侵入者確認。繰り返す、侵入者―――』

耳に残るサイレンと共に、そんな調子の言葉が三回程繰り返される。廊下のランプが赤く点灯し、一層危険なムードになる。

イリーナは焦った表情で、状況の確認を乞う。

「な、何よこれ! 侵入者って……これ、アタシが行った方が良い感じじゃないの⁉︎」

すぐに部屋から飛び出し、駆け出そうとするイリーナ。しかしその手を、ぐっと握って押さえるヒツユ。

「駄目ッ! 行っちゃ駄目だよ、イリーナッ!」

「どうしてよ⁉︎ 確かにこの研究所内の人間を助けるのは癪に障るけど、このままじゃアタシ達も―――」

「違うの!」

叫ぶヒツユ。

「これ、ただの侵入者じゃない……なんか、嫌な感じ。私みたいな、人間じゃない人の……ッ!」

「人間じゃないって……どういう事よ?」

「分かんない……でも、どうしてもイリーナが行くなら、私も行く!」

ぐっとその手を強く握って、ヒツユは宣言する。それに押されたイリーナは、ふっと笑って言う。

「……じゃあ、お願い。アタシじゃどうにもならないって言うんだったら、アンタの力を借りるしかないわね。でも、無理はしない事、良いわね?」

「うん!」

二人は廊下に飛び出し、駆け出す。その先に待ち構えているのが、創造主であるイチカが創り出したヒツユそっくりのクローンである事も、それが狂気に塗れた殺人兵器のような存在である事も知らないで。

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