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中秋の名月?

すぅっと頬をなでてゆく風は今時分にふさわしいピリピリと肌を刺激するものであり、清涼とした匂いが近くに水源があることを否応なしに感じさせた。

なにが悲しくてこんな寒い中を私は歩いているのか。

ふぅとついたため息がそのまま白い靄となってあたりに拡散する。が、私は肩にかけたリュックを抱えなおすと、舗装された小道を黙々と歩むことに専念した。そうでもしなければ悪い妄想で不安になるだけだ。

何しろ今は宵の口。時計の針は午後11時を少し過ぎたところを指し示している。それどころか避暑地であり観光シーズンを過ぎた自然に囲まれた道に人の気配があるはずもない。むしろこのような時間にこんな場所を歩いている人物がいたらそれこそ不信人物として職務質問されても仕方ないだろう。もっともそれは自分にも当てはまることであるのだが。

仮にも女と定義されている人間をこんな時間にこんな場所にむかうように仕向けた憎らしい男に一言文句を言ってやりたくて、私は首からぶら下がっている懐中時計をピンッと指で弾いた。

「いてっ!何するんだよ、ユリ。」

「何するんだよ、じゃないわよ!!こっちこそなにやらすのよっていいたいぐらいなんだからね!!」

「そんなこと言ったって仕方ないだろ?僕だって一応女性の君をこんな時間、しかもこんな人気のない道を歩かせなくちゃいけないことを申し訳なく思っているさ!!でも歩けないし・・・・・・」

尻すぼみになっていく声に呆れてしまう。なんとまぁ、情けない男がいたもんだ。こんな頼りにならない男はなかなかいないだろう。なにしろ何かあっても“何も出来ない”のだから。

「本当にこんな場所にあるの?」

 私は人気のない暗闇の中を歩く恐怖心を紛らわすために話し続ける。はたからみればただ独り言を言っているように聞こえるだろうが今はそれでいい。そのほうが不審者も両手を挙げて逃げていくだろうから。

「まぁ、伊達に何年もこの世界をさ迷っているわけじゃないよ。」

 先ほどの自信なさげな声とは対照的に彼はキッパリと言い切った。それにホッと安堵のため息が漏れる。さすがにここまで来て違ったとなっては私の努力と心臓が浮かばれない。怯え損なんてまっぴらごめんだ。

「そうそう、鏡也って300歳のおじぃちゃんだもんね。」

「なっ!?人を老人みたいに言うなよ!!この世界と僕のいた世界とじゃ時間の流れ方が違うって言っただろ!?」

「分かってるわよ。こっちの世界の1年が鏡也の世界の3日と同じだって言うんでしょ?だから体はゆっくりと歳をとっていく。」

「その通り。確かにこっちにきて300年くらいはたっていると思うけど、僕の体にしてみれば1年くらいの感覚なんだ。」

「ふぅ~ん。世の女性にしたらうらやましい話かもね。何年たっても見た目が変わらないんだから。」

「・・・・・・懐中時計だけど?」

「え?」

「「・・・・・・・」」

 無言が続くこと数秒。

小さな咳払いと共に鏡也がさきに動いた。

「それより少し急ごう。早くしないと零時を過ぎてしまう。」

 夜空を見上げれば満月がちょうど天頂より45度ほど東側に傾いて浮かんでいた。煌々と輝く光が暗い夜道を照らし出してくれているおかげでずいぶんと歩きやすい。が、一向に月から何の感慨も受けることはなかった。

「全く人をこき使って。歩くのは私なんだからね?」

「はいはい、文句は後でいくらでも聞いてあげるから今は足を動かしてよ!!ユリだってここまで来て時間に間に合わなかったから無理でした、なんてことになったら嫌だろ?」

「まぁそうだけど・・・・・・でも本当にこんなんで大丈夫なのかなぁ。」

 私は手の中に握られた3本のススキの葉をまじまじと見つめた。これは花屋に勤めている大学の某友人に無理やり頼んで注文してもらった一品である。そもそもススキなんて花屋で取り扱っているのか、こんな季節に手に入るのかといったささやかな疑問は尽きることはないのだが、実際手に入ったのだからよしとしよう。

 ともかくこんなものを注文したのにはわけがあるのだ。


***


『やまなしぃ!?』

 約一ヶ月前。

月の異変に気がついたあの夜、自身のぼろアパート内に私の素っ頓狂な声が響き渡った。

『正確には山梨の河口湖だけど。』

『はぁ、さようですかって、なんでもう一つの月の世界に行くのに山梨県が関係あるの?っていうか、かぐや姫うんぬんの話はどうなったのよ。』

『まぁいけばわかるよ、いけば。それより、河口湖までの道中で美味しいお団子を作っているところはある?』

『お団子?食べるの?鏡也が?』

 私は懐中時計がパックリと二つに割れそこから赤い口がのぞいている姿を想像してぞっとした。はっきり言って気味が悪い。

『そんな目で見るなよ!何を想像したのか知らないけど僕は化け物じゃない!!』

『300年も生きてりゃ十分化け物だと思うんですけど・・・・・・』

『あぁ、もぉ!!ああいえばこういうんだから!とにかくお店はあるの、ないの、どっち!?』

 心なしか懐中時計がカタカタと震えているように見える。私は釈然としない思いを抱えながらもしぶしぶパソコンの画面に目を通して要望に応えた。自分で調べられもしないくせに偉そうに。

『ネット情報によるとですね、2、3軒よさそうなお店があるよ?見てみる?』

 私はよく見られるようにキーボードの上に懐中時計を置いた。ところでいつも思うのだけれど彼はどこでものをみているのだろう?なぞだ。

『ふむふむ。これなんかいいね、1番右端のお店。創業150年以上の老舗だ。』

 彼が言っている場所をみると古びた檜の太い門柱に支えられた瓦屋根のお店が写真に写っている。加工されていない曲線が残る厚い一枚板に金の文字で書かれたお店の看板がどっしりとした面構えを建物に与えている。一緒に添えられた商品の写真ではその繊細で鮮やかな色使いが伝統と職人の技を思わせた。

『で、お団子買ってくの?』

『うん。』

 即答かよ!!

『で、どれが食べたいの?まったく、子どもみたいなんだから。』

『いやいや、僕が食べるわけじゃないからね!!っていうか、口ないし!!』

『はいはい、そういうことにしてあげる。だからどれがいいんですかぁ?鏡也くんは。』

『・・・・・・はぁ、完全に馬鹿にしてるだろ、僕のこと。まぁいいけどね、別に。そんなことよりそこには乗っていない商品も注文って形で作ってくれないか連絡とってみてくれないか?』

『それはかまわないけど・・・何を作ってもらいたいの?』

『月見団子。あと、今の季節だと難しいかもしないけどススキを準備してほしいんだ。』

『はぁ?』

 私は首を捻った。このアンティークは頭の中までアンティークになってしまったのだろうか?

『僕の頭は壊れてないからそのつもりで。あと出発はだいたい今から一ヶ月後だから。』

『一ヶ月!?なんで!!』

『満月の夜じゃないとダメなんだよ。タイミングが悪いことに今日が満月だっただろ?』

 確かに先ほどいやというほど見た月は綺麗な丸い形をしていたっけ。なんだかやる気を出したとたんに0点のテストを返されたときのような気持ちになる。もっとも今までの人生で0点のテストなんて返されたことがないことを私の名誉のために書き記しておくが。

『満月に月見団子にススキねぇ。まるでお月見でもするみたい。』

 勢いよく背もたれに体を預けると背もたれがキィキィと甲高い音を立てた。

『ハハハッ!!なかなか鋭いね、由梨絵さん。まぁ当たらずとも遠からずってところかな?』

『・・・どういうこと?』

『さぁね。それも行けば分かるさ。』


***

 

 などというやりとりがあって今現在にいたる。あの後一ヶ月かけて準備したかいもあって私の手元にはススキと月見団子、そして500ml入りの小瓶に入った上等なお酒がそろっていた。これでは本当にお月見ができてしまうではないか。それも聖ニコラウスが忙しく立ち回っているであろう日に。

チラリと視線を下げ懐中時計を盗み見ると、

「なにかいいたそうだね、ユリ。」

と声をかけられてビクッと肩がゆれた。

本当にどこで見ているのだろう。

「まぁね、結局今日まで説明してくれなかったし、私はクリスマスの夜にお月見でもするのかなって疑問に思っているわけですよ。そろそろ何するきか教えてくれてもいいとんじゃないですかねぇ、パーティーを断ってまで付き合ってる相棒のためにも。」

「そんなものがあったの?それは悪いことをしたね、といいたいところだけどもっと面白いものが見られるはずだよ。ほら、見てごらん?」

 そう言われ私は眼前に目を向ける。と、

「うわぁ、これが河口湖。」

目の前に広がる湖に目を奪われた。

山梨県富士河口町にあるこの湖は逆さ富士で有名だ。

富士五湖の1つであり、その中でも最も長い湖岸を持つということもうなずけるほど横に長い湖は月の光を浴びて湖面がキラキラと光り輝いていた。

「今日はまだ風が少ないほうだからわりと湖面が綺麗だろ?」

 言われてみれば湖面は大きく波立っていない。夜の闇と同じ色をたたえ、黒く沈んだ宵のそれはまるで大きなブラックホールのようであり、けれど対照的な光が不安と期待を混在させているかのようであった。

「どうやらなんとか間に合ったみたいだな。まだ、月が天頂にさしかかっていない。ほらほら持ってきたススキを飾って、お団子飾ってね?本当は栗とか里芋とかも飾ったほうがらしくなるんだけど、そこまでしなくても大丈夫だろ。」

 鏡也に促されて私はいそいそとリュックの中から持ってきたものを取り出した。群青色のスラリと縦長に伸びた一輪挿しに3本のススキをいけ、その手前にピラミッドのように積み上げた月見団子を飾り、最後に500ml入りの小さな酒の瓶をそえれば即席のお月見セットができあがる。

「で、これはどうゆうことなんですか?まさか本当にお月見やるの?」

 眉間に皺を寄せる私とは対照的に鏡也は鼻歌を歌いながら話しはじめる。

「ユリはさ、この世界に溢れている伝説や物語、風習っていったものは嘘だって思ってるだろ?」

「そうねぇ・・・信じている人のほうが少ないんじゃない?自分の目で見られないものを人は信じたりしないわ。どんなに神を崇拝する者だってふとしたときに疑心暗鬼に駆られる瞬間は訪れるはずだもん。」

「うん、そうだね。僕もそう思う。だいたいあんなもののほとんどは嘘で塗り固められているものさ。でも、それだけだったら何年もの間人々に受け継がれてきたはずが無いと思わないかい?嘘で塗り固まれたそれは100%のうち本の1%だけ真実が含まれているものなんだ。それを見極めることができるかできないか、それが重要なんだよ。」

「1%の真実?例えば?」

「まったく君は察しが悪いね。君があれほどわめいていたかぐや姫の話を思い出してごらん。月に帰ってしまった姫を思って帝が最後にとった行動はなに?」

「えっと・・・不死の薬を最も高い山で燃やした。その煙が月に届くことを祈って。」

「で、それをふしの山っていうようになった。そうだろ?じゃあこの不死の山はどこなのか。」

「そりゃあ、富士山よね?日本一高い山なわけだし、不死と富士。響きが似ているもん。ってことはこれがその1%の真実?」

 私の問いかけに彼は間延びした声で答える。

「物語事体は捏造だろうねぇ。でもさ、ここに月に行くための真実が隠されている。帝は惜しいことをした。彼は空ばかり見ているから、月に手がとどかなかったのさ。」

「へ?それって――」


「ずいぶんとお仲のよろしゅうようで。」


「ッ!?」

 突然かけられた声にバッと振り返るがそこにはパックリと口を開けた闇の風景しか存在しなかった。辺りをキョロキョロと見回してみてもそれは変わらず人どころか生き物の気配すらしない有様。

キンッと冷えた空気が静寂をよりいっそう引き立てているばかりである。が、空耳だったのかと納得しかけた私の足先にちょいちょいと温かく柔らかな何かが触れた。疑問に思い視線を下へ下げるとそこにあったのは白いもふもふとした物体で。

「こんばんは。今日はよろしくお願いします。ほら、ユリもちゃんとあいさつしなよ!!」

「ふぇ?あっ、よろしくお願いします!!」

 私はあたふたと慌てて頭を下げた。といっても相手は私の足元にいるのだから礼儀も何もなってはいないと思うが。それでも誠意だけは相手に伝わったのか彼は小さな手を顔の前でパタパタと振りながら

「とんでもございません。こちらこそよろしくお願いします。」

と言ってきちんと両手をそろえお辞儀をして見せた。それにしてもこの白くて、耳が長くて、ふわふわとした姿はもしかしなくても

「ウサギ・・・さんですよね?」

「は?」

 彼は大きな赤い瞳を軽く見開き、長い耳をへにょりと下げる。私の足元にいるのは首もとに大きな鈴をつけた30cmほどの白いウサギだった。真っ白な毛はふわふわで光沢があり、思わずギュッと抱きしめてしまいそうになるほど愛らしい。話すたびにそよそよと揺れる細い髭を見ているだけでも飽きそうにない。そんなウサギが器用に二足歩行して、なおかつ言葉をしゃべっているのだから普通の人間ならば驚くだろう。

あぁ、どうやら私はまた非日常の中に足を踏み入れてしまったようだ。

「すみませんね、船首さん。彼女は何も知らないものでして。」

「あぁ、そうでございましたか。でしたらさぞ驚かれたことでしょう。何しろここ最近はめっきりお客様も減りまして、1年に数人程度しかここを訪れませんし・・・わたくしの存在など世間はご存じないのでしょう?これも時代の波ですかねぇ。」

 ウサギ――もとい船首はそう言って鈴か鳴るようにカラコロと笑った。その拍子に発達した前歯がチラリと覗きあぁウサギだと当たり前のことに納得する。

「それでは改めまして、わたくし、ここでこちらの世界と月の世界とを繋ぐ役目をしております因幡と申します。この通りウサギの姿をしておりますが月の世界の住人でして、お客様ともお話しすることができるといった具合なのです。」

彼はひょこひょこと耳を動かしながらそういった。とにかく可愛い。

「ススキに月見団子にお酒。十五夜で飾られるこの3点セットが実は彼らに依頼するための合図と報酬なんだ。今じゃその意味は忘れられて、いつの間にか豊作を祈るって趣旨に変わっちゃったみたいだけどね?」

 鏡也の言葉に因幡さんの耳がしゅんと垂れ下がった。

「そのようでございます。折角こちらでお客様が来るのを今か今かと待ちわびているのですけれども、合図をくれる方はほとんどいらっしゃらなくて・・・何のためにわたくしが存在するのやら。と、口が過ぎましたね。今宵はまたずいぶんとおいしそうな月見団子とお酒をありがとうございました。張り切ってお客様を月の世界までご案内させていただきますね!!」

彼はそう言って首に掛かっていた大柄の鈴を外すとそれを掲げてピョンッととびはね空中で一回転してみせた。


リィーン リィーン


清純な鈴の音が森の中に響き渡る。

するとどうだろう。

今まで吹いていた緩やかな風がピタリとやみ、湖面にたっていた波が綺麗サッパリなくなる。まるで一枚の板のようなすべらかな面ができあがっていた。月の光を受けて輝く湖面にはっきりと浮かび上がるそれは

「逆さ富士?」

まさにそれであった。が、普通薄暗い中でその姿を捉えることはできないはずだ。ましてやたかだか月の光で富士の姿を湖面にうつしだすことはできないはずなのに、夜の湖はまるで自身が発光しているかのようにはっきりとその姿を映し出していた。

「この湖はただの湖じゃなくて大きな鏡の役割を果たすんだ。そしてそのオンオフのスイッチの役割を果たすのが因幡さんの付けている鈴なんだよ。普段夜に逆さ富士なんて拝むことはできないけれど、鏡だったら話は別。完璧なまでの姿を映し出してくれるのさ。」

鏡也の声は弾んでいた。

案外この趣向を楽しんでいるのかもしれない。

「お嬢さんどうぞこちらへ、あの船に乗ってください。」

因幡さんのしめすほうに顔を向けるといつの間にか湖岸に大人2、3人がやっと乗れるであろうほどの小さな船が止められていた。

「船首って・・・もしかして因幡さんがあの船を漕ぐんですか!!その小さな体で!!」

「なぁに、心配には及びません。こうみえてもわたくし力はあるほうですので。」

 彼はニコリと笑うと自身の何十倍もあるオールを片手でやすやすと持ち上げた。開いた口がふさがらないとはこのことだ。それを見ていたらしい鏡也がプッと噴出すとくすくすと忍び笑いを漏らしながら

「ほら、よく月でウサギがもちをついてるなんて話しきくだろ?あれは月のウサギが臼を持ち上げられるくらい力持ちってことを言いたかったんだよ、本当はね?何事も見た目で判断してはいけないよ、由梨絵さん。」

と言った。

まぁ、それはそうかもしれない。

私は言われたとおり用意されていた小船に乗り込んだ。若干揺れたが乗り心地は悪くない。むしろ初めて乗る船にワクワクした。

「じゃあいきますよ。」

 因幡さんはそういうとヒョイっとまた軽々とジャンプしながらオールを湖の中につきたて、ゆっくりと一掻きした。すると船は湖面を滑るかのようにゆっくりと前へと進む。

「さて、ここでさっきの続き。月の世界に行くにはどうしたらいいのか。答えは簡単で、月に手がとどけば良いのさ。どんなものも手がとどけばそれを手に入れることも突き放すこともできるようになる。でも、人は空ばかり見ているから月に手がとどかないんだ。でもね?ただ手がとどけばいいってもんじゃない。TPOを考えなくちゃ、獲物は手に入らないだろ?そして竹取物語の中にヒントが隠されていたんだ。場所はもちろん富士山の頂上。時間は月が天頂にさしかかったとき。っていっても実際の山頂じゃあ月には手がとどかない。だから逆さ富士なんだ。」

「なるほどね!!逆さ富士と湖に映った月。これだったら今の条件に当てはまるってことでしょ?」

「そういうこと。やっと分かった?」

 私はコクコクと頷くと湖面に視線を戻す。まるで氷の上を滑るように進む船は揺れなどまったく感じない。それどころか小さな波紋すら浮かんでいないのだ。まさに鏡の上を滑るといったところか。

「そういえばお客様はずいぶんと変わった組み合わせをしていますね?長年人々を月へといざなっているわたくしですが、懐中時計のお客様は初めてでございます。」

 ふと思い立ったのか因幡さんに話しかけられた。私が下を向くと首もとにぶら下がる鏡也と目があったようなきがした。まぁ目がどこにあるのか分からないため確証はないのだけれど。

「そうでしょうね。僕も二十数年生きてきて懐中時計になんてなったのは初めてです。」

「はぁ?300年生きての間違いじゃないの?」

「僕にとっては300年も数年も同じなんだからいいんだよ!!まったく、ユリはいちいち細かいところにこだわるんだから」

「ちぇ、本当のこと言っただけなのにぃ。」

私は口をへの字に曲げた。それを見て因幡さんがコロコロと笑う。

「本当にお仲がよろしゅうようで。お二方を見ているとあちらの世界に残してきた友人を思い出します。」

「ご友人ですか?」

「ええ・・・わたしくしの事情で滅多に会うことはできないんですけどね?向こうにいた頃はよく一緒につるんで悪さをしていたんです。次はあれをやろう、今度はあそこへ行こう、とたくさんの約束をして。でも結局わたくしはそれを守れなかった。きっと彼はわたくしのことを恨んでいることでしょう。」

 そう言ってふっと笑う因幡さんの瞳は寂しそうで、そっと伏せられた瞳が月の光に照らされる。私はそれが少し悲しくて励ますように笑った。

「大丈夫ですよ!!事情があるなら仕方ないし、お友達もきっとわかってくれていますって!」

「ふふふ、ありがとうございます。でも・・・」

「でも?」

「約束を守れなかったことは事実です。それによって多かれ少なかれ彼を傷つけたことには変わりは無いんですよ。」

彼はそう言って困ったように笑った。いや、それはとても疲れたような笑い方で、胸が重苦しい気持ちになる。

「あぁ、申し訳ありません!!ずいぶん手前勝手なことばかりお話してしまいまして、嫌な思いをさせてしまいましたよね?そういえばお二人は月の世界に何をしにいかれるのですか?月の住人であるわたくしが言うのもなんですがあそこは何もないところですよ?」

 因幡さんはピンッと耳を立てて背筋を伸ばすと元の柔和な笑みを浮かべていた。それにつられて私の口元にも小さな笑みが浮かぶ。空元気でも笑えるのならまだ大丈夫。

「ご心配には及びません。僕たちは観光目当てではなくて、月がおかしく見える原因を探しに行くんです。それについて因幡さんはなにかご存じないんですか?」

 鏡也の問いかけに彼はヒクヒクと口元を動かした。その拍子に長い髭がそよそよと小さく揺れる。そして

「はてさて。先ほども少しお話しましたがわたくしはここを離れるわけにはいかない身なんです。ですから月がおかしい原因どころか、最近あちらで何が起きているのかも知らないといった所存でございます。お役に立てず申し訳ございません。」

 と、深々と頭を下げた。

「故郷のかたと連絡はとられていないのですか?」

「それが月がおかしくなりだしてからはどうにも次元が不安定になっているらしく、うまくむこうと連絡がとれないんです。地球にたくさんの国があるように向こうにもここに独立した都市が多く存在しているのですが、ちょうど日本の影響を色濃く受けている都市――わたくしの故郷に向けた連絡が他の場所にとどいてしまうといった現象が起きているみたいでしてね?まぁ、それが少なからず月の住人を不安にさせている原因かもしれませんが。」

 彼の耳がしゅんと垂れ下がった。

「都市?国ではなく?」

「みなさま月の世界に関してどれほどの知識をお持ちで?」

「それが僕も月には言ったことがないので人づてに聞いた話しか知りません。なんでも砂と夜に覆われた世界だと。」

 鏡也の言葉に因幡さんは口元に笑みをうかべた。

「ふふふ、確かにそのようなものです。月の世界はこちらでいう砂砂漠のような地形が永遠と続いています。生物がすめる場所はその広大な土地のほんの一部分にしかありません。ですから国というような規模にまで発達できないといった事情があるんです。」

「つまり大きな都市単位の自治体が無数存在していると?」

「ええ。無数といいいましても地球ほど人口が多いわけではありませんし、100程度の都市が存在していると思っていただければいいでしょう。さて、つきましたよ。」

彼はそういうと首にかけられた鈴を手に取り宙に高く飛びあがった。その拍子にまた先ほどと同じ澄んだ鈴の音があたりに響き渡る。と、水面に映った月の姿が風も無いのにゆらりと揺れその形を不確かなものに変えた。

「そろそろころあいだな。ユリ、準備はいい?」

「準備って・・・これからどうするの?」

「簡単だよ。月に向かって飛び込めば良いのさ。」

「とびこむぅ!!!」

 思わず声を上げて目を丸める私。

「うん。早くしないと月が天頂を過ぎちゃう。さっさと飛び込めよ。」

「って簡単にいうけどねぇ・・・飛び込むってあんたさぁ。」

「僕のいうことが信じられないっていうんだろ?それは一向に構わないけど、折角僕たちのために月の世界との道を作ってくれている因幡さんを信じてやれよ。」

「うっ・・・」

 私がチラリと因幡さんに視線を送ると彼は瞳でニコリと微笑み、小さく頷いて見せた。ここまでされると私も決意をかためるしかないようだ。船が揺れないように(そんな心配は無用だった用だけれど)そっと立ち上がると私は大きく深呼吸した。

大丈夫。ここで失敗しても全身が水浸しになるだけで、滅茶苦茶寒いかもしれないが死にはしない!!たぶん・・・

私はそんなことを自身に言い聞かせながらグッと足に力をいれ、力強く船底を蹴った。


さて今までのストックはだしきりました(笑)

というわけで、次回からは1からかき始めるため、更新に時間がかかるかもです。

とりあえず頑張ります!!

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