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化け物対化け物

二人は駆け出す。同じタイミングで屋上の手すりに足を掛け、そして空中へと舞った。

イチカは狼型カルネイジから数メートル横に離れた辺り。

ヒツユは――――――カルネイジの、真上。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」

飛び出す時に縦に回転するようにしていたヒツユは、その遠心力を利用しながら、まるでヨーヨーのように回転する。そのまま降下し、カルネイジを心臓、脳ごと真っ二つに切り裂く。

そんなつもりだった。

しかし、カルネイジ側も簡単にやられるような『化け物』ではない。高速回転しながら急降下してくるその一撃をバックステップのような軽やかな動きで回避する。

更に、地面に着地する寸前の無防備なヒツユへと向かって、その右前足を繰り出す。

が、ヒツユは不敵に笑う。それは無邪気でいて、なおかつ計略的な余裕を見せていた。

「イチ――――――カッ!!」

その瞬間だった。

ヒツユはバスターソードから手を離す。扇風機の羽のように回転し、さらに遠心力により一直線に飛んでいく銃弾。そんなものを連想させる紅い大剣は、突き出されたカルネイジの右前足を一瞬にして切り裂く。

悲痛な雄叫びを上げてよろめく銀狼。その紅い瞳がギョロギョロと蠢き、そしてそれは空中に舞う自らの右前足を追っていた。

「キャッチ♪」

楽観的な、滑らかな声を張り上げた少女、イチカ。

彼女は高速で回転するバスターソードの柄を正確に掴み取り、いつの間にかカルネイジの頭上へと浮かんでいた。一度着地した彼女はもう一度飛び上がり、あらかじめ決めていた通り投げられた紅大剣をキャッチしたのだ。

約50kgある大剣を、まるで果物ナイフのような手軽さで振るえる彼女たちだからこそ出来る技だった。

そのまま、イチカはカルネイジの背中へと着地する。先程と同じように、骨が数百個単位のよくしなる尾が叩き付けられる。ただし今度は横薙ぎではなく、縦に棍棒を振るうかのようだった。

(バカだなぁ、こんなの僕が避けちゃえば自分に叩き付けられるに決まってるのに)

イチカは面白そうな玩具を見つけた、というような悪戯っぽい笑みを見せ、その尾を数センチ程度だけ横に移動し、避ける。

案の定、その強烈な尾はイチカに当たることなく、逆に自身を痛め付けた。

――――――というワケでもなかった。

(お?)

尾がカルネイジ自身の背中に当たる、そんなものを予想していたのに。

イチカは、少しだけ自分のカルネイジへの認識の甘さを自覚する。

月明かりを反射するそのしなやかな尾は、生物には不可能に近い緊急回避をやってのけた。あわや背中にぶつかるか、そんな瀬戸際にその尾は、90度直角に軌道を変えた。

そしてその先には――――――イチカの、細い両足があった。

「!? や、ば……!?」

初めてなのではないだろうか。彼女が、イチカが笑顔を崩すのは。

しかし、彼女はすぐに笑みを取り戻す。ペロリと舌を小さく出すと、その白い左手を尻尾の向こう側の背中へと突き出し、そのまま身体をその腕一本に預ける。

腕一本だけの逆立ち状態になったイチカは、その左腕をバネのようにして跳躍する。

その時、カルネイジが振るった尻尾が戻ってきた。今度は最初から横薙で、とんでもない速度だった。

だが、イチカは焦らない。その笑みを崩さず、身体全体を縦に一回転させる。

するどうなるか。

「甘い甘い♪」

誰ともなく一人呟く。



その身体は一回転し、後を追うように紅い刃も円を描くように振るわれる。



次にイチカの視界に入ったのは、切断された銀狼の尻尾。まぁ、狼の尻尾というよりはペルシャ猫のような細長い尻尾に近いのだが。

そんなことはどうでもいい。彼女は次の目的へと意識をシフトしていた。

彼女の、

(僕の次の目的は、バトンを渡すこと。ケリをつけられるあの娘に、この手の中のバトンを投げ渡すことだ!!)

そして、それは投げられた。

紅い大剣。カルネイジを一刀両断できる最強の武器は、再び手裏剣のように回転しながら、上に向かって投げられる。

それは、何の上か。


それは、銀狼の頭の上。


そしてそこには。


獣のように獰猛な笑みを浮かべた、一人の少女がいた。


「――――――ナイスパス」

少女は、そう呟いた。通常の人間なら即座に腕を吹っ飛ばしそうなほど高速回転する刃を、切り傷一つ負うこともなく、正確に掴んで。

「ナイスキャッチ」

イチカは、思わず呟いた。

大きな満月をバックにし、その胸下までしかない短いパーカーをはためかせて。

先程カルネイジの腕を吹き飛ばしたときに付いたであろう、その真っ赤な液体。その液体は、彼女の人形のような可愛げな肌を汚していた。が、それが逆に、彼女の内面に隠れた獰猛さを際立たせているような、そんな気がした。

イチカは、分かっていた。

左の瞳を紅く輝かせる少女、ヒツユの中にあるどす黒い感情を。

なぜなら、それは二人のような『化け物』人間全てに共通することだから。

人類。

カルネイジ。

そのどちらでもなく、どちらでもあるが故の、その感情。

『自分を人間扱いしてくれない人間なんて、大嫌いだ』

『こんな化け物(やつら)がいるから、自分は人間扱いされないんだ』

どちらも憎んでしまう、どちらからも遠ざかろうとしてしまう。

そんな感情。

ヒツユも、きっと隠しているハズだ。本当の、感情を。

人懐っこい性格に、人当たりのいい性格に隠した、本当の『負』の感情を。

だから。

だから、さぁ。

(さらけだしてみてよ!! 君の本当の『感情』を!!)

ヒツユの唇が、僅かに動いた。

声には出さない。が、それでも、イチカにはすぐ分かった。

こう、示している。

『こ』『の』――――――



――――――『バ』『ケ』『モ』『ノ』『め』



「……シネ」

そんな微かな声が洩れた。

隠しきれなかったのだろう。自らに渦巻く『負』の感情を。

そんな『汚さ』がこもった紅い剣は真っ直ぐに下を向く。重力に従って、いや、それ以上の力が加わって、まるでギロチンのように。

紅い大剣は、血塗られたバスターソードは。

ヒツユ自身の重みと、ヒツユ自身の『恨み』を乗せて。



銀狼の脳天を、一直線に貫いた。



悲鳴も、断末魔も上がらなかった。

聞こえるのは、液体状の『何か』が、噴水のように噴き出す音だけ。

そして、見えるのは。

女の子座りでへたりこみ、虚ろな紅い瞳でその『何か』のシャワーを浴びる、可愛らしい女の子の影だけ。

「……ふ、ふ」

よく透き通る、透明感のある声。

可愛いげがある、綺麗な可愛い声。

だが。

『恨み』と『苦しみ』と『狂喜』に染められた、その透明であるはずの声は。

黒く。

どす黒く。

まるでこの血生臭い夜のような。


「は、ははは、はは……!」


狂った『闇』へと、染まっていた。


影が踊るような暗闇の最中(さなか)、彼女の紅い左目だけが、薄く輝いていた。

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