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機械としての目覚め

血飛沫。

怪物の悲痛な叫び。

それが耳から入って頭に反響し、彼女はその意識をほんの少しだけ目覚めさせる。

(……ここは、どこ? なんでアタシ……?)

彼女は、死んだはずだ。怒りのままに拳を振るい、その結果カイトの父親に殺されてしまった。横腹に何か鋭いものを刺され、この生命機能は止まったはずなのに。



なのに―――なんで今、こうしてカルネイジを狩っているのだろうか。



身体が勝手に動く。彼女がわざわざ意識せずとも、彼女の身体はカルネイジの弱点を的確に捉えていくのだ。―――と、そう考えた瞬間、彼女の頭にある単語が引っかかる。

(―――カルネイジ? 何よ……それ)

そんな単語は生まれてこのかた、一度も使ったことは無い。まるで何かの名前、つまり名詞かのように頭にポンと浮かんだその五文字は、目の前の怪物と認識が重なる。刹那、カルネイジは大きな顎が繋がれた首部分を撃ち貫かれ、倒れた。

この手には、無骨な長銃が握られている。黒を基調としたデザインで、敵を屠る以外の余計な機能は一切付いていない。引き金を引けば青黒い光線が放たれ、一撃にて敵を仕留めるのだ。

それを持って戦っているイリーナもまた、なんだか敵を屠る以外の余計な考えが及ばないようにも見える。

巨大なカルネイジ、食虫植物の形をしたそれが大口を広げて彼女には迫ってくる。が、イリーナはそれすら容易くかわし、その頭を踏み越えて回転しながら宙に跳ぶ。頭が地面に向いて状態で彼女は、やや背後からその怪物を撃ち殺し、直地点にいた別のカルネイジを、踏むだけで叩き潰す。

(……これが……アタシ……?)

―――そう、彼女は既に、人間ですらなかった。

恐るべき身体能力、スピード、そして兵器を使いこなす腕。先程までカイトの父親を拳で乱打していたとは思えない程に落ち着いた戦いで、彼女はまるで自分の身体ではないように感じたのだ。

―――と。

彼女の脳内に、ジジジッ……というような焼け付く音が聞こえた。何かを繋いでいるのだろうか。人間の時にはあり得ないことだった。

そして脳内に、誰かの声が響き渡る。

『調子は良いかね、イリーナ君』

誰とも知らない声。男の声だというのが分かるが、いまいち聞き覚えのない、赤の他人の声だった。

(アンタ……誰よ)

『私の名前は五十嵐……が、そんな事はどうでもいいんだ。君は、とある男とのいざこざの最中殺された。そこに駆けつけた我々が、君の遺体を頂いて少しだけ改造した―――と、教えてあげなければならないからな』

(改造……⁉︎ アンタが仕組んだの⁉︎)

『君の体は今、全て機械で出来ている。君の部分は、その脳だけだ。そしてその身体は―――対カルネイジ用の機械なのだということを知ってもらえれば、後は分かるか?』

すげ替えられた身体。

そうして今戦っている自分。

そう、これはつまり―――

(アタシを……あの化け物と戦う為の道具(・・)にしようっていうのね……!)

『正解だ』

(ふざけないで! なんでアタシがこんな事……!)

『一度は失った命だ。生き返る事が出来たのだからむしろ感謝してほしいのだが……それよりほら、来ているぞ)

「ッ‼︎」

見れば背後には、再び大口を開けた食虫植物型カルネイジが居た。しかも今度は複数だ。ライフルではどうにもならない。

すると彼女は腰にぶら下がっていた黒いバトンのような物を握る。するとその先からは先程の光線を凝縮した形作ったかのような剣が現れた。いわゆる―――レーザーソードである。

それを振り向きざまに一閃する。すると今にもその牙でイリーナを貫かんとしていたカルネイジが全て首から吹き飛び、残った胴体はだらりとして倒れた。

(……何よ……! こんなの、どっちが怪物か分からないじゃない!)

『いいや、君は間違いなく怪物ではなく、機械だ。そうそう、先程の話の続きだがね。君は今、一つ願いを叶えられる。果たせなかった夢を』

イリーナは再び走り出しながら、

(願い……? 何よそれ)

『忘れたのか? 君の願いはあの男を殺す事だろう。だから君は彼に食ってかかり、拳を作って攻撃したのではないのか?』

(――――――ッ!)

彼が言っているあの男とはもちろん―――カイトの父親だろう。彼女の望みを完璧に理解した上で、そんな事を言っているのだ。

(……そうよ、アタシはあの男が憎い。カイトの代わりにアイツが生きてるなんて、そんなの絶対におかしい。カイトが生き返って、アイツが死ぬべきなのよ)

『だったらそれを叶えてくればいい。カルネイジ殲滅はその後にしても良いのだから』

(……ふん)

―――五十嵐。

こいつは一体何者だというのだろう。だが、その一言で、今の彼女の方向は決まった。

彼女はあの忌まわしい男がいる方へ、走り出した―――。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「―――んで、アタシは奴をぶっ殺した。その後カルネイジを殲滅して、なんだかんだあってこの『空中庭園』に登ってきたわけよ」

物悲しそうな顔で、しかし口調は努めて明るくしようと話すイリーナ。そんな彼女に、ヒツユは問う。

「じゃあ、前に着けてたマフラーは……」

「ええ、カイトの形見よ。けど、アタシはもうあのロボットの街で思い直した。カイトもナツキも死んじゃったけど、もうあの二人に執着して生きるのはやめようってね」

「なんで……?」

そう聞くヒツユに、イリーナは微かに浮かんだ涙を拭き、そしてヒツユを抱き寄せてこう答えた。

「だって、アンタがいるもの。いつまでも過去に囚われてちゃダメよね。今を大切にしないと!」

その表情は、紛れもない笑顔だった。紛れも無い愛情であり、それはイチカのようなものではなく、ヒツユを『家族』として扱うような、そんな抱擁だった。

ヒツユはイチカとの出来事で若干トラウマ気味になっており、少し身体がビクついてしまうが―――すぐに止まる。そして彼女の腕から伝わる温もりを感じることができた。

「……うん! 私もそうする! イリーナの事、大好き!」

何故だろう。

先程までヒツユ、イリーナと嫌な話を続けてきたはずなのに―――こうやって触れ合うだけで、すぐに気分が明るくなる。

これが、友達というか、仲間というか、親友というか。

ヒツユはイリーナにとって。

イリーナはヒツユにとって。

―――かけがえのない大切な人なのだと、この瞬間、気付いた。そしてこの大切な人がいる今を大切にしようと、そう思った二人だった。

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