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ここは或る精神病院の一室。
その室内の一番奥に、眼鏡を掛けた物静かな青年がベッドの上で横になりながら小難しそうな本を読んでいる。
青年は私がお見舞いに来ると、読んでいる本をそっと閉じ、穏やかな表情を浮かべながら私のために椅子を出し、座るように促した。そして口を開いたと思ったら、決まってこの話をする。
この青年の話を完璧に記憶したわけではないが、出来る限り正確に書き記したつもりである。一部、間違っている部分もあるとは思われるが、そこは了解されたい。
この話をした後の彼を見ると、怒りの中に哀愁を漂わせたような表情を浮かべているのに気づいた。そこで私は彼の怒りを少しでも和らげようとあれこれ諭すが、一向に効き目はないらしい。
私は黙って立ち上がり、彼を冷ややかな目で見つめながら、お見舞いに持ってきた林檎の皮を剥くためにその場を離れた。
私は林檎の皮を剥きながら、彼を哀れに思うと同時に、一種の悲愴感に打ちひしがれていた。