すみれ色の出会い
パシャンッ!!
とはでな音をすぐ傍で聞いた私は襲い来るだろう寒さにギュッと身を固めたのだが、一向にそれが訪れる気配はなく、むしろ何かに吸い寄せられるようにグッと体を引き寄せられる感覚に襲われた。つぶっていた目を恐る恐る開けるとそこに広がるのは仄暗い湖の底ではなく、キラキラとした輝きのなかを自分の体がすぅっと音も無く移動していたのだ。
きっと天の川というものが存在しているのならば、今まさに目の前に広がる光景がそうであるに違いない。驚きに目を見開く私の声が聞こえたのか、鏡也がふっと息をつくように笑った気配を傍で感じた。
「流れに逆らっちゃダメだよ?」
「どうして?」
「どうしてって・・・そりゃぁ、僕をみればわかるだろ?そんなことをしたらうっかり別の次元に飛ばされて僕みたいな遭難者になるからね?正式な方法で次元を渡れば自然と行きたい場所についているもんさ。」
「ふ~ん。そういうものなんだ?」
「そうそう、そういうもんなんだよ。」
頭の中に直接響く彼の声は水の中をたゆたっているような浮遊感とあいまって心地よさに変わり、私はそっと体の強張りをとくと目を閉じた。
思い描くのはまだ見ぬもう一つの世界。
そこはいったいどんな場所なのだろうか?
鏡也は砂と夜に覆われた世界だといっていたけれど・・・
果たしてその意味するところとは?
そんなふうに次に目を開けたときに飛び込んでくる風景を思い描きながらの移動は酷く穏やかなものだった。が、それも水の中をたゆたうような浮遊感が消え、グッと自身の体の重みが足に掛かったことによって中断される。急激に夢の中から現実に引き戻されたかのような感覚は私の頭をふわふわとさせた。
「うぅ~、なんか体が変な感じぃ。」
「まあ慣れないとそんなものかもね。」
「そうなの?じゃあ鏡也も初めて次元を超えたときは――ッ!?鏡也!!」
私は首からさげた懐中時計に語りかけようと視線を下に向けたのだが、そこに見慣れたくすんだ銀色の姿はなく、思わず声を上げあたりをキョロキョロと見回した。
もしかしなくてもはぐれたのだろうか?
いや、でもさっき鏡也に声かけられたし・・・
「こっちだよ、ユリ?」
「へ?」
「だからもっと下だよ、下!!」
「下って・・・えっ!?えぇ~~!?!?!?」
私は視線を胸元からさらに下に下げた後、思わず瞳を見開いた。なぜならそこにはあの銀色の懐中時計ではなく
「亀?」
がいたのだから。
掌サイズの小さな亀は精一杯首を伸ばし、つぶらな黒い瞳で私をじっと見つめていた。それが若干不穏な色を宿しているのは気のせいではないはずだ。
「いっただろ?次元を超えると姿が変わるって。どうやら僕はこっちの世界では亀の姿になったみたい。まぁ、懐中時計よりは自分の意志で動けるからまだましかもしれないけど・・・」
そんなことを言って彼は自らの足で大地を蹴った。が、
「うわっ!?おっそぉー、かっこ悪い。」
いかせんその動作がのろいのだ。
まぁ、亀だから仕方ないことなのかもしれないけど・・・
「うるさいッ!!そういうユリだって自分の姿が変わってるのに気づいてないだろ!!」
「えっ、うそ!!」
不機嫌丸出しな鏡也の言葉に私は慌てて自身の体をチェックする。
えっとぉ、両手両足は大丈夫。ちゃんと人間の手の形だ。
髪は!!
結構自分では自慢のストレートの黒髪だと思っているわけでありまして・・・
うん!!これもばっちりオッケー。
「って何処も変わってないじゃん。はっ、もしかして顔が!!」
「変わってないよ。」
「へ?じゃあ・・・」
私はもう一度自身の体をよくみる。
いつもと違うところ。
いつもと違うところ。
いつもと?
「あれ?手が小さい。ってか、足も小さくなってないない!!」
「うん。どうやらユリは子どもの姿になったみたいだね。月と地球は昔からかかわりが強いし、兄弟みたいなもんだから僕みたいに大きな変化はないんだね。」
などと鏡也はのんきなことを言っている。
なるほど。これが姿が変わるというものか。はっきりと鏡に映したわけではないけれど、どうやら5歳児前後のような姿をしていることに違いは無いだろう。私は改めてあたりを見回した。
闇に覆われた空には小さな星がチカチカと瞬いており、その下に続く台地はアラビアンナイトにでも登場するかのような砂の大地が広がっている。けれどその一方で、とうてい砂の都とは似ても似つかないであろう高層ビルの明りが立ち並ぶ町並みが見えた。よくよく見れば砂の中に混じってアスファルトの道路がしかれており、それが街に向かって伸びているのだ。
「ユリ、ちょっと手を貸してくれ。なにしろこの身長じゃあ、砂しか見えない。」
「はいはい。結局鏡也って亀になっても役に立たないんだから。だったら、まだ見た目が綺麗な懐中時計でいてくれたらいいのにぃ。亀なんて持って歩く女の子なんて目だって仕方ないだろうなぁ。」
「・・・・」
彼は器用にも亀の分際で眉間にしわを寄せるという芸当を見せてみたけれどそれ以上なにも言わなかった。
「私も身長小さくなっちゃったから、あんまり見渡せないと思うよ?でも、遠くに場違いなほど近代的な建物が見えるのはわかる。あとこれも場違いなアスファルトの道路がそこに向かって延びているのもね?」
「確かに。この道にそっていったらあの場所にたどり着けそうだ。ユリ――」
「わかってるって。あそこまで行けばいいんでしょ、鏡也をもって。」
「うっ・・・よろしくお願いします。」
私はそう言って首をすくめる亀を持って歩き始めた。しばらく行くと小さな民家がぽつぽつりと表れ始める。いや、民家などといった高等なものではない。むしろこれは
「ずいぶんと違いがあるな・・・」
ふいに呟かれた低い声。
それはそうだ。私たちの周りにあるのはほとんどスラム街といってもいいものではないだろうか。いや、それよりも酷い。立てられた住居はテントのようにボロ布が張り合わされたものと、腐食し始めた木の欠片で組み合わされており、すれ違う人々もボロ雑巾のような黒く汚れ、擦り切れたものを着ている。心なしか、近所のゴミ捨て場のような匂いが漂っており、けして清潔とはいえない環境に顔をしかめる。
「こりゃ!!」
ふいにグイッと肩を引かれ、私は仰天した。
「お前さんみたいな子どもがこんな時間にここらへんをうろうろしちゃいかん!!人攫いにあってしまうぞえ。」
ぼさぼさの白髪の髪をした滲みだらけの顔に深く皴を刻んだ老婆がそういって過ぎていく。私はただ呆然とそれを眺めていた。
「大丈夫、ユリ?どうやらここら辺は治安がよくないみたいだし、気をつけたほうがいいね。こんなときに僕が力になって上げれたらいいんだけど・・・ごめん。」
ふいに鏡也そう言って鼻先でそっと私の掌に触れた。私はまだドキドキと早鐘をうつ胸元にもう一方の手をのせ小さくかぶりをふる。確かに今は子供の姿で、力も子どもなのだから心細さに震えそうだ。けれど1人ではないという事実――いや、鏡也という存在が私に安堵をもたらしていた。
そう、私は・・・1人じゃない。
もう、1人じゃないんだ。
と、そんな言葉とともに不安に思う心に蓋をしたそのとき
「レン兄ちゃんだ!!」
聞こえてきた弾む声に意識を奪われた。
「ほらほら、押さないの。たくさん持ってきたから順番に並びなさい。」
そんな言葉とともに身なりの悪い子どもたちを誘導しているのはダークスーツに身を包んだ長身の男で、彼を取り囲むように群がっていた子どもたちは男の指示に大人しく従いながら一列に並び始めた。するとどうだろう?先ほどはまでは子どもたちと彼に隠れてみえなかったのか細身の女性がすっと姿をあらわした。光沢のある黒髪をキュッと頭の後ろで縛り、髪留めで止めている彼女の口元にはうっすらと淡い紅が塗られており、すみれ色のタイトなスーツが女のスタイルのよさを際だたたせている。また、ピンと背筋を伸ばしてたつ彼女からは迫力が感じられるものだったのだが、その一方で大きな瞳と子顔が幼さない印象を与えてもいるような不思議な魅力がある女性で――
まぁ、そのぉ、なんだ?
一言で言うととにかく美人な人だった。
「先生どうぞ。」
すらりと伸びた肢体を持つ男はそういうと一歩横に引いて、彼女に鉛筆とノートを優雅に手渡した。彼女はそれに小さく頷くとしゃがみこみ目線を子どもたちに合わせふわりと微笑んだ。
「今日は鉛筆とノートを持ってきました。これでたくさん勉強してくださいね?」
「うん!!ぼく、いっぱい勉強してレン兄ちゃんみたいになるんだ!!ありがとうございます、しどーせんせい。」
ノートと鉛筆を受け取った子どもはそういって腰を90度に曲げるとキャッキャッと笑いながらかけていく。彼女はそれをにこやかに見守ったあと、次に並んでいた女の子にも同様に手渡しで鉛筆とノートを渡した。
どうやら彼女はこの貧困層に物資を支給しているらしい。身なりや物腰からして相当の地位と財力のある人間であることは創造に硬くないが、いかせん2人の組み合わせは奇異に見えた。というのも、お互いが若すぎるのだ。男のほうはどうみてもまだ二十歳前後であるように見えるし、女もどう年齢を増して考えても30代前半ぐらいにしかみえない。先生と女が呼ばれているのだから教職関係者なのかもしれないがそれにしてもやはり・・・
「あら?」
探るようにじっと見つめすぎていたらしい。いつの間にか彼女の周りを取り囲むようにしていた子どもたちの列はきれいに消えうせ、ところどころでニコニコとした笑顔をたたえた子どもたちが壊れ物を扱うかのように配られたそれらをギュッと握り締めて道を行き来している。そんななか先生と呼ばれている人物と目がバチリとあった。私は慌てて体を前に倒してお辞儀をする。恐る恐る目線を元に戻すとすっと立ち上がった彼女が柔らかな微笑を浮かべながら私に歩み寄ってきた。
「こんにちは。もしかしてあなたは地球の方ですか?」
「えっ!?あの、そのぉ、私は・・・」
チラリと肩に乗る亀に目線をやれば彼は小さく頷いて見せた。
「こんにちは。私は鏡味 鏡也と言います。そして彼女は鈴鹿由梨絵。お察しの通り地球から次元を超えてこちらの世界に来させていただいたものです。」
「まぁ!?こちらの肩に乗る亀さんも地球の方でしたか。はじめまして、私、紫藤 綾女と申します。」
彼女はそういうと白魚のような手を胸元のポケットに入れるとそっと名詞を差し出した。私は慌てて両手でそれを受け取る。
作法は間違ってないよな?
「なるほど。議員さんでいらっしゃったんですか。今日は視察か何かでこの場所に?といっても私たちも月の世界に来るのは初めてでして、よく地理や背景がわかっていないのですが・・・」
「それでしたらさぞ危険な目に合われたのでは?この近辺はご覧の通り貧困が激しい地域でして、治安が極端に悪いんですから。そのような上等なお召し物を身に着けていらっしゃっては狙われてしまいますわ。特に次元を超えた影響でお二方とも姿が変化しておられるのでしょう?」
「えぇ。私は次元の遭難者ですからこんな姿をしてしまうのも致し方ないと考えていますけれど、なにぶん彼女は地球人ですからね。本当は歴とした大人の姿をしているのですが、今は子供の姿をしてしまっているわけです。な、ユリ?」
傍観者を決め込んでいた私に彼から声がかかり、慌てて頭を下げる。
「こんにちは!!鈴鹿由梨絵です!!」
「ふふふ、元気な娘さんですこと。こんにちは。」
紫藤さんは膝を折ると私と目線を合わせて握手をしてくれた。と、途端に香るいい匂い。それは上品な花の香りを思い起こさせるものだった。
「それにしても地球の方が月にいらっしゃるなんて何年振りかしら?最近はめっきり姿をお見受けすることもなかったので、私たちの存在を忘れてしまったのかもしれないと危惧していましたのよ?」
「え?」
「でもこうしてわざわざ起しいただいてくださる方がいるのならそんな心配も杞憂で終わりそうですね。」
「え?え?」
「地球のほうでは今、私たちのことはどう報道されているんですか?昔からお互いにうまくやっていきましたからそれほど悪い噂は立てられていないと思いますけど?」
「えっとぉ・・・」
どうしよう。まさかあなたがはじめにいったように地球人は月の住人のことなんてきれいさっぱり忘れていますとはっきりいうわけにもいくまい。
ここは笑ってごまかすか?
いやいや、それは失礼だろう。相手は議員さんだぞ?とっても偉い人なんだから、地球人代表として責任ある行動をせねば!!っていっても、事実は正直に話せないものだし・・・
などと1人百面相をしていると、
「ふふふっ。」
という小さな笑い声が聞こえる。気がつけば紫藤さんが口元に手を当ててクスクスと笑っているのだ。それを見て若いスーツの男がこれ見よがしにため息をついた。
「先生、鈴鹿さんがお困りですよ。あまりいたいけな少女をからかわないでください。相変わらず意地が悪いんですから。」
と横合いから私に歩みよると紫藤さんと同じように方膝をついて私と目線を合わせてくれた。
「申し訳ありません、鈴鹿さん。先生はどうしようもなく子どもっぽいところがあるんです。本当は地球で私ども月の住人の存在を知っている人が数少ないという現状は理解していますのでご安心を。あなたが何かを気に病む必要はどこにもありません。」
彼はきっぱりとそういいきるとふわりと笑った。その顔は丁寧な言葉遣いと裏はらに十分に幼さを残した印象を受ける。が、漆黒の黒髪や涼しげな切れ長の瞳。そして理知的で紳士的な振る舞いはそこらへんにいる若者よりずっと大人びており、スラリとした長身に細身のブラックスーツがよく合っていた。
う~ん、文句なしにカッコイイ人だ。
「申し遅れました。私、紫藤先生の秘書をやらせていただいている龍崎 蓮と申します。以後お見知りおきを。」
「こちらこそよろしくお願いします。」
差し出された手に急いでそれを重ねて握手を交わす。
「まぁ、ずいぶんと酷いことをいうのね。私これでもあなたの上司ですよ?もう少しオブラートに包んだいいようはできないのかしら?」
「できません。先生は甘やかすとすぐ調子にのるんですからこれくらいで調度いいんです。」
「あらあら、私調子に乗ったことなどありませんよ?いつも慎ましやかな態度でいるでしょう?」
「本当に慎ましやかな人は自分からそんなことは言いません。それに今現在の状況が調子にのっているといっているんです。ほら、ちゃんと鈴鹿さんにあやまってください。」
「へ?」
いきなり二人の視線が注がれて思わず一歩後ろに下がってしまった。と、右肩あたりから深いため息が聞こえた気がする。
許せ、鏡也。
私には落ち着いた態度なんてものは持ち合わせていない。
「鈴鹿さん、先ほどは失礼しました。ただ、私とてもうれしくて。なにしろ本当に地球の方がいらしたのが久しぶりでしたから。」
彼女はきちんと両手をそろえて深々と頭を下げてくれた。それに慌てたのは私のほうだ。それこそ無駄と思えるほどの勢いで顔の前で手を振った。
「いえいえ、とんでもありません。私、気にしていませんし、顔をあげてください。」
「そうですよ、こんな奴に頭を下げる必要なんてありま・・・グッ!?」
私はおもむろに鏡也をむんずとつかむとその頭を思い切り甲羅の中に押し込んだ。
まいったか、この爬虫類め!!
「ふふふ。」
紫藤さんはそういってまた笑った。そっと空気を震わせるような笑い方は上品でやわらかい。私はその優雅な仕草に思わず見ほれてしまう。本当にきれいな人だ。
「そういえば、お二人はどうしてこちらに?観光でもしにいらっしゃったんですか?」
咄嗟に甲羅の出口をふさいでいた手をどけるとそこから鏡也が頭を除かせる。恨みがましそうな視線が投げてよこされるがそんなことはお構いなしだ。私はプイッとそっぽを向いた。
「いえ、僕たちは別に観光しに来たわけじゃないんです。」
「そうなんですか。」
「紫藤さん、最近こちらで何か不思議なことや大きな事件などおこりませんでしたか?」
「え?」
鏡也の言葉に彼女の顔からサッと笑顔が消えた。
「僕たちがここに来た理由は1つ。地球から見える月の様子がおかしいからその原因を探しに着たんです。」
「おかしい?」
「ええ、地球から見える月はただの固体になってしまっています。そこにあなた方の存在を見出すことはできない。もっとも、ユリいわく月の住人が何かしらの不安と焦燥を感じているとのことですが。」
そこで言葉を区切り、鏡也はつぶらな瞳でじっと紫藤さんを見つめた。彼女はその強い視線から逃れるようにすっと顎を引き、視線を下へと下げる。伏せられたまつげが長い影を落としていた。
「紫藤さん、もう一度尋ねます。あなたは何かご存知ですか?この世界の人々が不安に思う何かを。そんな気持ちにさせてしまう出来事を。」
「わたくしは・・・」
「心当たりが1つあります。」
紫藤さんの声をさえぎるように横合いから言葉がかけられる。気がつけば立ち上がり、ピンと背筋を伸ばした龍崎さんが真っ直ぐと鏡也を見つめていた。対峙する二人の視線が交差する。
「蓮!?」
くっと形のいい細い眉を歪めて紫藤さんが彼に向かって一歩踏み出した。中途半端に伸ばされた腕がためらいがちに彼の肘に触れる。
「いいんです、先生。彼らが原因究明に動き出せばすぐにでも分かってしまうことですからね?」
「でも!!」
揺れる瞳に向かって彼は薄く微笑んだ。が、その瞳は直ぐに無機質なそれに変わる。いや、無機質というよりは――
「透明?」
「「は?」」
小さな呟きを聞きとがめたのか二人と一匹?の視線が私に向けられた。それに慌てたのは私自身だ。
「あ、ごめんなさい。独り言なんで。」
気にしないでほしんですけどぉ・・・・・・
「「「・・・・・・」」」
「・・・」
「「「・・・・・・・」」」
「・・・・・・」
「「「・・・・・・・」」」
あぁもぉ、なにこの沈黙!!
もしかしなくても自分は大事な場面でやらかしてしまったのかもしれない。と、二人と一匹の視線を一身に受けて冷や汗が浮かぶ。
「えっと・・・アハハ」
とにかく何とかしようと乾いた笑みを浮かべて笑って見せた横から負のオーラを感じて仕方ない。案の定、
「ゆぅ~りぃ~。」
と地を這うような声で名前を呼ばれた。
ちぇっ、ちょっと失敗しただけじゃないか。
それこそ口が滑ったというやつだ。
「開き直るな!!」
「えぇー!?なんで分かったの!」
「顔に出るんだよ!!」
そんな私たち2人のやりとりをみて、龍崎さんの口元に先ほどまでの笑顔が戻る。その隣で紫藤さんも口元に手を当てて上品に笑っていた。
まぁ、なんとなく微妙な雰囲気が緩和されてよかったと思うべきか、それとも馬鹿にされていると怒るべきか。
「すみません、鏡也さん。どうやら私は必要以上に構えてしまっていたようです。あなたがたはあんな人たちと違うのに――」
龍崎さんはそういうと恭しく方膝をついて私たちの瞳を覗き込んだ。
「お二方にお願いがあるのです。私たちと共にきてはもらえませんか?この国の中枢、中央会議場に。」
「ちゅうおうかいぎじょう?」
「えぇ。地球で言うところの国会議事堂のようなものです。今日はこれから中央会議があるので他の議員の方々もお見えになっておられるはず。お二方にはぜひ彼らにあってもらいたいのです。」
「僕たちが?どうして。」
鏡也の疑問に龍崎さんの後ろに控えていた紫藤さんがすっと前にでた。そして同じように膝を突き私たちと目線を合わせる。
「それはあなた方が地球からの客人だから、なんです。先ほどもお話したように月と地球は密接な関係にありました。それこそ昔はお互いに交流を図り、特に月の発展に地球の技術力・知識力は大いに役立ってきたんです。地球人の方は我々にとっては一種の指標であり、ある意味では神であったのかもしれません。残念なことにその交流も途絶えようとしていますが・・・きっと私たちは遅すぎたんです。あなた方と肩を並べて歩くには何もかも――」
紫藤さんはそっと目を伏せて笑った。
「そういった背景があるからこそ今でも月の住民にとって地球人の発言は影響力があるんです。私たちは月の住民を不安にさせている事件に関してあなた方の協力を仰ぎたいと考えています。あなた方の意見ならば頭の固い議員連中や蛆虫のようなマスメディアも耳を貸さないわけにはいかないでしょうから。」
「なるほど・・・僕たちを利用したいとお考えなんですね?」
ふっと鼻で笑う鏡也。けれど
「そのように思われてもかまいません。今はただ混乱と迷走する世間を少しでも安定に向かわせたいのです。」
龍崎さんはそれに対して目をそらそうとしなかった。あの透明な眼差しで鏡也をじっと見つめている。その純粋な思いの強さを私はとても綺麗だと思った。
「ふぅ・・・あなたたちのお気持ち――特に龍崎さんのお気持ちはわかりました。けれど残念ながら僕は地球人ではありませんので。そのお願いならユリにいってください。」
「えっ!?わたしぃ!!」
そんな鏡也の言葉にパッと二人の視線が一斉に私に向けられた。が、それにたじろぎそうになる前に鏡也が鼻先をちょいちょっと私の首筋に押し付けてきた。私は右肩に視線を向ける。
「僕のことも、二人のことも気にしなくていい。ユリは、ユリの気持ちは君になんていっているの?」
つぶらな瞳が心なしか柔らかく細められているような気がして、私はほっと体から余分な力が抜けた。
「あのね?本当は何がなんだか分からないことだらけだし、初めての経験ばっかで不安だし、どうしていいのかもわかってないんだけど・・・」
「けど?」
「二人がすごく一生懸命なことだけはよく分かったからほっとけない。」
「そっか・・・」
「それにね?鏡也と一緒だから大丈夫!!」
私には頼もしい相棒がいるんだ!!
そう意気込んでいった言葉に彼は小さなため息と苦笑いで答えるとことの成り行きを見守っていた二人に向き直った。
「と、いうわけで道中よろしくおねがいします。」
「――ッ!!直ぐに車を手配させます!!」
龍崎さんはパッと明るい表情を取り戻すと、そういってこちらの返事も聞かずに駆け出した。その背中を見送りながら紫藤さんは私の小さな子どもの手をそっととって立ち上がる。
「ありがとうございます――」
そんな言葉とともに小さな笑みを浮かべる紫藤さんの顔はとても優しくて、見上げた先にいる彼女に小さい頃に同じようによく見上げた大切な人の面影が重なって見えた。だから――
「紫藤さん。」
呼びかけた声。
「はい?」
「早いからといっていいというものでもないと思いますよ?私たちは答えを急ぎすぎているだけの落ち着きがない奴らなんです。」
そういってギュッと握った手に彼女はやんわりと握り返すことで応えてくれた。
慌ててかいたので後で訂正をくわえるかもしれません(汗)




